楠森河北家住宅|800年の歴史が息づく福岡うきはの登録有形文化財

福岡県うきは市の豊かな田園地帯に佇む「楠森河北家住宅」は、日本の農村文化を今に伝える貴重な文化遺産です。江戸時代から大正時代にかけて建てられた8棟の伝統的な木造建築からなるこの屋敷は、800年余り36代にわたって河北家が受け継いできた、現在も住み継がれている稀有な歴史的住宅です。

国登録有形文化財としての価値

楠森河北家住宅は2004年(平成16年)3月2日、国の登録有形文化財に登録されました。この屋敷は、江戸時代から大正時代にかけて建てられた8棟の建物で構成されており、それぞれの時代の建築技術と生活様式を今に伝えています。

登録の理由は単に建物の古さだけではありません。当時の屋敷構成がそのまま残された完全な形での保存が、現代の日本では極めて貴重であることが評価されています。この住宅は、数世紀にわたる日本の農村における上層民家の暮らしぶり、社会的地位、そして建築的嗜好を示す生きた証人なのです。

8棟の歴史的建造物

敷地内にある各建物は、それぞれ異なる目的を持ち、異なる時代の建築様式を反映しています。

主屋 ― 明治14年(1881年)建築

屋敷の中心となる主屋は、東面して建つ妻入の木造2階建てです。屋根は東面が入母屋造、西面が切妻造の桟瓦葺で、各面には高さの異なる下屋を廻しています。南面や西面には角屋が突出し、複雑な平面に対応した変化ある外観を生み出しています。建築面積は254平方メートルに及び、上層民家に相応しい雄大な規模と格式ある構成を備えた堂々たる建物です。

住宅座敷 ― 明治中期建築

主屋の南西方に接続して建つ離れ座敷です。木造平屋建てで、3室からなるL字型の平面構成を持ちます。屋根は南北棟の入母屋造で下屋を廻し、南面東側には寄棟造の屋根が突出しています。全体に繊細な数寄屋風の造りで、軒下の小窓に軒丸瓦をはめ込んで飾るなど、要所に洒落た趣向が凝らされています。

新座敷 ― 大正初期建築

主屋南面の東に廊下で結ばれている接客用の座敷です。木造平屋建て、入母屋造、桟瓦葺で、下屋を廻しています。内部は1間半(約2.7メートル)の大床を備えた12畳半の1室で、周囲に縁側を設けた開放的な造りとなっています。良材を用いた丁寧な仕事が随所に見られ、壁や欄間などの造作も手が込んでいます。

材木小屋 ― 明治前期建築

桁行約16メートルの土蔵造で、西側に秤蔵が接続した収納小屋です。屋根は東西棟の切妻造、桟瓦葺で、南面に戸口を2箇所設け、庇がついています。外壁は漆喰塗で、内部は東西に分かれており、西側は2階建て、東側は吹き抜けの広大な1室となっています。屋敷内で最も大きい収納施設です。

秤蔵 ― 明治後期建築

桁行約7メートルの木造平屋建て、切妻造、桟瓦葺で、材木小屋の西妻面に接続して建っています。床材に万延2年(1861年)の墨書がありますが、家相図の記録から明治後期に現在地に移動し、改造されたと考えられています。屋敷構成の変遷を知る上で欠かせない存在です。

炭部屋 ― 万延2年(1861年)頃建築

主屋の北西方に離れて建ち、西で米蔵と接する建物です。木造2階建て、東西棟の切妻造、桟瓦葺で、南面には戸口2箇所を設け、下屋庇がついています。外壁は漆喰塗で1階の腰を縦板張とし、2階には虫籠窓を備えています。1階に3室、2階に居室を設けた重厚な造りの付属施設です。

米蔵・器蔵 ― 文化9年(1812年)・安政4年(1857年)増築

南北棟の切妻造、桟瓦葺、2階建ての土蔵です。外壁は漆喰塗、腰を縦板張としています。北半分の米蔵は棟木に文化9年の墨書、南半分の器蔵は柱に安政4年の墨書があり、45年の間隔を置いて器蔵が増築されて現状になったと考えられています。窓や庇の造り、位置などの違いに建築時期の差が明確に現れています。

味噌部屋 ― 明治前期・大正期増築

主屋の西方に位置する建物です。木造平屋建て、南北棟の切妻造、桟瓦葺で、東面に戸口を設け、東と西の各面に虫籠窓があります。外壁は軒裏まで塗り込めた荒壁仕上げで、腰は縦板張になっています。南妻面の下屋は大正期の増築で、主屋北西方の裏庭空間の構成要素のひとつとなっています。

なぜこの住宅が文化的に重要なのか

楠森河北家住宅が特別な文化的価値を持つ理由は、いくつかの要素が組み合わさっています。第一に、上層民家の屋敷構成が完全な形で残された数少ない例であることです。個々の歴史的建造物は日本各地に存在しますが、主屋から蔵、付属施設まで含めた屋敷全体がそのまま保存されているケースは極めて稀です。

第二に、800年以上にわたって同じ一族が住み続け、維持してきたという継続性です。河北家はその祖先を相撲の神として後世まで名高い「大蔵永季」に遡ります。その歴史を反映して、家紋は相撲取りの姿を模した大変珍しいものとなっています。

第三に、日本の他の地域ではほとんど失われてしまった伝統的な習俗や行事が今も継承されていることです。特に「壁結(かべゆい)」と呼ばれる竹垣修復の伝統行事は、300年以上の歴史を持つ貴重な民俗行事として続けられています。

さらに、この住宅は日本近代美術史研究の先駆者であり、美術評論家として知られる河北倫明の生家としても歴史的意義を持っています。

壁結(かべゆい)― 300年以上続く伝統行事

楠森河北家住宅の最も注目すべき特徴のひとつが、300年以上継続している「壁結(かべゆい)」という竹垣修復の伝統行事です。かつては旧正月の20日に行われていましたが、現在は例年3月初旬に開催され、地域のボランティアが集まって屋敷を取り巻く竹垣の補修作業を行います。

作業では、竹塀の手前に新しい竹を差し、古くなった竹は取り除きます。4段ある孟宗竹の竹縁は4年を1サイクルとして順次取り替えていき、最下段の古いものを取り除いて最上段に新しいものを加えます。最後に、昔ながらの荒縄だけを用いる技法で裏竹と結って仕上げていきます。釘や現代的な留め具は一切使用しません。

中世では各地の領主の館や地侍の屋敷でこのような垣根の手入れが行われていましたが、竹垣を残す屋敷が少なくなった現在では、北部九州で行っているのはここ河北家だけとなりました。後世に伝えたいと願う地元の方々の善意によって、この貴重な伝統が今も守り継がれています。

楠森堂 ― 屋敷で受け継がれる在来茶

河北家は江戸時代末期からおよそ200年にわたってこの地で茶を栽培してきました。現在は「楠森堂」として、希少な「在来茶」を生産しています。

国内の茶園の99%が挿し木で増やした「改良品種」を栽培する中、楠森堂では樹齢100年を超える在来種の茶樹を大切に育てています。在来種は種から育てるため(実生)、深く太い直根を伸ばして生命力が強く、長寿命です。一株一株の特徴がすべて異なるため、さまざまな個性が自然にブレンドされた、複雑で奥深い、日本古来のお茶本来の味わいを楽しむことができます。

茶葉は伝統的な製法で加工され、築200年を超える蔵の中でじっくり熟成させた「蔵出し煎茶」として提供されています。この希少な在来茶の購入を希望される方は、作業の都合もあるため事前に連絡することをお勧めします。農薬不使用栽培で丁寧に育てられたお茶は、オンラインショップでも購入可能です。

四季折々の魅力と自然の美しさ

屋敷の敷地内では、季節ごとに異なる魅力を楽しむことができます。初夏になると敷地内の水路に蛍が舞い、現代日本では稀となった幻想的な光景が広がります。「楠森」という屋号は「楠の森」を意味し、屋敷は今も古い楠の大木に囲まれて、夏の暑い時期でも涼やかな木陰を作り出しています。

日本人が「故郷の風景(ふるさとのふうけい)」と呼ぶ、懐かしい原風景がここには残されています。伝統的な建築、竹垣、水路、そして周囲の森が一体となって、何世紀にもわたって存在してきた日本の農村の姿を今に伝えています。

うきは市の魅力 ― 文化探訪の目的地として

うきは市には、楠森河北家住宅と併せて訪れたい魅力的な観光スポットが数多くあります。「筑後吉井」地区には、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された白壁の町並みが残り、江戸時代に豊後街道の宿場町として栄えた面影を今に伝えています。

「浮羽稲荷神社」は、91基の赤い鳥居が約300段の石段に沿って連なる絶景スポットとして、SNSでも人気を集めています。山に沿って続く鳥居を登った先からは、筑後平野を一望できる素晴らしい眺望が広がります。

「フルーツ王国」として知られるうきは市では、桃、ぶどう、柿、梨、いちごなど、年間を通じて旬の果物を楽しむことができます。多くの観光農園でフルーツ狩り体験も可能です。「日本の棚田百選」に選ばれた「つづら棚田」は、9月中旬に約50万本の彼岸花が咲き乱れる壮観な景色で知られています。

文化探訪の後は、国民保養温泉地に指定された「筑後川温泉」で疲れを癒すのもおすすめです。良質なアルカリ性温泉は「美人の湯」としても親しまれています。

Q&A

Q楠森河北家住宅の内部を見学することはできますか?
A現在も住居として使用されているため、定期的な内部公開は行われていません。ただし、外観や特徴的な竹垣は敷地外から見学することができます。特別なお問い合わせは、楠森堂(TEL: 0943-77-4019)まで事前にご連絡ください。
Q訪問に最適な時期はいつですか?
A初夏(6月頃)は敷地内の水路で蛍が舞う幻想的な光景を楽しめます。伝統行事「壁結」は例年3月初旬に行われます。秋には紅葉が美しく、近くの「つづら棚田」では9月中旬に彼岸花が見頃を迎えます。
Q楠森堂の在来茶はどこで購入できますか?
A楠森堂のオンラインショップ(kusumoridou.shop)で希少な在来茶を購入できます。屋敷での直接購入をご希望の場合は、作業の都合により対応できない場合もあるため、必ず事前にご連絡ください。
Q相撲取りの家紋にはどのような意味がありますか?
A河北家は相撲の神として後世まで名高い「大蔵永季」を祖先としています。力士が相撲を取る姿を模した家紋は日本の紋章の中でも極めて珍しいもので、800年以上続く由緒ある家系を象徴しています。
Qアクセス方法を教えてください。
A【車】博多駅から約60km、約1時間5分。大分自動車道「杷木IC」または「朝倉IC」から約10分。【電車】博多駅からJR久大本線で「うきは駅」まで約1時間42分、駅から約2.1km。

基本情報

名称 楠森河北家住宅(くすもりかわきたけじゅうたく)
文化財指定 国登録有形文化財(平成16年3月2日登録)
建物数 8棟(主屋、座敷、新座敷、材木小屋、秤蔵、炭部屋、米蔵・器蔵、味噌部屋)
建築年代 江戸時代(文化9年/1812年)から大正時代初期
所在地 〒839-1408 福岡県うきは市浮羽町山北2056
車でのアクセス 博多駅から約60km(約1時間5分)/大分自動車道「杷木IC」「朝倉IC」から約10分
電車でのアクセス JR久大本線「うきは駅」下車(博多駅から約1時間42分)、駅から約2.1km
お問い合わせ 楠森堂 TEL/FAX 0943-77-4019
文化財に関するお問い合わせ うきは市教育委員会 生涯学習課 文化財保護係 TEL 0943-75-3343
公式サイト https://kusumoridou.com/

参考文献

楠森堂 福岡うきはで二百年【在来種のお茶】 | 国登録有形文化財「楠森河北家住宅」
https://kusumoridou.com/about/kawakitake/
楠森河北家住宅(国の登録有形文化財)| うきは市
https://www.city.ukiha.fukuoka.jp/kiji0035114/index.html
楠森河北家住宅主屋 | 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/141351
うきは市観光ガイド【筑後エリア】| クロスロードふくおか
https://www.crossroadfukuoka.jp/areaguide/ukiha-shi
楠森堂 福岡うきはで二百年【在来種のお茶】 | アクセス
https://kusumoridou.com/about/access/
うきは観光サイト : Enjoy your trip to UKIHA!
https://ukihalove.jp/

最終更新日: 2026.01.29

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