大方丈と小方丈からなる1棟 ― 1953年に国宝
南禅寺方丈は、京都府京都市左京区南禅寺福地町の南禅寺にある建物で、1953年(昭和28年)11月14日に国宝に指定された。それに先立つ1902年(明治35年)7月31日には重要文化財となっている。員数は1棟、指定番号は00145、所有は南禅寺である。附指定はない。
文化庁は時代を桃山、年代を天正/1573年から1591年とする。18年の幅で記されている。
構造及び形式等の冒頭は「大方丈及び小方丈よりなる」である。1棟として指定されているが、二つの建物からなる。
部屋の名が構造欄に並ぶ
文化庁の構造及び形式等の欄には、部屋の名が列挙されている。建物の骨格ではなく、内部の区画が記録されていることになる。
大方丈は内陣、御昼の間、鳴滝の間、麝香の間、鶴の間、西の間、柳の間、六畳、狭屋の間、広縁より成る。一重、入母屋造、こけら葺である。
小方丈は虎の間三室、九畳、六畳、二十畳、広縁よりなる。一重、背面切妻造で、前面大方丈に接続し、こけら葺である。
名の付け方が一様でない。鳴滝は地名、麝香は香の名、鶴と虎と柳は絵や意匠の主題、御昼の間は用途、そして六畳・九畳・二十畳は畳数である。
題材で呼ばれる部屋と、広さで呼ばれる部屋が混在している。瑞巖寺本堂も10室に名があったが、そちらは絵の題材で揃っていた。
二棟が接続して一棟になる
大方丈と小方丈の関係も具体的に記される。小方丈は前面大方丈に接続する。
別々に建つのではなく、つながっている。そのため1棟として扱われる。
屋根は違う。大方丈は入母屋造、小方丈は背面切妻造である。接続する側の屋根は記されず、背面についてのみ切妻造とされる。
いずれもこけら葺である。こけら葺は薄く割った板を重ねて葺く方法で、瓦でも檜皮でもない。屋根の形式は違うが、葺き方は揃っている。
永保寺開山堂も昭堂・祀堂・相の間の三つが1棟であった。複数の部分が接続して1棟をなす例は建造物ではしばしば見られる。
文化庁の記録にないこと
この建物については、旧来さまざまな由来が語られてきた。文化庁の記録に照らして整理したい。
文化庁の解説文の欄は空である。構造及び形式等と指定の日付以外に、評価の言葉は記録されていない。
旧来の記述に「大方丈は京都御所からの移築」「小方丈は伏見城の遺構」とするものが見られるが、文化庁の記録にこれらの記載はない。
同じく「狩野派の障壁画124面」「小堀遠州の作庭」とする記述も見られるが、構造及び形式等の欄に絵や庭の記載はない。障壁画や庭園は、建物とは別に扱われる可能性がある。
本稿は文化庁の記録に基づき、構造と部屋の構成を中心に記すにとどめる。
拝観
南禅寺は京都市左京区南禅寺福地町にある。方丈は拝観の対象となっている建物である。
拝観時間と拝観料は変更されることがあるため、訪問前に南禅寺の案内で確認したい。方丈と他の区域で拝観の条件が異なることがある。
見どころは部屋の構成である。大方丈の10区画と小方丈の5区画が、どのように並びどうつながるかを見ることになる。
屋根はこけら葺で、大方丈は入母屋造、小方丈は背面が切妻造である。外から回れば、二つの屋根の違いが確かめられる。
Q&A
- 南禅寺方丈はいつ国宝に指定されましたか。
- 1953年(昭和28年)11月14日です。それに先立つ1902年(明治35年)7月31日に重要文化財となっています。員数は1棟、指定番号は00145、所有は南禅寺で、附指定はありません。
- 1棟なのに二つの建物なのですか。
- 文化庁の構造及び形式等の欄は「大方丈及び小方丈よりなる」とし、小方丈は「前面大方丈に接続」すると記します。別々に建つのではなくつながっているため、1棟として扱われます。
- どのような部屋があるのですか。
- 大方丈は内陣、御昼の間、鳴滝の間、麝香の間、鶴の間、西の間、柳の間、六畳、狭屋の間、広縁より成り、小方丈は虎の間三室、九畳、六畳、二十畳、広縁よりなります。題材で呼ばれる部屋と広さで呼ばれる部屋が混在しています。
- 屋根は同じですか。
- 形式は違います。大方丈は入母屋造、小方丈は背面切妻造です。ただし葺き方はいずれもこけら葺で、薄く割った板を重ねて葺いています。屋根の形式は違いますが、葺き方は揃っています。
- 御所からの移築や障壁画についてはどうですか。
- 文化庁の解説文の欄は空で、構造及び形式等と指定の日付以外に記録がありません。移築の経緯や障壁画、庭園についての記載もないため、本稿は構造と部屋の構成を中心に記すにとどめています。
基本情報
| 名称 | 南禅寺方丈(なんぜんじほうじょう) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市左京区南禅寺福地町 南禅寺 |
| 指定区分 | 国宝(建造物・近世以前/寺院)/指定番号00145/附指定はない |
| 指定年 | 1902年(明治35年)7月31日 重要文化財/1953年(昭和28年)11月14日 国宝 |
| 員数 | 1棟(大方丈および小方丈からなる) |
| 寸法 | 大方丈は内陣、御昼の間、鳴滝の間、麝香の間、鶴の間、西の間、柳の間、6畳、狭屋の間、広縁より成り、一重、入母屋造、こけら葺。小方丈は虎の間3室、9畳、6畳、20畳、広縁よりなり、一重、背面切妻造、前面大方丈に接続、こけら葺。桃山時代 |
| 所有者 | 南禅寺 |
| 公開状況 | 拝観の対象となっている建物。拝観時間と拝観料は変更されることがある |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース 南禅寺方丈
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1639
- 南禅寺 方丈
- https://nanzenji.or.jp/equipment/houjo
- 南禅寺 公式サイト
- https://nanzenji.or.jp/
- 文化庁 文化財の紹介
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/
最終更新日: 2026.09.05