保々家住宅主屋:中山道大湫宿に残る江戸時代の脇本陣建築
岐阜県瑞浪市の中山道大湫宿に佇む保々家住宅主屋は、江戸時代中期の建築様式を今に伝える貴重な文化財です。宿場町の開拓者一族が代々受け継いできたこの脇本陣は、美濃国で最も標高の高い宿場として知られる大湫宿の歴史と文化を象徴する存在として、国登録有形文化財に指定されています。
大湫村開拓の祖・保々氏の歴史
保々氏は、天正年間(1573年〜1590年)にこの地の開拓を始めた一族として知られています。未開の山間地に入植し、村づくりに尽力した保々氏の功績により、慶長9年(1604年)に大湫宿は正式に中山道47番目の宿場として設置されました。
以来、保々家は代々「長左衛門」の名を襲名し、脇本陣の経営に加え、尾張藩山村氏支配下の庄屋と問屋を兼任するなど、宿場運営の中核的な役割を担い続けました。この多面的な責務は、保々家が大湫宿において行政・経済・宿泊の各分野で中心的存在であったことを示しています。
脇本陣とは何か
江戸時代の宿場制度において、脇本陣は本陣に次ぐ重要な施設でした。本陣が大名や幕府の最高位の役人を迎える宿舎であったのに対し、脇本陣はそれに次ぐ身分の旅人や、本陣が満室の際の代替施設として機能しました。
文久元年(1861年)の皇女和宮御降嫁の際には、総勢約2万8千人の行列が大湫宿を通過し、和宮親子内親王は本陣に宿泊されました。この歴史的大行列において、保々家の脇本陣も宿場全体の受け入れ体制を支える重要な役割を果たしたと考えられています。
建築的特徴と文化的価値
現在の建物は江戸時代中期(推定1661〜1750年頃)の建築とされています。文政9年(1826年)の大火で2階部分を焼失した後、尾張藩の援助により茅葺きから瓦葺きに改修されました。
建物は木造平屋建て、切妻造り、桟瓦葺き、平入りで、南東に面して建てられています。特に注目すべきは正面の庇上の小壁に設けられた木瓜形の窓と、桔梗紋の漆喰飾りです。これらの装飾的要素は、当時の建築技術と美意識の高さを今に伝えています。
かつては建物の西側が座敷を中心とする脇本陣施設、東側が保々氏の住宅施設として使い分けられていました。明治時代以降、座敷や玄関などの公式スペースは取り壊されましたが、現在でも建物の約半分が往時の姿をほぼそのまま残しています。
国登録有形文化財としての評価
保々家住宅主屋は平成18年(2006年)8月3日に国登録有形文化財に登録されました。登録番号は21-0090です。
文化庁の評価では、この建物が大湫宿のほぼ中央に位置し、往時の宿場の中心的な建築として景観形成に重要な役割を果たしている点が認められています。文政期の脇本陣建築の面影を残す数少ない遺構として、江戸時代の宿場建築を理解する上で貴重な資料的価値を持っています。
大湫宿の魅力
大湫宿は、馬籠宿や妻籠宿のような商業的な観光地化がされていない、生きた歴史集落です。現在も住民が伝統的な建物に暮らしており、観光客向けに再構築された風景ではなく、本物の宿場町の姿を体験することができます。
街道沿いの民家には、かつての旅籠時代の屋号が軒先に掲げられており、往時の賑わいを偲ばせます。国道や鉄道が土岐川沿いに移動したことで、大湫宿は交通の主流から外れましたが、それゆえに江戸時代の姿がほぼそのまま保存されることになりました。
周辺の見どころ
保々家住宅主屋の見学は、大湫宿散策と合わせてお楽しみください。旧森川訓行家住宅(通称「丸森」)は現在、観光案内所として公開されており、江戸時代の町屋建築形式を間近で見ることができます。
神明神社には、かつて樹齢1,300年と推定される御神木の大杉がそびえていました。2020年の豪雨で倒壊しましたが、その一部はモニュメントとして現地に保存されています。大湫観音堂の絵天井は瑞浪市指定有形文化財で、毎年7月の盂蘭盆会期間中に内部公開されます。
健脚の方には、日本最長の石畳が復元されている琵琶峠へのハイキングもお勧めです。また、カフェー清涯荘では中央アルプスや恵那山を望みながら、プラントベースの食事を楽しむことができます。
Q&A
- 保々家住宅主屋の内部は見学できますか?
- 保々家住宅主屋は現在も個人の住居として使用されているため、内部の見学はできません。ただし、街道から外観を鑑賞することは可能です。江戸時代の建築を体感したい方は、観光案内所として公開されている旧森川訓行家住宅(丸森)をお訪ねください。
- 大湫宿へのアクセス方法を教えてください。
- 公共交通機関をご利用の場合、JR中央本線釜戸駅から瑞浪市コミュニティバス(釜戸=大湫線)で「大湫」バス停下車すぐです。お車の場合は、中央自動車道瑞浪ICから約25分です。また、平日限定で事前予約制のデマンド交通「いこCar(いこかぁ〜)」も観光利用が可能です。
- 馬籠宿や妻籠宿と比べて、大湫宿の特徴は何ですか?
- 馬籠宿や妻籠宿は多くの観光客で賑わう一方、大湫宿は商業的な観光開発がされておらず、住民が実際に暮らす生きた歴史集落です。観光向けに再構築された風景ではなく、江戸時代からほぼ変わらない本物の宿場町の姿を静かに体験できることが最大の魅力です。穴場を求める方に特にお勧めです。
- 皇女和宮との関係について教えてください。
- 文久元年(1861年)10月、仁孝天皇の皇女和宮親子内親王は、14代将軍徳川家茂への御降嫁のため中山道を通過されました。総勢約2万8千人、馬820頭という古今東西未曾有の大行列で、和宮は10月28日に大湫宿の本陣に宿泊されています。保々家の脇本陣も、この歴史的大事業を支える重要な役割を担いました。本陣跡(旧大湫小学校跡)には、和宮の歌碑が建立されています。
- 観光ガイドは利用できますか?
- 瑞浪市地域交流センター「ときわ」を通じて、事前予約でボランティアガイドを依頼することができます。地元ならではの歴史話や昔話を交えながら案内してもらえるので、より深く大湫宿の魅力を理解することができます。観光案内所「丸森」では、地図やパンフレットも配布しています。
基本情報
| 名称 | 保々家住宅主屋(ほぼけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(平成18年8月3日登録) |
| 登録番号 | 21-0090 |
| 種別 | 有形文化財(建造物・住居建築) |
| 建築年代 | 江戸時代中期(推定1661〜1750年、1826年改修) |
| 建築様式 | 木造平屋建て、切妻造り、桟瓦葺き、平入り |
| 建築面積 | 161平方メートル |
| 所在地 | 〒509-6472 岐阜県瑞浪市大湫町402番地の1 |
| アクセス | 中央自動車道瑞浪ICより車で約25分、JR中央本線釜戸駅より車で約10分 |
| 内部見学 | 不可(個人住宅のため外観のみ見学可能) |
| お問い合わせ | 瑞浪市経済部商工課 電話:0572-68-2111 |
参考文献
- 保々家住宅主屋(ほぼけじゅうたくしゅおく)|瑞浪市公式ホームページ
- https://www.city.mizunami.lg.jp/kankou_bunka/bunkazai/1001296/1002385.html
- 保々家住宅主屋 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/142871
- 中山道(大湫宿・細久手宿)|瑞浪市観光協会
- https://xn--w0w51m.com/seeing/category/nakasendo/p4945/
- 大湫町コミュニティ推進協議会
- https://okute-shuku.jp/
- 中山道 大湫宿|岐阜県観光公式サイト「岐阜の旅ガイド」
- https://www.kankou-gifu.jp/spot/detail_7366.html
- 史跡・文化財探訪|大湫町コミュニティ推進協議会
- https://okute-shuku.jp/okuteshuku/trip/historical-course
最終更新日: 2026.01.27
近隣の国宝・重要文化財
- 森川善章家住宅主屋
- 岐阜県瑞浪市大湫町463-1
- 森川訓行家住宅主屋
- 岐阜県瑞浪市大湫町445-2
- 三浦家住宅主屋
- 岐阜県瑞浪市大湫町442-1
- 酒波神社鐘楼
- 岐阜県瑞浪市日吉町字南垣外4088
- 酒波神社本殿
- 岐阜県瑞浪市日吉町字南垣外4088
- 旧恵那市役所飯地事務所庁舎
- 岐阜県恵那市飯地町字中下165-12
- 旧飯地公民館(五毛座)
- 岐阜県恵那市飯地町字中下185-1
- 旧恵那市役所飯地事務所サイレン塔
- 岐阜県恵那市飯地町字中下167-7
- 大黒屋旅館主屋
- 岐阜県瑞浪市日吉町7905-1
- 釜戸ハナノキ自生地
- 瑞浪市釜戸町