鉄眼版一切経版木:日本の明朝体と原稿用紙の原点を訪ねて

京都府宇治市、黄檗山萬福寺の塔頭・宝蔵院には、日本の文化史において極めて重要でありながら、あまり知られていない文化財が静かに眠っています。340年以上前に一枚一枚丁寧に彫られた約6万枚の版木は、仏教の教えを広めるという目的を超えて、私たちが日常的に目にする書体や原稿用紙のルーツとなりました。

鉄眼版一切経版木とは

鉄眼版一切経版木は、仏教経典の集大成である「一切経(大蔵経)」を印刷するために彫られた木版の総称です。総数約6万枚のうち、48,275枚が1957年(昭和32年)に国の重要文化財に指定されています。全1,618部6,956巻という膨大な経典を収録し、日本における木版印刷による一切経として最も完成度の高いものとされています。

版木一枚の大きさは縦約26cm、横約82cm、厚さ約1.8cmで、左右に約3cmの縁が付いています。材料は奈良県吉野産の山桜の木で、その木目の細かさと耐久性から選ばれました。版木の両面にそれぞれ、左右2面に分かれた経文が彫られており、各面に20字×10行で計800字が刻まれています。

鉄眼禅師の壮絶な物語

これらの版木の背景には、一人の僧侶の驚くべき物語があります。鉄眼道光(1630年~1682年)は肥後国(現在の熊本県)に生まれ、後に中国から渡来した禅僧・隠元隆琦に師事しました。隠元禅師は黄檗宗を日本に伝え、萬福寺を開山した人物です。鉄眼は、仏教国でありながら一切経の刊行版が普及していない日本の現状を憂い、版木を彫って印刷による出版を志しました。

1664年(寛文4年)、鉄眼は一切経の開版を発願し、全国を行脚して講経(経典の講義)を行いながら資金を集めました。しかし、その道のりは平坦なものではありませんでした。

資金調達の最中、大阪地方を大洪水と飢饉が襲いました。鉄眼は苦しむ人々の姿を目の当たりにし、「私の一切経出版は仏教を興すにあり、仏教を興すは民を救うにあり」と述べ、それまで集めた資金をすべて飢民救済に投じました。しかも、このような事態が二度も起きたのです。そのたびに鉄眼は一から資金集めを始め直しました。

ついに1678年(延宝6年)、発願から17年、実際の彫版作業開始から13年を経て、版木は完成しました。鉄眼は完成からわずか4年後の1682年、53歳で没しましたが、その救済活動で救われた人々は数十万人に及んだとされています。葬儀には約10万人が参列したと伝えられ、いかに多くの人々に敬愛されていたかがうかがえます。

なぜ重要文化財に指定されたのか

鉄眼版一切経版木は、宗教的な価値を超えて、日本文化に多大な影響を与えた点で特筆すべき存在です。

第一に、これらの版木は日本における明朝体のルーツとされています。版木は隠元禅師が中国・明から持参した明版大蔵経を底本として彫られたため、その書体が日本に導入されました。印刷された経典が各地の寺院に配布されることで、明朝体は日本全国に普及し、現在最も広く使用される印刷書体となりました。

第二に、版木のレイアウトが日本の400字詰め原稿用紙の原型となりました。縦1行20字、横20行という配置は、今日でも学校教育や文章執筆の場で使用される原稿用紙のフォーマットとして受け継がれています。

第三に、日本における本格的な出版事業の先駆けとなりました。完成した一切経は2,000部以上が印刷され、宗派を超えて各地の寺院に配布されました。それまで手書きで写すしかなかった経典が、木版印刷によって広く普及するようになった画期的な事業でした。

生きた文化財:今も続く印刷

鉄眼版一切経版木の特筆すべき点は、340年以上経った現在も使用可能であるということです。多くの文化財がガラスケースの中に保存されるのとは異なり、これらの版木は熟練の刷り師によって今も伝統的な技法で印刷が行われています。

宝蔵院を訪れた際には、タイミングによっては刷り師による手刷り印刷の実演を見学できる場合があります。版木に墨を塗り、紙を当てて経文を刷り取る様子は、江戸時代と変わらぬ技法です。原版による刷り物は購入も可能で、生きた歴史を手元に持ち帰ることができます。

宝蔵院への訪問

版木が収蔵されている宝蔵院は、萬福寺の塔頭の一つです。収蔵庫は通常非公開となっており、特別公開日は宝蔵院の公式ホームページでご確認ください。事前に電話で連絡をすれば、可能な限り対応していただけるとのことです。

宝蔵院では「寺そば」と呼ばれるヴィーガンラーメンを提供しており(現在は木・金・土曜日の11時〜14時、売り切れ次第終了)、その売り上げは重要文化財の保全に役立てられています。美味しい食事を楽しみながら文化財の保護に貢献できる、ユニークな取り組みです。

周辺の見どころ

宝蔵院を訪れる際には、本山である萬福寺の拝観と組み合わせることをお勧めします。萬福寺は2024年に法堂・大雄宝殿・天王殿の3棟が国宝に指定されました。日本の一般的な寺院とは異なる中国・明朝様式の建築が立ち並び、まるで異国を訪れたような雰囲気を味わえます。魚の形をした木製の打楽器「開梛(かいぱん)」や、天王殿の黄金色の布袋像は必見です。

萬福寺では中国式精進料理「普茶料理」も楽しめます(要予約)。また、宇治は宇治茶の産地として有名で、世界遺産の平等院も近くにあるため、一日かけて宇治の文化を堪能するコースを組むことができます。

黄檗駅周辺は京都の有名観光地と比べて混雑が少なく、中国と日本の文化交流の歴史をゆったりと感じられる穴場スポットとなっています。

Q&A

Q版木を実際に見ることはできますか?
A収蔵庫は通常非公開です。特別公開日は宝蔵院の公式ホームページでご案内されます。事前にお電話でお問い合わせいただくことをお勧めします。
Q版木で刷った経文を購入できますか?
Aはい、江戸時代の原版から刷られた印刷物を購入することができます。重要文化財の保全にも貢献できる、意義のあるお土産となります。
Q版木と現代の明朝体はどのような関係がありますか?
A版木は中国・明時代の印刷物を底本としており、「明朝体」という書体を日本に導入しました。印刷された経典が全国に広まるにつれてこの書体も普及し、現代の明朝体フォントへと発展しました。
Q萬福寺との位置関係を教えてください
A宝蔵院は萬福寺の塔頭(たっちゅう)の一つで、萬福寺境内から徒歩圏内にあります。まず萬福寺本山を拝観し(有料)、その後宝蔵院を訪れるコースがお勧めです。両方をゆっくり見学するには半日程度の時間を見込んでください。
Qアクセス方法を教えてください
AJR奈良線または京阪宇治線の「黄檗(おうばく)駅」が最寄り駅です。京阪黄檗駅から徒歩約2分、JR黄檗駅から徒歩約4分でアクセスできます。

基本情報

正式名称 鉄眼版一切経版木(てつげんばんいっさいきょうはんぎ)
文化財指定 国指定重要文化財(1957年〈昭和32年〉2月19日指定)
版木枚数 約6万枚(うち重要文化財指定48,275枚)
完成年 1678年(延宝6年)
開版者 鉄眼道光(1630年~1682年)
所在地 〒611-0011 京都府宇治市五ケ庄三番割34-4 宝蔵院
アクセス 京阪宇治線「黄檗駅」より徒歩約2分 / JR奈良線「黄檗駅」より徒歩約4分
拝観時間 9:00〜16:30(最終入館16:00)※収蔵庫は要事前連絡
寺そば営業日 木・金・土曜日 11:00〜14:00(売り切れ次第終了)
電話番号 0774-31-8026
公式サイト https://www.hozoin.net/

参考文献

文化遺産オンライン - 鉄眼版一切経版木
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/168995
THE KANSAI GUIDE - 鉄眼版一切経版木収蔵庫
https://www.the-kansai-guide.com/ja/directory/item/21014/
黄檗山宝蔵院【公式】ホームページ
https://www.hozoin.net/
大谷大学 - 生活の中の仏教用語「明朝体」
https://www.otani.ac.jp/yomu_page/b_yougo/nab3mq0000013ggj.html
Wikipedia - 鉄眼道光
https://ja.wikipedia.org/wiki/鉄眼道光
そうだ京都、行こう。- 文化財を守るために。萬福寺塔頭宝蔵院の「寺そば」とは?
https://souda-kyoto.jp/blog/01272.html

最終更新日: 2026.01.02