五幅の仏画 ― 2004年に国宝
絹本著色五大尊像は、岐阜県揖斐郡大野町の来振寺が所蔵する平安時代の仏画で、2004年(平成16年)6月8日に国宝に指定された。員数は5幅、分類は絵画、所有は宗教法人来振寺である。
文化庁は、五大尊像を密教の五壇法に用いられる本尊画像と説明する。五壇法は五つの壇を設けて修する密教の修法で、それぞれの壇にこの五幅を掛ける。
五大尊は五大明王をさす。本図は不動明王、降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、烏樞沙摩明王の五幅からなる。絵画であって彫像ではない。
五幅揃いは3例しかない
文化庁の評価は、まず数の少なさから始まる。
鎌倉時代以前に遡る五幅揃った画像遺例は教王護国寺本、醍醐寺本と本図のみしかない。三例だけである。
しかも三本は図像を異にする。前者二幅は東密系と考えられるのに対して、本図は「智証大師請来様」として図像集に掲載されるものに相当する。すなわち台密寺門系の五大尊である。
同じ五大尊でも、依拠する図像の系統が違う。文化庁は、その実作例として本図は中世以前では唯一の五幅本であり、図像類も含めて最古の遺品ということができる、とする。
「唯一」も「最古」も、台密寺門系という範囲の中での評価である。五大尊像一般の中での最古ではない。
二幅に年紀がある
もう一つの評価の軸は、年紀の存在である。
本図五幅のうち、降三世明王幅に寛治二年(1088年)、軍荼利明王幅に寛治四年(1090年)の年紀があり、それぞれ制作時期を示すものと解される。
銘文は各画絹の裏に墨書される。降三世明王幅は「寛治二年 十月十日 奉開眼供養了」と読む。開眼供養の月日まで記されている。
文化庁は、平安仏画で年紀を有するものは金剛峯寺蔵の仏涅槃図と持光寺蔵の普賢延命像のみであるとし、この点でも本図の価値は高いとする。
平安時代の仏画で制作年が分かるものは、ごく限られている。そのなかに二幅が年紀をもつ本図が加わることになる。
五幅の中に時代差がある
文化庁は、五幅の内部に違いがあることも明記する。五幅間で表現・技法に相違がある。
不動明王幅は五幅のうちで最も損傷が甚だしく、補筆や補彩も少なくない。火焔光背の形状や童子の表情などは古風を示すものの、線質や色感等を勘案すると、他幅よりも制作時代の下降することが推測される。
文化庁の推定はこうである。不動明王幅は、なんらかの理由があって古本に倣って後補されたものと考えられる。絹幅や絹継ぎ法が共通することも勘案して、不動明王幅の祖本を含めて五大尊像として寛治年間に順次制作されたものと推定することができよう。
五幅揃いであることが評価の軸でありながら、その五幅の一つは後の時代の補いである。もとの不動明王幅があり、それに倣って作り直されたという理解になる。
大威徳明王幅は他幅より画面がやや大きく、良質の料絹を用いているためか保存状態も良い。幅ごとに絹の質も画面の大きさも違う。
鑑賞
所有は宗教法人来振寺である。寺が所蔵する仏画であり、常設で公開される性格のものではない。
仏画は光に弱く、公開期間が限られるのが通例である。博物館の特別展などで出陳されることがあるため、公開の告知を確かめて訪ねたい。
五幅すべてが同時に展示されるとは限らない。とくに不動明王幅は損傷が甚だしいと記録されているので、状態によって出陳が見送られることも考えられる。
来振寺は岐阜県揖斐郡大野町にある。大野町は、この寺が県や町の指定文化財を多く有すると記す。
Q&A
- 絹本著色五大尊像はいつ国宝に指定されましたか。
- 2004年(平成16年)6月8日です。員数は5幅、分類は絵画、時代は平安。所有は宗教法人来振寺で、岐阜県揖斐郡大野町にあります。
- どのような絵ですか。
- 文化庁は五大尊像を密教の五壇法に用いられる本尊画像と説明します。五壇法は五つの壇を設けて修する密教の修法で、それぞれの壇にこの五幅を掛けます。五大尊は五大明王をさし、絵画であって彫像ではありません。
- なぜ貴重とされるのですか。
- 文化庁は、鎌倉時代以前に遡る五幅揃った遺例は教王護国寺本、醍醐寺本と本図のみとします。しかも三本は図像を異にし、本図は台密寺門系の五大尊で、その実作例として中世以前では唯一の五幅本、図像類も含めて最古の遺品とされます。
- 制作年は分かっているのですか。
- 降三世明王幅に寛治二年(1088年)、軍荼利明王幅に寛治四年(1090年)の年紀があり、各画絹の裏に墨書されています。文化庁は、平安仏画で年紀を有するものは金剛峯寺蔵の仏涅槃図と持光寺蔵の普賢延命像のみであるとし、この点でも価値が高いとします。
- 五幅は同じ時期のものですか。
- いいえ。文化庁は五幅間で表現・技法に相違があるとし、不動明王幅は損傷が甚だしく補筆や補彩も少なくないこと、線質や色感から他幅より制作時代が下降すると推測されることを記します。古本に倣って後補されたものと考えられています。
基本情報
| 名称 | 絹本著色五大尊像(けんぽんちゃくしょくごだいそんぞう) |
|---|---|
| 所在地 | 岐阜県揖斐郡大野町 来振寺 |
| 指定区分 | 国宝(絵画) |
| 指定年 | 2004年(平成16年)6月8日 国宝 |
| 員数 | 5幅 |
| 寸法 | 密教の五壇法に用いられる本尊画像で、台密寺門系の図像による。降三世明王幅に1088年、軍荼利明王幅に1090年の年紀を各画絹の裏に墨書する。不動明王幅は損傷が甚だしく、古本に倣った後補と考えられる。大威徳明王幅は画面がやや大きい。平安時代 |
| 所有者 | 宗教法人来振寺 |
| 公開状況 | 寺が所蔵する仏画で、常設の公開ではない。仏画は光に弱く公開期間が限られる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 絹本著色五大尊像
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/160141
- 大野町 国宝絹本著色五大尊像と来振寺
- https://www.town-ono.jp/0000000474.html
- 奈良国立博物館 公式サイト
- https://www.narahaku.go.jp/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.04