令和6年に指定された鎌倉の小画面
絹本著色釈迦三尊像(けんぽんちゃくしょくしゃかさんぞんぞう)は、愛知県碧南市本郷町の曹洞宗寺院・林泉寺が所有する鎌倉時代13世紀の仏画で、令和6年(2024年)8月27日に重要文化財に指定された。縦82.8センチ、横39.4センチの掛幅装1幅、指定番号2132。現在は碧南市藤井達吉現代美術館に寄託されている。
この寸法は、見過ごせない情報を含んでいる。仏画としては小さい。同じ画題を堂内の本尊脇に懸けるなら、縦は1メートルを超え、しばしば数メートルに及ぶ。82.8センチという数字は、私室に懸けて一人が近距離で向き合う画面の大きさである。
指定は令和6年3月15日の文化審議会答申を経て、8月の官報告示で効力を生じた。碧南市では20年ぶりの国指定新規追加であり、これで市内の国指定重要文化財は4件になった。
絹の上に何が描かれているか
中央に朱衣の釈迦如来が坐す。向かって右に白象に乗る普賢菩薩、左に青獅子に乗る文殊菩薩。構成はこれだけで、三尊と乗り物が縦長の狭い画面に収められている。
この組み合わせの典拠は法華経である。最終品にあたる普賢菩薩勧発品は、経を受持する者を守護するために普賢が六牙の白象に乗って現れると説く。獅子に乗る文殊が対をなして三尊が成立した。平安後期以降、釈迦三尊は十六羅漢・十八羅漢信仰とも結びつく。『兵範記』は仁平2年(1152年)の高陽院での羅漢供で、釈迦三尊と十八羅漢とが並べて奉懸されたことを記している。末法思想の広がりと、法華経信仰の高まりが背景にある。
画面を支えているのは截金(きりかね)の技法である。金箔を数枚重ねて焼き合わせ、髪の毛ほどの細さに截り、一本ずつ膠で置いて、衣文や光背に格子文・唐草文・幾何文の帯を組み上げていく。斜めから光を入れると金が起き、下の絵具が沈む。数センチの尊像にこれを施すには、截った箔が丸まる前に置いて離す動作を、切れ目なく続けなければならない。担える絵師は限られる。
文化庁の評価は、この画面を華美ではなく温雅と捉えている。獅子と白象の動勢は抑えられ、仕上げは繊細優美な方向へ振れている。
制作年代をめぐる二つの手がかり
本作には、時代を反対方向に引っ張る特徴が同居している。指定理由は、その拮抗の上に立っている。
ひとつは前の時代を向いている。截金の繊細さ、乗獣の抑制された姿勢、画面全体の美麗な趣。いずれも院政期仏画の質で、この面だけを見れば12世紀の作と読める。
もうひとつは後の時代を向いている。絵具に寒色系が多用される。目尻がやや吊り上がり、眉が大きく弓なりに反る面貌のバランス。細部の精密な描写。文化庁の詳細解説はこれらを、益田家旧蔵「普賢十羅刹女像」(重要文化財)や宝山寺蔵「春日曼荼羅図」(重要文化財)に近いものとして、制作時期を鎌倉時代前半から半ば頃とみるのが穏当だとする。指定時の解説では、13世紀後半には下らない作、という言い方になっている。
この慎重さの意味は、同種の作例と並べると見えてくる。一画面に釈迦三尊のみを描く日本の作例は鎌倉時代以降にしばしば見られ、梅林寺本・頼久寺本・宝厳寺本がいずれも重要文化財に指定されている。ただしそれらは宋画の受容が顕著で、大半は13世紀半ば以降に下る。院政期仏画の趣を残す本作は、その系列の手前に位置する古例ということになる。後続の作例を測る物差しの側にある一点である。
もう一点、評価に加えられているのが保存状態である。欠失が少なく、後世の補筆も少ない。中世の仏画は、幾度もの修理で当初の筆が覆われている例が多い。本作はその度合いが小さい。
付属する江戸期の鑑定書
本作には3点の文書が付属する。うち2通は「住吉絵所」と住吉広尚による鑑定書で、筆者を法眼源慶とする。残る1枚は源慶についての書き付けである。
住吉派は幕府の御用絵師をつとめ、古画の鑑定にも関わった。古筆家が書跡について極めを出したのと同じ役割である。したがってこの鑑定書は、作者を確定する証拠ではなく、江戸時代の目がこの画をどう位置づけたかを示す資料として読むのが妥当で、国の記録もそのように扱っている。ただし少なくとも、江戸期にはすでに鑑定に付されるだけの価値を認められていたことは分かる。
法華経信仰に由来する貴顕向けの画が、三河湾に面した曹洞宗寺院に伝わった経緯は記録されていない。林泉寺は長禄元年(1457年)に傳海良亨が住職となるまで天台宗の寺だったと伝えられる。手がかりの一つではあるが、それ以上のことは分からない。
碧南で実見するには
本作は常設展示されていない。寺にもない。碧南市音羽町一丁目1番地の碧南市藤井達吉現代美術館(電話0566-48-6602)に寄託され、特別展の折にのみ公開される。本作を目的に訪ねるなら、まず美術館の展覧会予定を確認し、記載が判然としない場合は電話で問い合わせるのが確実である。同館は収蔵庫等の増築・改修を経て令和5年(2023年)5月2日にリニューアルオープンした。常設展は無料、企画展の観覧料は展覧会ごとに異なる。
指定を記念した特別公開は、2024年10月5日から20日までの16日間だった。「没後100年 富岡鉄斎」展と同時開催で、10月12日には京都国立博物館の大原嘉豊氏による記念講演会「林泉寺蔵釈迦三尊像について」が開かれている。同規模の公開が近く予定されている様子はない。絹本の彩色画は光に弱く、開帳の頻度そのものに制約がある。
林泉寺は、画を見られない日でも訪ねる価値がある。所在は本郷町3-8、名鉄三河線碧南駅から徒歩5分。寺が集まる大浜てらまちと呼ばれる一角にあり、山号は華慶山、本堂は慶安3年(1650年)の建立と伝える。土曜・日曜の早朝には坐禅会があり、誰でも無料で参加できる。富岡鉄斎は明治22年(1889年)と明治28年(1895年)に大浜を訪れ、林泉寺の書院を画室として使った。鉄斎の作品と本作が同じ市に集まっている理由の一端がここにある。
碧南は矢作川の河口、三河湾に面した町で、みりん醸造で栄えた。醸造蔵の一帯と寺町は歩いて行き来できる距離にある。半日を充てれば、無理なく回れる。
Q&A
- 林泉寺の絹本著色釈迦三尊像は常時公開されていますか。どこへ行けば見られますか。
- 常設公開はされていません。碧南市藤井達吉現代美術館に寄託されており、特別展の際にのみ公開されます。寺では展示していないため、訪問前に美術館の展覧会予定を確認してください。
- 絹本著色釈迦三尊像が重要文化財に指定されたのはいつですか。
- 令和6年(2024年)8月27日です。同年3月15日の文化審議会答申を経ての指定で、指定番号は2132。碧南市では20年ぶりの国指定新規追加となり、市内の国指定重要文化財は4件になりました。
- 絹本著色釈迦三尊像にはどの尊像が、どのように配置されていますか。
- 中央に朱衣の釈迦如来、向かって右に白象に乗る普賢菩薩、左に青獅子に乗る文殊菩薩が描かれます。この組み合わせは法華経普賢菩薩勧発品に由来し、平安後期以降は羅漢信仰とも結びついて展開しました。
- 絹本著色釈迦三尊像の寸法と、それが示すことは何ですか。
- 縦82.8センチ、横39.4センチで、仏画としては小さい部類です。この小画面から、堂内の礼拝画ではなく、法華経を受持した貴顕の念持仏として作られた可能性が指摘されています。
- 絹本著色釈迦三尊像を所有する林泉寺へのアクセスと、寺の見どころを教えてください。
- 碧南市本郷町3-8、名鉄三河線碧南駅から徒歩5分です。曹洞宗の参禅道場で、土曜・日曜の早朝に無料の坐禅会があります。富岡鉄斎が画室として使った書院でも知られます。
基本データ
| 名称 | 絹本著色釈迦三尊像(けんぽんちゃくしょくしゃかさんぞんぞう) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県碧南市本郷町3-8 林泉寺/碧南市藤井達吉現代美術館(碧南市音羽町一丁目1番地)に寄託 |
| 指定区分 | 重要文化財(絵画)/指定番号 2132 |
| 指定年 | 令和6年(2024年)8月27日 |
| 員数 | 1幅 |
| 寸法 | 縦82.8センチ、横39.4センチ/絹本著色・掛幅装 |
| 所有者 | 宗教法人林泉寺(曹洞宗) |
| 公開状況 | 常設公開なし。美術館の特別展時のみ公開(美術館電話 0566-48-6602) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)絹本著色釈迦三尊像
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/00012033
- 文化庁 報道発表 令和6年3月15日「文化審議会の答申(国宝・重要文化財(美術工芸品)の指定等)」
- https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/94018601.html
- 文化庁 答申別添「II.解説」(所有者・法量を掲載)PDF
- https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/94018601_03.pdf
- 碧南市藤井達吉現代美術館
- https://www.city.hekinan.lg.jp/museum/index.html
- へきなん観光ナビ 華慶山 林泉寺
- https://www.hekinan-kanko.jp/highlight/detail/32/
- 西三河ぐるっとナビ 新指定重要文化財「絹本著色釈迦三尊像」特別公開
- https://www.nishimikawanavi.jp/spots/detail/2129/
最終更新日: 2026.08.29