三つの経塚から ― 1963年に国宝

伊勢国朝熊山経ケ峯経塚出土品は、三重県伊勢市の朝熊山経ケ峯にある経塚から出土した遺物で、1963年(昭和38年)7月1日に国宝に指定された。それに先立つ1912年(明治45年)2月8日には重要文化財となっている。員数は一括、種別は考古資料、指定番号は00030。読みは「いせのくにあさまやまきょうがみねきょうづかしゅつどひん」である。

文化庁は時代を平安、年代を1159年から1173年とする。年代が幅で示されているのは、銘をもつ遺物が複数あり、それぞれの年が異なるためである。

解説文は「平安時代の資料。」の一行にとどまるが、一つ書に品目が列挙されている。三つの経塚ごとに出土品が整理されている点が、この指定の特徴にあたる。

経塚ごとの内訳

伊勢市の記録は、一つ書の内容を経塚別に示す。

第1経塚は陶経筒1口で、承安3年(1173年)の銘をもつ。第2経塚は銅経筒2口、銅鏡2面、青白磁盒子1口。第3経塚は銅経筒1口、経巻13巻、線刻阿弥陀三尊鏡像1面、線刻阿弥陀三尊来迎鏡像2面、線刻阿弥陀如来鏡像1面、銅提子1口、土製外筒1具で、銅経筒と経巻は平治元年(1159年)の銘をもつ。

文化庁の年代欄1159年から1173年は、この二つの銘に対応する。第3経塚が平治元年、第1経塚が承安3年で、14年の開きがある。

第3経塚が最も品目が多い。経巻13巻が残っている点も特筆される。経塚は経典を埋める施設だが、紙の経巻が残る例は多くない。

線刻鏡像が4面ある

第3経塚から出土した品のうち、線刻鏡像が4面を占める。

線刻鏡像は、銅鏡の鏡面に仏像を線で刻んだものである。鏡は本来ものを映す道具だが、そこに仏の姿を刻むことで礼拝の対象となる。映す面を、描く面に変えているわけである。

内訳は、線刻阿弥陀三尊鏡像1面、線刻阿弥陀三尊来迎鏡像2面、線刻阿弥陀如来鏡像1面である。いずれも阿弥陀を主題とする。

来迎は、臨終に際して阿弥陀が迎えに来る場面をいう。4面すべてが阿弥陀であることは、浄土教の信仰が埋納の背景にあることを示す。同じ経塚から出た銅板法華経(福岡県)でも、銅筥の弥陀三尊が同様の指摘を受けている。

指定の経緯

重要文化財の指定は1912年(明治45年)2月8日、国宝の指定は1963年(昭和38年)7月1日である。

両者の間に51年ある。これまでに扱った考古資料の国宝では、重文から国宝までが数年から十数年のものが多いが、この一括は半世紀を要している。

指定番号00030は、考古資料の中では後の方の番号である。1963年という指定年も、他の考古資料の国宝の多くより遅い。

朝熊山経ケ峯経塚群そのものは国の史跡に指定されており、出土品の指定とは別の枠組みである。遺物は国宝、経塚は史跡という並びは、伯耆一宮経塚と同じ構成である。

鑑賞

文化庁のデータベースは所在地欄と保管施設欄をいずれも空欄とする。公的記録から現在の保管場所が読み取れない物件である。

朝熊山の金剛證寺が関わる遺物とされ、同寺で公開されることがある。実物を見たい場合は、寺または伊勢市の案内で公開予定を確認したい。

経塚群は朝熊山の経ケ峯にある。遺物と経塚は別に扱われるので、両方を見るには確認が要る。

朝熊山へは、伊勢志摩スカイラインを利用する。近鉄鳥羽線の朝熊駅からは登山道がある。

Q&A

Q伊勢国朝熊山経ケ峯経塚出土品はいつ国宝に指定されましたか。
A1963年(昭和38年)7月1日です。それに先立つ1912年(明治45年)2月8日に重要文化財となっています。員数は一括、種別は考古資料、指定番号は00030。文化庁は時代を平安、年代を1159年から1173年とします。
Qどのような品が含まれますか。
A伊勢市の記録によれば、第1経塚が陶経筒1口、第2経塚が銅経筒2口・銅鏡2面・青白磁盒子1口、第3経塚が銅経筒1口・経巻13巻・線刻鏡像4面・銅提子1口・土製外筒1具です。第3経塚が最も品目が多く、紙の経巻が残っている点も特筆されます。
Qなぜ年代が幅で示されているのですか。
A銘をもつ遺物が複数あり、年が異なるためです。第3経塚の銅経筒と経巻が平治元年(1159年)、第1経塚の陶経筒が承安3年(1173年)で、14年の開きがあります。文化庁の年代欄はこの二つの銘に対応しています。
Q線刻鏡像とは何ですか。
A銅鏡の鏡面に仏像を線で刻んだものです。映す面を描く面に変えることで礼拝の対象となります。第3経塚から4面が出土し、線刻阿弥陀三尊鏡像1面、線刻阿弥陀三尊来迎鏡像2面、線刻阿弥陀如来鏡像1面と、いずれも阿弥陀を主題とします。
Q出土品は見られますか。
A文化庁のデータベースは所在地欄と保管施設欄をいずれも空欄としており、公的記録から現在の保管場所が読み取れません。朝熊山の金剛證寺が関わる遺物とされ、同寺で公開されることがあります。寺または伊勢市の案内で公開予定を確認してください。

基本情報

名称伊勢国朝熊山経ケ峯経塚出土品(いせのくにあさまやまきょうがみねきょうづかしゅつどひん)
所在地三重県(文化庁データベースの所在地欄は空欄)/経塚は伊勢市の朝熊山経ケ峯
指定区分国宝(考古資料)/指定番号00030/朝熊山経ケ峯経塚群は別に国の史跡
指定年1912年(明治45年)2月8日 重要文化財/1963年(昭和38年)7月1日 国宝
員数一括
寸法陶経筒1口。銅経筒3口、銅鏡2面、青白磁盒子1口。経巻13巻、線刻阿弥陀三尊鏡像1面、線刻阿弥陀三尊来迎鏡像2面、線刻阿弥陀如来鏡像1面、銅提子1口、土製外筒1具。三つの経塚ごとに整理される。平安時代
所有者文化庁データベースの所有者名欄は空欄
公開状況常設の公開はない。金剛證寺または伊勢市の案内で公開予定を確認

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 伊勢国朝熊山経ケ峯経塚出土品
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/863
伊勢市 伊勢国朝熊山経ヶ峯経塚出土品
https://www.city.ise.mie.jp/cul_spo_edu/culture/bunkazai_shiseki/bunkazai/kouko/1009660.html
伊勢市 朝熊山経塚群(史跡)
https://www.city.ise.mie.jp/cul_spo_edu/culture/bunkazai_shiseki/bunkazai/kinenbutsu/1002154.html
伊勢志摩観光ナビ 朝熊山経塚群
https://ise-kanko.jp/purpose/asamakyouzuka/

最終更新日: 2026.09.04