中尊寺経蔵堂内具 ― 平安の粋を伝える螺鈿と漆の国宝仏具
岩手県平泉町、世界遺産の地に佇む中尊寺。金色堂の華麗さに目を奪われがちですが、この名刹にはもうひとつ、平安仏教美術の精華を静かに物語る国宝が存在します。それが「中尊寺経蔵堂内具」です。螺鈿(らでん)や平塵(へいじん)の漆工技法と、精巧な金銅金具が織りなす優美な仏具群は、奥州藤原氏が夢見た仏国土の輝きを、九百年の時を超えて今に伝えています。
奥州藤原氏と中尊寺の歴史
中尊寺は嘉祥3年(850年)、天台宗の高僧・慈覚大師円仁によって開山されたと伝えられます。しかし、この寺を東北地方随一の大伽藍へと変貌させたのは、12世紀初頭に活躍した奥州藤原氏の初代・藤原清衡公でした。
前九年・後三年の合戦を経て東北の覇者となった清衡公は、長治2年(1105年)、平泉の関山に中尊寺の大造営を開始します。度重なる戦で命を落としたすべての人々の霊を慰め、敵味方の区別なく浄土に導くという壮大な願いが込められていました。清衡公は京都から最高の技術者を招き、20年の歳月をかけて、寺塔40余宇・禅坊300余宇を擁する壮大な寺院を完成させました。
その後、二代基衡、三代秀衡と引き継がれた奥州藤原氏は約100年にわたり平泉を中心に独自の仏教文化を花開かせます。しかし1189年、源頼朝の軍に滅ぼされ、その栄華は幕を閉じました。さらに1337年の火災により、金色堂と経蔵を残して多くの堂塔が焼失してしまいます。
経蔵は藤原氏三代によって発願・書写された紺紙金銀字交書一切経(こんしきんぎんじこうしょいっさいきょう)を納めるために建てられた堂です。火災の影響を受けつつも古材を用いて再建され、内部には国宝の螺鈿八角須弥壇が安置されていました。今回ご紹介する「経蔵堂内具」は、その経蔵の内部を荘厳(しょうごん)していた仏具群なのです。
国宝「中尊寺経蔵堂内具」の構成
経蔵堂内具は、以下の4点が一括して国宝に指定されています。それぞれが仏教の法要や儀式において欠かせない役割を担う仏具であり、螺鈿・平塵・金銅金具といった装飾技法がふんだんに用いられた格調高い作品です。
木造礼盤(らいばん)
法要の際に導師(指導的僧侶)が着座するための台です。高さ15.4cm、一辺65.4cmの方形で、木製黒漆塗の箱形をしています。上下の框(かまち)は金沃懸地(きんいかけじ)とし、四隅と中央には魚々子地(ななこじ)に宝相華文(ほうそうげもん)を鋤彫(すきぼり)した金銅金具を打っています。金具の間には螺鈿をはめ込み、各面には二つずつの格狭間(こうざま)を設け、その内に孔雀文の打ち出し金具を配しています。金具の一部には、緑3個・白2個の瑠璃玉(るりだま)が現在も残っており、かつての華やかさを偲ばせます。
螺鈿平塵案(らでんへいじんあん)
仏具や供物を載せるためのテーブル状の台です。総高77.6cm、甲板は縦34.1cm×横66.3cmの入隅長方形。木製漆塗で、側面には前後に2つ、左右に各1つの格狭間を透かし、甲板や四隅には魚々子地に宝相華唐草文の毛彫金具を打っています。脚部は断面五角形の「鷺脚(さぎあし)」と呼ばれる優美な形状で、付け根には葉状の鰭(ひれ)が飾られています。側面と脚の全面に平塵の地に宝相華唐草文の螺鈿が施されており、1本の脚には螺鈿がよく残っていて、当時の華麗な姿を垣間見ることができます。
磬架(けいか)(附:孔雀文磬)
磬架は、法要で打ち鳴らす金属製の磬(けい)を吊るすための台です。高さ57.9cm、横55.1cm。木製の刳形(くりかた)のある脚の上に柱を立て、両端に蕨手(わらびて)を飾った山形の梁木を載せています。元は平塵地に螺鈿が施されていましたが、長い歳月の間に剥落が進み、現在は彫跡のみが残っています。蕨手の先端や挟金具には、魚々子地に宝相華唐草文を鋤彫した金銅金具が施されています。附(つけたり)指定の孔雀文磬は鋳銅製で、中央に蓮華文の撞座を据え、左右に花を銜(くわ)えた孔雀が相対する意匠となっています。
螺鈿平塵燈台(らでんへいじんとうだい)
経蔵内部を照らすための燈台です。総高80.9cm、底径24.8cm。全体に平塵地を敷き、螺鈿で蝶と宝相華を散らした、4点の中でもひときわ華やかな作品です。竿(さお)と請(うけ)の接着部には金銅魚々子地の宝相華唐草文鋤彫に猪目透(いのめすかし)の金具を巻き、台には同文の四葉座金具を打っています。現在この燈台は東京国立博物館に寄託されています。
なぜ国宝に指定されたのか
中尊寺経蔵堂内具は、昭和33年(1958年)2月8日に国宝に指定されました。その指定理由は、以下のような複合的な価値に基づいています。
第一に、附指定の孔雀文磬を除く全ての品が、経蔵の創建当初に遡るものと考えられていることです。つまり平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての制作と推定され、約九百年の歴史を有する貴重な遺品群です。
第二に、平塵や螺鈿の一部に剥落があるものの、各品の優雅な形姿、細部にわたる金具の巧みな技巧、そして文様に平安時代特有の優れた造形が見て取れる点です。魚々子地の精緻な打ち出し、宝相華や唐草文の流麗な意匠は、当時の最高水準の工芸技術を証明しています。
第三に、一つの仏堂に納められていた仏具一式がまとまって現存している稀少性です。礼盤・案・磬架・燈台という法要に必要な基本的仏具が揃った形で残されていることは、平安時代の仏堂の荘厳がいかなるものであったかを知るうえで、他に類を見ない学術的価値を持っています。
見どころ・鑑賞のポイント
讃衡蔵で経蔵堂内具を鑑賞される際は、以下の点に注目されると、より深くその魅力を味わえるでしょう。
- 螺鈿平塵案の「鷺脚」に残る螺鈿の輝き。暗い漆地に対して光を放つ貝片の文様が、かつての華麗さを物語っています。
- 礼盤の格狭間に施された孔雀文打ち出し金具と、現存する瑠璃玉。わずかに残るガラス玉が、かつて色鮮やかに輝いていた姿を想像させてくれます。
- 各品に共通する魚々子地(ななこじ)の金銅金具。一粒一粒を手作業で打ち出したとは思えないほど均一で精緻な表面は、平安の工人の技と忍耐の結晶です。
- 金色堂堂内具(別の国宝)との比較。経蔵堂内具の案は鷺脚の背の高いタイプで、金色堂のものはより低い形状です。同じ寺院でも堂の用途に合わせて仏具が作り分けられていたことがわかります。
周辺情報
中尊寺は2011年に「平泉 ― 仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」として世界遺産に登録された構成資産のひとつです。経蔵堂内具の鑑賞とあわせて、平泉の見どころもお楽しみください。
- 金色堂(国宝)— 天治元年(1124年)建立、国宝建造物第1号。内外を金箔で覆い、螺鈿・蒔絵・象牙で荘厳された阿弥陀堂。藤原四代のご遺体が安置されています。
- 毛越寺(もうつうじ)— 世界遺産構成資産。二代基衡が造営した浄土庭園が美しく残り、平安時代の庭園文化を今に伝えます。
- 高館義経堂 — 北上川を望む高台にある源義経の最期の地。松尾芭蕉が「夏草や兵どもが夢の跡」と詠んだ場所です。
- 観自在王院跡 — 二代基衡の妻が建立した浄土庭園の遺構。静かな散策にぴったりの史跡です。
- 厳美渓(げんびけい)— 中尊寺から車で約20分。奇岩とエメラルドグリーンの渓流が美しい景勝地で、対岸からワイヤーで届く「空飛ぶだんご」が名物です。
Q&A
- 経蔵堂内具の4点すべてを中尊寺で見ることはできますか?
- 螺鈿平塵案(案)などは讃衡蔵(さんこうぞう)で展示されていますが、螺鈿平塵燈台は東京国立博物館に寄託されており、常時中尊寺で見ることはできません。全4点をご覧になりたい場合は、東京国立博物館の展示予定もあわせてご確認ください。
- 讃衡蔵や金色堂の内部で写真撮影はできますか?
- 讃衡蔵および金色堂の内部での写真撮影は禁止されています。貴重な文化財の保護のため、ご自身の目でじっくりとご鑑賞ください。ミュージアムショップでは図録やポストカードが販売されています。
- 中尊寺の拝観にはどのくらいの時間が必要ですか?
- 月見坂の参道歩きから讃衡蔵・金色堂・経蔵・旧覆堂の拝観まで含めて、約1時間半~2時間が目安です。各子院や白山神社の能舞台もじっくり巡りたい場合は、2時間半ほどお時間を見ておくとよいでしょう。
- 「平塵」と「螺鈿」とはどのような技法ですか?
- 平塵(へいじん)は漆工技法のひとつで、漆を塗った面にヤスリで卸した荒めの金属粉を蒔いて、きらめく下地を作る手法です。螺鈿(らでん)は、夜光貝やアワビなどの貝殻を薄く加工し、文様に切り抜いて漆面にはめ込む装飾技法です。光を受けて虹色に輝く螺鈿と金属粉が煌めく平塵を組み合わせることで、仏教の浄土世界を象徴するような神秘的な輝きが生み出されます。
- 海外からのアクセス方法を教えてください。
- 東京から東北新幹線で一関(いちのせき)駅まで約2時間10分、そこからJR東北本線で平泉駅まで約10分です。平泉駅からはバスで約5分、または徒歩約20~30分で中尊寺に到着します。一関駅前から直接中尊寺方面へ向かうバスも運行しています。
基本情報
| 指定名称 | 中尊寺経蔵堂内具(ちゅうそんじきょうぞうどうないぐ) |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(工芸品) |
| 指定年月日 | 昭和33年(1958年)2月8日 |
| 時代 | 平安時代末期~鎌倉時代(12世紀) |
| 構成 | 木造礼盤1基、螺鈿平塵案1基、磬架1基(附:孔雀文磬1面)、螺鈿平塵燈台1基 |
| 寸法 | 礼盤:高15.4cm・方65.4cm / 平塵案:総高77.6cm・甲板縦34.1cm×横66.3cm / 磬架:高57.9cm・横55.1cm / 燈台:高80.9cm・底径24.8cm |
| 所有者 | 大長寿院(中尊寺) |
| 展示場所 | 讃衡蔵(中尊寺境内)※螺鈿平塵燈台は東京国立博物館寄託 |
| 所在地 | 〒029-4102 岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202 |
| 拝観時間 | 3月1日~11月3日:8:30~17:00 / 11月4日~2月末日:8:30~16:30(閉館10分前に拝観券販売終了) |
| 拝観料 | 大人1,000円 / 高校生700円 / 中学生500円 / 小学生300円(金色堂・讃衡蔵・経蔵・旧覆堂共通) |
| アクセス | JR平泉駅からバス約5分または徒歩約20~30分 / JR一関駅(東北新幹線)からバス約22分 |
| 世界遺産 | 「平泉 ― 仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」構成資産(2011年登録) |
| 公式サイト | https://www.chusonji.or.jp/ |
参考文献
- 文化遺産オンライン — 中尊寺経蔵堂内具
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/203829
- いわての文化情報大事典 — 中尊寺経蔵堂内具
- http://www.bunka.pref.iwate.jp/archive/hist5
- WANDER 国宝 — 中尊寺経蔵堂内具
- https://wanderkokuho.com/201-00514/
- 関山 中尊寺 公式サイト — 中尊寺の歴史
- https://www.chusonji.or.jp/know/history.html
- 関山 中尊寺 公式サイト — 金色堂について
- https://www.chusonji.or.jp/know/konjikido.html
- Wikipedia — 中尊寺
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B0%8A%E5%AF%BA
- 平泉の文化遺産 — 奥州藤原氏
- https://www.town.hiraizumi.iwate.jp/heritage/history/fujiwara.html
最終更新日: 2026.02.08