下鳥渡供養石塔:時を超えて伝わる母への想い
福島市南部の静かな田園風景の中、陽泉寺の境内にひっそりと佇む一基の石塔があります。下鳥渡供養石塔(しもとりわたくようせきとう)は、今から760年以上前の鎌倉時代に、ある女性が亡き母のために建立した供養塔です。
国指定史跡に指定されているこの石塔は、東北地方における阿弥陀来迎思想を表現した石造美術の最高傑作として知られています。観光客で賑わう名所とは異なる、静謐で心洗われる歴史体験が、ここにはあります。
下鳥渡供養石塔とは
下鳥渡供養石塔は、安山岩質凝灰岩から作られた大型の石碑で、高さ約170センチメートル、幅約115センチメートルを誇ります。自然石の表面を丁寧に研磨し、浄土教において最も重要な図像のひとつである阿弥陀三尊(阿弥陀如来・観世音菩薩・勢至菩薩)の来迎図が浮彫で表現されています。
中央に配された阿弥陀如来は光明を放つ頭光を背負い、向かって右の観世音菩薩は蓮台を前に差し出し、左の勢至菩薩は両手を合わせて合掌しています。三尊はいずれも飛雲に乗り、衣の裾が風にたなびく様子が見事に表現されています。これは「来迎」—阿弥陀如来が臨終の際に極楽浄土から迎えに来る情景—を表したもので、浄土教美術の真髄といえる表現です。
母を想う娘の祈り—碑文が語る物語
この石塔には、心に響く銘文が刻まれています。左端には「右志者為悲母也 平氏女敬白」、右端には「正嘉二年大歳戊午九月十八日」と記されています。
この銘文から、正嘉二年(1258年)9月18日、平氏出身の女性が、亡き母(「悲母」)の供養のためにこの石塔を建立したことがわかります。「敬白」という丁寧な言葉遣いからは、母への深い敬愛の情が伝わってきます。阿弥陀三尊来迎図を選んだのは、母が阿弥陀如来に導かれて西方極楽浄土に往生することを願う、娘の切なる祈りの表れでしょう。
鎌倉時代、この地域は鎌倉幕府の評定衆も務めた二階堂氏の所領でした。そのため、この「平氏女」は二階堂一族に連なる女性ではないかと推測されています。ただし、二階堂氏は藤原姓を名乗っていたため、彼女の正確な出自は歴史のベールに包まれたままです。
なぜ国指定史跡なのか—その文化的価値
下鳥渡供養石塔は、昭和10年(1935年)6月7日に国の史跡に指定されました。その文化的・歴史的重要性は、いくつかの観点から理解できます。
第一に、鎌倉時代における東北地方の阿弥陀来迎思想の表現として、極めて稀少な遺例です。文化遺産オンラインの解説によれば、「鎌倉時代此地方ニ於ケル阿弥陀來迎思想ノ表現ヲ見ルベキ稀有ノモノ」とされ、福島県内の同種の石仏の中でも最優秀作品と評価されています。
第二に、保存状態が極めて良好です。長い間、彫刻面を下にして地中に伏せていたため、風化から守られ、飛雲や衣紋の細やかな表現が今日まで美しく残されています。
第三に、明確な銘文により正確な年代と背景が判明しており、鎌倉時代の宗教実践や女性の仏教信仰を知る上で、貴重な歴史資料となっています。
第四に、文献資料の乏しいこの時代の東北地方における浄土信仰の広がりを示す重要な物証です。
見どころ—鎌倉時代の石工の技を読み解く
石塔を鑑賞する際には、鎌倉時代の石工が駆使した高度な技法にぜひ注目してください。特に見事なのは、三尊の足元に彫られた飛雲の表現です。繊細でありながら躍動感に満ち、天空を飛翔する様子が生き生きと伝わってきます。
三尊の衣の表現も秀逸です。優雅な曲線を描きながら風にたなびく衲衣は、単なる静止した彫刻ではなく、今まさに極楽浄土から舞い降りてきた瞬間を捉えたかのような動きを感じさせます。
中央の阿弥陀如来は光明放射の頭光を背負い、蓮台を差し出す観世音菩薩と合掌する勢至菩薩がそれを囲みます。両菩薩もそれぞれ円形の頭光を負っています。この構図は、浄土教が約束する最も心安らぐ教え—阿弥陀如来が臨終の信者を自ら迎えに来て極楽浄土へ導くという「来迎」—の本質を見事に表現しています。
陽泉寺—もうひとつの文化財
下鳥渡供養石塔が所在する陽泉寺は、曹洞宗の寺院で、山号を朝日山といいます。この寺院自体にも、見逃せない文化財があります。
本堂に安置されている木造釈迦如来坐像は、国の重要文化財に指定されています。像高87.9センチメートルのこの仏像は、胎内銘から応安4年(1371年)に仏師・円勝、法教、乗円によって制作されたことが判明しています。鎌倉時代末期から室町時代初期の仏像彫刻の優品であり、石塔と合わせて鑑賞することで、中世の仏教美術をより深く理解することができます。
陽泉寺は、伊達稙宗(伊達政宗の曾祖父)が開基となった陽林寺(福島市小田)の6世・玉芳峰積によって開山されました。
参拝のご案内
下鳥渡供養石塔は、陽泉寺本堂の北側約100メートル、小高い丘の上の木立の中にある覆堂(おおいどう)内に安置されています。覆堂は石塔を風雨から守るために設けられており、正面と側面に格子窓が設けられています。
保存のため覆堂は施錠されていますが、格子越しに石塔を拝観することができます。木漏れ日が差し込む静かな環境は、この供養石塔にふさわしい厳かな雰囲気を醸し出しています。
周辺の観光スポット
下鳥渡供養石塔への訪問は、福島市周辺の魅力的な観光地と組み合わせることで、より充実した旅となります。
飯坂温泉は、鳴子・秋保と並ぶ「奥州三名湯」のひとつに数えられる歴史ある温泉郷です。福島駅から電車で約20分というアクセスの良さも魅力です。元禄2年(1689年)には松尾芭蕉が「奥の細道」の途中に立ち寄り、「鯖湖湯」で湯浴みしたと伝えられています。9つの共同浴場があり、昔ながらの熱めのお湯で湯めぐりを楽しむことができます。
花見山公園は、福島県を代表する花の名所です。春には桜、梅、レンギョウ、木蓮、花桃などが一斉に咲き競い、「桃源郷」と称される絶景が広がります。写真家・秋山庄太郎氏が「福島に桃源郷あり」と絶賛したことで全国的に知られるようになりました。
フルーツラインは、飯坂温泉から土湯温泉入口までを結ぶ約14キロメートルの道路で、沿道には果樹園が点在しています。6月のさくらんぼに始まり、桃、梨、ぶどう、りんごと、初夏から12月まで半年以上にわたって「くだもの狩り」が楽しめます。
磐梯吾妻スカイラインは、「日本の道100選」にも選ばれた全長約29キロメートルの山岳観光道路です。最高標高1,622メートルを走る「空を走る道」では、吾妻連峰の雄大な景観を堪能できます。春の「雪の回廊」、初夏の新緑、秋の紅葉と、四季折々の絶景が楽しめます。
Q&A
- 下鳥渡供養石塔の見学時間は?
- 日中の明るい時間帯に見学可能です。覆堂は施錠されていますが、格子窓越しに石塔を拝観できます。寺院境内は一般的に早朝から16時頃まで開放されています。良い光の条件で見学するため、晴れた日の訪問をおすすめします。
- 拝観料はかかりますか?
- 拝観料は無料です。陽泉寺の境内は自由に見学することができます。
- 福島駅からのアクセス方法は?
- JR福島駅から福島交通バス「鳥川」行きに乗車し、約20分で「三王下」バス停下車、徒歩約5分です。バスは1~2時間に1本程度の運行となっております。お車の場合は、東北自動車道・福島西ICから約2キロメートルです。
- 周辺に同様の石塔はありますか?
- はい、この地域では同時代の板碑が数基発見されています。これは鎌倉時代にこの地域で仏教信仰が盛んであったことを示しており、東北地方における中世の宗教史を理解する上で重要な地域となっています。
- 写真撮影は可能ですか?
- 個人利用目的での撮影は一般的に可能です。ただし、覆堂の格子や堂内の光条件により撮影が難しい場合があります。神聖な場所ですので、フラッシュ撮影は古い石材への影響を考慮してお控えください。
基本情報
| 正式名称 | 下鳥渡供養石塔(しもとりわたくようせきとう) |
|---|---|
| 文化財指定 | 国指定史跡(昭和10年〈1935年〉6月7日指定) |
| 建立年 | 正嘉2年(1258年)、鎌倉時代 |
| 寸法 | 高さ:約170cm、幅:約115cm、厚さ:約36cm |
| 材質 | 安山岩質凝灰岩 |
| 所在地 | 〒960-1106 福島県福島市下鳥渡字寺東17 陽泉寺境内 |
| アクセス | JR福島駅から福島交通バス「鳥川」行き約20分、「三王下」下車徒歩5分。または東北自動車道・福島西ICから約2km |
| お問い合わせ | 陽泉寺 TEL:024-593-3141 |
参考文献
- 下鳥渡供養石塔 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E9%B3%A5%E6%B8%A1%E4%BE%9B%E9%A4%8A%E7%9F%B3%E5%A1%94
- 下鳥渡供養石塔 - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/201116
- 陽泉寺 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%BD%E6%B3%89%E5%AF%BA
- 陽泉寺 | 福島市 | 県北 | ふくしまデータベース
- https://fukushima-db.com/bunkazai/kenpoku/fukushima/048/
- 下鳥渡(しもとりわた)供養石塔 (陽泉寺阿弥陀三尊石仏)- 石仏と石塔
- https://kawai24.sakura.ne.jp/hukusima-yousenji.html
- 飯坂温泉オフィシャルサイト
- https://iizaka.com/
- 福島市観光ノート - 福島市の観光Webメディア
- https://www.f-kankou.jp/
最終更新日: 2026.01.29
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