備後国府跡:約1300年前の地方政治の中心地を歩く
広島県府中市の市街地には、日本の古代史を物語る貴重な遺跡が眠っています。平成28年(2016年)に国史跡に指定された「備後国府跡」は、奈良時代から平安時代にかけて約500年もの間、備後国(現在の広島県東部)の政治・経済・文化の中心として栄えた場所です。
「府中」という地名そのものが、かつてここに国の役所「国府」が置かれていたことに由来しています。京都や奈良のような有名観光地とは異なり、静かな環境の中で古代日本の行政システムの実像に触れることができる、知る人ぞ知る歴史スポットです。
国府とは?古代日本の地方行政システム
国府とは、奈良時代に中国の唐の制度を参考にして整備された「律令制」のもとで、全国各地に置かれた地方行政の拠点です。現在の都道府県庁に相当する機関であり、都から派遣された国司(役人)がここで政治を行いました。
国府では、行政・税務・司法・警察・軍事といった公務全般が執り行われていました。平安時代中頃に編纂された『和名類聚抄』には「国府は芦田郡に置かれていた」と記録されており、これが現在の府中市元町を中心とする市街地北部一帯にあたります。
備後国府は約500年にわたってこの地方の中心として機能し、都の文化を地方に伝える窓口としても重要な役割を果たしました。
なぜ国史跡に指定されたのか:備後国府跡の価値
備後国府跡が国史跡に指定された理由は、8世紀から12世紀にかけての国府の成立から衰退までの変遷を知ることができる、極めて重要な遺跡だからです。
昭和42年(1967年)から継続的に実施されてきた発掘調査により、計画的に配置された大型建物群、区画溝、井戸などの遺構が次々と確認されました。特筆すべきは、平城宮式の軒瓦が出土していることです。これは、この場所が中央政府と直接つながりを持つ格式高い施設であったことを示しています。
また、国内でも稀少な緑釉陶器や唐三彩、貿易陶磁器が12世紀まで連綿と出土していることから、長期にわたり高い文化水準が維持されていたことがわかります。
史跡指定地区を探訪する
国史跡「備後国府跡」は、3つの地区で構成されており、それぞれが異なる役割を果たしていたと考えられています。
ツジ地区:行政の中枢
ツジ地区は、備後国府の中核的な行政施設があったと推定される場所です。調査の結果、約109メートル四方の区画溝に囲まれた敷地内に、大型の掘立柱建物群が整然と配置されていたことが判明しました。
この地区からは、国府系瓦(国が建設した行政施設に共通する文様の瓦)、役人の正装に付けられた腰帯具、文書行政に使われた硯、そして備後国内では他に例を見ない量の高級陶磁器が出土しています。これらの出土品は、ここが文書行政や儀式、饗応などに用いられた、備後国内で最も格式高い施設の一つであったことを物語っています。
金龍寺東地区:格式高い礎石建物と庭園
金龍寺東地区からは、奈良県明日香村にある川原寺の中金堂に匹敵する規模を持つ、極めて格式の高い礎石建物跡が発見されました。東西約25メートル、南北約18.3メートルの石積み基壇の上に建てられ、四方に階段を備えた壮麗な建造物であったことがわかっています。
また、池を伴う庭園(苑池)の遺構も検出されており、国府における宗教政策や饗宴のための施設であったと推測されています。
伝吉田寺地区:古代寺院の痕跡
令和元年(2019年)に追加指定された伝吉田寺地区は、7世紀後半に創建されたと伝えられる「吉田寺」の跡地です。発掘調査では、7世紀後半の軒丸瓦や寺院の門と考えられる掘立柱建築物跡、築地塀の痕跡などが確認されています。
古代において、寺院は宗教施設であると同時に行政や文化の中心としても機能していました。この地区の存在は、国府と仏教の密接な関係を示す貴重な証拠です。
発掘された貴重な出土品
備後国府跡からは、古代の地方行政の実態を物語る数々の貴重な遺物が出土しています。
中でも特に注目されるのが、「賀友私印」と刻まれた銅印です。古代の印は、伝世品を含めても全国で300点に満たないほど貴重なもので、国府の役人が使用していた可能性があります。
また、役人が身につけていたベルトの飾りである「腰帯具」も多数出土しており、都から派遣された官人たちがこの地で職務に当たっていた様子が想像されます。
「奈良三彩」の蓋付小壺は、奈良時代にわずかに作られた三色(緑・黄・白)の陶器です。この小壺の中にはガラス製の小玉が54個納められており、建物を建築する前に行う地鎮の儀式で埋められたものと考えられています。
その他にも、「厨(くりや)」や「権介(ごんのすけ)」といった文字が墨で書かれた墨書土器、病気などの災いを祓う儀式に使われた木製の「人形(ひとがた)」など、古代の行政や祭祀の実態を伝える資料が数多く見つかっています。
見学のポイント:府中市歴史民俗資料館
備後国府跡を訪れる際の拠点となるのが、府中市歴史民俗資料館です。この資料館の建物自体が、明治36年(1903年)に竣工した旧芦品郡役所庁舎であり、府中市指定重要文化財に指定されています。漆喰の壁に隅石飾り、胴蛇腹や窓枠の装飾など、明治後期の擬洋風建築の特徴をよく残しています。
館内1階には、備後国府跡の出土品を中心とした常設展示があり、国府のあった時代(飛鳥〜平安時代)の復元衣装も展示されています。随時、国府衣装の試着体験ができるほか、5月と10月には古代体験を中心にした「資料館フェスタ」が開催されています。
入館料は無料で、開館時間は10時から17時まで。祝日を除く月曜日と年末年始が休館日です。駐車場も約100台分が完備されています。
周辺の見どころ:府中市の魅力
備後国府跡の見学と合わせて、府中市の多彩な観光スポットもお楽しみください。
国登録有形文化財「恋しき」は、明治5年(1872年)創業の老舗料亭旅館です。犬養毅や岸信介など歴代総理経験者、井伏鱒二や吉川英治といった文人墨客が訪れた名建築で、現在は庭園散策やカフェ利用が可能です。木造3階建ての主屋と大正時代に整備された日本庭園は、当時の繁栄を今に伝えています。
グルメでは、府中市のソウルフード「府中焼き」がおすすめです。広島風お好み焼きの一種ですが、豚バラ肉の代わりにミンチ肉を使うのが最大の特徴。ミンチの脂で麺がカリカリに揚げ焼き状態になり、外はパリッと中はふわっとした独特の食感が楽しめます。市内には約40軒のお好み焼き店があり、食べ比べも楽しいでしょう。
また、江戸時代に石見銀山街道の宿場町として栄えた上下町には、白壁の町並みが今も残されています。毎年2〜3月に開催される「天領上下ひなまつり」では、町全体に雛人形が飾られ、多くの観光客で賑わいます。
自然派の方には、80種3,000株のあじさいで知られる「神宮寺」(あじさい寺)や、マイナスイオンたっぷりの「三郎の滝」もおすすめです。
アクセス情報
府中市へのアクセスは、JR福塩線が便利です。山陽新幹線の停車駅である福山駅から府中駅まで約45分。府中駅からは、中国バスまたはタクシーで各観光スポットへ移動できます。
車でお越しの場合は、尾道自動車道「尾道北IC」から約15分、山陽自動車道「福山東IC」から約40分です。
府中駅周辺には「道の駅びんご府中」があり、地元の新鮮な野菜や府中味噌、木工製品などの特産品を購入できます。観光案内所「キテラス」でも観光情報の収集が可能です。
Q&A
- 発掘現場は見学できますか?
- ツジ地区、金龍寺東地区、伝吉田寺地区の一部は見学可能です。発掘調査期間中には現地説明会が開催されることもあります。最新情報は府中市教育委員会文化財室(電話:0847-43-7180)にお問い合わせください。
- 古代衣装の試着体験はいつできますか?
- 府中市歴史民俗資料館では、開館時間中であれば随時、国府時代の衣装の試着体験が可能です。また、5月と10月に開催される「資料館フェスタ」では、勾玉づくりなど様々な古代体験プログラムも実施されています。
- ベストシーズンはいつですか?
- 遺跡の散策には、気候の穏やかな春(4〜5月)と秋(10〜11月)がおすすめです。周辺の神宮寺ではあじさいの見頃となる6月中旬〜下旬、上下町では2〜3月のひなまつり期間も風情があります。
- 所要時間の目安を教えてください。
- 資料館の見学と主要な遺跡地区の散策で約2〜3時間が目安です。恋しきの見学や府中焼きの食事、上下町の町並み散策も加えると、丸一日楽しめます。
- 関連するお祭りはありますか?
- 毎年夏には「備後国府まつり」が開催され、古代をテーマにしたイベントや地元グルメが楽しめます。また、「ふちゅう歴史フォーラム」として、備後国府に関する講演会やシンポジウムも定期的に開催されています。
基本情報
| 名称 | 備後国府跡(びんごこくふあと) |
|---|---|
| 指定区分 | 国史跡(平成28年10月3日指定、令和元年6月21日追加指定) |
| 時代 | 8世紀〜12世紀(奈良時代〜平安時代末期) |
| 所在地 | 広島県府中市元町ほか |
| 指定地区 | ツジ地区、金龍寺東地区、伝吉田寺地区 |
| 管理団体 | 府中市 |
| 関連施設 | 府中市歴史民俗資料館(入館無料) |
| 資料館開館時間 | 10:00〜17:00 |
| 資料館休館日 | 祝日を除く月曜日、年末年始 |
| 資料館所在地 | 〒726-0021 広島県府中市土生町882-2 |
| 問い合わせ | 府中市教育委員会 教育政策課 文化財室:0847-43-7180 |
| アクセス | JR福塩線「府中駅」下車(福山駅から約45分)、タクシーまたはバス利用 |
| 駐車場 | 資料館駐車場 約100台(無料) |
参考文献
- 備後国府跡 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/221647
- 府中のルーツ「備後国府」|広島県府中市
- https://www.city.fuchu.hiroshima.jp/soshiki/kyoiku_iinkai/kyoikuseisakuka/bingokokufu/901.html
- 備後国府 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/備後国府
- 府中市歴史民俗資料館|広島県府中市
- https://www.city.fuchu.hiroshima.jp/soshiki/kyoiku_iinkai/kyoikuseisakuka/bingokokufu/museum/798.html
- 府中市立図書館 - 府中市歴史資料:ふるさとの歴史
- https://adeac.jp/fuchu-hiroshima-lib/texthtml/d100040/mp000040-100040/ht000140
- 府中市観光協会 FUN!FAN!FUCHU !!
- https://fuchu-kanko.jp/
- 恋しき | 府中市観光協会
- https://fuchu-kanko.jp/recommended/recommended-902/
- 府中焼きとは - 広島お好み焼きとは違う府中焼きの特徴と魅力
- https://www.neki-hiroshimafuchu.com/fuchuyaki/
最終更新日: 2026.01.02
近隣の国宝・重要文化財
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