三十帖冊子──空海が唐の都で書き写した密教の知恵
平安時代初期の804年、一人の若き僧侶が命がけで海を渡りました。後に弘法大師として敬われる空海(774〜835)です。唐の都・長安で密教の奥義を授かった空海は、帰国に際して膨大な経典や儀軌を小さな冊子に凝縮して書き写しました。それが国宝「三十帖冊子(さんじゅうじょうさっし)」です。
京都の世界遺産・仁和寺に伝わるこの冊子群は、単なる写経にとどまりません。日本に真言密教をもたらした空海の情熱と知性がそのまま刻み込まれた、唯一無二の文化財です。1200年以上の時を超えて今なお残る筆跡には、異国の地で密教の真髄を学び取ろうとした空海の息遣いが感じられます。
三十帖冊子とは
三十帖冊子は、縦横およそ15センチメートルほどの小さな冊子30帖からなる写経の集成です。内容は密教の経典・陀羅尼(だらに)・儀軌など、真言密教の修法に不可欠な根本的テキストで構成されています。制作されたのは、空海が唐に滞在していた805年から806年頃のことです。
当時の一般的な経典は巻物(巻子装)の形式でしたが、空海はあえて「粘葉装(でっちょうそう)」という冊子形式を選びました。その理由は実にシンプルです。巻物ではかさばりすぎて、船で持ち帰れる量に限りがある。少しでも多くの教えを日本に届けるため、手帳サイズの冊子に凝縮したのです。この三十帖冊子は、日本に現存する最古の粘葉装の書物としても知られており、日本の書物の歴史においても画期的な存在です。
書写は空海一人で行ったわけではありません。研究により20名を超える異なる筆跡が確認されており、唐の写経生や、同じく遣唐使の一員であった能書家・橘逸勢(たちばなのはやなり)の筆跡も含まれています。空海自身の筆跡は行書で書かれ、薄墨でさらさらと書き進めたような独特の趣があります。
もともとは38帖あったことが目録から判明していますが、長い歴史のなかで8帖が失われ、現存する30帖が「三十帖冊子」の名の由来となっています。
空海の入唐求法──冊子に込められた情熱
804年、空海は留学僧として遣唐使に加わり、肥前国(現在の長崎県)から出航しました。しかし航海は困難を極め、嵐に遭遇した船は34日間も漂流した末、福州の海岸に漂着します。上陸さえ認められない状況のなか、空海が代筆した嘆願書がその卓越した漢文と筆跡によって認められ、一行はようやく唐への入国を果たしました。
翌805年、長安の青龍寺(しょうりゅうじ)で密教の最高権威・恵果(けいか)和尚と出会います。恵果は空海を一目見るなり「お前が来るのを待っていた」と述べ、わずか数か月のうちに胎蔵界・金剛界の両部の灌頂を授けました。空海は真言密教の正統な第八祖として認められたのです。
805年12月に恵果が入寂すると、空海は「早く日本に帰って密教を広めよ」という師の遺言に従い、本来20年とされていた留学期間をわずか2年で切り上げて帰国を決意します。残された時間のなかで、空海は現地の写経生を動員し、自らも寝食を忘れて経典を書き写し続けました。こうして生まれたのが三十帖冊子です。
興味深いことに、空海は帰国後に朝廷に提出した正式な請来目録にこの冊子を記載していません。三十帖冊子は公式な献上品ではなく、空海が生涯手元に置き、繰り返し参照した個人的な「座右の書」だったのです。
国宝に指定された理由──その多層的な価値
三十帖冊子は1951年(昭和26年)6月9日、付属の冊子箱とともに国宝に指定されました。その価値は多岐にわたります。
第一に、中国から日本への密教伝来を直接物語る一次資料であることです。空海が何を学び、何を重要と考えたかが、この冊子から読み取れます。日本の真言密教の原点ともいえる存在です。
第二に、日本最古の粘葉装(冊子本形式)の書物として、日本の書誌学・書物史において極めて重要な位置を占めています。
第三に、書道史上の価値です。空海は嵯峨天皇・橘逸勢とともに「三筆」と称される日本書道史上最高の書家です。三十帖冊子には空海自身の筆跡に加え、橘逸勢の筆跡も含まれており、三筆のうち二人の書を一つの作品群のなかで見ることができる唯一の存在です。
第四に、付属の冊子箱「宝相華迦陵頻伽蒔絵冊子箱(ほっそうげかりょうびんがまきえそくさっしばこ)」は、制作年代が判明している日本最古の蒔絵作品です。919年(延喜19年)に醍醐天皇が三十帖冊子を叡覧した際、保管用として下賜されました。麻布を漆で固めた乾漆製の箱には、迦陵頻伽(上半身が菩薩、下半身が鳥の霊鳥)や宝相華(花模様の唐草)が金銀の研出蒔絵で美しく施されています。
数奇な伝来の物語
三十帖冊子が仁和寺に伝わるまでの道のりは、まさに波乱万丈です。
空海の入寂(835年)後、冊子は空海が真言密教の根本道場とした東寺(教王護国寺)に納められました。しかし、空海が開いたもう一つの聖地・高野山も冊子の所有を主張し、両寺の間で長年にわたる争奪が繰り広げられました。
10世紀初頭、東寺の長者・観賢が朝廷の後ろ盾を得て冊子を東寺に確保します。919年には醍醐天皇が叡覧のうえ、専用の蒔絵箱を下賜しました。
しかし平安末期、仁和寺の門跡であった守覚法親王(しゅかくほっしんのう、1150〜1202)が東寺から冊子を借覧したまま返却しませんでした。門跡寺院として朝廷に近い立場にあった仁和寺は、東寺からの返還要求を退け続け、以降現在に至るまで三十帖冊子は仁和寺の所蔵となっています。
見どころと拝観の魅力
三十帖冊子を実際に目にすると、まずその小ささに驚きます。手のひらに収まるほどの冊子に、びっしりと書き込まれた経文。空海が「船の積載量を考えて、少しでも多くの教えを持ち帰りたい」と考えた切実さが、ひしひしと伝わってきます。
空海自筆の行書は、写経生の端正な楷書とは異なり、流れるような筆致で一気に書き進めた独特のリズムがあります。小さな字でありながら一字一字が明瞭で、「三筆」と称された空海の卓越した書の技量を堪能できます。余白には後年の書き込みや付箋も見られ、空海がこの冊子を繰り返し開いて参照していたことを物語っています。
冊子箱が展示される際は、1100年以上を経てなお輝きを失わない金銀の蒔絵装飾にも注目してください。迦陵頻伽や蝶、鳥といった文様はすべて細部が異なり、一見規則的でありながら自由な表現を見せる、平安前期の工芸美術の真骨頂です。
2018年の東京国立博物館における特別展「仁和寺と御室派のみほとけ」では、6年間の修復を経て、展覧会史上初めて全30帖が一挙に公開されました。通常は数帖ずつの公開にとどまるため、展示情報を事前に確認して訪れることをおすすめします。
仁和寺と周辺の見どころ
三十帖冊子が伝わる仁和寺は、888年に宇多天皇によって創建された真言宗御室派の総本山です。代々皇族が門跡(住職)を務めた格式ある門跡寺院であり、1994年には「古都京都の文化財」の構成資産としてユネスコ世界遺産に登録されました。
境内には、京都御所の紫宸殿を移築した国宝・金堂をはじめ、高さ36メートルの五重塔、堂々たる仁王門、寝殿造の優美な御殿(旧御室御所)など、見応えのある建築物が並びます。特に御殿から望む南庭と北庭の日本庭園は必見です。
春には「御室桜(おむろざくら)」が咲き誇ります。京都で最も遅咲きの桜として知られ、例年4月中旬が見頃です。樹高が2〜3メートルと低いため、花を間近に楽しめるのが大きな魅力。五重塔を背景に咲く御室桜の景色は、京都を代表する春の風物詩です。
周辺には、石庭で世界的に名高い龍安寺(徒歩約10分)、金閣で有名な鹿苑寺(金閣寺)、嵐山方面への散策ルートなど、京都有数の文化スポットが集まっています。仁和寺を拠点に、一日かけて京都北西部の名所を巡ることができます。
Q&A
- 三十帖冊子はいつ見ることができますか?
- 三十帖冊子は仁和寺の霊宝館で公開されます。霊宝館の開館は春季(4〜5月頃)と秋季(10〜11月頃)の特別展期間に限られます。また、文化財保護のため、毎回すべての帖が公開されるわけではなく、数帖ずつのローテーション展示が一般的です。展示スケジュールは仁和寺の公式サイトでご確認ください。
- 海外からの観光客でも楽しめますか?
- はい、十分に楽しめます。書道や仏教美術に関心のある方はもちろん、歴史や文化に興味のある方にとって、1200年以上前の肉筆を直接目にする体験は感動的です。仁和寺では一部英語の案内がありますが、より深く理解するためには事前に背景知識を得ておくことをおすすめします。
- 霊宝館での撮影は可能ですか?
- 霊宝館内および国宝・重要文化財の展示品の撮影は基本的に禁止されています。貴重な文化財の保存のため、ご理解とご協力をお願いいたします。境内の屋外ではほとんどの場所で撮影が可能です。
- 三十帖冊子と冊子箱の両方を同時に見ることはできますか?
- 同時に展示されることもありますが、文化財保護の観点から別々に公開される場合もあります。両方をご覧になりたい場合は、展示内容の詳細を事前に仁和寺へお問い合わせいただくことをおすすめします。
- 仁和寺へのアクセスは?
- 最寄り駅は京福電鉄北野線(嵐電)の御室仁和寺駅で、駅から徒歩約2〜3分です。JR京都駅からはJRバス(26系統)で「御室仁和寺」下車、所要約30〜40分です。JR花園駅からは徒歩約15分でもアクセス可能です。
基本情報
| 名称 | 三十帖冊子(さんじゅうじょうさっし) |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(1951年〈昭和26年〉6月9日指定) |
| 種別 | 書跡・典籍 |
| 時代 | 平安時代初期(805〜806年頃制作) |
| 員数 | 30帖(付:宝相華迦陵頻伽蒔絵冊子箱 1合も国宝指定) |
| 寸法 | 各帖 縦横約15cm/冊子箱 縦37.0cm × 横24.4cm × 高8.3cm |
| 筆者 | 空海(弘法大師)、橘逸勢、唐の写経生ほか(20名以上の筆跡を確認) |
| 所蔵 | 仁和寺(京都府京都市右京区御室大内33) |
| 公開場所 | 仁和寺 霊宝館(春季・秋季の特別展期間に公開/入館料500円) |
| 拝観時間 | 9:00〜17:00(3〜11月)/9:00〜16:30(12〜2月)※受付は閉門30分前まで |
| アクセス | 京福電鉄(嵐電)北野線 御室仁和寺駅 徒歩約2〜3分/JR京都駅よりJRバス26系統「御室仁和寺」下車 |
| 関連指定 | 仁和寺はユネスコ世界遺産「古都京都の文化財」構成資産(1994年登録) |
参考文献
- 国宝-書跡典籍|三十帖冊子・冊子箱[仁和寺/京都] | WANDER 国宝
- https://wanderkokuho.com/201-00584/
- 仁和寺の書跡 | 世界遺産 真言宗御室派総本山 仁和寺
- https://ninnaji.jp/about_culturalassets/calligraphy/
- 仁和寺 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/仁和寺
- 宝相華迦陵頻伽蒔絵𡑮冊子箱 - 名品紹介 - 京都国立博物館
- https://www.kyohaku.go.jp/jp/collection/meihin/urusi/item05/
- 空海の息吹を伝える三十帖冊子|お遍路オンライン
- https://ohenro-online.com/kouyasan/sannjuujou_sasshi/
- 特別展「仁和寺と御室派のみほとけ」レポート | SPICE
- https://spice.eplus.jp/articles/167949
- 国宝「三十帖冊子」 修理から見えてきたもの | 株式会社勉誠社
- https://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&products_id=103695
- 空海 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/空海
- 仁和寺の所蔵文化財一覧 | 世界遺産 真言宗御室派総本山 仁和寺
- https://ninnaji.jp/about_culturalassets/list/
- 仁和寺 公式サイト(英語)
- https://ninnaji.jp/en/
最終更新日: 2026.02.08