八坂神社本殿──京都・祇園に鎮座する国宝建築と、千年を超える祈りの物語
京都の中心、四条通の東端に位置する八坂神社は、「祇園さん」の愛称で1350年以上にわたり人々に親しまれてきた古社です。その中心に鎮座する本殿は、2020年に国宝に指定されました。日本でここだけの建築様式「祇園造」、床下に眠る青龍伝説、そして日本三大祭・祇園祭との不可分の絆──八坂神社本殿は、日本の建築史・文化史において唯一無二の存在です。海外からお越しの皆様にも、ぜひその壮大な歴史と美しさを体感していただきたい至宝をご紹介いたします。
千年を超える八坂神社の歴史
八坂神社の創祀は平安京遷都(794年)以前にまで遡ります。社伝によれば、斉明天皇2年(656年)に高句麗からの渡来人・伊利之使主が素戔嗚尊(すさのをのみこと)を祀ったのが始まりとされるほか、貞観18年(876年)に南都の僧・円如が堂を建立したという説もあります。かつては「祇園社」「祇園感神院」と呼ばれ、神仏習合のもとで主祭神の牛頭天王(ごずてんのう)が信仰されていました。明治元年(1868年)の神仏分離令により「八坂神社」と改称され、現在に至ります。
朝廷や藤原氏をはじめ、足利将軍家、豊臣家、徳川将軍家といった歴代の為政者から篤い庇護を受け、全国に約2,300社ある八坂神社・祇園信仰神社の総本社として崇敬を集めてきました。現在も初詣には約100万人が参拝に訪れる、京都を代表する神社です。
日本唯一の建築様式「祇園造」
八坂神社本殿の最大の特徴は、「祇園造(ぎおんづくり)」または「八坂造(やさかづくり)」と呼ばれる、他に類を見ない独自の建築様式にあります。一般的な神社建築では本殿(神様が鎮まる場所)と拝殿(参拝者が拝礼する場所)は別々の建物として建てられますが、八坂神社ではこの二つを一つの巨大な入母屋造・檜皮葺の大屋根で覆い、一棟の建築としている点が極めて特殊です。
現在の本殿は承応3年(1654年)、4代将軍・徳川家綱の寄進により再建されたものです。これは、のちに寺社優遇政策を取らなくなる江戸幕府が社寺に対して行った最後の直轄事業でした。桁行七間・梁間六間という規模は神社本殿としては異例の大きさで、高さ約15メートル、床面積は約660平方メートルに達し、日本最大級の神社本殿の一つとされています。
屋根は北・東・西の三方に「又庇(またびさし)」と呼ばれる庇が延び、これも八坂神社にしか見られない独特の形式です。庇の下にはさまざまな用途の小部屋が設けられていました。このように庇を重ねて建物を拡張する手法は平安時代の建築技法であり、祇園造の形式は遅くとも鎌倉時代には確立していたことが文献や絵図から確認されています。承平5年(935年)の太政官符では本殿と礼堂が別棟であることが記されていますが、寛和2年(986年)を原本とする古図ではすでに現在と同じ祇園造の姿が描かれていることから、祇園造は935年から986年の間に成立したと推定されています。
なぜ国宝に指定されたのか
八坂神社本殿は、明治44年(1911年)に旧国宝(のちの重要文化財)に指定され、令和2年(2020年)12月23日に国宝に格上げされました。文化審議会が認めた主な価値は以下の通りです。
- 平安時代の建築の空間構成を今に伝えている点。千年以上前の神聖な空間がどのように構想されたかを知る貴重な手がかりとなっています。
- 中世の信仰儀礼と建物の関係をよく示している点。内々陣・内陣・外陣・礼堂といった複雑な内部構成が、それぞれ異なる祭儀の役割を担っていることが明確に読み取れます。
- 平安時代に成立した建築の伝統を忠実に継承した建物として、江戸時代前期に建立されたことが、日本建築史上きわめて高い価値を有する点。
- 祇園祭を担う人々(氏子・崇敬者)によって現在まで維持されてきたことに、深い文化史的意義が認められる点。
同時に、境内外の摂社・末社など26棟が新たに重要文化財に指定され、既指定の3棟と合わせて合計29棟の重要文化財建造物を有する神社となりました。
見どころ・魅力
神秘の龍穴(りゅうけつ)
八坂神社本殿の床下には大きな池があり、そこには四神のひとつ・青龍(せいりゅう)が棲むと伝えられています。この池は「龍穴」と呼ばれ、大地の「気」が集まるパワースポットとして知られています。延久年間(1070年頃)の記録には「深さを測ろうとしたところ、五十丈(約150メートル)に及んでもなお底がなかった」と記されています。現在、池は漆喰で固められていますが、明治38年(1905年)の修理に携わった職人が「内々陣真下の池には清冽な水がたたえられ、何か神秘的な雰囲気に満ち満ちていた」と証言を残しています。
西楼門(にしろうもん)
四条通の東端にそびえる朱塗りの西楼門は、八坂神社境内で最も古い建築物です。応仁の乱で焼失後、明応6年(1497年)に再建され、重要文化財に指定されています。高さ約9メートルの堂々とした姿は、祇園のシンボルとして多くの参拝者・観光客に親しまれています。
南楼門(みなみろうもん)と石鳥居
西楼門が有名ですが、実は本殿正面に位置する南楼門が八坂神社の正門です。周囲にはソメイヨシノが植えられ、春には桜、秋には紅葉が楽しめます。南側に立つ石鳥居は寛文6年(1666年)の再建で、こちらも重要文化財です。
舞殿(ぶでん)
本殿の正面に建つ舞殿は、舞楽や各種奉納行事が行われる舞台です。周囲には花街の置屋や近隣の料亭から奉納された数百の提灯が掛けられ、毎夜灯りが灯されると幻想的な雰囲気に包まれます。昼と夜で全く異なる趣を見せる八坂神社の魅力を体感できるスポットです。
美御前社(うつくしごぜんしゃ)
境内東側に鎮座する美御前社は、美の神様を祀る末社として特に女性の参拝者に人気があります。社殿の前には「美容水」が湧き出ており、肌に数滴つけると美しくなれるとの言い伝えがあります。
祇園祭──本殿から生まれた千年の祭り
日本三大祭の一つに数えられ、世界的にも名高い祇園祭(ぎおんまつり)は、八坂神社の祭礼として約1,150年の歴史を持ちます。貞観11年(869年)、都に疫病が蔓延した際、全国の国の数に合わせた66本の鉾を立てて祇園の神に疫病退散を祈願したことが始まりとされています。
毎年7月の1ヶ月間にわたって執り行われる祇園祭のハイライトは、7月17日と24日に行われる山鉾巡行です。精緻な織物や彫刻で飾られた巨大な山鉾が京都の大通りを進む様子は圧巻の一言です。また、神幸祭・還幸祭では八坂神社本殿のご祭神を乗せた三基の神輿が市中を渡御し、まさに本殿と祭りが一体であることを象徴しています。祇園祭の山鉾を守る山町・鉾町の人々が、歴史的に本殿の修理・維持にも大きく貢献してきたことが、国宝指定の理由の一つにもなっています。
周辺情報
八坂神社は京都随一の観光エリアに位置しており、周辺には魅力的なスポットが数多くあります。境内の東側に隣接する円山公園は、京都で最も有名な桜の名所の一つで、約800本の桜が植えられています。特にしだれ桜のライトアップは春の京都を代表する光景です。
南側に歩けば、風情ある二年坂・三年坂の石畳の小路を通って清水寺へ向かうことができます。道中には伝統的な京土産店や甘味処が軒を連ねています。神社の西側には、京都を代表する花街・祇園があり、花見小路通では伝統的な町家建築の中を舞妓さんや芸妓さんが行き交う姿を目にすることもあるでしょう。また、京都最古の禅寺・建仁寺も徒歩圏内です。
Q&A
- 八坂神社本殿はいつ国宝に指定されましたか?
- 令和2年(2020年)10月16日に文化審議会から国宝指定の答申があり、同年12月23日の官報告示をもって正式に国宝に指定されました。明治44年(1911年)から重要文化財に指定されていたものが、国宝に格上げされた形です。
- 参拝料や参拝時間を教えてください。
- 八坂神社は24時間参拝可能で、境内への入場は無料です。本殿への昇殿参拝は9:00~16:00に5,000円以上の祈祷料で申し込むことができます。
- 「祇園造」とはどのような建築様式ですか?
- 祇園造は八坂神社独自の建築様式で、通常は別々に建てられる本殿(神様が鎮まる場所)と拝殿(参拝者が拝礼する場所)を、一つの大きな檜皮葺の屋根で覆って一棟の建物としたものです。935年から986年の間に成立したと推定され、入母屋造の神社本殿としては最古の形式と考えられています。
- 京都駅からのアクセス方法を教えてください。
- JR京都駅からは京都市バス100系統または206系統に乗車し、「祇園」バス停で下車すると目の前です(所要約20分)。また、京阪電鉄「祇園四条」駅からは徒歩約5分、阪急電鉄「京都河原町」駅からは徒歩約10分です。
- おすすめの参拝時期はいつですか?
- 四季折々に魅力がありますが、春(3月下旬~4月中旬)は隣接する円山公園の桜、7月は祇園祭、秋(11月中旬~12月上旬)は紅葉が楽しめます。大晦日から元旦にかけてはをけら参りの伝統行事で大変な賑わいとなりますが、混雑を避けるなら早朝の参拝がおすすめです。
基本情報
| 名称 | 八坂神社本殿(やさかじんじゃほんでん) |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(令和2年〈2020年〉12月23日指定) |
| 旧指定 | 重要文化財(明治44年〈1911年〉4月17日指定) |
| 種別 | 近世以前/神社建築 |
| 建立 | 承応3年(1654年)、4代将軍 徳川家綱の寄進による再建 |
| 建築様式 | 祇園造(ぎおんづくり);入母屋造、檜皮葺 |
| 規模 | 桁行七間・梁間六間(高さ約15m、床面積約660㎡) |
| 御祭神 | 素戔嗚尊(すさのをのみこと)、櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、八柱御子神(やはしらのみこがみ) |
| 所在地 | 〒605-0073 京都府京都市東山区祇園町北側625 |
| 参拝時間 | 24時間参拝可能(昇殿参拝:9:00~16:00) |
| 参拝料 | 無料(昇殿参拝は祈祷料5,000円以上) |
| アクセス | 京阪電鉄「祇園四条」駅より徒歩約5分/阪急電鉄「京都河原町」駅より徒歩約10分/京都市バス「祇園」停下車すぐ |
| 駐車場 | 京都市営円山駐車場(普通車30分250円・134台) |
| 公式サイト | https://www.yasaka-jinja.or.jp/ |
参考文献
- 八坂神社本殿 – 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/194450
- 八坂神社の建造物|八坂神社について|八坂神社
- https://www.yasaka-jinja.or.jp/about/architecture/
- 八坂神社について|八坂神社
- https://www.yasaka-jinja.or.jp/about/
- 本殿|お社・ご祭神|八坂神社
- https://www.yasaka-jinja.or.jp/shrine_deity/honden/
- 国宝-建築|八坂神社 本殿[京都] | WANDER 国宝
- https://wanderkokuho.com/102-01791/
- 八坂神社 – Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%9D%82%E7%A5%9E%E7%A4%BE
- 八坂神社国宝指定が決定の理由:祇園造と中世の信仰の関係 | ヤギの京都観光案内/KYOTO GOAT BLOG
- https://kyotokankoyagi.com/yasakajinja-kokuho-jp
- 【京都市】八坂神社 その2 本殿 – 甲信寺社宝鑑
- https://www.hineriman.work/entry/2023/08/24/063000
- 京都「八坂神社」の魅力を深掘り! – 楽天トラベル
- https://travel.rakuten.co.jp/mytrip/howto/yasaka-temple-guide
- 八坂神社 | 全国観光資源台帳(公財)日本交通公社
- https://tabi.jtb.or.jp/res/260026-
最終更新日: 2026.02.08
近隣の国宝・重要文化財
- 旧村井家別邸(長楽館)
- 京都府京都市東山区四条通大和大路東入衹園町南側507番地1
- 円山公園
- 京都市東山区円山町・祇園町・鷲尾町
- 大雲院書院(旧大倉家京都別邸)
- 京都府京都市東山区四条通大和大路東入祇園町南側594-1
- 祇園閣
- 京都府京都市東山区四条通大和大路東入祇園町南側594-1
- 知恩院三門
- 京都府京都市東山区新橋通大和大路東入三丁目林下町
- 弥栄会館
- 京都府京都市東山区祇園町南側570-2
- 祇園甲部歌舞練場本館
- 京都府京都市東山区祇園町南側570-2
- 祇園甲部歌舞練場玄関
- 京都府京都市東山区祇園町南側570-2
- エンマ(旧村井銀行祇園支店)
- 京都府京都市東山区四条通大和大路東入祇園町南側573-5
- 祇園甲部歌舞練場別館
- 京都府京都市東山区祇園町南側570-2