現存鎧中最古 ― 1954年に国宝

沢瀉威鎧〈兜、大袖付〉は、愛媛県の大山祇神社が所蔵する平安時代の大鎧で、1954年(昭和29年)3月20日に国宝に指定された。員数は1領、種別は工芸品、指定番号は00156。読みは「おもだかおどしよろい〈かぶと、おおそでつき〉」である。

重要文化財の指定日と国宝の指定日がいずれも1954年3月20日で同じである。多くの国宝が重要文化財を経て数年から数十年後に指定されるのに対し、この鎧は同じ日に両方が記録されている。

文化庁の解説はこう記す。幅の狭い三手組糸をもって縦取りに威した手法は、古墳出土の挂甲残闕、正倉院伝来の挂甲残闕にも共通点があるが、平安時代の遺品としては、法隆寺伝来の澤潟威鎧雛形と本鎧があるだけで、現存鎧中最古のものである。

年代は伝承と推定が異なる

文化庁は年代について、二つの説を並べて記す。

当社では延喜の鎧と伝えているが、天慶の乱以後、前九年の役の間に作られたものと推定されている。

延喜は901年から923年、天慶の乱は939年から941年、前九年の役は1051年から1062年である。伝承(10世紀初め)と推定(10世紀半ばから11世紀半ば)に、100年以上の開きがある。文化庁の年代欄と西暦欄はいずれも空欄で、時代欄が「平安」とのみ記される。

本稿はいずれか一つを採らず、伝承と推定が異なることを記すにとどめる。「当社では」という書き方が、伝承の出所を所蔵者に限定している点にも注意したい。

三色の糸で沢瀉を象る

名称の「沢瀉威」は、威糸の色の配し方をさす。

文化庁の記載はこうである。三行孔の革札を三枚重ねに揺組に緘み、薄く生漆を施した横綴板を三手打の細い萌黄、黄、紅糸をもって澤潟に象り、縦取りに脅している。

沢瀉は水辺に生える草で、矢尻形の葉をもつ。萌黄・黄・紅の三色を配して、その葉の形を鎧の面に描き出す。色の並べ方そのものが文様になる。

耳糸、畦目、菱縫はすべて同式の紅糸で施してある。縁の処理は三色を使わず紅で統一される。文様の部分と縁の部分で扱いを分けている。

文化庁が「幅の狭い三手組糸をもって縦取りに威した手法」を古墳出土や正倉院伝来の挂甲と結びつけるのは、この威し方が古い系統に属することを示すためである。

欠けている部分が多い

文化庁の品質・形状の記載には、失われた部分が並ぶ。

草摺と脇楯はいずれも四間五段だが、射向の四段目、引敷の一段目、脇楯の四段目が欠失している。金具廻の革所、裾文、八双金物などは全て欠失。兜のしころは五段だが、八幡座、眉庇、吹返の包韋なども欠失している。

装飾に関わる部材がほぼ失われている。それでも国宝とされているのは、評価が装飾ではなく威し方の古さにあるためである。

残っている寸法は次のとおりである。小札の高さ6.3センチメートル、幅2.9センチメートル。兜鉢の高さ11.5センチメートル、前後径22.1センチメートル、左右径20.3センチメートル。

兜鉢は鉄地十二枚張の八間星鉢である。十二枚の鉄板を張り合わせ、八本の筋を立てる構成である。大袖の小札板は六段。

鑑賞

所有は大山祇神社である。同社は多くの武具を伝えており、宝物館で展示されている。

開館日と拝観料は変更されることがあるため、訪問前に神社の案内で確認したい。実物を目当てにする場合は、出陳の有無を必ず確かめたい。

大山祇神社には、他にも威鎧が伝わる。同じ社に複数の鎧があるので、名称の括弧書きで区別したい。兜が付くか大袖のみか、威糸の色は何かが、それぞれの名称に含まれている。

大山祇神社は愛媛県今治市の大三島にある。交通は今治桟橋からバス、または今治から車で瀬戸内しまなみ海道を利用する。

Q&A

Q沢瀉威鎧はいつ国宝に指定されましたか。
A1954年(昭和29年)3月20日です。重要文化財の指定日も同じ1954年3月20日で、両方が同じ日に記録されています。員数は1領、種別は工芸品、指定番号は00156。所有は大山祇神社です。
Qなぜ国宝に指定されたのですか。
A文化庁は、幅の狭い三手組糸をもって縦取りに威した手法が古墳出土や正倉院伝来の挂甲残闕と共通点をもつとし、平安時代の遺品としては法隆寺伝来の雛形と本鎧があるだけで「現存鎧中最古のもの」であると記します。
Qいつ頃作られたのですか。
A文化庁は「当社では延喜の鎧と伝えているが、天慶の乱以後、前九年の役の間に作られたものと推定されている」と記します。延喜は901年から923年、天慶の乱は939年から941年、前九年の役は1051年から1062年で、伝承と推定に100年以上の開きがあります。
Q「沢瀉威」とはどういう意味ですか。
A威糸の色の配し方をさします。三手打の細い萌黄、黄、紅の糸をもって沢瀉に象り、縦取りに威しています。沢瀉は水辺に生える矢尻形の葉をもつ草で、三色を配してその葉の形を鎧の面に描き出します。
Q欠けている部分はありますか。
A多くあります。草摺の射向四段目、引敷一段目、脇楯四段目が欠失し、金具廻の革所、裾文、八双金物などは全て欠失。兜も八幡座、眉庇、吹返の包韋などが欠失しています。装飾に関わる部材がほぼ失われていますが、評価は威し方の古さにあります。

基本情報

名称沢瀉威鎧〈兜、大袖付〉(おもだかおどしよろい かぶと、おおそでつき)
所在地愛媛県今治市大三島町宮浦 大山祇神社
指定区分国宝(工芸品)/指定番号00156
指定年1954年(昭和29年)3月20日 重要文化財および国宝(同日)
員数1領
寸法小札の高さ6.3センチメートル、幅2.9センチメートル。兜鉢の高さ11.5センチメートル、前後径22.1センチメートル、左右径20.3センチメートル。革札を三枚重ねに緘み、萌黄・黄・紅の糸で沢瀉に象り縦取りに威す。兜鉢は鉄地12枚張の8間星鉢。大袖の小札板6段。平安時代
所有者大山祇神社
公開状況大山祇神社の宝物館で展示。開館日と拝観料は変更されることがある

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 沢瀉威鎧〈兜、大袖付〉
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/450
文化遺産オンライン 沢瀉威鎧〈兜、大袖付〉
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/159375
大山祇神社 公式サイト
https://oomishimagu.jp/
文化庁 文化財の紹介
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/

最終更新日: 2026.09.04