18面の壁画 ― 1976年に国宝

五重塔初重壁画(板絵著色)は、京都の醍醐寺が所有する平安時代の壁画で、1976年(昭和51年)6月5日に国宝に指定された。員数は18面、分類は絵画、年代は951年である。

文化庁データベースの重要文化財指定年月日の欄は空欄で、重要文化財を経ずに国宝へ指定されている。これまで扱った中で7件目にあたる。

ただし解説文は詳しい。前件までの絵画が「〜時代の作品。」の一文で終わっていたのに対し、この記録には制作の時期、描かれた場所、内容、様式、評価まで記されている。1976年という指定の時期が、記録の詳しさに対応しているように見える。

塔の竣工と同時に成った

文化庁は制作の時期を明確に記す。

醍醐寺五重塔壁画は、天暦五年(951年)十月、塔の竣工と共に成ったものである。

年だけでなく月まで記されている。しかも塔が建ち上がった時と同時である。後から描き加えられたのではなく、建物の完成と壁画の完成が一致している。

五重塔そのものは建造物として別に扱われている。同じ建物の内と外が、別々の物件として記録されている。八坂神社で本殿と境内29棟が別の指定であったのと同じ構造である。

四種類の場所に描かれる

壁画がどこに描かれているかも具体的である。

壁画は塔初重内部の心柱覆板、四天柱、連子窓及び腰羽目板に配置されている。

四種類の場所が挙がる。塔の中心を貫く心柱を覆う板、四隅に立つ四天柱、光を取り入れる連子窓、そして壁の下部を覆う腰羽目板である。

柱にも窓にも板にも描かれる。壁だけに描くのではなく、内部の構造材そのものが画面になっている。法界寺阿弥陀堂が柱や天井にも絵をもち、東福寺三門の二階内部が一面に彩画されているのと同じ考え方である。

18面という員数は、これらの面の数を数えたものにあたる。

八祖のうち一人が欠けている

描かれている内容の記載に、注意すべき一句がある。

両界曼荼羅の諸尊と真言八祖(善無畏を欠く)をきわめて効果的、立体的に配置し、とある。

真言八祖は真言宗で祖師とされる八人を指す。ところが括弧に「善無畏を欠く」とある。八祖と呼びながら、一人が描かれていない。

文化庁は理由を記していない。当初から描かれなかったのか、後に失われたのかは記録から分からない。事実として、八人のうち一人が欠けていることだけが記されている。

「きわめて効果的、立体的に配置」という評価も添えられる。平面に並べるのではなく、塔の内部空間に立体的に配することが評価されている。

「十世紀の基準作」

評価の言葉は二段に分かれる。

まず位置づけ。平安時代における壁画として平等院鳳凰堂のそれに並び最も重要な遺例にあげられる、とある。鳳凰堂の壁画と並べて論じられている。

法界寺阿弥陀堂は鳳凰堂と「異なった趣」を示すとして評価されたが、こちらは「並び」とされる。同じ比較対象でも、評価の向きが違う。

次に様式。絵の描写は平安前期以降の密教絵画の伝統にねざしながらも優美かつおおらかな藤原新様式の萠芽を窺わせ、新旧両様式の交錯する十世紀の基準作としてその価値は甚だ高い、とある。

「基準作」という語が使われている。他の作品の年代や様式を判断するときの物差しになる作品、という意味になる。新旧の様式が交錯する時期にあたるからこそ、基準になりうる。

拝観については、塔の内部が常時公開されているとは限らない。特別公開の期間が設けられることがあるため、訪問前に醍醐寺の案内で確認したい。

Q&A

Q五重塔初重壁画はいつ国宝に指定されましたか。
A1976年(昭和51年)6月5日です。員数は18面、分類は絵画、年代は951年、所有は醍醐寺です。重要文化財指定年月日の欄は空欄で、重要文化財を経ずに国宝へ指定されています。
Qいつ描かれたものですか。
A文化庁は「天暦五年十月塔の竣工と共に成ったもの」と記します。天暦五年は951年にあたり、月まで記されています。塔が建ち上がった時と同時で、後から描き加えられたものではありません。
Qどこに描かれているのですか。
A文化庁は「塔初重内部の心柱覆板、四天柱、連子窓及び腰羽目板」と記します。四種類の場所が挙がり、柱にも窓にも板にも描かれています。18面という員数はこれらの面の数にあたります。
Q真言八祖が全員描かれているのですか。
Aいいえ。文化庁は「真言八祖(善無畏を欠く)」と記します。八祖と呼びながら一人が描かれていません。当初から描かれなかったのか後に失われたのかは記録から分かりません。
Q何が評価されているのですか。
A文化庁は「平安時代における壁画として平等院鳳凰堂のそれに並び最も重要な遺例」とし、さらに「新旧両様式の交錯する十世紀の基準作としてその価値は甚だ高い」と記します。他の作品を判断する物差しになる作品と位置づけられています。

基本情報

名称五重塔初重壁画(板絵著色)(ごじゅうのとうしょじゅうへきが)
所在地文化庁データベースの所在地の欄は空欄。所有者は京都の醍醐寺
指定区分国宝(絵画)/重要文化財を経ずに国宝へ指定/五重塔そのものは建造物として別に扱われる
指定年1976年(昭和51年)6月5日 国宝
員数18面
寸法塔初重内部の心柱覆板、4本の四天柱、連子窓および腰羽目板に、両界曼荼羅の諸尊と8人の真言八祖を立体的に配置する。ただし8人のうち善無畏を欠く。951年、塔の竣工と同時に成った
所有者醍醐寺
公開状況塔の内部が常時公開されているとは限らない。特別公開の期間が設けられることがある

参考文献

文化遺産オンライン 五重塔初重壁画(板絵著色)
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/188696
醍醐寺 文化財のご紹介
https://www.daigoji.or.jp/archives/cultural_assets/NP006/NP006.html
醍醐寺 伽藍のご案内
https://www.daigoji.or.jp/grounds/garan.html
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.05