1基の可動橋 ― 2003年に重要文化財

旧筑後川橋梁(筑後川昇開橋)は、福岡県大川市大字向島地先と佐賀県佐賀市諸富町大字為重地先にある昭和時代の建造物で、2003年(平成15年)5月30日に重要文化財に指定された。国宝ではなく、重要文化財としての指定である。

員数は1基である。年代の欄は昭和/1935年で、鋼製昇開橋、橋長507.2メートルとされる。

文化庁は、旧筑後川橋梁は、有明海に注ぐ筑後川河口より約8.5キロメートル上流に位置する昇開式の可動橋である、と記す。

登録文化財から、重要文化財へ移っている

二つの制度を順に経ている。

筑後川昇開橋の記録によれば、平成8年12月26日に国登録文化財となり、平成15年5月30日に国指定重要文化財となった。

1996年に登録され、2003年に指定されている。登録は1996年に始まった制度で、指定より軽い保護にあたる。

ここまで扱った物件は、いずれも指定のみか、重要文化財から国宝への移行だった。鼉太鼓は重要文化財から国宝まで119年、金銅錫杖頭は80年である。

本件は登録から指定へ7年で移っている。制度をまたいだ移行の例になる。

その間の1987年に佐賀線が廃止され、1996年に遊歩道が開通している。鉄道橋としての役目を終えたあとに登録され、指定へ至ったことになる。

同じ記録のなかに、新旧の自治体名が混ざる

市町村の名が、欄によって古いものと新しいものに分かれる。

所在地の欄は、福岡県大川市大字向島地先、佐賀県佐賀市諸富町大字為重地先である。佐賀市諸富町と、合併後の表記になっている。

一方、所有者名の欄は大川市と諸富町の二つである。諸富町は合併により佐賀市の一部となっており、現在は自治体として存在しない。

同じ記録のなかで、所在地は新しい名、所有者は古い名になっている。

鎏金獣帯鏡ではト書の欄に豊木村、土偶/宮城県遠田郡田尻町蕪栗恵比須田出土では名称に田尻町と、いずれも指定当時の町村名が残っていた。あちらは一つの欄のなかで完結する。

本件は同じ記録の二つの欄で新旧が並んでいる。所在都道府県の欄も福岡県のみで、佐賀県が入っていない。

六種の部材が数えられて、員数は1基である

構成が細かく並べられたうえで、全体が一つに数えられる。

文化庁は、鋼製ワーレントラス2基、鋼製吊上塔2基、鋼製プレートガーダー13基(可動桁1基を含む)、コンクリート造橋台2基(左岸側翼壁を含む)、鉄筋コンクリート造橋脚14基、バランスウェイト及び巻上装置1式(機械室を含む)よりなる、と記す。

六種の部材が挙げられ、それぞれに数が付く。合わせると33基と1式になる。

それでいて員数の欄は1基である。

神戸女学院では、三つの建物と二本の渡廊下で1棟だった。霧島神宮では、三つの建物が屋根でつながって1棟だった。

本件は部材の種類ごとに数えたうえで、全体を1基としている。括弧で内訳を添える書き方も三か所にある。

見学

ふりがなの欄は、きゅうちくごがわきょうりょうである。括弧のなかの筑後川昇開橋には読みが与えられていない。

刀〈金象嵌銘来国光スリ上/本阿(花押)〉では、山括弧も斜線も丸括弧も読みに再現されていた。本件は括弧の中身ごと落ちている。ふりがなの与え方としては5型目になる。

評価は、わが国に現存する最古の昇開式の可動橋として、貴重なものである、とされる。

続けて、大規模な構造躯体と技術的完成度の高い可動装置の設計及び施工を、専門を異にする技術者らの高度な協同作業のもとに実現した、鉄道可動橋建設技術の確立を表徴する遺構として、重要といえる、と結ばれる。専門の違う技術者が協力したことが、価値の理由に挙げられている。

現在は遊歩道として通行できる。ただし可動桁の昇降については、ワイヤーの不具合により支障が生じていると管理者が知らせている。訪問前に確認したい。

Q&A

Qこの橋はいつ指定されましたか。
A2003年(平成15年)5月30日に重要文化財へ指定されました。その前の1996年(平成8年)12月26日には国登録文化財となっています。
Q所有者はどこですか。
A大川市と諸富町の二つです。諸富町は合併により佐賀市の一部となっており、所在地の欄は佐賀市諸富町と新しい表記になっています。
Qどのような構成ですか。
Aワーレントラス2基、吊上塔2基、プレートガーダー13基、橋台2基、橋脚14基、バランスウェイト及び巻上装置1式です。それでいて員数は1基とされます。
Q何が評価されているのですか。
A文化庁は最古の昇開式可動橋であることに加え、「専門を異にする技術者らの高度な協同作業のもとに実現した」点を挙げ、鉄道可動橋建設技術の確立を表徴する遺構とします。
Q渡ることはできますか。
A遊歩道として通行できます。ただし可動桁の昇降はワイヤーの不具合により支障が生じていると管理者が知らせています。

基本情報

名称旧筑後川橋梁(筑後川昇開橋)(きゅうちくごがわきょうりょう)/ふりがなは括弧の外のみ
所在地福岡県大川市大字向島地先、佐賀県佐賀市諸富町大字為重地先。所在都道府県の欄は福岡県のみ
指定区分重要文化財(建造物・近代その他)/国宝ではない/1996年に国登録文化財、2003年に重要文化財
指定年2003年(平成15年)5月30日 重要文化財
員数1基
寸法鋼製昇開橋、橋長507.2メートル。鋼製ワーレントラス2基、鋼製吊上塔2基、鋼製プレートガーダー13基(可動桁1基を含む)、コンクリート造橋台2基(左岸側翼壁を含む)、鉄筋コンクリート造橋脚14基、バランスウェイト及び巻上装置1式(機械室を含む)よりなる。年代の欄は昭和/1935年
所有者大川市、諸富町
公開状況遊歩道として通行できる。可動桁の昇降は支障が生じていると管理者が知らせている

参考文献

文化遺産オンライン 旧筑後川橋梁(筑後川昇開橋)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/158345
筑後川昇開橋 昇開橋についてのご紹介
https://www.shoukaikyou.com/outline/
筑後川昇開橋 公式サイト
https://www.shoukaikyou.com/
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.07