旧学習院初等科正堂:皇族教育の舞台となった明治の名建築

千葉県立房総のむらの静かな敷地内に佇む旧学習院初等科正堂は、明治時代の日本が目指した教育の理想を今に伝える貴重な建造物です。明治32年(1899年)、華族や皇族の子弟が学ぶ学習院の講堂として建設されたこの建物は、西洋建築のデザインと日本の伝統的な木造建築技術が見事に調和した、国指定重要文化財です。

成田空港からほど近いこの場所で、日本の近代化を支えた建築の美しさと、皇室ゆかりの歴史に触れることができます。観光客で賑わう成田山とは異なる、静謐な時間が流れる隠れた名所をご紹介いたします。

三度の移築を経て守られた歴史的建造物

旧学習院初等科正堂の歴史は、まるで建築物の旅物語のようです。明治32年(1899年)7月10日、東京市四谷区尾張町(現在の新宿区四谷)に、学習院初等科の講堂として竣工しました。設計を手がけたのは、宮内省関連の建築を数多く担当した建築家・新家孝正です。

約40年にわたり、華族の子弟たちの学校行事や式典の舞台として使用されてきたこの講堂に、転機が訪れたのは昭和11年(1936年)のことでした。皇太子明仁親王(後の上皇陛下)の入学に備えて新しい講堂を建設することになり、この建物は取り壊しを免れ、宮内省から千葉県印旛郡遠山村へ下賜されることになりました。下総御料牧場があり、皇室とゆかりの深い土地への移築が決まったのです。

昭和12年(1937年)から翌年にかけて移築工事が行われ、遠山尋常高等小学校の講堂として再び使用されるようになりました。その後、成田市立遠山中学校の講堂として長く親しまれてきましたが、講堂の新築に伴い昭和48年(1973年)に国の重要文化財に指定。成田市から千葉県に寄贈された後、昭和50年(1975年)に現在の千葉県立房総のむら(当時は房総風土記の丘)へ移築され、一般公開されています。

重要文化財に指定された理由

旧学習院初等科正堂が昭和48年6月2日に国の重要文化財に指定された背景には、いくつかの重要な価値が認められています。

第一に、明治時代の学校建築の中でも、講堂建築として現存するものは極めて稀少です。地震や火災、都市開発などによって多くの明治建築が失われてきた中で、この建物は三度の移築を経ながらも、当時の姿を良好に伝えています。

第二に、西洋建築のデザインを取り入れながら、日本の伝統的な木造建築技術を用いて建てられた点が高く評価されています。明治時代の日本が、西洋の知識を積極的に吸収しながらも自国の文化的アイデンティティを維持しようとした姿勢が、この建物に具現化されているのです。

第三に、装飾を控えた簡潔な意匠でありながら、確かな技術によって落ち着いた風格を醸し出している点が、文化財としての価値を高めています。華美な装飾に頼らず、構造と空間そのものの美しさで品格を表現した設計思想は、現代の目から見ても洗練されています。

建築の見どころ

建物に近づくと、まず目を引くのが独特の屋根です。天然スレート(薄い石板)を魚の鱗のように重ねて葺いた屋根は、日本では珍しい技法で、重厚感と繊細さを併せ持っています。一部には銅板葺きも用いられており、素材の対比が建物に変化を与えています。

外観の大きな特徴として、建物の正面および側面前方を囲むように設けられた吹き放しのベランダがあります。白く塗られた手すりが建物に軽やかさを加え、内部と外部を緩やかにつなぐ役割を果たしています。南面中央には5段の石階段が設けられ、訪問者を導きます。

正面入口側には円柱が並び、建物の格式を示しています。この列柱は西洋建築の古典的な要素であり、学習院という教育機関にふさわしい威厳を建物に与えています。

内部に入ると、中央に広々とした講堂空間が広がります。背面には広間の床よりも一段高い演壇が設けられ、その正面には半円形の木製階段4段が優美な曲線を描いています。この曲線的なデザインは、直線が基調の建物に柔らかさを添え、式典や集会の場としての厳粛さと親しみやすさを両立させています。

窓にも注目してください。大きな採光窓に加え、上部には装飾的な小窓が設けられており、「上部飾付窓」と呼ばれるこれらの窓が、実用一辺倒ではない美的配慮を示しています。広間の東西には控室が設けられ、学校行事の際の実用的な需要にも応えていました。

学習院の歴史と皇室との関わり

この建物の意義を深く理解するためには、学習院という教育機関の歴史を知ることが欠かせません。学習院の起源は、弘化4年(1847年)に京都御所内に設けられた公家の学問所に遡ります。孝明天皇から「学習院」の名を賜り、公家の子弟教育を担ってきました。

明治維新後の明治10年(1877年)、華族の教育機関として東京の神田錦町に華族学校が開設され、明治天皇の勅諭により「学習院」の名を継承しました。明治17年(1884年)には宮内省所轄の官立学校となり、華族の男子に相応しい教育を施す学校として位置づけられました。

大正15年(1926年)に公布された皇族就学令により、皇族男女は学習院または女子学習院で就学することが正式に定められ、名実ともに皇族の学校となりました。大正天皇、昭和天皇をはじめ、多くの皇族がこの学習院で学んでいます。

旧学習院初等科正堂は、まさにこの華族・皇族教育の黄金期に建設された建物であり、日本の近代教育史の一端を物語る貴重な遺産なのです。

設計者・新家孝正について

この建物を設計した新家孝正は、明治から大正期にかけて活躍した建築家です。皇居御造営事務局技手として宮内省関連の建築を数多く手がけ、官庁建築の分野で実績を重ねました。

新家孝正の現存する作品としては、旧学習院初等科正堂のほか、京都の無鄰菴洋館、旧川崎銀行水戸支店、上野動物園旧正門などがあります。また、片山東熊や高山幸次郎とともに東京国立博物館表慶館の設計にも参画しており、明治建築界における確かな地位を築いていたことがうかがえます。

いずれの作品も、西洋建築の語彙を用いながら日本の風土や文化に調和させる手腕が発揮されており、旧学習院初等科正堂もその系譜に連なる作品といえます。

房総のむらで過ごす一日

旧学習院初等科正堂は、房総のむらの「風土記の丘エリア」に位置しており、このエリアは入場無料で見学できます。建物単体の見学だけでなく、周辺の施設と合わせて訪れることで、より充実した体験ができます。

房総のむらは約51ヘクタールの広大な敷地を持つ体験博物館で、大きく二つのエリアに分かれています。「ふるさとの技体験エリア」では、江戸時代後期から明治時代初期の房総の町並みが再現されており、そば打ちやわら細工、陶芸の絵付けなど、年間400種類以上の伝統技術体験プログラムが用意されています。

「風土記の丘エリア」は、旧学習院初等科正堂が位置する古代の歴史を学ぶエリアです。龍角寺古墳群という国指定史跡があり、6世紀から7世紀にかけて造られた114基もの古墳が分布しています。中でも岩屋古墳は、一辺約80メートル、高さ13メートルという日本最大級の方墳(四角い古墳)として知られています。

風土記の丘資料館では、地域から出土した考古遺物が展示されており、古墳時代の暮らしや文化について学ぶことができます。

周辺の見どころ

旧学習院初等科正堂の南約150メートルには、龍角寺101号墳があります。直径約25メートルの円墳で、発掘調査の成果に基づいて円筒埴輪や人物埴輪が復元展示されています。古墳が築かれた当時の姿を視覚的に理解できる貴重な場所です。

岩屋古墳は房総のむらに隣接しており、無料で見学できます。三段に築かれた墳丘はまるで階段ピラミッドのようで、南側の斜面中央には二基の横穴式石室が並んでいます。入口が開いた状態で保存されているため、石室の構造を間近に観察することができます。

坂田ヶ池総合公園は房総のむらに隣接する自然豊かな公園で、池の周囲を散策したり、四季折々の花を楽しんだりすることができます。見学の締めくくりにゆったりと過ごすのに最適です。

時間に余裕がある方は、車で約20分の距離にある成田山新勝寺と門前町も訪れてみてください。歴史的な寺院建築と賑やかな参道の雰囲気は、房総のむらとは異なる日本文化の側面を体験できます。

おすすめの訪問時期

旧学習院初等科正堂は通年で見学可能ですが、季節によって異なる魅力があります。春は敷地内の桜が美しく、歴史的建造物と花のコントラストが写真映えします。秋は紅葉が建物の落ち着いた雰囲気と調和し、しっとりとした風情を楽しめます。

平日は来館者が少なく、建築をじっくり鑑賞するのに適しています。房総のむらでは季節ごとにさまざまなイベントが開催されますので、事前に公式サイトで確認されることをお勧めします。

開館直後の午前9時頃は、柔らかい朝の光が建物を美しく照らし、写真撮影に最適な時間帯です。

Q&A

Q旧学習院初等科正堂の見学に入場料は必要ですか?
A旧学習院初等科正堂は、房総のむらの「風土記の丘エリア」にあり、このエリアは入場無料です。ただし、江戸の町並みを再現した有料エリアや体験プログラムをご利用の場合は、一般300円、高校・大学生150円の入場料が必要です。中学生以下と65歳以上の方は無料です。
Q建物の内部は見学できますか?
A建物は博物館の展示施設として保存されています。保存状況やイベント開催状況によって内部公開の状況が異なる場合がありますので、来館時にスタッフにお尋ねください。
Q成田空港からのアクセス方法を教えてください。
A成田空港からJR成田線で成田駅まで約10分。成田駅西口4番バス停から「竜角寺台車庫」行きバスで約20分、「竜角寺台2丁目」下車後、徒歩約10分です。または、JR安食駅から「竜角寺台車庫」行きバスで約10分、「房総のむら」下車後、徒歩約3分でもアクセスできます。
Q駐車場はありますか?
A房総のむらには約300台収容の無料駐車場があります。また、旧学習院初等科正堂のすぐ近くにも風土記の丘エリア専用の無料駐車場(約50台)がありますので、お車でのアクセスも便利です。
Q見学にはどのくらいの時間が必要ですか?
A旧学習院初等科正堂と周辺の古墳のみを見学する場合は1〜2時間程度です。房総のむら全体(江戸の町並みエリアや体験プログラム含む)を楽しむ場合は、半日から一日を見込んでお越しください。

基本情報

名称 旧学習院初等科正堂(きゅうがくしゅういんしょとうかせいどう)
文化財指定 国指定重要文化財(建造物)
指定年月日 昭和48年(1973年)6月2日
建築年 明治32年(1899年)7月10日
設計者 新家孝正(しんけ たかまさ)
構造 木造平屋建、天然スレート葺および銅板葺
建築面積 647.7㎡
所在地 〒286-0000 千葉県成田市大竹1451(千葉県立房総のむら内)
所有者・管理者 千葉県
開館時間 9:00〜16:30
休館日 月曜日(祝日・休日の場合は翌日)、年末年始
入場料 無料(風土記の丘エリア)
アクセス JR成田線安食駅から千葉交通バス「竜角寺台車庫」行き約10分「房総のむら」下車徒歩3分/東関東自動車道成田ICから約20分
駐車場 無料(約300台)
お問い合わせ 千葉県立房総のむら TEL: 0476-95-3333

参考文献

旧学習院初等科正堂 - 千葉県
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/n111-022.html
【国指定重要文化財】旧学習院初等科正堂 - 成田市
https://www.city.narita.chiba.jp/shisei/page0152_00053.html
旧学習院初等科正堂 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/旧学習院初等科正堂
旧学習院初等科正堂 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/173712
体験博物館 千葉県立房総のむら 公式サイト
https://www.chiba-muse.or.jp/MURA/
千葉県立房総のむら - ちば観光ナビ
https://maruchiba.jp/spot/detail_10137.html
学習院の歴史 - 学習院
https://www.gakushuin.ac.jp/houjin/kikaku/history/index.html
龍角寺古墳群・岩屋古墳 - 千葉県
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/n411-017.html

最終更新日: 2025.12.05

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