高台に建つ平屋 ― 2006年に登録

保々家住宅主屋は、岐阜県瑞浪市大湫町402-1にある建物で、2006年(平成18年)8月3日に国の登録有形文化財に登録された。員数は1棟、構造は木造平屋建、瓦葺、建築面積161平方メートルである。

文化庁の年代欄は「江戸/1661年から1750年/1751年から1829年改造」と二段になっている。建築が90年、改造が78年の幅で、いずれも年が絞られていない。

解説によれば、保々家住宅主屋は中山道大湫宿の脇本陣で、街道の西側奥の高台に建つ。瑞浪市は、街道から幅約3メートルの坂を上がった高台に建てられていると記す。

南側の玄関と座敷が失われている

文化庁の解説には、失われた部分が明記されている。

南側にあった玄関や座敷が失われているが、往時の宿場の中心的な建築として、景観を形成する。

建物の一部が失われた状態で登録されている。玄関と座敷は、来客を迎える上で中心となる空間である。それが残っていない。

それでも登録を受けているのは、評価が景観を形成することに置かれているためである。建物単体の完全さではなく、街道沿いの町並みの中での役割が見られている。

沢瀉威鎧の欠失、黒楽茶碗の窯割れ、兵庫鎖太刀拵の後補と同じく、失われた部分の記載と登録が両立している例にあたる。

正面の庇上に木瓜形の窓と桔梗紋

保々家住宅主屋の外観は、次のように記される。

南東に面する切妻造、桟瓦葺、平屋建、平入で、正面の庇上の小壁には木瓜形の窓や桔梗紋の漆喰飾を設ける。

小壁は庇の上に立ち上がる低い壁である。そこに窓と漆喰飾りが置かれる。木瓜形は瓜を輪切りにした形に似た輪郭で、家紋にも用いられる形である。

桔梗紋は桔梗の花を図案化した紋である。漆喰で紋を作り、壁に貼り付けている。

平屋建でありながら、庇の上に装飾の面をもつ。二階建の町家であれば二階の壁が担う部分を、平屋では庇上の小壁が受けている。前件の吉田家住宅主屋が上部を軒まで塗り込めたのとは、別の解き方である。

本陣から脇本陣へ

瑞浪市は、この建物の性格が途中で変わったと記す。

建物は、当初本陣として建てられたものが、享保10年(1725年)に脇本陣になったと言われる。

格が下がる方向の変更である。建物はそのままで、担う役割だけが変わったことになる。文化庁の記載は現在の区分にあわせて「脇本陣」とする。

瑞浪市によれば、当主は代々保々長左衛門を世襲し、領主であった山村氏方の庄屋と問屋を兼任した。一つの家が複数の役を兼ねていた。

大湫の開拓は天正年間(1573年から1590年)に始まり、慶長9年(1604年)に正式に宿場として設置された。保々氏はその開拓に関わった家であると瑞浪市は記す。

見学

文化庁は公開についての記載を持たず、所有者名の欄も空欄である。登録有形文化財は所有者が使い続けている建物が多く、内部の公開が前提ではない。

訪問を計画する前に、瑞浪市の案内などで公開の有無を確かめたい。

外観は街道から見られる。街道から幅約3メートルの坂を上がった高台に建つため、下から見上げる位置関係になる。正面の庇上の小壁に置かれた木瓜形の窓と桔梗紋の漆喰飾は、見上げる角度で確かめられる。

所在は岐阜県瑞浪市大湫町402-1である。

Q&A

Q保々家住宅主屋はいつ登録されましたか。
A2006年(平成18年)8月3日に国の登録有形文化財に登録されました。員数は1棟、木造平屋建、瓦葺、建築面積161平方メートルです。
Qいつ建てられたものですか。
A文化庁の年代欄は「江戸/1661年から1750年/1751年から1829年改造」と二段になっています。建築が90年、改造が78年の幅で、いずれも年が絞られていません。
Q失われた部分があるのですか。
A文化庁は「南側にあった玄関や座敷が失われているが、往時の宿場の中心的な建築として、景観を形成する」と記します。玄関と座敷は来客を迎える中心となる空間ですが、それが残っていません。評価は景観を形成することに置かれています。
Q正面の装飾は何ですか。
A文化庁は「正面の庇上の小壁には木瓜形の窓や桔梗紋の漆喰飾を設ける」と記します。小壁は庇の上に立ち上がる低い壁で、木瓜形は瓜を輪切りにした形に似た輪郭、桔梗紋は桔梗の花を図案化した紋です。
Q建物の役割は変わったのですか。
A瑞浪市は「当初本陣として建てられたものが、享保10年(1725年)に脇本陣になったと言われる」と記します。建物はそのままで、担う役割だけが変わったことになります。当主は代々保々長左衛門を世襲し、庄屋と問屋を兼任しました。

基本情報

名称保々家住宅主屋(ほぼけじゅうたくしゅおく)
所在地岐阜県瑞浪市大湫町402-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年2006年(平成18年)8月3日 登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積161平方メートル。街道の西側奥の高台に建ち、南東に面する切妻造、桟瓦葺、平入。正面の庇上の小壁に木瓜形の窓や桔梗紋の漆喰飾を設ける。南側にあった玄関や座敷は失われている。江戸時代
所有者文化庁データベースの所有者名の欄は空欄
公開状況公開についての記載はない。外観は街道から見られる

参考文献

文化遺産オンライン 保々家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/142871
瑞浪市 保々家住宅主屋
https://www.city.mizunami.lg.jp/kankou_bunka/bunkazai/1001296/1002385.html
文化庁 登録有形文化財(建造物)の制度
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.04