仏の眼を中心に据えた曼荼羅
この一幅の中心に坐すのは、真理を見つめる眼そのものを神格化した尊格である。密教では仏眼仏母(ぶつげんぶつも)と呼ばれ、サンスクリット名をブッダローチャナーという。眼は智慧の根源であり、その智慧から一切の仏が生まれるという考えから、仏母、すなわち諸仏の母として信仰された。縦約114センチ、横約97センチの絹本著色の掛幅で、三層に重なる八葉蓮華の中央に仏眼仏母を置き、そのまわりを整然とした序列の諸尊が取り囲む。制作は鎌倉時代、所在は愛知県、個人の所蔵である。
個人蔵であり常時の公開はないため、実物の前に立てる機会はほとんどない。本稿では、この作品が何であり、なぜ国の保護対象に選ばれたのか、そして周辺地域でどのような仏教絵画・彫刻に触れられるのかを整理する。
仏眼仏母という尊格
「仏眼」とは仏の眼を指す。この尊格の名は、見ることと智慧との結びつきから生まれた。物事を正しく見ることが正しく理解することにつながり、その理解こそが悟りの種となる。見つめる眼が仏を生むという発想から、眼が諸仏を生む母へと展開し、仏眼仏母の信仰が形づくられた。
その姿は、装身具をまとった菩薩形で、喜悦の微笑を浮かべ、両手を腹前で結ぶ法界定印をとる。胎蔵界曼荼羅では遍知院に住する。新たに造られた仏像に眼を入れて魂を迎える開眼供養では、この尊の真言が唱えられる。眼がなぜ母として祀られるのか、その意味はこの儀礼に端的にあらわれている。
仏眼仏母を描いた作例として広く知られるのは、京都・高山寺の国宝である。画面上部に明恵上人自筆の賛をともなう一幅で、幼くして父母を失った明恵が、釈尊を父、仏眼仏母を母として慕ったという逸話と結びついている。ただし高山寺本が尊像単独の図であるのに対し、本作は諸尊を配した曼荼羅である点が異なる。
画面の読み方
本作は別尊曼荼羅、すなわち一尊を主役として、そのまわりに秩序ある世界を構成する形式の作品である。仏眼仏母は中央の八葉蓮華に坐し、その蓮華が三層に重なって、各層がそれぞれの集まりを担う。
初層には一切仏頂輪王を置き、七曜の使者を右旋して配する。七曜は古典天文の天体であり、密教が星辰とその働きをめぐる観念を取り込んでいたことがうかがえる。二層は頂輪王の前に金剛薩埵を据え、八大菩薩をめぐらせる。三層には教えを守護する八大明王を右旋して描き、四方に四摂使者および大供養を配する。
中央から外へ読み進めると、構図は中心の純粋な智慧から外縁の能動的な守護へと展開していく。右旋の配置は意図的なもので、右まわりの巡行は仏教の作法における敬意の方向にあたり、視線は礼拝者の歩みと同じ道筋をたどる。
本尊としての役割
この種の絵画は、壁にかけて鑑賞するために描かれたのではない。現世と来世の所願成就を願う仏眼法の本尊であった。修法では息災と延命が祈られ、曼荼羅は導師にとって観想と供養の対象となった。絵画ではなく修法の道具として理解すると、その精密な幾何学の意味が見えてくる。すべての尊にあらかじめ定まった位置があるのは、修法がその秩序に依拠していたからである。
指定の経緯
本作はまず戦前の制度のもと、昭和16年(1941年)7月3日に旧国宝として指定された。戦後に文化財保護の制度が改められると、昭和25年(1950年)5月30日に重要文化財として登録され、現在の区分に至る。記録は鎌倉時代の作とし、制作年代として鎌倉中期がしばしば挙げられる。
中世にさかのぼる仏眼仏母の別尊曼荼羅で、完全な形で残るものは多くない。三層の構成がはっきりと読める保存良好な鎌倉期の作例は、信仰の対象としても、修法がどのように観想されたかを示す資料としても価値が高い。公的な記録は作者や制作の事情について多くを語らず、信頼できる資料も特定の絵師に帰していない。本作は、特定の作者よりも、その図像の完備した点において評価される。
周辺で出会える仏教美術
曼荼羅そのものが公開されない以上、本作が地域の文化記録の一部として記される愛知県東部、豊橋一帯の仏教遺産をたどるのが実りある方法である。
出発点となるのは豊橋市美術博物館である。吉田城の旧地を占める豊橋公園の一角にあり、近隣寺院の寺宝を集めた展覧会を重ねてきた。仏像や仏画が出陳されることもあり、地域の密教関係の作品がまとめて紹介され、解説とともに見られる可能性が最も高い場所である。
普門寺は、神亀4年(727年)の創建と伝わり、鎌倉時代には源頼朝の保護を受けた山寺で、市内で最も多くの指定文化財を所蔵する。阿弥陀如来坐像・釈迦如来坐像や四天王立像など、国の重要文化財を含む。文化財収蔵庫は通常閉じているが、秋のもみじ祭りの期間に開帳され、紅葉に染まる境内とともに平安・鎌倉期の彫刻を拝観できる。近くの赤岩寺には重要文化財の愛染明王坐像があり、本作と同じ密教の世界に連なるもう一つの接点となる。
Q&A
- 実物を見ることはできますか。
- 通常はできません。本作は個人の所蔵で、常設的な公開の対象ではありません。同じ信仰の系譜に関心があれば、関連する仏教美術を展示する豊橋一帯の博物館や寺院を訪ねるのがよいでしょう。
- 高山寺の有名な作品とは何が違うのですか。
- 高山寺の国宝は仏眼仏母を単独で描いた尊像で、明恵上人の賛で知られます。本作は曼荼羅であり、同じ尊を中心に、三層にわたって諸尊を秩序立てて配する点が異なります。
- 眼にちなむ尊がなぜ「母」と呼ばれるのですか。
- この信仰では眼が智慧を象徴し、その智慧が悟りを生むと考えます。そこから尊は諸仏の源、すなわち母として観念されました。その真言は、新しい仏像に眼を入れる開眼の儀礼で用いられます。
- この絵は何のために使われたのですか。
- 現世と来世の所願成就を願う仏眼法の本尊として用いられました。修法では災いを除き、寿命を延ばすことなどが祈られました。
- いつ作られ、いつ指定されたのですか。
- 鎌倉時代の作とされ、鎌倉中期が挙げられることが多い作品です。昭和16年(1941年)に戦前の制度で旧国宝に指定され、昭和25年(1950年)に重要文化財となりました。
基本情報
| 名称 | 絹本著色仏眼曼荼羅図(けんぽんちゃくしょくぶつげんまんだらず) |
|---|---|
| 区分 | 絵画/重要文化財 |
| 員数 | 1幅 |
| 時代 | 鎌倉時代(鎌倉中期とされることが多い) |
| 寸法 | 縦約114センチ、横約97センチ |
| 指定 | 旧国宝指定 昭和16年(1941年)7月3日/重要文化財指定 昭和25年(1950年)5月30日 |
| 所在 | 愛知県(個人蔵) |
| 公開状況 | 常設的な公開はなし |
References
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/1389
- 文化遺産オンライン(NII・文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/198430
- 豊橋百科事典(豊橋市)
- https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm
- 仏眼仏母像(高山寺)
- https://kyoto-kosanji.jp/treasure/03/
- 豊橋市美術博物館
- https://toyohashi-bihaku.jp/
- 普門寺(豊橋市)
- https://fumonji727.com/
最終更新日: 2026.06.01