鳳凰堂中堂壁扉画:千年の時を超えて語りかける極楽浄土の絵画

京都府宇治市に佇む世界遺産・平等院。その象徴である鳳凰堂の内部には、約千年前に描かれた壮麗な壁画と扉絵が今なお残されています。正式名称を「鳳凰堂中堂壁扉画(板絵著色)」というこの絵画群は、板の上に彩色で描かれた14面からなる国宝であり、日本最古の九品来迎図(くほんらいごうず)として知られています。

1053年(天喜元年)、鳳凰堂の完成とともに描かれたこれらの絵画は、やまと絵の山水を背景に、阿弥陀如来が聖衆とともに亡くなった人を迎えに来る「来迎」の情景を鮮やかに描き出しています。平安時代の宗教観、自然観、そして美意識を今に伝える、まさに日本美術史上の至宝と言えるでしょう。

時代背景:末法の世と浄土信仰

この壁扉画の真価を理解するには、制作された時代の精神を知ることが欠かせません。永承7年(1052年)は、日本の仏教界にとって特別な意味を持つ年でした。釈迦の入滅から数えて「末法」が始まるとされた年であり、正しい仏法が衰え、悟りへの道が閉ざされる時代が到来したと広く信じられていたのです。

この末法思想は、貴族社会に深刻な精神的不安をもたらしました。従来の修行では救われないという恐れの中で急速に広がったのが浄土信仰です。阿弥陀仏への信仰によって、西方極楽浄土に往生することを願うこの教えは、天台宗の僧・源信が著した『往生要集』(985年)によってさらに広まりました。源信は、地獄の恐ろしさと極楽浄土の素晴らしさを詳細に描写し、念仏による往生の道を説いたのです。

このような時代の中で、時の関白・藤原頼通は、父・道長から受け継いだ宇治の別荘を寺院に改め、平等院を創建しました。その翌年の天喜元年(1053年)に完成したのが阿弥陀堂、すなわち鳳凰堂です。壁扉画は、堂内を極楽浄土そのものとして現出させるための不可欠な要素として、当時一流の画家の手によって描かれました。

壁扉画に描かれた世界

国宝に指定された14面の壁扉画は、『観無量寿経』の教えに基づく三つの主題で構成されています。これらが堂内の壁と扉を飾ることで、参詣者は極楽浄土の光景に包まれるように設計されていました。

九品来迎図(くほんらいごうず)

14面のうち11面に描かれている中心的な主題が「九品来迎図」です。浄土教の教えでは、人が亡くなる際、生前の信仰と善行の度合いに応じて九つの段階(品位)に分けられ、それぞれ異なる形で阿弥陀如来の来迎を受けるとされています。最上の「上品上生(じょうぼんじょうしょう)」から最下の「下品下生(げぼんげしょう)」までの九段階が、壁画と扉画に描き分けられています。

旧扉画8面には上品中生・上品下生・中品上生・下品上生が、壁画3面には中品中生・下品中生・中品下生・下品下生が描かれています。最上位の上品上生は、附(つけたり)指定の扉画2面に描かれています。いずれの場面も、やまと絵の風景画の中に阿弥陀如来と菩薩たちの来迎の様子が見事に表現されており、日本の自然の中に仏の世界が溶け込んでいます。

日想観図(にっそうかんず)

鳳凰堂の西側の扉を飾る2面が「日想観図」です。これは『観無量寿経』に説かれる十六観の第一観に基づく場面で、海に沈む壮麗な夕陽を観想する女性の姿が描かれています。西方は極楽浄土がある方角とされ、沈む太陽を見つめることで浄土を観想するという修行法を視覚化したものです。

仏後壁(ぶつごへき)

本尊・阿弥陀如来坐像の背後にある壁画1面には、塔や橋など鳳凰堂自体を思わせる建築物が描かれています。これは、鳳凰堂そのものが極楽浄土の宮殿であるという構想を視覚的に裏付けるもので、現実の建物と理想の浄土世界との境界を溶かすような効果を生んでいます。

国宝に指定された理由

鳳凰堂中堂壁扉画は、昭和47年(1972年)5月30日に国宝に指定されました。鳳凰堂の建造物はすでに昭和26年(1951年)に国宝に指定されていましたが、壁扉画の芸術的・歴史的重要性が極めて高いことから、改めて絵画としての「二重指定」が行われたものです。

国宝として認められた主な理由として、以下の点が挙げられます。まず、日本に現存する最古の九品来迎図であるという歴史的価値です。平安時代の人々が死後の世界をどのように想像し、描いていたかを知る上で、かけがえのない一次資料です。

次に、やまと絵の傑作としての芸術的価値があります。中国の唐代絵画の影響を受けつつ独自に発展した日本的な絵画様式であるやまと絵の、11世紀における到達点を示す作品群であり、仏教画の中に日本の自然の美しさを巧みに取り入れた表現は、日本美術の独自性を示す重要な作例です。

さらに、当時一流の画家の手によるとされる高い技術水準、そして藤原摂関政治の最盛期における宗教・文化・美意識を総合的に伝える文化史的価値も、指定の重要な根拠となっています。

見どころと鑑賞のポイント

鳳凰堂内部拝観の際に注目していただきたい点がいくつかあります。まず、各来迎図の背景に描かれたやまと絵の風景に目を向けてください。そこには京都・宇治周辺を思わせるなだらかな山並み、清らかな流れ、そして四季の草木が描かれており、聖なる仏の世界と日本の自然の美が見事に調和しています。

また、九品の違いにも注目です。上品の来迎では阿弥陀如来が多くの菩薩を従えた壮麗な行列で描かれるのに対し、下品に行くにつれて迎えの規模は控えめになります。この描き分けは、当時の人々の死生観を如実に物語っています。

西側の日想観図は特に印象深い作品です。海に沈む夕陽の情景は、自然の美しさ、浄土への憧れ、そして瞑想の境地という複層的な意味を持っています。仏後壁に描かれた建築物が鳳凰堂自身を映しているという点も、鳳凰堂が「現世の浄土」として構想されたことを実感させてくれる重要なポイントです。

なお、保存のため、かつての扉の原画は取り外されて複製に置き換えられていますが、壁画は現在も原位置に留まっています。原画は境内のミュージアム鳳翔館で鑑賞でき、創建当初の極彩色の堂内を再現したCG映像も展示されています。

拝観案内

壁扉画を鑑賞するには、平等院の庭園入場に加え、鳳凰堂の内部拝観が必要です。内部拝観は20分ごとに各回50名の定員制で行われ、庭園内の内部拝観受付にて先着順で時間券が配布されます。受付は9時10分から開始され、拝観は9時30分から16時10分まで実施されます。

紅葉シーズン(11月)や桜の季節(3月末〜4月)など繁忙期には、午前中に全ての枠が埋まることもあるため、庭園開門時刻の8時45分に到着することをお勧めします。内部での解説は日本語で行われますが、英語・繁体字・簡体字・韓国語の解説シートが受付で提供されています。堂内は撮影禁止です。

内部拝観の前後には、ミュージアム鳳翔館の見学を強くお勧めします。鳳凰堂から取り外された原画や国宝の雲中供養菩薩像、梵鐘、鳳凰像などの実物が展示されており、創建当初の堂内を再現したCG映像は、壁扉画が彩り豊かに輝いていた往時の様子を体感させてくれます。鳳翔館の入場は庭園入場料に含まれています。

周辺情報:宇治の魅力

平等院のある宇治は、京都中心部から南東約15キロメートルに位置する歴史豊かな街です。平等院と合わせて楽しめる見どころが数多くあります。

宇治川を渡った対岸には、同じくユネスコ世界文化遺産に登録されている宇治上神社があります。日本最古の神社建築の一つとされる本殿は、鳳凰堂とは対照的な簡素で端正な美しさを持っています。

宇治は日本屈指の茶どころとしても名高く、平等院へ向かう表参道には老舗の茶舗が並びます。抹茶や玉露の試飲・購入はもちろん、抹茶スイーツを楽しめるカフェも多数あります。平等院の境内にある茶房「藤花」では、庭園を眺めながら本格的な宇治茶をいただくことができます。

その他にも、宇治が舞台の一つとなった『源氏物語』にちなむ源氏物語ミュージアム、美しい参道で知られる興聖寺、夏の夕暮れに宇治川で行われる鵜飼など、多彩な見どころが徒歩圏内に集まっています。さわらびの道と呼ばれる散策路は、これらのスポットを木漏れ日の中で結んでいます。

Q&A

Q鳳凰堂内部で壁扉画の原画を見ることはできますか?
A壁画は現在も原位置に残っていますが、取り外し可能な扉画は保存のため複製に置き換えられています。原画はミュージアム鳳翔館に収蔵・展示されており、庭園入場料で見学可能です。創建当初の極彩色の堂内を再現したCG映像も鳳翔館でご覧いただけます。
Q内部拝観に外国語の案内はありますか?
A堂内での案内(ガイド)は日本語のみですが、受付にて英語・繁体字・簡体字・韓国語の解説シートをお渡ししています。事前にミュージアム鳳翔館を見学されると、多言語の解説資料や映像で予備知識を得られるため、内部拝観がより充実したものになります。
Q内部拝観の待ち時間はどのくらいですか?
A季節や曜日により大きく異なります。平日であれば比較的短い待ち時間で入れますが、桜や紅葉の時期、休日には数時間待ちになることもあります。受付開始(9時10分)前に庭園に入場し(庭園は8時45分開門)、早い時間帯の枠を確保することをお勧めします。待ち時間の間に庭園やミュージアム鳳翔館を見学するのが効率的です。
Q九品来迎図の「九品」とは何ですか?
A「九品(くほん)」とは、浄土教の教えにおいて、人が往生する際の九つの段階のことです。生前の信仰と善行の度合いにより、上品上生(最上位)から下品下生(最下位)まで9段階に分けられ、それぞれ阿弥陀如来が異なる形で迎えに来るとされています。鳳凰堂の壁扉画は、この全9段階を日本の自然風景の中に描き出した、現存最古の絵画です。
Q堂内で写真は撮れますか?
A鳳凰堂内部は撮影禁止です。鳳凰堂の外観や庭園は自由に撮影できます。鳳翔館内も一部撮影制限がありますのでご注意ください。

基本情報

正式名称 鳳凰堂中堂壁扉画(板絵著色)
種別 国宝(絵画)
員数 14面(附指定:九品来迎図 扉画(上品上生)2面)
制作年 天喜元年(1053年)・平安時代
技法 板絵著色(板に彩色)
主題 九品来迎図(11面)、日想観図(2面)、仏後壁(1面)
国宝指定日 昭和47年(1972年)5月30日
所有者・所在 平等院(京都府宇治市)
所在地 〒611-0021 京都府宇治市宇治蓮華116
拝観時間 庭園:8:45〜17:30/鳳翔館:9:00〜17:00/鳳凰堂内部:9:30〜16:10(20分毎・各回50名・受付9:10〜先着順)
拝観料 庭園+鳳翔館:大人700円、中高生400円、小学生300円/鳳凰堂内部拝観:別途300円
アクセス JR奈良線「宇治」駅または京阪宇治線「宇治」駅から徒歩約10分。京都駅からJRみやこ路快速で約20分。
世界遺産 「古都京都の文化財」の構成資産として1994年登録
公式サイト https://www.byodoin.or.jp/

参考文献

文化遺産データベース — 鳳凰堂中堂壁扉画(板絵著色)
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/177782
WANDER 国宝 — 国宝-絵画|鳳凰堂中堂 壁扉画[平等院/京都]
https://wanderkokuho.com/201-00155/
世界遺産平等院 — 絵画
https://www.byodoin.or.jp/en/learn/picture/
世界遺産平等院 — 拝観案内
https://www.byodoin.or.jp/guide/
世界遺産平等院 — 内部拝観について
https://www.byodoin.or.jp/guide/internal-view/
Wikipedia — 平等院 (Byōdō-in)
https://en.wikipedia.org/wiki/By%C5%8Dd%C5%8D-in
国土交通省 多言語データベース — 九品来迎図
https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/en/R1-00387.html
京都市観光協会 — 平等院
https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=7&tourism_id=679
そうだ 京都、行こう。 — 平等院
https://souda-kyoto.jp/guide/spot/byodoin.html

最終更新日: 2026.02.08