瀬戸内海に浮かぶ朱色の宝石:向上寺三重塔

瀬戸内海の穏やかな波に抱かれる生口島。この島の北部、潮音山の中腹に、600年近い歴史を持つ朱色の塔が静かに佇んでいます。国宝・向上寺三重塔は、室町時代の建築技術の粋を集めた傑作として、今も変わらぬ美しさで訪れる人々を魅了し続けています。

1432年(永享4年)に建立されたこの三重塔は、和様建築を基調としながら、当時最新の禅宗様(唐様)の手法を巧みに取り入れた折衷様建築の代表作です。高さ約19メートルの朱塗りの塔は、瀬戸田の港を見下ろす絶好の位置に立ち、かつては瀬戸内海を行き交う船の目印となっていました。

建築様式に見る東西文化の融合

向上寺三重塔の最大の魅力は、その建築様式にあります。日本の伝統的な和様建築をベースとしながら、鎌倉時代に中国から伝わった禅宗様の技法を随所に取り入れた、まさに建築の国際交流の証といえる建造物です。

各層の軒下に施された扇垂木(おうぎたるき)は、放射状に広がる美しい曲線を描き、禅宗様の特徴を色濃く示しています。また、花頭窓(かとうまど)と呼ばれる火炎型の窓も禅宗様の代表的な意匠です。一方で、全体の構造は和様の落ち着いた佇まいを保ち、両様式が見事に調和しています。

特筆すべきは、肘木鼻(ひじきばな)やすみ木持ち送りに施された精緻な彫刻です。尾垂木下絵様肘木の先端には全て彫刻が施され、かつては鮮やかな彩色も施されていた絢爛豪華な装飾は、当時の職人の高い技術力を物語っています。

奇跡的に残る当初材の価値

この三重塔が国宝に指定された理由の一つに、部材のほとんどが建立当時のオリジナルのまま残されていることがあります。600年近い歳月を経てなお、当初の姿をほぼ完璧に保っている例は極めて稀で、建築史上貴重な遺構となっています。

建立年代が明確に判明していることも、この塔の学術的価値を高めています。永享4年(1432年)という記録が残されており、当時の生口島の領主であった小早川氏の一族、信元・信昌を檀那として建立されたことが分かっています。

禅宗寺院の塔婆としての独自性

向上寺は1403年(応永10年)に臨済宗の寺院として創建され、後に曹洞宗に改宗されました。室町幕府4代将軍・足利義持により将軍祈願所に指定されるなど、中世には大きな権威を持っていました。

禅宗寺院に塔を建てることは珍しく、向上寺三重塔は禅宗寺院の塔婆として極めて貴重な存在です。これは、瀬戸内海の要衝に位置する生口島が、日明貿易や朝鮮通信使の往来など、国際交流の舞台であったことと無関係ではないでしょう。

レモンとアートの島で出会う歴史遺産

現在の生口島は「レモンとアートの島」として知られています。国内レモン生産量日本一を誇るこの島では、5月から6月にかけて白いレモンの花が咲き誇り、冬には黄色いレモンが島中を彩ります。

また、「島ごと美術館」プロジェクトにより、島内17箇所に現代アート作品が設置され、自然と芸術が融合した独特の景観を作り出しています。600年の歴史を持つ向上寺三重塔と現代アートの共存は、この島ならではの魅力といえるでしょう。

向上寺から徒歩約20分の場所には、「西の日光」と呼ばれる耕三寺があります。昭和の実業家が母への感謝を込めて建立したこの寺院は、日光東照宮陽明門を模した孝養門など、日本各地の名建築を再現した壮大な伽藍で知られています。

瀬戸田の中心部には、レトロな雰囲気漂う「しおまち商店街」があり、レモンを使った様々なグルメやお土産を楽しむことができます。また、瀬戸田出身の日本画家・平山郁夫の作品を展示する平山郁夫美術館も必見です。

しまなみ海道サイクリングの聖地

生口島はしまなみ海道の中でも特にサイクリングに適した島として知られています。島の外周は約24キロメートル、アップダウンも少なく、初心者でも半日で一周できます。

特に多々羅大橋から瀬戸田港間は、しまなみ海道有数の快走路と呼ばれ、ヤシの木が並ぶ海沿いの道は南国リゾートの雰囲気を醸し出しています。自転車道は緑色に塗装され、車を気にせず安全に走ることができます。

瀬戸田サンセットビーチは、800メートルにわたる白い砂浜が広がる中国地方屈指の海水浴場です。夕暮れ時には、その名の通り美しい夕日を眺めることができ、一日の締めくくりに最適な場所となっています。

アクセスと訪問のポイント

向上寺へのアクセスは、本州方面からはしまなみ海道の生口島北IC、四国方面からは生口島南ICを利用します。いずれのICからも車で約15分です。公共交通機関を利用する場合は、尾道港から瀬戸田港まで船で約40分、瀬戸田港から徒歩約10分で到着します。

三重塔の見学は無料で、年中いつでも訪れることができます。ただし、本堂の御本尊は秘仏となっており、33年に一度の開帳となります。塔の周辺からは瀬戸田の街並みと瀬戸内海を一望でき、特に夕暮れ時の景色は格別です。

訪問の際は、急な坂道を登ることになるので、歩きやすい靴がおすすめです。また、写真撮影のベストスポットは塔の南側からで、瀬戸内海を背景に朱色の塔を美しく撮影することができます。

Q&A

Q向上寺三重塔はなぜ国宝に指定されているのですか?
A1432年建立という明確な建立年代が判明していること、部材のほとんどが当初材のまま残されていること、そして和様と禅宗様を巧みに融合させた折衷様建築の傑作であることが評価されています。特に禅宗寺院の塔婆として極めて貴重な遺構であり、室町時代の建築技術の高さを示す重要な文化財として1958年に国宝に指定されました。
Q向上寺三重塔と耕三寺の違いは何ですか?
A向上寺三重塔は1432年建立の室町時代の歴史的建造物で国宝です。一方、耕三寺は昭和時代(1936年~)に実業家が母への供養のため建立した新しい寺院で、日光東照宮陽明門など全国の名建築を模した建物群があり「西の日光」と呼ばれています。両寺院とも瀬戸田の観光名所ですが、歴史的価値と性格が全く異なります。
Q生口島観光のおすすめルートを教えてください。
A瀬戸田港を起点に、まず向上寺三重塔(徒歩10分)を見学し、その後しおまち商店街でレモングルメを楽しみ、午後は耕三寺(徒歩15分)と平山郁夫美術館を巡るコースがおすすめです。時間があればレンタサイクルで島を一周し、島ごと美術館のアート作品を巡りながら、瀬戸田サンセットビーチで夕日を眺めるのも素晴らしい体験になります。
Qしまなみ海道サイクリングで向上寺に立ち寄ることはできますか?
Aはい、可能です。生口島はしまなみ海道の中継地点として人気があり、瀬戸田港周辺にはレンタサイクルターミナルもあります。向上寺は瀬戸田港から徒歩10分の場所にあるため、自転車を一時預けて見学することができます。多くのサイクリストが休憩を兼ねて立ち寄る人気スポットとなっています。

参考文献

向上寺三重塔 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/157725
向上寺 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/向上寺
広島県の文化財 - 向上寺三重塔
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/bunkazai/bunkazai-data-101010060.html
国宝-建築|向上寺 三重塔[生口島/広島県] | WANDER 国宝
https://wanderkokuho.com/102-03188/
向上寺〔曹洞宗〕|尾道観光協会「おのなび」
https://www.ononavi.jp/sightseeing/temple/detail.html?detail_id=35
生口島のおすすめ観光スポット9選!|Shimanabi
https://shimanabi.com/archives/6772

基本情報

名称 向上寺三重塔(こうじょうじさんじゅうのとう)
所在地 広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田57
建立年 1432年(永享4年)
構造 三間三重塔婆、本瓦葺
高さ 約19メートル
様式 和様・禅宗様折衷
文化財指定 国宝(1958年2月8日指定)
所属寺院 向上寺(曹洞宗)
拝観料 無料
アクセス 瀬戸田港より徒歩約10分

最終更新日: 2025.10.28

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