四つの部分を並べた指定名 ― 1959年に国宝
北野天満宮は、京都府京都市上京区馬喰町にある神社で、本殿、石の間、拝殿及び楽の間が1959年(昭和34年)6月27日に国宝に指定された。それに先立つ1897年(明治30年)12月28日には重要文化財となっている。所有は北野天満宮である。
指定の名称に四つの部分が並ぶ。本殿、石の間、拝殿、楽の間である。一つの建物ではなく、複数の部分が一括で扱われている。
京都市の指定文化財一覧によれば、重要文化財となってから国宝へ改められるまで62年が経っている。
石の間が本殿と拝殿をつなぐ
四つの部分の関係は、名称の並び順に対応する。
本殿と拝殿の間に石の間が入り、両者を連結する。そして拝殿の両側に楽の間が接続する。間に立つ部分と、両脇に付く部分がある構成である。
石の間は、本殿と拝殿より床が一段低く張られる。もとは土間であったことに由来する名である。
本殿と拝殿という二つの中心を、低い床の部分がつなぐ。この形式は権現造と呼ばれ、石の間造ともいう。
南禅寺方丈が大方丈と小方丈の二つ、永保寺開山堂が昭堂・祀堂・相の間の三つで1棟をなしたのに対し、この社殿は四つの部分を並べて指定されている。
慶長12年の造営
現在の社殿は慶長12年(1607年)に豊臣秀頼が造営したものである。北野天満宮はこれを桃山建築の遺構とする。
造営から国宝指定まで350年余りが経っている。その間、重要文化財の期間が62年あった。
境内には他にも指定を受けた建物がある。京都市の一覧によれば、廻廊(左廊・右廊)、後門、中門、透塀(左透塀・右透塀)、東門がそれぞれ重要文化財である。
中門には左右の袖塀2棟が附として指定され、透塀には棟札6枚が附として指定されている。建物に付属するものが、それぞれ別に記録されている。
本殿ほか四つの部分と、廻廊以下の建物は別の指定である。本稿が扱うのは前者にあたる。
素木を主体とし、彫刻に彩色する
外観の扱いにも特徴がある。
建物の外部は素木を主体とし、蟇股などの彫刻に彩色をほどこす。全体は塗らない木のままで、彫刻の部分にだけ色が置かれる。
同じ型は他にも見られる。陸奥国分寺薬師堂は妻飾りが素木造で内部の厨子が絢爛であり、瑞巖寺本堂は外観が簡素な和風で内部が絢爛であった。この社殿は、同じ外部の面の中で素木と彩色を使い分けている。
蟇股は梁の上に置く部材で、蛙が股を開いた形に似ることからこう呼ぶ。構造材でありながら彫刻の対象になる。豊国神社唐門、石手寺二王門でも蟇股が評価の中心にあった。
石の間については、化粧屋根裏が特徴とされる。化粧屋根裏は天井を張らず、小屋組をそのまま見せる仕上げである。つなぎの部分でありながら、屋根裏を見せる扱いになっている。
参拝
北野天満宮は京都市上京区馬喰町にある。境内の参拝は可能で、社殿は外から見られる。
ただし本殿の前に立つ中門より奥への立ち入りには制限がある場合がある。参拝時間は時節により変動するため、訪問前に北野天満宮の案内で確認したい。
外観の見どころは素木と彩色の使い分けである。塗らない木の面の中で、蟇股などの彫刻にだけ色が置かれている。
本殿と拝殿の間に石の間が入る構成は、横から見ると屋根の連なりとして確かめられる。
Q&A
- 北野天満宮の社殿はいつ国宝に指定されましたか。
- 1959年(昭和34年)6月27日です。それに先立つ1897年(明治30年)12月28日に重要文化財となっています。指定の対象は本殿、石の間、拝殿及び楽の間で、所有は北野天満宮です。
- なぜ指定の名称に四つの部分が並ぶのですか。
- 本殿と拝殿の間に石の間が入って両者を連結し、拝殿の両側に楽の間が接続するためです。一つの建物ではなく、複数の部分が一括で扱われています。
- 石の間とは何ですか。
- 本殿と拝殿をつなぐ部分で、両者より床が一段低く張られます。もとは土間であったことに由来する名で、この形式は権現造、あるいは石の間造と呼ばれます。化粧屋根裏として小屋組を見せる仕上げが特徴とされます。
- いつ造営されたものですか。
- 慶長12年(1607年)に豊臣秀頼が造営したものです。北野天満宮はこれを桃山建築の遺構としています。造営から国宝指定まで350年余りが経っています。
- 境内に他の指定はありますか。
- 京都市の一覧によれば、廻廊(左廊・右廊)、後門、中門、透塀(左透塀・右透塀)、東門がそれぞれ重要文化財です。中門には左右の袖塀2棟、透塀には棟札6枚が附として指定されています。
基本情報
| 名称 | 北野天満宮本殿、石の間、拝殿及び楽の間(きたのてんまんぐう) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市上京区馬喰町 |
| 指定区分 | 国宝(建造物)/境内の廻廊・後門・中門・透塀・東門は別の指定 |
| 指定年 | 1897年(明治30年)12月28日 重要文化財/1959年(昭和34年)6月27日 国宝 |
| 員数 | 本殿、石の間、拝殿、楽の間の4つの部分からなる |
| 寸法 | 本殿と拝殿の間に石の間が入って両者を連結し、拝殿の両側に楽の間が接続する権現造の形式。石の間は本殿・拝殿より床が一段低く、化粧屋根裏とする。外部は素木を主体とし、蟇股などの彫刻に彩色をほどこす。1607年造営 |
| 所有者 | 北野天満宮 |
| 公開状況 | 境内の参拝は可能。参拝時間は時節により変動する |
参考文献
- 京都市 国指定等文化財の一覧(国宝・重要文化財 建造物)
- https://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/cmsfiles/contents/0000282/282388/bepyou.pdf
- 北野天満宮 公式サイト
- https://kitanotenmangu.or.jp/
- 観光庁 多言語解説整備 北野天満宮
- https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/common/001557531.pdf
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.05
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- 北野天満宮 本殿、石の間、拝殿及び楽の間 0.00 km
- 北野天満宮 透塀(左) 0.02 km
- 北野天満宮 後門 0.02 km
- 北野天満宮 透塀(右) 0.02 km
- 北野天満宮 廻廊(右) 0.03 km
- 北野天満宮 廻廊(左) 0.03 km
- 北野天満宮 中門 0.04 km
- 北野天満宮 東門 0.07 km