1棟の講堂 ― 1973年に重要文化財
旧学習院初等科正堂は、千葉県成田市大竹字申内1451番地の千葉県立房総のむら構内にある明治時代の建造物で、1973年(昭和48年)6月2日に重要文化財に指定された。国宝ではなく、重要文化財としての指定である。所有は千葉県である。
員数は1棟である。年代の欄は明治/1899年で、木造、建築面積647.7平方メートル、一階建とされる。
文化庁は、東京四谷尾張町に講堂として建てられた、と記す。もとは東京にあった建物である。
ふりがなが、機関によって違う
同じ名称に、二通りの読みが与えられている。
文化庁のふりがなの欄は、がくしゅういんしょとうかせいどうである。旧の字が読みに入っていない。
一方、成田市の記録は、きゅうがくしゅういんしょとうかせいどうとする。こちらは旧の字が読まれている。
旧小西家住宅では、名称に旧があってふりがなにない、という食い違いがあった。あちらは文化庁の記録のなかで完結している。
本件は、文化庁と市の記録で読みそのものが分かれている。
樗谿神社では文化財の名称と所有者名が、旧小西家住宅では名称とふりがなが食い違っていた。本件は機関をまたいだ食い違いにあたる。
移された年と、その言い方が食い違う
建物が東京を離れた経緯について、二つの記録が合わない。
文化庁は、昭和十二年皇太子の入学に備えて新築する際、千葉県印旛郡遠山村(現成田市)に払い下げられ、と記す。昭和十二年は1937年である。
成田市は、昭和11年、宮内省から旧遠山村に下賜され、とする。昭和11年は1936年である。
年が1年違い、払い下げと下賜という語も違う。払い下げは売り渡すこと、下賜は目上から与えることをいう。
八ツ沢発電所施設では、記録の系統で所有者名が違っていた。石谷家住宅でも所有者の書き方が分かれていた。
本件は出来事の年と性格の両方が分かれている。どちらが正確かについては、人手による確認をお願いしたい。
三つの場所を経ている
建てられてから今の場所に至るまでに、二度移されている。
最初は東京市四谷区尾張町の学習院で、明治32年(1899年)の新築である。
次に、千葉県印旛郡遠山村の尋常高等小学校の講堂として移築された。成田市は、現遠山中学校の校地内と記す。
そして房総のむらに移築され、現在に至る。成田市は、房総のむらに移築されるまでは、成田市立遠山中学校の講堂として使用されていました、とする。
所有も学習院から村へ、そして千葉県へと移っている。旧小西家住宅では、会社が創業以来の建物を所有し続けていた。
本件は所有者も場所も変わりながら残った例になる。建てられた目的は一貫して講堂である。
見学
所在は千葉県成田市大竹字申内1451番地、千葉県立房総のむら構内である。
屋根の記載も二通りある。文化庁はスレート及び瓦棒銅板葺とし、成田市は天然スレート葺の屋根とする。
内部については、成田市が、中央に広間を設け、背面に広間床よりも高い演壇を設置しています、と記す。演壇正面には半円形の階段、広間の東西に控室を設けています、と続く。
外側には吹放しの手摺付のベランダを廻し、南側中央に石段を設けています、とされる。
評価は、文化庁が、木造平家建で装飾が少く意匠は簡潔であるが、様式手法は堅実で落着いた趣をもつ、とする。成田市は公開としており、房総のむらの開館時間に従う。訪問前に確認したい。
Q&A
- 旧学習院初等科正堂はいつ指定されましたか。
- 1973年(昭和48年)6月2日に重要文化財へ指定されました。国宝ではなく重要文化財で、員数は1棟、所有は千葉県です。
- 読み方はどちらが正しいのですか。
- 記録によって違います。文化庁は「がくしゅういんしょとうかせいどう」、成田市は「きゅうがくしゅういんしょとうかせいどう」としています。
- いつ東京から移されたのですか。
- 記録が分かれます。文化庁は昭和十二年(1937年)に払い下げられたとし、成田市は昭和11年(1936年)に宮内省から下賜されたとします。
- 何度移築されたのですか。
- 2度です。東京市四谷区尾張町の学習院から遠山村の小学校へ、さらに房総のむらへ移されています。
- 何が評価されているのですか。
- 文化庁は「木造平家建で装飾が少く意匠は簡潔であるが、様式手法は堅実で落着いた趣をもつ」と記します。
基本情報
| 名称 | 旧学習院初等科正堂/文化庁のふりがなは「がくしゅういんしょとうかせいどう」、成田市は「きゅうがくしゅういんしょとうかせいどう」 |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県成田市大竹字申内1451番地 千葉県立房総のむら構内 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物・近代その他)/国宝ではない |
| 指定年 | 1973年(昭和48年)6月2日 重要文化財 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造、建築面積647.7平方メートル、1階建。屋根は文化庁がスレート及び瓦棒銅板葺、成田市が天然スレート葺とする。中央に広間、背面に高い演壇を設け、外側に手摺付のベランダを廻す。年代の欄は明治/1899年 |
| 所有者 | 千葉県 |
| 公開状況 | 成田市は公開とする。房総のむらの開館時間に従う |
参考文献
- 文化遺産オンライン 旧学習院初等科正堂
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/173712
- 成田市 国指定重要文化財 旧学習院初等科正堂
- https://www.city.narita.chiba.jp/shisei/page0152_00053.html
- 千葉県立房総のむら
- https://www.chiba-muse.or.jp/MURA/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.06