康治元年の銅板経 ― 1953年に国宝

銅板法華経は、福岡県太宰府市石坂の九州国立博物館が保管する平安時代の銅板経で、1953年(昭和28年)11月14日に国宝に指定された。それに先立つ1906年(明治39年)4月14日には重要文化財となっている。指定名称は「銅板法華経〈康治元年九月廿四日書写畢在銘/〉銅筥」で、銅板と、それを納める銅筥をあわせて指定されている。

福岡県の記録はこう記す。方形の銅板の両面に法華経と梵文の般若心経を線刻した銅板経と、それを納める金銅の筥。室町時代に求菩提山の普賢窟で発見されたもの。

制作の経緯も銘文から分かる。33枚目の銅板経の奥書、銅筥底裏の銘文などから、康治元年(1142年)、大勧進の頼厳ほか十余人の人々によって造顕供養されたことがわかる。年、発願者、参加人数が銘文に記されているわけである。

紙ではなく銅に刻む

経典は通常、紙に墨で書写する。銅板経は、方形の銅板に線刻するものである。

両面に刻むため、一枚で二面分を使える。法華経と梵文の般若心経が刻まれている。梵文が含まれる点は、漢訳経典だけでない構成を示す。

銅に刻む理由は、経塚に埋納するためである。経塚は、経典を土中に埋めて後世に伝える施設で、紙のままでは朽ちてしまう。朽ちない材に移し替えるという発想が銅板経の前提にある。

納める容器も金銅製である。銅板を銅筥に納め、それを埋める。二重に守る構造になっている。

銅筥の図像が評価されている

福岡県の記録で最も重く扱われているのは、経文そのものではなく銅筥の外側面である。

銅筥外側面の、並坐の釈迦・多宝二仏、弥陀三尊などの図像は、数少ない平安時代の絵画資料でもある、と記す。経典を納める容器が、絵画資料として評価されているという構成である。

並坐の釈迦・多宝二仏は、法華経見宝塔品に説かれる場面で、多宝塔の中に釈迦と多宝如来が並んで座る。納める経が法華経であることと図像が対応している。

弥陀三尊については、さらに一段の説明がある。とくに、弥陀三尊の図は、浄土教の思想が経典を不朽に伝えるという経塚本来の信仰と並んで、埋納品にも形として具体的に表れた例として注目される。

経塚は本来、経典を不朽に伝えるための施設である。そこに浄土教の思想が入り込んでいることが、弥陀三尊の図から読み取れる、という指摘である。

室町時代の発見

この銅板経は、埋められたまま忘れられ、後に発見された。

福岡県は「室町時代に求菩提山の普賢窟で発見されたもの」と記す。埋納が康治元年(1142年)であるから、およそ400年を経て見つかったことになる。

求菩提山は福岡県豊前市にある山で、修験の場として知られる。普賢窟はその山中の窟である。埋納地と、現在の保管地(太宰府市の九州国立博物館)は別である。

指定名称に「康治元年九月廿四日書写畢在銘」と銘文が組み込まれている点にも注意したい。書写を終えた日付が名称の一部になっている。

鑑賞

銅板法華経は九州国立博物館が保管する。福岡県の記録は「九州国立博物館にて期間限定公開」とし、常設展示ではない。

開館時間は9時30分から17時(入館は16時30分まで)、休館日は月曜日(祝日・振替休日の場合はその翌日)である。観覧料は文化交流展が有料で、特別展は別料金である。実物を目当てにする場合は、出陳の有無を必ず確かめたい。

発見地の求菩提山は福岡県豊前市にある。銅板経そのものは現地にないが、山と窟は残っている。

九州国立博物館へは、西鉄太宰府駅から徒歩約10分である。

Q&A

Q銅板法華経はいつ国宝に指定されましたか。
A1953年(昭和28年)11月14日です。それに先立つ1906年(明治39年)4月14日に重要文化財となっています。指定名称は「銅板法華経〈康治元年九月廿四日書写畢在銘/〉銅筥」で、銅板とそれを納める銅筥をあわせて指定されています。
Qなぜ銅板に経文を刻んだのですか。
A経塚に埋納するためです。経塚は経典を土中に埋めて後世に伝える施設で、紙のままでは朽ちてしまいます。朽ちない材に移し替えるという発想が前提にあり、納める容器も金銅製として二重に守る構造になっています。
Qいつ誰が作ったのですか。
A福岡県の記録によれば、33枚目の銅板経の奥書と銅筥底裏の銘文などから、康治元年(1142年)に大勧進の頼厳ほか十余人の人々によって造顕供養されたことがわかります。年、発願者、参加人数が銘文に記されています。
Q銅筥の図像はなぜ重要なのですか。
A福岡県は、銅筥外側面の並坐の釈迦・多宝二仏や弥陀三尊などの図像を数少ない平安時代の絵画資料でもあるとします。とくに弥陀三尊の図は、浄土教の思想が経塚本来の信仰と並んで埋納品にも形として表れた例として注目されると記しています。
Q銅板法華経は見られますか。
A九州国立博物館が保管しますが、福岡県の記録は「期間限定公開」とし常設展示ではありません。開館時間は9時30分から17時、休館日は月曜日です。実物を目当てにする場合は出陳の有無を必ず確かめてください。西鉄太宰府駅から徒歩約10分です。

基本情報

名称銅板法華経(どうばんほけきょう)/指定名称 銅板法華経〈康治元年九月廿四日書写畢在銘〉銅筥
所在地福岡県太宰府市石坂4-7-2 九州国立博物館
指定区分国宝(考古資料)
指定年1906年(明治39年)4月14日 重要文化財/1953年(昭和28年)11月14日 国宝
員数銅板経と銅筥をあわせて指定
寸法方形の銅板の両面に法華経と梵文の般若心経を線刻。納める筥は金銅製で、外側面に並坐の釈迦・多宝二仏、弥陀三尊などの図像。康治元年(1142年)
所有者九州国立博物館が保管
公開状況期間限定公開で常設展示ではない。月曜休館。文化交流展は有料。開館時間は博物館の案内を確認

参考文献

福岡県文化財データベース 銅板法華経 銅筥
https://www.fukuoka-bunkazai.jp/frmDetail.aspx?db=1&id=43
豊前市 文化財
https://www.city.buzen.lg.jp/kanko/miru/bunkazai/04.html
九州国立博物館 公式サイト
https://www.kyuhaku.jp/
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.04