吉田家住宅主屋:中山道を旅した人々が憩った宿場の記憶
岐阜県美濃加茂市、かつて多くの旅人が行き交った中山道沿いに、江戸時代の旅の文化を今に伝える貴重な建造物があります。それが「吉田家住宅主屋」、通称「旧小松屋」です。江戸と京を結んだ五街道のひとつ、中山道五十一番目の宿場「太田宿」に残る、希少な旅籠建築です。
2014年(平成26年)に国の登録有形文化財に登録されたこの建物は、江戸時代の宿場町の面影を色濃く残す太田宿において、往時の旅籠の姿を今に伝える貴重な遺構として高く評価されています。混雑する観光地とは一線を画し、静かに日本の街道文化に触れることができる穴場スポットです。
歴史を辿る:旅籠「小松屋」の物語
吉田家住宅は、江戸時代後期(1830〜1868年頃)に建てられ、「小松屋」という屋号で旅籠業を営んでいました。中山道を往来する旅人たちに、食事と宿泊、そして旅の疲れを癒す場を提供してきた歴史ある建物です。
太田宿は中山道において特別な意味を持つ宿場でした。すぐ近くには中山道三大難所のひとつに数えられた「太田の渡し」があり、「木曽の桟、太田の渡し、碓氷峠がなくばよい」と馬子唄に歌われるほど、その川越えは旅人にとって大きな難関でした。増水時には渡し船が運行できず、多くの旅人が太田宿で足止めを余儀なくされたため、小松屋のような旅籠は宿場にとって欠かせない存在でした。
建物は明治時代中期(1883〜1897年頃)に改修が施され、江戸時代の伝統と明治の実用性が融合した姿となりました。この重層的な歴史が、建物の文化的価値をさらに高めています。
登録有形文化財としての価値
吉田家住宅主屋は、2014年(平成26年)12月19日に国の登録有形文化財に登録されました。その登録理由は以下の通りです。
- 江戸時代の旅籠建築として、ほぼ原形をとどめた希少な遺構であること
- 近世町屋建築の特徴を典型的に示す構造を有していること
- 中山道の宿場町に残る旅籠として、往時の雰囲気と間取りを保存していること
- 日本の街道文化と旅の歴史を理解するうえで貴重な物的資料であること
文化遺産オンラインの解説によれば、「太田宿に残る近世の旅籠として貴重な遺構」と評価されており、旧街道に面して建つ間口六間の堂々たる姿、正面の出格子、二階の漆喰塗込め壁、長押や軒の腕木など、江戸時代の町家建築の特徴を今に伝えています。
建築の見どころと見学体験
建物は旧中山道に北面して建ち、間口は六間(約11メートル)と堂々たる構えです。正面に目を引くのは、前面に設けられた下屋と出格子。この格子窓は、外からの視線を遮りつつ室内に光を取り込む、日本建築ならではの工夫です。
二階部分は正側面の上部が軒まで漆喰で塗り込められ、防火性と耐候性を高めています。正面では長押や軒を支える腕木が意匠的に表され、建物の両端には袖壁が設けられています。これらは単なる装飾ではなく、機能と美を兼ね備えた江戸時代の職人技の結晶です。
建物内部に足を踏み入れると、伝統的な土間があり、帳場や階段箪笥(箱階段)など、旅籠時代の設備が残されています。階段箪笥は収納と階段を兼ねた巧みな家具で、限られた空間を有効活用する江戸時代の知恵が感じられます。居室は建物の西寄りに配置され、かつて旅人たちを迎え入れた畳敷きの部屋が連なります。
現在は無料の休憩所「お休み処」として開放されており、靴を脱いで畳の上でくつろぐことができます。館内には美濃加茂市出身の文豪・坪内逍遥や、漫画家・岡本一平(岡本太郎の父)など、この地ゆかりの人物を紹介するパネル展示もあります。
坪内逍遥と太田宿
吉田家住宅では、日本近代文学の父とも称される坪内逍遥(1859〜1935)に関する展示を見ることができます。逍遥は安政6年(1859年)、まさにこの太田宿で尾張藩太田代官所の手代の子として生まれました。
逍遥は明治18〜19年に発表した『小説神髄』で、勧善懲悪を脱した写実主義文学を提唱し、日本近代文学の方向性を決定づけました。また、『当世書生気質』などの創作活動に加え、シェイクスピア全作品の日本語翻訳という偉業を独力で成し遂げました。早稲田大学の坪内博士記念演劇博物館は、この偉業を記念して創設されたものです。
この偉大な文学者が幼少期を過ごした街を歩くことで、太田宿散策がより深い意味を持つものとなるでしょう。
周辺の見どころ:太田宿とその魅力
吉田家住宅を起点に、太田宿周辺を散策してみましょう。徒歩圏内に多くの見どころがあります。
- 太田宿中山道会館:宿場の歴史と江戸時代の旅文化を紹介する入館無料の施設。カフェや物産コーナーも併設され、散策の拠点として最適です
- 旧太田脇本陣林家住宅:国の重要文化財に指定された脇本陣建築。個人宅のため内部非公開ですが、外観を見学できます。板垣退助が暴漢に襲われた岐阜事件の前日に宿泊したことでも知られています
- 旧太田宿本陣門:皇女和宮の降嫁に際して新築された本陣の表門。往時の格式を偲ばせます
- 御代桜醸造:明治26年創業の老舗酒蔵。木曽川の伏流水を使った銘酒「御代櫻」を醸造。事前予約で蔵見学と試飲が可能です
- 祐泉寺:500年の歴史を持つ臨済宗妙心寺派の古刹。坪内逍遥の歌碑があり、静かな境内で歴史に思いを馳せることができます
また、太田宿には敵の侵入を防ぐために街道を鉤の手に折り曲げた「枡形」が2箇所残されており、宿場の軍事的な機能も感じることができます。
地元高校生が造った庭園「望川亭」
建物の裏手には、小さな枯山水庭園「望川亭(ぼうせんてい)」があります。この庭園は2001年(平成13年)に加茂農林高等学校造園科の生徒たちによって造られました。地域の文化財を大切にし、次世代へ継承していこうとする地元の取り組みが感じられる、心温まる空間です。
訪問のヒント
大規模な観光地とは異なり、吉田家住宅では静かで落ち着いた時間を過ごすことができます。入館無料なので気軽に立ち寄ることができ、畳敷きの休憩スペースでゆっくりと歴史の空気を感じてください。
旧中山道を辿りながら太田宿を散策するのがおすすめです。美濃加茂市観光協会では、ボランティアガイドによる案内も行っています(希望日の10日前までに要予約)。太田宿中山道会館では電動アシスト自転車の貸し出しもあり、効率的に周辺を巡ることもできます。
春と秋は気候も良く、宿場町歩きに最適です。夏は伝統的な木造建築の涼やかな空間で、江戸時代の旅人気分を味わってみてはいかがでしょうか。
Q&A
- 吉田家住宅の入館料はかかりますか?
- 入館は無料です。建物は無料休憩所として開放されており、畳の上でくつろぎながら、地域の歴史や著名人に関する展示を見学できます。
- 開館時間と休館日を教えてください。
- 開館時間は午前8時30分から午後5時までです。休館日は毎週火曜日(祝日の場合は翌平日)となっています。
- アクセス方法を教えてください。
- JR美濃太田駅から徒歩約15〜20分です。お車の場合は、東海環状自動車道「美濃加茂IC」から約10分でアクセスできます。
- 駐車場はありますか?
- 近くの太田宿中山道会館に無料駐車場があります。そちらに駐車して、太田宿を散策しながら吉田家住宅を訪れるのがおすすめです。
- 周辺で食事はできますか?
- 太田宿中山道会館内に飲食コーナーがあり、モーニング(9:00〜11:30)やランチを楽しめます。また、周辺には「コクウ珈琲」など、旧建物をリノベーションしたカフェもあります。
基本情報
| 正式名称 | 吉田家住宅主屋(旧小松屋吉田家住宅) |
|---|---|
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(平成26年12月19日登録) |
| 建築年代 | 江戸時代後期(1830〜1868年)、明治時代中期(1883〜1897年)改修 |
| 構造 | 木造2階建、瓦葺、建築面積188㎡ |
| 所在地 | 〒505-0042 岐阜県美濃加茂市太田本町2丁目6 |
| 開館時間 | 8:30〜17:00 |
| 休館日 | 火曜日(祝日の場合は翌平日) |
| 入館料 | 無料 |
| アクセス | JR美濃太田駅より徒歩約20分、東海環状自動車道「美濃加茂IC」より車で約10分 |
| お問い合わせ | 美濃加茂市産業振興課:0574-25-2111 |
参考文献
- 吉田家住宅主屋 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/274306
- 旧小松屋吉田家住宅 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/旧小松屋吉田家住宅
- 旧小松屋吉田家住宅|岐阜県観光公式サイト「岐阜の旅ガイド」
- https://www.kankou-gifu.jp/spot/detail_6703.html
- 中山道 太田宿|岐阜県観光公式サイト「岐阜の旅ガイド」
- https://www.kankou-gifu.jp/spot/detail_6710.html
- 太田宿 (中山道) - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/太田宿_(中山道)
- 坪内逍遥 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/坪内逍遥
- 太田宿 旧小松屋(吉田家住宅)- 庭園ガイド
- https://garden-guide.jp/spot.php?i=komatsuya
- 御代桜醸造株式会社 - 中山道太田宿
- https://miyozakura.co.jp/about/history/
最終更新日: 2026.01.02
近隣の国宝・重要文化財
- 旧太田脇本陣林家住宅(岐阜県美濃加茂市太田町)
- 岐阜県美濃加茂市太田本町三丁目3番34号
- 長塚古墳
- 可児市中恵土
- 夕田墳墓群
- 岐阜県加茂郡富加町
- 旧川上家別邸
- 岐阜県各務原市鵜沼宝積寺町三丁目82番地
- 貞照寺書院
- 岐阜県各務原市鵜沼宝積寺町5-189
- 貞照寺浄水舎
- 岐阜県各務原市鵜沼宝積寺町5-189
- 貞照寺門
- 岐阜県各務原市鵜沼宝積寺町5-189
- 貞照寺庫裏
- 岐阜県各務原市鵜沼宝積寺町5-189
- 貞照寺本堂
- 岐阜県各務原市鵜沼宝積寺町5-189
- 貞照寺宝物庫
- 岐阜県各務原市鵜沼宝積寺町5-189