「伝」の付く指定 ― 1962年に国宝
伝福岡県宗像大社沖津宮祭祀遺跡出土品は、沖ノ島の宗像大社沖津宮祭祀遺跡から出土したと伝えられる遺物で、1962年(昭和37年)6月21日に国宝に指定された。それに先立つ1959年(昭和34年)6月27日には重要文化財となっている。員数は一括、種別は考古資料である。
名称の頭に付く「伝」は、出土地が沖津宮祭祀遺跡と伝えられるが確定していないことを示す。出土地が確かなものとは別に指定されているわけで、出土地が確定している「福岡県宗像大社沖津宮祭祀遺跡出土品」は同じ日付で別件として国宝になっている。
二件は名称が一字違いで、指定日も同じである。資料を参照する際は「伝」の有無を確かめたい。文化庁は両件を別の指定番号で管理している。
なぜ出土地が確定しないのか
沖ノ島の遺物には、発掘調査によらず持ち出されたものが含まれる。学術調査は昭和期に行われたが、それ以前に島から出た品もある。
出土地点や出土の状況が記録されていない品は、遺跡から出たと伝えられていても確定できない。記録の有無が指定の区分を分けていることになる。
文化庁が「伝」を付して別件とするのは、確定した情報と伝承による情報を混ぜないためである。評価としては同格でも、来歴の確かさは別に扱うという姿勢が名称に表れている。
時代とともに変わる奉献品
福岡県の記録は、沖ノ島の祭祀遺物が時代とともに変化することを具体的に記す。
4世紀から5世紀は、鏡・武器・装身具が奉献された。6世紀にはカットグラス・馬具・金製指輪などの舶載品と、滑石製・鉄製の模造品が加わる。7世紀には土器と金銅製の雛型が主となり、盛唐時代の唐三彩長頸瓶や東魏時代の金銅製龍頭など中国からの舶載品が奉献された。8世紀になると、露天に設けられた祭場に土器・滑石製形代が主体となる。
実物の奉献から模造品の奉献へ移っている点が読み取れる。金や玻璃の実物を捧げた時代から、滑石で作った形代を捧げる時代へと、祭祀の形が変わっている。
文化庁の解説も、古墳時代以降、平安時代に至るまでの上代祭祀の状況をよく伝えており、他の祭祀遺物と比較してもきわめて異彩を放っている、と結ぶ。
祭場は岩の上と岩陰にある
福岡県の記録によれば、遺跡は島の中腹部にあり、巨岩の岩上や岩陰に祭場を設けたものが中心である。
建物を建てて祀るのではなく、島にある巨岩そのものを祭場とした。岩の上に品を並べる形と、岩の陰に置く形がある。建物を伴わない祭祀であるため、遺構としては岩と遺物の配置が残る。
8世紀に祭場が露天へ移ることは、岩から離れていく変化を示す。祭祀の場そのものが時代とともに移動している。
沖ノ島は古代日本と朝鮮・中国の間を航行往来する人々や近隣漁民の信仰に支えられ、後に三女神の鎮座する神域として保護されてきた。舶載品が多いのは、この航路上の位置による。
鑑賞
出土品は宗像大社の神宝館で保管・展示されている。開館時間と料金は変更されることがあるため、訪問前に宗像大社の案内で確認したい。
一括指定であるため、展示されるのは全体の一部である。「伝」の付く品と付かない品が展示上で区別されているとは限らないので、どちらの指定に属するかは解説表示で確かめたい。
沖ノ島そのものは宗像大社の御神体で、一般の上陸はできない。島では現在も一木一草一石たりとも持ち出しが禁じられている。この禁忌が遺物を島に留めたという経緯がある。
交通はJR鹿児島本線の東郷駅からバスで約12分、宗像大社前下車である。
Q&A
- 伝福岡県宗像大社沖津宮祭祀遺跡出土品はいつ国宝に指定されましたか。
- 1962年(昭和37年)6月21日です。それに先立つ1959年(昭和34年)6月27日に重要文化財となっています。員数は一括、種別は考古資料です。
- 名称の「伝」は何を意味しますか。
- 出土地が沖津宮祭祀遺跡と伝えられるが確定していないことを示します。出土地が確定している「福岡県宗像大社沖津宮祭祀遺跡出土品」は同じ日付で別件として国宝に指定されており、二件は名称が一字違いです。
- なぜ出土地が確定しないのですか。
- 沖ノ島の遺物には発掘調査によらず持ち出されたものが含まれ、出土地点や出土の状況が記録されていない品があるためです。記録の有無が指定の区分を分けており、確定した情報と伝承による情報を混ぜない扱いになっています。
- 奉献品は時代でどう変わりますか。
- 福岡県の記録によれば、4世紀から5世紀は鏡・武器・装身具、6世紀はカットグラス・馬具・金製指輪などの舶載品と滑石製や鉄製の模造品、7世紀は土器と金銅製の雛型に唐三彩や金銅製龍頭が加わり、8世紀は露天の祭場で土器・滑石製形代が主体となります。実物の奉献から模造品の奉献へ移っています。
- 出土品はどこで見られますか。
- 宗像大社の神宝館で保管・展示されています。一括指定のため展示は全体の一部で、「伝」の付く品かどうかは解説表示で確かめてください。沖ノ島そのものは御神体で一般の上陸はできません。JR東郷駅からバスで約12分です。
基本情報
| 名称 | 伝福岡県宗像大社沖津宮祭祀遺跡出土品(でんふくおかけんむなかたたいしゃおきつぐうさいしいせきしゅつどひん) |
|---|---|
| 所在地 | 福岡県宗像市田島2331 宗像大社神宝館 |
| 指定区分 | 国宝(考古資料)/出土地とされる沖ノ島は世界遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」構成資産 |
| 指定年 | 1959年(昭和34年)6月27日 重要文化財/1962年(昭和37年)6月21日 国宝 |
| 員数 | 一括 |
| 寸法 | 沖ノ島の祭祀遺物。4世紀から5世紀は鏡・武器・装身具、6世紀はカットグラス・馬具・金製指輪と滑石製や鉄製の模造品、7世紀は土器と金銅製の雛型に唐三彩や金銅製龍頭、8世紀は土器・滑石製形代。古墳時代から平安時代 |
| 所有者 | 宗像大社 |
| 公開状況 | 宗像大社神宝館で保管・展示。一括指定のため展示は全体の一部。沖ノ島への一般の上陸は不可 |
参考文献
- 福岡県文化財データベース 福岡県宗像大社沖津宮祭祀遺跡出土品・伝福岡県宗像大社沖津宮祭祀遺跡出土品
- https://www.fukuoka-bunkazai.jp/frmDetail.aspx?db=1&id=44
- 文化庁 国指定文化財等データベース 福岡県宗像大社沖津宮祭祀遺跡出土品
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/862
- 「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群 公式サイト
- https://www.okinoshima-heritage.jp/
- 宗像大社 神宝館
- https://munakata-taisha.or.jp/shinpoukan.html
最終更新日: 2026.09.03