国宝 金銅鳳凰 ― 平安の極楽浄土を守る黄金の霊鳥
京都府宇治市、世界遺産・平等院の鳳凰堂。その優美な大屋根の両端にかつて据えられていた一対の金銅鳳凰は、天喜元年(1053年)の鳳凰堂落慶以来、約900年にわたって極楽浄土を象徴する霊鳥として人々の心を捉えてきました。日本金工史上を代表する傑作として国宝に指定されたこの鳳凰像は、現在は平等院ミュージアム鳳翔館にて常設展示されており、間近でその精緻な造形美を鑑賞することができます。
極楽浄土の地上再現 ― 鳳凰堂と鳳凰像の誕生
金銅鳳凰の物語は、平安時代に絶大な権力を誇った藤原氏の栄華とともに始まります。永承7年(1052年)、関白・藤原頼通は父・道長から受け継いだ宇治の別荘「宇治殿」を寺院に改め、平等院と号しました。この年は仏教の末法思想において「末法初年」とされ、世の中に大きな不安が広がっていた時代です。翌天喜元年(1053年)には、阿弥陀仏の西方極楽浄土をこの世に再現すべく阿弥陀堂(現在の鳳凰堂)が建立されました。
鳳凰堂の中堂大棟の南北両端に据えられたのが、この金銅鳳凰です。鳳凰は中国に起源をもつ想像上の霊鳥で、聖天子が世に現れたときにのみ姿を見せるとされます。仏教においては仏法の守護者としても崇められ、極楽浄土の象徴であるこの堂にふさわしい守り神でした。阿字池に映る鳳凰堂の美しい姿と相まって、地上に出現した浄土の荘厳を完成させる存在だったのです。
平安時代金工の最高傑作
金銅鳳凰は「鋳銅鍍金(ちゅうどうときん)」の技法で制作されています。銅を鋳造し、その表面に金メッキを施したもので、頭部・胴部・翼・脚部はそれぞれ別々に鋳造され、銅板製の風切羽とともに鋲で留めて組み立てられています。
北方像は総高約235.0センチメートル(像高98.8センチメートル)、南方像は総高約228.8センチメートル(像高95.0センチメートル)。円盤状の台座の上に立つ鳳凰は、胸を張り、翼尾を大きく広げた堂々たる姿で、その頭部には鶏冠・冠毛・肉垂が精緻に表現されています。太い眉と鋭い嘴、首から胴体にかけて施された魚鱗紋(ぎょりんもん)、頚部にはめられた宝珠付きの首輪など、細部に至るまで11世紀の日本の金工技術の粋が凝縮されています。風切羽には鋤彫(すきぼり)による波形の文様が施されていますが、その多くは後世の補修によるものです。
現在は長い年月を経て金鍍金の大部分が失われ、全体が緑青(ろくしょう)に覆われていますが、その表現力豊かな造形と洗練された装飾は、今なお見る者を圧倒します。平安時代の工芸品は現存する遺品が極めて少なく、この鳳凰像はまさに奇跡的に残された至宝と言えるでしょう。
国宝に指定された理由
金銅鳳凰が国宝に指定されている理由は、文化庁の指定説明にも明記されています。「遺品の少ない平安時代の工芸品であり、傑出した優品である。また日本金工史上代表的遺品ということができる」という高い評価がそのすべてを物語っています。
国宝としての価値は、まず平安時代の金工作品がほとんど現存しないという希少性にあります。度重なる戦乱や災害によって多くの文化財が失われた中で、鳳凰堂とともに約千年の歳月を生き延びたこと自体が驚くべきことです。次に、藤原摂関政治の全盛期にあたる11世紀中頃の宮廷文化を直接伝える美術工芸品として、歴史的・学術的価値が極めて高い点が挙げられます。さらに、均整のとれた構図、生き生きとした造形、繊細な表面装飾の質の高さは、当時の最高水準の工芸技術を証明するものです。
指定の経緯としては、昭和26年(1951年)に鳳凰堂とともに初の国宝に指定されました。その後、修理保存のため昭和40年(1965年)に屋根から取り外され、昭和47年(1972年)に改めて重要文化財に、翌昭和48年(1973年)6月6日に単独で国宝に指定されました。
日本の紙幣を飾った鳳凰
金銅鳳凰は、日本人にとって最も身近な国宝のひとつと言えるかもしれません。南方像は、平成16年(2004年)11月から令和6年(2024年)7月の新紙幣発行まで、一万円札の裏面にデザインされていました。また、昭和33年(1958年)発行のC券一万円札にも鳳凰が描かれていた歴史があります。さらに、鳳凰堂の建物自体は昭和26年(1951年)から十円硬貨の表面に採用されており、硬貨と紙幣の両方に登場した唯一の文化財です。
令和6年(2024年)7月に発行された新一万円札では、裏面のデザインが東京駅丸の内駅舎に変更されましたが、旧札は引き続き有効に使用できます。長年にわたり日本の最高額面紙幣を飾り続けたことは、この鳳凰像がいかに日本文化の象徴として深く根付いているかを物語っています。
鳳凰像の鑑賞ガイド ― 鳳翔館で間近に
オリジナルの金銅鳳凰は、平等院境内にある「平等院ミュージアム鳳翔館」にて常設展示されています。鳳翔館は建築家・栗生明氏の設計により平成13年(2001年)に開館しました。極楽浄土の景観を損なわないよう、建物の大半が地下に造られているのが特徴で、自然光と計算された照明が文化財の美しさを際立たせる、格調高い展示空間となっています。
屋根の上にあった時代には決して叶わなかった至近距離での鑑賞が可能です。魚鱗紋の精緻さ、宝珠の造形、鋳造の接合部の技術など、約千年前の職人技の細部をぜひじっくりとご覧ください。
鳳翔館には鳳凰のほかにも、国宝の初代梵鐘(「天下の三名鐘」の一つ)、雲中供養菩薩像(52軀のうち26軀を展示)、コンピュータグラフィックスによる鳳凰堂内部の極彩色復元映像など、見どころが豊富です。鳳翔館の拝観は平等院の通常拝観料に含まれています。館内での撮影は禁止されていますので、ぜひ目に焼き付けてお帰りください。
鳳凰堂とその宝物群
金銅鳳凰の鑑賞とあわせて、鳳凰堂そのものもぜひ拝観していただきたい空間です。鳳凰堂は「日本で最も国宝指定文化財が集積した空間」とも称され、堂内には唯一現存する大仏師・定朝の作として確認されている国宝・阿弥陀如来坐像、雲中供養菩薩像、壁扉画(壁画・扉絵)、木造天蓋など、平安時代の浄土美術の粋が凝縮されています。
外観は、中堂から左右に翼廊が伸びる独特の構造が、あたかも大きな鳥が翼を広げたような姿に見えることから「鳳凰堂」の通称が生まれました。阿字池に映る左右対称の優美な姿は、朝の順光の時間帯が最も美しく撮影に適しています。午後は逆光となりますが、夕日をバックにしたシルエット写真もまた格別です。
周辺情報 ― 宇治の魅力を満喫
平等院が位置する宇治は、平安時代から貴族の別荘地として知られた風光明媚な地です。源氏物語の終盤「宇治十帖」の舞台でもあり、歴史と文学の薫りが漂います。
宇治は日本を代表するお茶の産地であり、平等院への参道には抹茶スイーツや宇治茶の専門店が立ち並びます。平等院境内にある日本茶専門カフェ「茶房 藤花」では、厳選された宇治茶を美しい庭園を眺めながら楽しむことができます。
宇治川を渡ったすぐ先には、同じく世界遺産の宇治上神社があります。日本最古の神社建築とされる本殿は必見です。「源氏物語ミュージアム」では、平安文学の世界を体感できます。宇治川沿いの散策は桜の季節や紅葉の時期が格別で、興聖寺の琴坂の参道も紅葉の名所として知られています。2024年10月に開館した任天堂ミュージアムも宇治にあり、新たな観光スポットとして注目を集めています。
アクセスと拝観の実用情報
平等院へはJR奈良線で京都駅からJR宇治駅まで快速で約16分、宇治駅から徒歩約10分です。京阪宇治線の宇治駅からは徒歩約8分。大阪方面からは京阪線利用が便利で、約1時間でアクセスできます。
鳳凰堂内部拝観は20分ごとに最大50名が入場でき、受付は午前9時から、拝観は午前9時30分から午後4時10分まで行われています。内部拝観には通常拝観料のほかに別途300円(現金のみ)が必要です。ガイドは日本語のみですが、英語・中国語・韓国語のパンフレットが用意されています。
拝観の所要時間は、庭園とミュージアム鳳翔館を含めて40〜50分程度。鳳凰堂内部拝観や茶房での休憩も含めると、90〜120分の余裕をもった計画がおすすめです。
Q&A
- 金銅鳳凰のオリジナルはどこで見られますか?
- 平等院ミュージアム鳳翔館にて常設展示されています。通常拝観料に含まれており、拝観時間内であればいつでも鑑賞可能です。現在、鳳凰堂の屋根に載っているのは1965年の取り外し後に設置された複製です。
- 一万円札に鳳凰は今も描かれていますか?
- 2024年7月に発行された新一万円札では、裏面のデザインが東京駅丸の内駅舎に変更されました。旧一万円札(2004年〜2024年発行のE券)の裏面に南方像の鳳凰が描かれていましたが、旧札も引き続き有効です。十円硬貨には鳳凰堂の建物が現在も採用されています。
- 鳳凰堂の内部拝観に外国語の案内はありますか?
- 鳳凰堂内部のガイドツアーは日本語のみですが、英語・中国語(繁体字・簡体字)・韓国語のパンフレットが受付で配布されています。鳳翔館にも多言語の解説があります。
- 鳳凰堂の撮影に最適な時間帯はいつですか?
- 午前中が順光となるため、鳳凰堂の正面(東面)が美しく照らされます。阿字池に映る逆さ鳳凰堂の撮影にも最適です。午後は逆光になりますが、夕日を背にしたシルエットの撮影も人気があります。春の桜、初夏の藤、秋の紅葉の時期は特におすすめです。
- 平等院の拝観にはどれくらいの時間が必要ですか?
- 庭園の散策とミュージアム鳳翔館の鑑賞で約40〜50分、鳳凰堂内部拝観を含めると約60〜90分が目安です。茶房「藤花」での休憩やミュージアムショップも楽しむ場合は、2時間程度の余裕を見てください。
基本情報
| 名称 | 金銅鳳凰(鳳凰堂中堂旧棟飾) こんどうほうおう(ほうおうどうちゅうどうきゅうむねかざり) |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(工芸品) 昭和48年(1973年)6月6日指定 |
| 時代 | 平安時代 天喜元年(1053年) |
| 素材・技法 | 鋳銅鍍金(ちゅうどうときん)、三部別鋳組立 |
| 法量 | 北方像:総高235.0cm・像高98.8cm/南方像:総高228.8cm・像高95.0cm |
| 員数 | 1対(南北各1躯) |
| 所有者 | 平等院 |
| 展示場所 | 平等院ミュージアム鳳翔館(常設展示) |
| 所在地 | 〒611-0021 京都府宇治市宇治蓮華116 |
| 拝観料 | 大人700円(庭園・鳳翔館含む)/鳳凰堂内部拝観:別途300円(現金のみ) |
| 拝観時間 | 庭園 8:45〜17:30(受付終了17:15)/鳳翔館 9:00〜17:00(受付終了16:45)/鳳凰堂内部 9:30〜16:10(20分ごと) |
| アクセス | JR奈良線「宇治」駅より徒歩約10分/京阪宇治線「宇治」駅より徒歩約8分 |
| 公式サイト | https://www.byodoin.or.jp/ |
参考文献
- 文化遺産データベース — 金銅鳳凰(鳳凰堂中堂旧棟飾)
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/125947
- WANDER 国宝 — 国宝-工芸|金銅鳳凰(鳳凰堂中堂旧棟飾)[平等院/京都]
- https://wanderkokuho.com/201-00552/
- 世界遺産平等院 公式サイト — 鳳翔館
- https://www.byodoin.or.jp/museum/
- 平等院ガイド — 平等院鳳凰堂|文化遺産
- https://byodoinguide.jp/contents/content01/
- nippon.com — 世界遺産・京都「平等院」:地上に極楽を再現した「鳳凰堂」で"360度国宝"体験
- https://www.nippon.com/ja/guide-to-japan/gu900261/
- KYOTO SIDE — 世界遺産・平等院の鳳凰堂を徹底解剖!国宝密度が日本一
- https://www.kyotoside.jp/entry/20210303/
- Wikipedia — 平等院
- https://ja.wikipedia.org/wiki/平等院
- 政府広報オンライン — 2024年7月3日、新しいお札が発行!
- https://www.gov-online.go.jp/article/202406/entry-6075.html
- 世界遺産平等院 公式サイト — よくあるご質問
- https://www.byodoin.or.jp/en/faq/public/
最終更新日: 2026.02.08
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