總持寺:横浜が誇る禅宗建築の宝庫

横浜市鶴見区、鶴見駅から徒歩わずか7分の場所に、日本の禅宗建築史における貴重な遺産が静かに佇んでいます。曹洞宗大本山・總持寺は、大正時代から昭和初期にかけて建立された18棟の建造物が登録有形文化財に指定されており、20世紀初頭の本格的な木造寺院建築の精華を今に伝えています。

永平寺と並ぶ曹洞宗の二大本山として、總持寺は単なる観光施設ではなく、現在も約140名の雲水(修行僧)が修行を続ける生きた禅の道場です。都市部にありながら本格的な禅の修行が営まれる環境は稀有であり、海外からの訪問者にとって、日本の精神文化を体験できる貴重な機会を提供しています。英語での案内や月例の坐禅会など、国際的な開放性も特徴です。

總持寺の伽藍全景。長い廊下と伝統的な木造建築が見える

能登から鶴見へ:總持寺の歴史

總持寺の歴史は、元亨元年(1321年)に遡ります。曹洞宗の高僧・瑩山紹瑾禅師(1268-1325)が、能登国(現在の石川県輪島市)にあった諸嶽観音堂を譲り受け、「總持寺」と改名したことに始まります。翌年、後醍醐天皇より「曹洞賜紫出世第一の道場」の綸旨を受け、永平寺と並ぶ曹洞宗の大本山となりました。

約600年にわたり能登の地で栄えた總持寺ですが、明治31年(1898年)4月13日、不慮の火災により伽藍のほとんどを焼失してしまいます。この大火災は、しかし、新たな歴史の始まりとなりました。時代の変化と宗門の要請を踏まえ、本山を東京に近い立地に移転することが決定されます。

数年の準備期間を経て、明治44年(1911年)11月5日、現在の横浜市鶴見区への移転遷祖の儀式が執り行われました。港湾都市・横浜という立地は、首都圏へのアクセスの良さに加え、国内外への布教活動の拠点として理想的でした。能登の旧地は「總持寺祖院」として維持され、鶴見の新本山とともに700年の伝統を今に伝えています。

登録有形文化財としての価値

平成17年(2005年)7月12日、總持寺の18棟の建造物が国の登録有形文化財に指定されました。この制度は、近代(主に明治時代以降)の建造物のうち、歴史的・芸術的・学術的価値を有するものを保護・活用するために設けられたものです。

總持寺の文化財群が特に重要なのは、いくつかの理由があります。第一に、比較的短期間(大正4年から昭和12年頃)に建立された建造物群が、一つの完結した禅宗伽藍を形成していることです。第二に、近代化が急速に進む中で、伝統的な木造建築技術が高いレベルで維持されていたことを示す貴重な実例であることです。第三に、多くの寺院が戦災や老朽化により再建を余儀なくされた中、これらの建物は建立時の姿をよく留めており、大正・昭和初期の寺院建築を理解する上で不可欠な資料となっています。

建造物群は、荘厳な法堂から実用的な修行僧の居住空間まで、禅宗寺院のあらゆる機能を包含しており、禅宗建築の空間構成と美意識を総合的に理解できる貴重な文化遺産となっています。

建築の粋:18棟の登録有形文化財

仮真殿

能登から鶴見への本山移転に際し、真牌(位牌)を祀った開山堂として建立され、現在は位牌堂として使用されています。入母屋造平入桟瓦葺の本体に、正面側に切妻造の相の間を設け、擬宝珠高欄付の階段とその両側の廊下で信徒位牌堂と繋がる独特な構成が特徴です。内部は一室で格天井と位牌壇を備え、背面では納骨堂の常照殿と接続しています。能登からの移転という歴史的転換期を象徴する建物として、重要な意味を持っています。

仏殿(大雄宝殿)

大正4年(1915年)に建立された仏殿は、伽藍の中心部、壇正積基壇上に南面して建つ方三間の堂宇です。一重裳階付で、入母屋造、本瓦葺の屋根を頂き、身舎は尾垂木付の三手先組物という最高度の技術を用いています。身舎に比べて裳階の柱間を狭くし、内部空間を中央に建つ2本の柱で前後に区分するなど、創意工夫を凝らした設計となっています。本尊の釈迦牟尼仏を安置する本堂として、内外ともに荘厳な構成は、大本山の仏殿にふさわしい威容を備えています。

大僧堂

著名な建築家・伊東忠太の設計により昭和12年(1937年)に完成した大僧堂は、建築面積688平方メートルを誇る日本最大の木造僧堂です。衆寮の南、壇正積基壇に東面して建ち、入母屋造、瓦棒銅板葺の構造を持ちます。内部は土間で、四周側廻りを通路とし、内側の壁際等には座禅用の畳敷きの床を設けています。棹縁天井を張りながら、中央2本の独立円柱上には独特な挿肘木を組むなど、構造的にも優れた設計となっています。花頭窓や弓欄間など、禅宗様の建築細部を備え、約150名の雲水が生活し、修行する場として今も機能しています。

百間廊下及び門

總持寺を象徴する建造物として最も有名な百間廊下は、仏殿の南方、東西方向に142メートル(実測164メートル)にわたって延びる長大な廊下です。大正4年(1915年)頃に建立され、その間に3つの門を設けています。東から朝を表す「金鶏門」、昼を表す「中雀門」、夜を表す「玉兎門」と名付けられ、時の流れを象徴しています。廊下は角柱に舟肘木をのせ、虹梁で繋ぎ、柱間にガラス戸を入れた構造で、仏殿前面の空間を効果的に分節する役割を持っています。

この廊下が特に知られているのは、その鏡のように磨き上げられた床です。雲水たちは毎日朝夕2回、「洒掃行」(しゃそうぎょう)と呼ばれる雑巾がけを行い、創建以来この伝統を守り続けています。日常の作務そのものが修行であるという禅の精神を体現する光景として、多くの訪問者の心を打っています。

紫雲台

紫雲台は、總持寺の住持・禅師の表方丈の間であり、宗門の僧侶や全国の檀信徒と親しく相見する大書院です。「紫雲台」という名は禅師の尊称にもなっており、正面玄関の扁額には独住3世・西有穆山禅師が揮毫した「紫雲臺」の文字が掲げられています。大正期に建立されたこの建物は、書院を区画する襖および板戸に、大正9年(1920年)から大正10年(1921年)にかけて制作された水墨画や彩色画が描かれており、美術的価値も高い建造物です。

紫雲台に面する紫雲庭は、広さ約500坪(1,650平方メートル)の池泉回遊式庭園で、大正4年(1915年)に茶道松尾流9世・半古斎宗見宗匠が作庭したと伝えられています。その一隅には茶室・倚松庵があり、禅と茶の文化が融合した空間を形成しています。

放光堂

放光堂は、總持寺が能登から鶴見に移転後、初めて法要が行われた記念すべき建物です。入母屋造、桟瓦葺で、桁行30メートルに及ぶ雄大な規模を持ちます。この建物は元々、安政年間(1854-1860年)に山形県鶴岡市の總穏寺の本堂として建立されたもので、總持寺移転に際して特別に献納されました。選りすぐりのケヤキで作られた建物で、各部の彫物や虹梁の絵様に幕末期の造形を見ることができる貴重な建造物です。現在は檀信徒の位牌を祀る建物として使用されており、内部は正面1間通りを土間とし、床上部は奥中央に仏壇、左右に位牌壇を構え、広大な空間をつくっています。

香積台

香積台は、總持寺の中枢部として機能する建物で、総合受付や諸堂拝観の出発点となっています。「香積台」という名称は禅宗寺院における台所(庫裏)を意味し、ここから寺院運営の様々な活動が展開されています。訪問者はここで御朱印を受けたり、各種行事への参加を申し込んだりすることができます。

その他の文化財建造物

残る文化財としては、後醍醐天皇像を祀り独特な権現造風の構成を持つ「御霊殿」、「虎嘯窟」とその「渡廊下」、総欅造の1間高麗門である「三松関」、修行僧の居住空間である「衆寮」、卓越した造形感覚が発揮された「鐘楼」、「鐘鼓楼」、「待鳳館」、「放光観音台座」、守護神・三宝大荒神を祀る「三宝殿」、そして「向唐門」があり、これらすべてが調和して完結した禅宗伽藍を形成しています。

百間廊下の磨き上げられた床と自然光が差し込む内部

總持寺を体験する:この寺院の特別な魅力

總持寺を他の著名な寺院と区別する最大の特徴は、それが現役の修行道場であるという点です。多くの歴史的寺院が主に観光施設として機能する中、總持寺では今も約140名の雲水が厳格な修行生活を送っています。早朝に訪れれば、午前5時からの朝課、6時半からの簡素な朝食(お粥一杯に胡麻と漬物のみ)、7時半からの洒掃行(廊下の雑巾がけ)など、本物の禅の修行を目の当たりにすることができます。

寺院は訪問者に対しても開かれており、さまざまな体験プログラムを提供しています。修行僧による諸堂拝観(要予約)では、各建物の歴史や意義について詳しい説明を受けることができます。月例の坐禅会は初心者でも参加可能で、本格的な座禅を体験できます。写経会では、静寂の中で筆を執り、心を整える時間を過ごすことができます。英語での坐禅会も月1回土曜日に開催されており、海外からの訪問者にも禅の実践を体験する機会が提供されています。

広大な境内(約15万坪)は散策にも最適で、登録有形文化財の建物群に加え、高さ36メートル、千畳敷きの広さを持つ大祖堂、美しく手入れされた庭園、瞑想的な散歩に最適な静かな小径などがあります。特に4月上旬の桜の季節は境内がピンク色に染まり、見事な景観を楽しむことができます。

また、寺内には宝物殿「嫡々庵」があり、重要文化財5件、横浜市指定文化財5件を含む約1万点の収蔵資料の中から、約50点を常時展示しています(展示替えは約2ヶ月に1度)。絵画、彫刻、工芸、書跡、古文書など多岐にわたる文化財を通じて、總持寺の700年の歴史をより深く理解することができます。

周辺観光:鶴見と横浜の魅力

總持寺の立地する鶴見は、横浜の玄関口として多彩な観光資源に恵まれています。JR鶴見駅は京浜東北線で横浜駅まで約10分、東京駅まで約30分と、首都圏各地へのアクセスが良好です。駅周辺には商業施設「CIAL鶴見」や「LICOPA鶴見」などがあり、飲食店やショッピングを楽しむことができます。

徒歩圏内には、横浜最古の神社といわれる鶴見神社があり、毎年7月には「天王祭」という活気ある祭礼が開催されます。また、バスで約17分の三ツ池公園は「日本さくら名所100選」に選ばれた桜の名所で、3つの大きな池を中心とした美しい公園です。春には約1,600本の桜が咲き誇り、多くの花見客で賑わいます。

横浜中心部へのアクセスも容易で、みなとみらい21地区には電車で約15分。ランドマークタワー、赤レンガ倉庫、山下公園など、横浜を代表する観光スポットが集中しています。世界最大級の中華街の一つである横浜中華街では、本格的な中国料理と独特の雰囲気を楽しむことができます。また、三溪園は実業家・原三溪が造営した広大な日本庭園で、京都や鎌倉などから移築された歴史的建造物と四季折々の自然が調和した空間を提供しています。

鶴見区内には、キリンビール横浜工場や横浜ストロベリーパークなど、ユニークな観光施設もあります。キリンビール工場では製造工程の見学とビールの試飲が楽しめ、横浜ストロベリーパークでは一年中いちご狩りを体験できます。臨海部には、横浜ベイブリッジの雄姿を眺められる大黒ふ頭や、釣りを楽しめる大黒海づり公園があり、都市部にいながら海を感じることができます。

Q&A

Q總持寺は予約なしで参拝できますか?
A境内の散策は自由で、予約なしで参拝できます。建物の外観や中庭などは自由に見学可能です。ただし、諸堂の内部を詳しく見学したい場合は、修行僧による案内付きの諸堂拝観(有料・要予約)をお勧めします。拝観時間は1日5回(10時、11時、13時、14時、15時から各1時間)設定されており、事前に電話またはウェブサイトから予約が必要です。また、坐禅会などの行事に参加する場合も事前の申し込みが必要です。
Q總持寺を訪れるのに最適な時期はいつですか?
A四季それぞれに魅力があります。4月上旬は桜が満開となり、境内全体が華やかな雰囲気に包まれます。写真撮影にも最適な季節です。7月中旬には「み霊祭り」が開催され、盆踊りや花火大会などで賑わいます。秋は過ごしやすい気候で紅葉も楽しめます。冬は訪問者が少なく、静謐な雰囲気の中で禅の世界に浸ることができます。修行僧の日常を見学したい場合は、平日の早朝(6時半〜8時頃)がお勧めです。
Q境内での写真撮影は可能ですか?
A境内や建物の外観の撮影は基本的に自由です。ただし、修行僧の顔や修行の様子を撮影することは、修行の妨げとならないよう禁止されています。また、建物内部の撮影は制限されている場合がありますので、必ず係員に確認してください。特に法要や儀式が行われている際は撮影を控えましょう。百間廊下の磨き上げられた床は特に写真映えするスポットとして人気ですが、他の参拝者の迷惑にならないよう配慮が必要です。
Q車椅子でも参拝できますか?
A広大な境内ですが、主要な参道は比較的平坦で、車椅子での移動も可能です。一部の建物には車椅子用のスロープや手すりが設置されていますが、伝統的な建築物のため段差がある場所もあります。事前に寺務所に連絡していただければ、アクセスしやすいルートや介助方法についてアドバイスを受けることができます。寺院スタッフは可能な限りサポートいたしますので、遠慮なくご相談ください。
Q横浜の總持寺と石川県の總持寺祖院の違いは何ですか?
A石川県輪島市にある總持寺祖院は、元亨元年(1321年)に開創された當初の所在地です。明治31年(1898年)の火災を機に、明治44年(1911年)に本山機能が横浜に移転し、能登の旧地は「總持寺祖院」と称されるようになりました。両寺院は曹洞宗内で同等の寺格を保っています。横浜の總持寺は主に大正から昭和初期(1911-1937年)の建築群で構成され、18棟が登録有形文化財となっています。一方、總持寺祖院は令和6年(2024年)12月に建造物16棟が国の重要文化財に指定され、火災を免れた建物や大正期に再建された建物を含む貴重な文化財群を有しています。両寺院とも参拝可能で、それぞれ異なる歴史的背景と建築様式を楽しむことができます。

基本情報

名称 諸嶽山大本山總持寺(しょがくさんだいほんざんそうじじ)
所在地 神奈川県横浜市鶴見区鶴見2-1-1(郵便番号:230-0063)
文化財指定 登録有形文化財(建造物)18棟(平成17年7月12日登録)
建立年代 主に大正時代(1912-1926年)から昭和初期(1926-1945年)
宗派 曹洞宗(永平寺と並ぶ大本山)
開山 瑩山紹瑾禅師(1268-1325)
元亨元年(1321年)能登に創建、明治44年(1911年)横浜に移転
アクセス JR京浜東北線・鶴見線「鶴見駅」西口より徒歩7分
京浜急行本線「京急鶴見駅」より徒歩7分
京浜急行本線「花月総持寺駅」より徒歩7分
拝観料 境内散策:無料
諸堂拝観(内部見学):500円(要予約)
宝物殿:300円(開館時間10:00-16:30、木・金曜日休館)
参拝時間 境内:夜明けから日没まで(概ね6:00-18:00)
諸堂拝観:10:00、11:00、13:00、14:00、15:00から各1時間(要予約)
問い合わせ 電話:045-581-6021
ウェブサイト:https://www.sojiji.jp/
主な行事 み霊祭り(納涼盆踊り大会):7月中旬の3日間
月例参禅会:毎月第2・第4日曜日
英語坐禅会:月1回土曜日(要予約)

参考文献

總持寺仮真殿|文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/605129
大本山總持寺 公式ウェブサイト
https://www.sojiji.jp/
總持寺 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/總持寺
總持寺仏殿(大雄宝殿)|文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/117797
總持寺百間廊下及び門|文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/184633
總持寺大僧堂|文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/170032
總持寺放光堂|文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195719
總持寺御霊殿|文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/180936
大本山總持寺|SOTOZEN.COM
https://www.sotozen.com/eng/temples/jp/sojiji.html
【横浜の名建築】曹洞宗大本山 總持寺|はまれぽ.com
https://hamarepo.com/story.php?page_no=1&story_id=5113
【横浜・鶴見】歴史散策も楽しい広い境内!有名人も眠る總持寺
https://minomushi.work/mimi/tsurumi-sojiji/
鶴見駅 總持寺で禅の世界を体験|アエラスグループ
https://www.aeras-group.jp/column/a541238/

最終更新日: 2025.11.13

近隣の国宝・重要文化財