【国宝】伊勢国朝熊山経ケ峯経塚出土品 ― 神宮神官が仏に祈った証

伊勢神宮を見下ろす朝熊山(あさまやま)の山頂付近、霧に包まれた峰から発見された遺物が、日本の宗教史を根底から揺るがす証拠でした。国宝「伊勢国朝熊山経ケ峯経塚出土品(いせのくにあさまやまきょうがみねきょうづかしゅつどひん)」は、平安時代後期に伊勢神宮の神官たちが仏教に深く帰依していたことを物語る考古資料の一括です。阿弥陀如来の来迎図が精緻に刻まれた銅鏡、神官の名が刻まれた経筒、そして丁寧に写された法華経の巻物――これらの遺品は、神道と仏教が一体となっていた時代の信仰のかたちを、今に伝えています。

経塚とは何か ― 末法の世に仏法を託す

経塚(きょうづか)とは、仏教の経典を容器に納めて地中に埋納した遺跡です。この習俗が盛んになった背景には、平安時代後期に広く信じられた「末法思想」がありました。釈迦の入滅から2000年が過ぎた永承7年(1052年)以降、正しい仏法は衰え、人々は悟りを得られなくなるという終末思想です。

この恐怖にかられた人々は、仏典を耐久性のある容器に入れて聖地に埋め、未来の弥勒菩薩が出現する時代まで仏法を守り伝えようとしました。また、自らの死後における極楽往生を願う個人的な祈りも込められていました。藤原道長が寛弘4年(1007年)に吉野の金峰山に経典を埋納したことが、経塚造営の先駆けとして知られています。

伊勢湾台風がもたらした奇跡の発見

この国宝の発見は、自然災害がきっかけでした。昭和34年(1959年)9月、観測史上最大級の「伊勢湾台風」が紀伊半島に上陸し、伊勢志摩地域の最高峰である朝熊山(標高555メートル)でも、がけ崩れや大規模な倒木が発生しました。

翌年にかけて行われた倒木の整理作業中、山頂付近の経ケ峯(きょうがみね)と呼ばれる峰の地中から、銅製の経筒や鏡、経巻などが次々と出土しました。実は明治27年(1894年)にも、この場所から承安3年(1173年)銘の陶製経筒が見つかっていましたが、本格的な学術調査は行われていませんでした。台風後の発見を受けて初めて組織的な発掘調査が実施され、最終的に43基もの経塚が確認されたのです。

出土品の中でも特に優れたものは、昭和38年(1963年)7月1日に国宝(考古資料)に指定されました。また、経塚群全体は昭和41年(1966年)に国の史跡「朝熊山経塚群」として指定を受けています。

国宝指定の出土品 ― 三つの経塚の宝物

国宝に指定されているのは、第一経塚・第二経塚・第三経塚から出土した以下の遺物です。

第一経塚

陶製経筒1口。「奉造立如法経亀事 承安三年八月十一日、伊勢大神宮権禰宜荒木田時盛」の銘があり、承安3年(1173年)に伊勢神宮の権禰宜(ごんねぎ)であった荒木田時盛が経塚造営に関わったことを明確に示しています。

第二経塚

銅経筒2口、銅鏡2面(残欠含む)、青白磁盒子(せいはくじごうす)1口。青白磁の合子は中国・宋時代の輸入品と考えられ、埋納者の高い社会的地位と当時の国際的な文化交流を反映しています。

第三経塚

最も豊富で優れた内容を含む経塚です。平治元年(1159年)銘の銅経筒1口、経巻13巻(法華経巻三に平治元年八月十四日の奥書あり、般若心経1巻含む)、線刻阿弥陀三尊来迎鏡像2面、線刻阿弥陀三尊鏡像1面、線刻阿弥陀如来鏡像1面、銅提子1口、土製外筒1具が出土しています。特に4面の線刻鏡像は、金工品としても絵画資料としても極めて貴重な作品です。

線刻鏡像の美 ― 鏡に刻まれた極楽浄土

第三経塚から出土した4面の線刻鏡像は、この国宝コレクションの白眉です。磨き上げられた白銅製の鏡面に、鏨(たがね)を用いて阿弥陀如来とその脇侍の姿が繊細に刻み込まれています。

線刻阿弥陀三尊来迎鏡像には、雲に乗った阿弥陀如来が観音菩薩・勢至菩薩を従えて山を越え、この世に降り来る「来迎」の場面が描かれています。観音菩薩は往生者を迎えるための蓮台を捧げ持ち、勢至菩薩は合掌しています。阿弥陀如来の白毫(びゃくごう)からは光明が放射され、神々しい降臨の瞬間が表現されています。1面には右下に入母屋造りの建物が描かれ、臨終を迎える往生者の居所を暗示しています。

これらの鏡像は、同時代の来迎図絵画の様式に忠実でありながら、金属面への線刻という技法で見事に表現されており、美術工芸品としてだけでなく、平安時代の浄土教美術を研究する上でもかけがえのない資料となっています。

なぜ国宝に指定されたのか ― その価値

この出土品が国宝に指定された理由は、複数の観点から説明できます。

第一に、線刻鏡像の美術的価値です。4面の鏡は線刻の技術が巧みで、平安時代の金工品としても、浄土教美術の図像資料としても、日本屈指の優品です。

第二に、歴史的・宗教史的価値です。銘文や奥書から、伊勢神宮の神官が経塚造営に直接関与したことが判明しました。日本最高の神聖な神社の聖職者が仏教に帰依していた事実は、末法思想が神宮の禰宜層にまで浸透していたことを示し、神仏習合の実態を物語る第一級の史料です。経塚の造営時期は保元元年(1156年)から文治2年(1186年)までの約30年間にわたり、保元・平治の乱や平家の興亡という激動の時代における人々の切実な祈りを伝えています。

第三に、考古学的価値です。紀年銘のある経筒、保存状態の良い経巻、精巧な金工品、輸入陶磁器、関連する祭祀用具がまとまって出土した点は、12世紀の日本における信仰生活と物質文化を復元する上で貴重な情報源となっています。

見どころ ― 金剛證寺と経塚群を訪ねて

国宝の出土品は、朝熊山の山頂付近に位置する金剛證寺(こんごうしょうじ)の宝物館に保管・展示されています。金剛證寺は6世紀に創建された古刹で、伊勢神宮の北東(鬼門)を守る寺として「神宮の奥之院」とも呼ばれてきました。「お伊勢参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片参り」と伊勢音頭に唄われ、伊勢参りとともに参詣するのが古くからの習わしでした。

経塚群の遺跡は、本堂の北西に位置する経ケ峯の尾根上にあります。出土品は保存のため移されましたが、各経塚の出土地点には寄進者によって石塔が立てられ、林間に28基の石塔が並ぶ独特の景観を形成しています。

境内では、慶長14年(1609年)に再建された朱塗りの本堂(重要文化財)や、蓮の花が咲く連間(れんま)の池、奥之院へ続く参道に林立する大きな卒塔婆群など、ほかでは見られない独特の光景を楽しむことができます。御本尊の福威智満虚空蔵大菩薩は日本三大虚空蔵菩薩の第一位とされ、伊勢神宮の式年遷宮の翌年に20年に一度のご開帳が行われます。

周辺情報

朝熊山への道中には、伊勢志摩スカイラインからの伊勢湾を望む壮大な景色が楽しめます。山頂展望台では360度のパノラマビューが広がり、話題の「天空のポスト」もあります。伊勢神宮の内宮・外宮、おはらい町・おかげ横丁での散策と食べ歩き、二見の夫婦岩、鳥羽水族館やミキモト真珠島など、伊勢志摩エリアには多彩な見どころがあります。朝熊山登山を楽しむ方も多く、近鉄朝熊駅から朝熊岳道登山口まで徒歩約10分でアクセスでき、山頂まで約90分の登山が楽しめます。

海外からのお客様へのご案内

朝熊山・金剛證寺は、伊勢神宮の喧騒から離れた静かな環境で、日本の深い宗教文化に触れることができる穴場的スポットです。寺院や宝物館の英語案内は限られていますので、事前に情報を調べておくと、より深く楽しめるでしょう。宝物館での写真撮影の可否は現地でご確認ください。山頂は町中よりもかなり涼しく風が強いことがあるため、暖かい季節でも上着をお持ちになることをおすすめします。タクシーでお越しの場合は、山頂での待機をお願いしてください。山上でタクシーを呼ぶのは困難です。

Q&A

Q「伊勢国朝熊山経ケ峯経塚出土品」とは何ですか?
A三重県伊勢市の朝熊山山頂付近にある経ケ峯の経塚群から出土した、平安時代後期(1159年〜1173年)の考古資料の一括です。陶製・銅製の経筒、手書きの経巻13巻、線刻で阿弥陀如来の来迎図を表した銅鏡4面、青白磁の合子、銅提子、土製外筒などから構成され、昭和38年(1963年)に国宝に指定されました。
Qどこで見ることができますか?
A朝熊山の山頂付近にある金剛證寺の宝物館に保管・展示されています。金剛證寺へは伊勢志摩スカイライン(有料道路)を利用してアクセスします。なお、一部の資料が他館での特別展に出品される場合がありますので、事前に確認されることをおすすめします。
Qなぜ歴史的に重要なのですか?
A線刻鏡像の卓越した美術的価値に加え、銘文や奥書から伊勢神宮の神官が経塚造営に関与したことが判明した点が最大の意義です。日本最高の神聖な神社の聖職者が仏教に帰依していた事実は、末法思想が社会の隅々にまで浸透していたことを示すとともに、神仏習合の実態を物語る第一級の史料として高く評価されています。
Q金剛證寺へのアクセス方法は?
Aお車の場合、伊勢志摩スカイライン(有料道路)を利用し、伊勢側または鳥羽側のゲートから約20分です。公共交通機関の場合、近鉄五十鈴川駅から「参宮バス」(スカイラインルート)をご利用ください(土日祝のみ運行)。徒歩では、近鉄朝熊駅から朝熊岳道登山口まで徒歩約10分、山頂まで約90分です。拝観時間は9:00〜15:45、境内拝観は無料です。
Qおすすめの訪問時期はいつですか?
A通年で楽しめますが、春は桜、秋は紅葉が美しく、6月下旬〜8月には境内の連間の池で数百の睡蓮の花が咲きます。冬は澄んだ空気の中で山頂からの眺望が特に素晴らしくなります。山頂は夏でも涼しいので上着をお持ちください。

基本情報

名称 伊勢国朝熊山経ケ峯経塚出土品(いせのくにあさまやまきょうがみねきょうづかしゅつどひん)
指定区分 国宝(考古資料)
重要文化財指定 明治45年(1912年)2月8日
国宝指定 昭和38年(1963年)7月1日
時代 平安時代(1159年〜1173年)
出土地 三重県伊勢市朝熊町 朝熊山経ケ峯
関連史跡 国史跡「朝熊山経塚群」(昭和41年〔1966年〕指定)
保管・展示 金剛證寺 宝物館(三重県伊勢市)
所在地 〒516-0021 三重県伊勢市朝熊町岳548
拝観時間 9:00〜15:45(年中無休)
拝観料 境内無料(宝物館は別途拝観料が必要な場合があります)
お問い合わせ 金剛證寺 TEL: 0596-22-1710
アクセス 伊勢志摩スカイライン(有料道路)利用、伊勢西ICから約20分/近鉄五十鈴川駅より参宮バス(土日祝のみ)約20分

参考文献

文化遺産データベース — 伊勢国朝熊山経ケ峯経塚出土品
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/189396
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/863
伊勢市公式ホームページ — 考古資料:伊勢国朝熊山経ヶ峯経塚出土品
https://www.city.ise.mie.jp/cul_spo_edu/culture/bunkazai_shiseki/bunkazai/kouko/1009660.html
伊勢市公式ホームページ — 朝熊山経塚群(国史跡)
https://www.city.ise.mie.jp/cul_spo_edu/culture/bunkazai_shiseki/bunkazai/kinenbutsu/1002154.html
伊勢市観光協会 — 朝熊山経塚群
https://ise-kanko.jp/purpose/asamakyouzuka/
伊勢市観光協会 — 朝熊岳金剛證寺
https://ise-kanko.jp/purpose/kongoshoji/
観光三重(三重県観光連盟) — 金剛證寺
https://www.kankomie.or.jp/spot/3035
Wikipedia — 金剛證寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%89%9B%E8%AD%89%E5%AF%BA
Note.com — 経塚に残る、伊勢神宮神官の仏教崇拝(仏都伊勢を行く)
https://note.com/buttoise19/n/nd8b110e439a3

最終更新日: 2026.02.08