国宝「絹本著色無準師範像」――南宋と日本をつないだ禅の至宝

京都・東福寺に伝わる「絹本著色無準師範像」(けんぽんちゃくしょくぶじゅんしばんぞう)は、1238年に中国・南宋で描かれた禅僧の肖像画であり、日本の国宝に指定されている一幅です。単なる絵画作品にとどまらず、禅の教えが海を越えて伝わった歴史そのものを体現する、かけがえのない文化遺産です。南宋時代の頂相(ちんそう、禅僧の肖像画)絵画の最高傑作として、約800年にわたり東福寺で大切に守り継がれてきました。

無準師範とは――南宋禅林の巨匠

無準師範(ぶじゅんしばん、1178~1249年)は、中国・南宋時代の臨済宗を代表する大禅僧です。四川省梓潼県に生まれ、破庵祖先に師事して禅の法を嗣ぎ、やがて中国五山第一の名刹・径山万寿寺(きんざんまんじゅじ)の第34世住持となりました。

1233年には南宋の理宗皇帝に召されて禅の法を説き、「仏鑑禅師」の称号と金糸で刺繍された袈裟(けさ)を賜りました。この肖像画に描かれた無準師範が身にまとっているのが、まさにこの勅賜の袈裟です。門下からは兀庵普寧・無学祖元・円爾など多くの傑出した弟子が輩出し、その法流は日本の禅宗に計り知れない影響を与えました。また書に長じ、絵画にも優れた才を持つ文化人でもあり、弟子の牧谿は禅林最大の画家として知られています。

師と弟子の絆――円爾と無準師範

この国宝の物語は、無準師範と弟子・円爾(えんに、1202~1280年、後に聖一国師と諡される)の深い師弟関係と切り離すことができません。円爾は嘉禎元年(1235年)に海を渡って宋に入り、径山の無準師範のもとで約6年間にわたり修行に励みました。

仁治2年(1241年)、修行を終えた円爾が日本に帰国する際、無準師範は「印可状」(悟りを認める証明書)とともに、自身の肖像画であるこの頂相を弟子に授けました。画面上部には嘉熙2年(1238年)に無準師範自身が書いた自賛(じさん)が添えられており、これは師が自らの姿を弟子に託したことの何よりの証です。

帰国後、円爾は摂政・九条道家に招かれて、嘉禎2年(1236年)に建立が開始された京都最大の禅宗寺院・東福寺の開山(初代住持)となりました。以来、この無準師範像は東福寺の至宝として約800年間、途切れることなく伝えられてきたのです。

頂相とは――禅宗における肖像画の伝統

「頂相」(ちんそう)とは、禅僧の肖像画を指す特別な用語です。禅宗において頂相は、単なる芸術作品ではなく、師から弟子への法の伝達を象徴する神聖な存在として位置づけられてきました。弟子が師の姿を心に刻み、その教えを守り伝えていくための大切な道具であり、師の没後には追悼の法要にも用いられました。

頂相の典型的な構図では、禅僧が椅子に結跏趺坐し、法衣と袈裟を身にまとい、右手に払子(ほっす)または如意を持ち、足元の台には履物が置かれています。無準師範像もこの伝統的な形式に則りつつ、卓越した描写力で禅僧の存在感を見事に表現しています。肌の質感や陰影、髪や眉の細密な描写は、当時の宮廷画家の手によるものではないかとも指摘されるほどの高い芸術性を備えています。

なぜ国宝に指定されたのか

絹本著色無準師範像は、昭和27年(1952年)3月29日に国宝に指定されました。その文化的・歴史的価値は多岐にわたります。

第一に、南宋時代の人物画の傑作として、美術史上きわめて高い評価を受けていることが挙げられます。顔の表情や肌の質感、衣の襞に至るまでの緻密な描写は、13世紀の中国絵画の中でも最高水準に位置づけられます。

第二に、画面上部に無準師範自身による自賛が記されており、嘉熙2年(1238年)という確かな年代が判明していることです。この自筆の賛は、作品の真正性を裏付けるとともに、書跡としても第一級の価値を持ちます。

第三に、無準師範から円爾への法の伝達を物語る歴史的証拠としての重要性です。この師弟関係を通じて禅の教えが日本にもたらされ、東福寺が開かれ、日本の臨済宗が大きく発展しました。

第四に、東福寺には重要文化財に指定された上半身の「無準師範像」もあり、本図と同じ木箱に納められて伝来してきたという来歴の確かさも、文化史的な重要性を高めています。

鑑賞のポイント

この国宝を鑑賞する機会に恵まれた際には、ぜひ注目していただきたいポイントがあります。

まず、画面上部に書かれた自賛の書です。無準師範は書の名手としても知られ、その雄渾な筆致は張即之の書風に通じるとされています。東福寺の印可状や東京国立博物館の「板渡しの墨蹟」など、ほかの国宝級の墨蹟とあわせて鑑賞すると、無準師範の書の世界をより深く味わうことができます。

次に、理宗皇帝から賜った金糸刺繍の袈裟の描写です。繊細な金糸の表現は、南宋宮廷の豪華な織物文化を伝える貴重な視覚資料でもあります。

そして、全体を通して感じられる禅僧としての威厳と人間的な温かみの両立です。まるで画面を通じて無準師範に出会い、その教えに触れているかのような感動を覚えることでしょう。

公開・展示の機会

絹本著色無準師範像は、約800年前の絹本であるため常時公開はされておらず、国立博物館等の特別展を中心に限られた期間のみ公開されます。近年および今後の主な展示歴は以下のとおりです。

  • 2025年10月21日~11月16日:京都国立博物館「宋元仏画」展
  • 2023年10月7日~11月5日:京都国立博物館「東福寺」展
  • 2023年3月7日~4月2日:東京国立博物館「東福寺」展
  • 2017年11月14日~11月26日:京都国立博物館「国宝」展
  • 2014年10月28日~11月9日:東京国立博物館「日本国宝展」

展示情報は京都国立博物館・東京国立博物館の公式サイトで事前にご確認ください。

東福寺の見どころ

国宝「無準師範像」が展示されていない時期でも、東福寺には数多くの見どころがあります。嘉禎2年(1236年)から建長7年(1255年)まで19年の歳月をかけて建立された京都最大の禅宗伽藍は、「東福の伽藍面(がらんづら)」と称えられるほどの壮観を誇りました。現在も京都五山の一つとして、禅宗文化の粋を伝えています。

三門(国宝)

応永32年(1425年)に再建された日本最古の禅宗三門です。高さ約22メートルの堂々たる門の楼上には、平安時代の仏像群と、画僧・明兆による天井画が安置されています。例年秋には特別公開が行われます。

本坊庭園(国指定名勝)

昭和の名作庭家・重森三玲が昭和14年(1939年)に作庭した方丈庭園です。「八相の庭」と呼ばれ、方丈の東西南北に配された四つの庭は、伝統的な枯山水の手法と斬新な造形が見事に融合しています。北庭の苔と敷石による市松模様は、世界中で知られる日本庭園の象徴的なイメージとなっています。

通天橋と紅葉

東福寺は京都屈指の紅葉名所として名高く、渓谷・洗玉澗に架かる通天橋から見下ろす紅葉の絶景は圧巻です。見頃は例年11月中旬から12月上旬。紅に黄金に染まるカエデの海は、一生の記憶に残る光景となるでしょう。

龍吟庵方丈(国宝)

東福寺塔頭の第一位に位置する龍吟庵の方丈は、現存する日本最古の方丈建築として国宝に指定されています。通常非公開ですが、秋季に特別公開されることがあります。

周辺情報

東福寺は京都市東山区に位置し、周辺にも魅力的な観光スポットが点在しています。JR奈良線で一駅の稲荷駅からすぐの伏見稲荷大社は、千本鳥居で世界的に有名です。徒歩圏内には皇室の菩提寺・泉涌寺があり、日本最大の涅槃図を所蔵しています。また、東福寺の塔頭寺院である勝林寺や光明院なども、静かな禅の空間で心を落ち着けたい方におすすめです。

Q&A

Q東福寺を訪れれば国宝「無準師範像」を見ることができますか?
A残念ながら、常時公開はされていません。光明宝殿に収蔵されており、京都国立博物館や東京国立博物館での特別展などで限られた期間のみ公開されます。お出かけ前に博物館の公式サイトで展示スケジュールをご確認ください。
Q東福寺を訪れるのに最適な季節はいつですか?
A一年を通じて魅力がありますが、最も人気が高いのは11月中旬~12月上旬の紅葉シーズンです。混雑を避けたい方は、新緑が美しい春~初夏もおすすめです。三門や龍吟庵の特別公開は例年秋に行われます。
Q頂相(ちんそう)とは何ですか?
A頂相とは禅僧の肖像画のことで、師から弟子への法の伝達(嗣法)を象徴する重要な存在です。弟子が師の教えを忘れず守り伝えるための道具であり、師の没後の追悼法要にも用いられました。無準師範像は、頂相の中でも最も優れた作例の一つとされています。
Q海外からの観光客でも東福寺を楽しめますか?
Aはい、十分にお楽しみいただけます。境内の主要スポットには英語の案内板が設置されています。庭園や建築は言葉を超えて感動を与えてくれます。京都駅からJR奈良線でわずか1駅(約3分)とアクセスも非常に便利です。
Q無準師範に関連する他の国宝はありますか?
Aはい、日本には無準師範の墨蹟(書跡)が複数の国宝として伝わっています。東福寺所蔵の「無準師範墨蹟 円爾印可状」、東京国立博物館所蔵の「板渡しの墨蹟」、五島美術館所蔵の「山門疏(勧縁疏)」がいずれも国宝に指定されています。

基本情報

正式名称 絹本著色無準師範像(けんぽんちゃくしょくぶじゅんしばんぞう)
指定区分 国宝(絵画)
国宝指定日 1952年(昭和27年)3月29日
国・時代 中国・南宋時代
制作年 1238年(嘉熙2年) 嘉熙二年の自賛がある
技法・形状 絹本著色 掛幅装
員数 1幅
所有者 宗教法人 東福寺
所在地 〒605-0981 京都府京都市東山区本町15丁目778
アクセス JR奈良線・京阪本線「東福寺」駅より徒歩約10分(京都駅からJR奈良線で約3分)
拝観時間(東福寺) 4月~10月:9:00~16:00 / 11月~12月初旬:8:30~16:00 / 12月~3月:9:00~15:30
拝観料(東福寺) 境内自由 / 通天橋・開山堂:大人600円(秋季1,000円)、小人300円 / 本坊庭園:大人500円、小人300円 / 共通券:大人1,000円、小人500円
電話番号 075-561-0087
公式サイト https://tofukuji.jp/

参考文献

国宝-絵画|無準師範像[東福寺/京都] — WANDER 国宝
https://wanderkokuho.com/201-00049/
絹本著色無準師範像 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/444443
東福寺 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/東福寺
無準師範 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/無準師範
拝観案内 — 臨済宗大本山 東福寺
https://tofukuji.jp/guide/
東福寺 — 京都市観光情報
https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=7&tourism_id=484
大本山 東福寺 — 京都ミュージアム探訪
https://www.kyoto-museums.jp/museum/east/764/
Wuzhun Shifan — Wikipedia (English)
https://en.wikipedia.org/wiki/Wuzhun_Shifan
無準師範像──円爾に教えを託した禅僧 — ごんべnote
https://note.com/adosobutuga/n/n7e93e273944e
東福寺の見どころガイド — Leaf KYOTO
https://www.leafkyoto.net/231019-kyoto-tofukuji/

最終更新日: 2026.02.08