浄光明寺敷地絵図 ー 中世鎌倉を今に伝える唯一無二の絵図

鎌倉国宝館に寄託されている「浄光明寺敷地絵図(じょうこうみょうじしきちえず)」は、国指定重要文化財に指定された極めて貴重な歴史資料です。この絵図が特別な理由は、鎌倉時代の鎌倉を描いた現存する唯一の絵図であるという点にあります。元弘3年(1333年)の鎌倉幕府滅亡直後に作成されたこの絵図は、かつて日本の政治の中心であった中世都市・鎌倉の姿を今に伝える、かけがえのない文化遺産なのです。

浄光明寺敷地絵図とは

浄光明寺敷地絵図は、楮紙(こうぞがみ)4枚を貼り継いで作られた寺院の敷地絵図です。図の中央には「浄光明寺敷地□圖」と墨書され、寺の敷地図であることが示されています。この絵図には、寺院の建物だけでなく、周囲の景観や近隣の屋敷、廃寺となった寺院跡なども描かれています。

図の四隅には方角が記されており、右上に「北」、右下に「東」、左下に「南」とありますが、左上の「西」の部分は破損しています。図の中央には、基壇上に建つ正面5間の裳層付(もこしつき)仏殿が詳細に描かれており、当時の寺院建築の様子を知る上でも貴重な資料となっています。

なぜ重要文化財に指定されたのか

浄光明寺敷地絵図は、平成17年(2005年)6月9日に国の重要文化財に指定されました。その価値は、以下の点において極めて高く評価されています。

第一に、この絵図は鎌倉時代の鎌倉を描いた現存する唯一の絵図であるという点です。鎌倉について記された文献は数多く残されていますが、当時の都市の姿を視覚的に伝える絵図としては、この一点のみが現存しています。これにより、中世鎌倉の都市構造や建築様式、社会組織を理解する上で、他に代えがたい資料となっています。

第二に、この絵図は鎌倉幕府滅亡という劇的な政治変動の証拠を今に伝えています。図中には、幕府を支配していた北条氏の旧屋敷が「跡」として記されており、幕府滅亡によって主を失った屋敷地の様子が描かれています。その中には、鎌倉幕府最後の執権・赤橋守時(あかはしもりとき、1295~1333)の屋敷跡も含まれています。守時は、鎌倉防衛戦で命を落とした人物です。

第三に、この絵図には足利氏の重臣であった上杉重能(うえすぎしげよし、?~1349)の花押が7か所に据えられています。これらの花押は、建武新政権のもとでの寺領安堵を示す証判として機能しており、新たな時代への移行を物語る貴重な証拠となっています。

歴史的背景 ー 激動の時代に生まれた文書

浄光明寺敷地絵図の真価を理解するためには、この絵図が作成された歴史的背景を知る必要があります。

元弘3年(1333年)5月、約150年にわたり日本を統治してきた鎌倉幕府は、後醍醐天皇とその同盟者たちの軍勢によって滅亡しました。首都鎌倉は攻撃を受けて焼失し、執権として幕府を支配してきた北条氏はほぼ壊滅状態となりました。敗れた北条氏の土地や屋敷は主を失い、浄光明寺のような寺院にとっては、所領を拡大する機会となったのです。

浄光明寺は、建長3年(1251年)頃に北条氏の第5代・6代執権によって創建された寺院であり、鎌倉の武家社会と深いつながりを持っていました。幕府滅亡後、寺院は後醍醐天皇による建武新政権のもとで、自らの所領を確保しようとしました。この敷地絵図は、そうした請願の一環として作成されたものと考えられています。

図中には「今所望」(いましょもう)と朱書きされた箇所があり、これは寺院が取得を希望していた土地を示しています。上杉重能の花押の存在は、これらの請願の少なくとも一部が認められたことを示唆しています。重能は建武2年(1335年)12月に鎌倉を離れているため、この絵図の作成時期は、幕府滅亡の1333年から1335年末までの約2年間と推定されています。

絵図が明かす中世鎌倉の姿

浄光明寺敷地絵図は、中世鎌倉の物理的・社会的景観について、非常に貴重な情報を提供しています。寺院自体の建物に加えて、周辺のさまざまな場所が描かれています。

  • 多宝寺(たほうじ) ー 浄光明寺の東側にあった廃寺跡。極楽寺、浄光明寺とともに、中世鎌倉における真言律宗の主要寺院の一つでした。現在は浄光明寺の裏山にやぐら(中世の洞窟墓)のみが残っています。
  • 東林寺(とうりんじ) ー 絵図に描かれたもう一つの廃寺で、この地域の宗教的景観を示しています。
  • 守時跡(もりときあと) ー 鎌倉幕府最後の執権・赤橋守時の旧屋敷跡。守時は鎌倉陥落時に自害しました。
  • 右馬権助跡(うまごんのすけあと)刑部跡(ぎょうぶあと) ー 北条氏に連なる武士たちの旧屋敷跡。

金沢文庫に伝わる金沢貞顕(かなざわさだあき、1278~1333)の書状には、浄光明寺周辺で起きた火災の様子が記されており、「右馬権助」「刑部」の名が確認できます。これを絵図と照合すると、寺院や住居地がほぼ同じ位置に該当することが確認され、絵図の正確性が裏付けられています。

謎の消失と劇的な再発見

浄光明寺敷地絵図の歴史において、最も興味深いのは、その消失と再発見の物語です。

この絵図は、貞享2年(1685年)に編纂された『新編鎌倉志』にその存在が記されており、古くから学者に知られていました。しかし、その後のある時期に、絵図は寺の収蔵品から姿を消してしまいました。

長年にわたり、その所在は不明のままでした。ところが、平成12年(2000年)に驚くべき発見がなされます。絵図が鎌倉市内の旧家で発見されたのです。平成13年(2001年)に浄光明寺へ返還され、その4年後の平成17年(2005年)に国の重要文化財に指定されました。

現在、この絵図は鎌倉国宝館に寄託されており、約700年の時を経たこの繊細な文書を未来の世代に伝えるため、厳重に管理・保存されています。

浄光明寺を訪れる

敷地絵図そのものは鎌倉国宝館に寄託されており、常時公開されているわけではありませんが、浄光明寺を訪れることで、この貴重な絵図に描かれた場所を実際に歩くことができます。寺院は中世の風情を色濃く残しており、谷戸を雛壇状に造成した境内の様子は、14世紀の絵図に描かれた姿とほぼ変わりません。

寺院には他にも重要文化財が所蔵されており、特に木造阿弥陀三尊像は見逃せません。この仏像には「土紋(どもん)」と呼ばれる、粘土を型抜きして花などの文様を表した装飾技法が施されており、これは中世鎌倉の仏像にのみ見られる独特の技法です。また、裏山には網引地蔵と呼ばれる石造地蔵菩薩坐像が安置されたやぐらや、歌人・冷泉為相(れいぜいためすけ、1263~1328)の墓があります。

浄光明寺の境内と冷泉為相墓は合わせて国史跡に指定されており、その指定の根拠の一つとなったのが、まさにこの敷地絵図の再発見でした。絵図によって、中世寺院の敷地が7世紀にわたって驚くほど良好に保存されていることが明らかになったのです。

周辺の見どころ

浄光明寺は鎌倉市扇ガ谷(おうぎがやつ)に位置し、周辺には歴史的な名所が数多くあります。

  • 鎌倉国宝館 ー 鶴岡八幡宮の境内にある博物館で、浄光明寺敷地絵図をはじめ、鎌倉の寺社に伝わる数多くの文化財を収蔵・展示しています。展示スケジュールを確認してからお出かけください。
  • 鎌倉歴史文化交流館 ー 浄光明寺から徒歩約7分。鎌倉の歴史を紹介する近代的な博物館です。
  • 英勝寺(えいしょうじ) ー 鎌倉唯一の尼寺で、江戸時代の美しい建築と季節の花々が楽しめます。
  • 海蔵寺(かいぞうじ) ー 徒歩約8分。美しい庭園と季節の花で知られる禅寺です。
  • 源氏山公園 ー 鎌倉の眺望が楽しめる公園で、鎌倉幕府を開いた源頼朝の像が立っています。

Q&A

Q浄光明寺敷地絵図の実物を見ることはできますか?
A絵図は鶴岡八幡宮境内にある鎌倉国宝館に寄託されています。繊細な歴史資料のため常時展示されているわけではありません。訪問前に展示スケジュールをご確認ください。
Qこの絵図が日本の歴史資料の中で特別な理由は何ですか?
A浄光明寺敷地絵図は、鎌倉時代(1185~1333年)の鎌倉を描いた現存する唯一の絵図です。中世鎌倉について記した文献は数多くありますが、当時の都市を視覚的に伝える絵図はこれ以外に残っていません。そのため、当時の都市構造、建築様式、社会組織を理解する上でかけがえのない資料となっています。
Q浄光明寺を訪れるのに最適な時期はいつですか?
A重要文化財の阿弥陀三尊像をはじめとする寺宝は、木・土・日・祝日のみ公開されています(雨天時は中止)。また、8月は拝観休止となります。春は梅や桜、秋は彼岸花や紅葉が美しく、特におすすめの季節です。
Q外国語の案内はありますか?
A浄光明寺では英語などの案内は限られています。より深く理解するためには、事前にガイドブックなどで情報を調べておくことをおすすめします。鎌倉国宝館では英語の資料や音声ガイドが一部提供されています。
Q現在の浄光明寺境内は、中世の絵図とどれくらい一致していますか?
A驚くほど一致しています。2000年の絵図再発見により、谷戸を雛壇状に造成した寺院の地形が約700年にわたって保存されてきたことが確認されました。この保存状態の良さが、2007年に境内が国史跡に追加指定される重要な根拠となりました。

基本情報

名称 浄光明寺敷地絵図(じょうこうみょうじしきちえず)
指定区分 国指定重要文化財(美術品)
指定年月日 平成17年(2005年)6月9日
制作時期 南北朝時代(元弘3年〈1333年〉~建武2年〈1335年〉頃)
材質 紙本墨画(楮紙4紙貼継)
法量 縦約63cm
所有者 浄光明寺
寄託先 鎌倉国宝館
寺院所在地 〒248-0011 神奈川県鎌倉市扇ガ谷2-12-1
アクセス JR横須賀線・江ノ島電鉄「鎌倉駅」西口より徒歩約15分
拝観時間 境内:9:00~16:00/収蔵庫・裏山:10:00~12:00、13:00~16:00(木・土・日・祝のみ、雨天・8月は休止)
拝観料 境内:志納/収蔵庫拝観:大人300円、小中学生150円
国宝館開館時間 9:00~16:30(入館は16:00まで)、月曜休館
国宝館観覧料 展覧会により異なる(一般400~700円程度)
電話番号 浄光明寺:0467-22-1359/鎌倉国宝館:0467-22-0753

参考文献

文化遺産オンライン - 浄光明寺敷地絵図
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/213919
Wikipedia - 浄光明寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/浄光明寺
文化遺産オンライン - 浄光明寺境内・冷泉為相墓
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/190492
鎌倉手帳(寺社散策) - 浄光明寺敷地絵図
https://www.yoritomo-japan.com/kamakura137/jyokomyoji-ezu.html
誠堂ブログ - 浄光明寺敷地絵図複製納品
http://makotodo.sblo.jp/article/189970659.html
鎌倉市公式サイト - 鎌倉国宝館
https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kokuhoukan/

最終更新日: 2026.01.28