1領の鎧 ― 1953年に国宝
白絲威褄取鎧〈兜、大袖付〉は、青森県八戸市の櫛引八幡宮が所有する南北朝時代の工芸品で、1915年(大正4年)3月26日に重要文化財となり、1953年(昭和28年)11月14日に国宝に指定された。員数は1領である。
青森県は所在地を八戸市八幡字八幡丁3とし、公開状況を公開(有料)とする。文化庁データベースの所在地の欄は空である。
名称は文化庁が白絲、青森県と櫛引八幡宮が白糸とする。絲は糸の旧字体で、同じ神社の赤絲威鎧でも同じ分かれ方をしている。
同じ神社の二領が、重要文化財も国宝も同じ日である
櫛引八幡宮の二領の鎧は、指定の日が完全に一致する。
白絲威褄取鎧は1915年3月26日に重要文化財、1953年11月14日に国宝である。赤絲威鎧〈兜、大袖付〉も、同じ1915年3月26日と1953年11月14日である。
二段階とも同じ日になる。明王院では、本堂と五重塔で重要文化財と国宝の順序が入れ替わっていた。浄土寺では、重要文化財の日が12年違いながら国宝の日が同じだった。
本件と赤絲威鎧は、両方の日が揃っている。線刻釈迦三尊等鏡像と短刀〈銘吉光(名物後藤藤四郎)〉も両方の日が同じだったが、あちらは所有者も分野も違う物件である。
同じ所有者の二領が、二段階とも同じ日に指定された例になる。
時代は違う。赤絲威鎧は鎌倉時代、白絲威褄取鎧は南北朝時代とされる。
兜の数え方が、二領で違う
兜の造りについて、数え方の単位が異なる。
青森県は本件を、黒漆塗の鉄板を矧ぎ合せて、前後左右に鍍銀の板金を張った三十八間四方白の星兜であり、と記す。三十八間である。
赤絲威鎧については、黒漆塗の鉄板を星と呼ばれる鋲で矧ぎ合わせた星鉢で、星は24行あり、と記す。こちらは24行である。
間は鉄板の枚数、行は鋲の並びを数える単位である。同じ星兜でありながら、記録が数えているものが違う。
薙刀〈銘備前国長船住人長光造〉は目釘孔3、短刀〈銘吉光〉は目釘孔4と、同じ部位を同じ単位で数えていた。
本件と赤絲威鎧は、同じ神社の同じ種類の品でありながら、数える対象が揃っていない。
色から名が付き、無いものが記される
通称の由来が、赤絲威鎧とは違う型になる。
青森県は、白色を基調とした絵韋の唐獅子牡丹文に、金具類を鍍銀しているところから、「卯の花威」ともよばれている、と記す。
卯の花は白い花である。全体の色から名が来ている。
赤絲威鎧は、「一」の字の飾金物が置かれているため「菊一文字の鎧」と呼ばれていた。あちらは金具の形からである。
同じ神社の二領で、名の由来が色と形に分かれている。
無いものも記される。鍬形はないが鉢の正面の鎬垂が堂々たる風格を示している、とある。赤絲威鎧には重厚な大鍬形が付いていた。金剛峯寺不動堂の高欄のない縁と同じく、無いことが記述に含まれている。
鑑賞
所有は櫛引八幡宮で、青森県は公開状況を公開(有料)とする。神社の国宝館で展示されている。
威毛の造りも記される。大袖、草摺などを紫、黄、萌黄、紅糸などで褄取して白糸で威し、とある。褄取は端の部分を別の色で威す技法をいう。
白を地として、紫、黄、萌黄、紅の四色が端に入る。宝相華蒔絵経箱では部位ごとに金と銀が分けられていた。本件は場所によって糸の色が変わる。
伝来も記される。根城南部家7代の南部信光が、南朝の後村上天皇から拝領したものと伝えられ、とある。赤絲威鎧は長慶天皇の御料と伝えられており、二領とも南朝の天皇に結びつけられている。
評価は、南北朝時代を代表する端正で上品な鎧である、とされる。展示の予定は変わることがあるため、訪問前に確認したい。
Q&A
- 白絲威褄取鎧はいつ指定されましたか。
- 1915年(大正4年)3月26日に重要文化財、1953年(昭和28年)11月14日に国宝へ指定されました。同じ神社の赤絲威鎧も、二段階とも同じ日です。
- 「卯の花威」とは何ですか。
- 通称です。青森県は「白色を基調とした絵韋の唐獅子牡丹文に、金具類を鍍銀しているところから、『卯の花威』ともよばれている」と記します。卯の花は白い花で、全体の色から名が来ています。
- 兜はどのような造りですか。
- 青森県は「三十八間四方白の星兜」と記します。同じ神社の赤絲威鎧は「星は24行」とされ、一方は鉄板の枚数、他方は鋲の並びを数えており、記録が数えているものが違います。
- 鍬形は付いているのですか。
- 付いていません。青森県は「鍬形はないが鉢の正面の鎬垂が堂々たる風格を示している」と記します。赤絲威鎧には重厚な大鍬形が付いています。
- どのように伝わったのですか。
- 青森県は「根城南部家7代の南部信光が、南朝の後村上天皇から拝領したものと伝えられ」と記します。赤絲威鎧は長慶天皇の御料と伝えられており、二領とも南朝の天皇に結びつけられています。
基本情報
| 名称 | 白絲威褄取鎧〈兜、大袖付〉(しろいとおどしつまどりよろい かぶと、おおそでつき)/通称は卯の花威。青森県と所蔵神社は白糸と新字体で記す |
|---|---|
| 所在地 | 文化庁データベースの所在地の欄は空。青森県は八戸市八幡字八幡丁3とする |
| 指定区分 | 国宝(工芸品)/同じ神社の赤絲威鎧も国宝 |
| 指定年 | 1915年(大正4年)3月26日 重要文化財/1953年(昭和28年)11月14日 国宝 |
| 員数 | 1領 |
| 寸法 | 大袖や草摺を紫・黄・萌黄・紅糸などで褄取して白糸で威す。絵韋は白色を基調とした唐獅子牡丹文で、金具類は鍍銀。兜は黒漆塗の鉄板を矧ぎ合せ、前後左右に鍍銀の板金を張った38間四方白の星兜で、鍬形はない。時代は南北朝 |
| 所有者 | 櫛引八幡宮 |
| 公開状況 | 青森県は公開(有料)とする。神社の国宝館で展示されている |
参考文献
- 青森県 国宝 白糸威褄取鎧 兜、大袖付
- https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kyoiku/e-bunka/kokuho_02.html
- 青森県 国宝 赤糸威鎧 兜、大袖付
- https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kyoiku/e-bunka/kokuho_01.html
- 櫛引八幡宮 文化財
- https://www.kushihikihachimangu.com/treasure/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.06