1件の保存地区 ― 2006年に国の選定

塩尻市木曾平沢は、長野県塩尻市大字木曽平沢の一部に広がる漆器の産地の町並みで、2006年(平成18年)7月5日に国の選定を受けた。区分は重要伝統的建造物群保存地区である。

塩尻市は、保存地区は東西約200メートル、南北約850メートル、面積約12.5ヘクタールの範囲で、奈良井川右岸の河川敷に広がる集落と、その北の丘陵に鎮座する諏訪神社を含んだ地域である、と記す。

名称は木曾、大字の地名は木曽と、字が分かれる。

売る通りと作る通りが、並んで走る

二本の通りが、それぞれ別の顔を見せている。

塩尻市は、地区のほぼ中央に、現在は本通りと通称される中山道が南北に縦断し、その西側に並行して金西町の街路が位置している、と記す。

続けて、本通りは道の両側で漆器の店舗を持つ主屋が多く、近代になって開削された金西町の街路は店舗を持たない主屋が建ち並ぶ、とある。

本通りが漆器の町を印象づける景観であるのに対し、金西町は漆器職人の住まいが建ち並ぶ職人町の景観を見せる、とされる。二本が一体となり、漆器生産から販売までを行う漆工町と呼ぶにふさわしい町並みになる、と結ばれる。

荻原家住宅では、住まいと機織りの工場が別の町にあった。小原屋原田商店では、店蔵の1階が店、2階が住まいだった。

本件は、一つの地区のなかで売る通りと作る通りが並ぶ。家ごとではなく、町の単位で役割が分かれることになる。

細長い敷地の奥に、塗蔵が連なる

通りから見えない奥に、仕事の場が続いている。

塩尻市は、それぞれの通りの両側に、近世後期に遡る奥行きの深い短冊状の敷地割が残されている、と記す。

全国伝統的建造物群保存地区協議会は、短冊状に地割された敷地の中で、主屋の奥には漆器製造のための塗蔵や付属屋が連なる、と記す。

塗蔵は、漆を塗る作業のための蔵をいう。通りに主屋、その奥に塗蔵と、一つの敷地が前後に使い分けられる。

荻原家住宅では、土蔵の戸が主屋の蔵前座敷に直接開いていた。あちらは蔵が住まいに接する。

本件は、蔵が仕事の場として主屋の奥に並ぶ。文化庁は、近世後期の地割をよく残すとともに、近世以来の伝統的な町家や塗蔵などが一体となり漆器生産の町としての特色ある歴史的風致をよく伝える、と記す。漆器職人の集住と伝統的な手法とにより、現在も木曽漆器が生産され続けている、とも記される。

隣の奈良井に、28年遅れて選定された

同じ市のなかで、先に選ばれた地区がある。

塩尻市は、昭和53年(1978年)に隣接する奈良井が、近世の宿場町の景観を顕著に残しているとして、重要伝統的建造物群保存地区に選定された、と記す。

続けて、住民は隣接する奈良井で行われている町並み保存運動に触発され、これらの文化を育んだ地域に目を向けはじめた、とある。行政は平成14年(2002年)に町並み保存に特化したセクションを設置し、翌年には木曾平沢町並み保存推進委員会が組織された、とされる。

奈良井の選定から、木曾平沢の選定までは28年になる。

全国伝統的建造物群保存地区協議会は、木曾平沢の町並みを、奈良井宿の在郷として発展し中山道沿いに広がる、と記す。在郷は、町に付属する周りの村をいう。

宿場町の隣の在郷が、宿場町に続いて選ばれたことになる。塩尻市は、漆工町としては唯一の選定である、と記す。

見学

所在は長野県塩尻市大字木曽平沢の字東町、字東町裏、字西町、字西町裏、字太田、字川原、字上ノ山、字宮ノ原及び字宮下の各一部である。

通りに面する主屋には、出梁造をはじめとして近世から近代にかけての多様な時代の建物が混在する、と協議会は記す。出梁造は、2階の床を支える梁を外へ突き出して軒を深くする造りをいう。

塩尻市によれば、木曾漆器館が収集した木曾漆器の製作用具や製品などの資料3729点は、この保存地区とは別の文化財として国の重要有形民俗文化財になっている。

人の住む町並みであり、個々の建物の内部は私有である。塗蔵や作業場の見学は各店の定めによる。訪問前に確認したい。

重要伝統的建造物群保存地区の選定は、市町村が定めた保存地区のなかから国が選ぶ仕組みである。

Q&A

Q塩尻市木曾平沢はいつ選定されましたか。
A2006年(平成18年)7月5日に国の選定を受けました。区分は重要伝統的建造物群保存地区です。
Q二つの通りはどう違うのですか。
A塩尻市は、本通りは漆器の店舗を持つ主屋が多く、金西町は店舗を持たない職人の住まいが並ぶと記します。売る通りと作る通りです。
Q塗蔵とは何ですか。
A漆を塗る作業のための蔵です。短冊状の敷地のなかで、主屋の奥に連なります。
Q奈良井との関係は。
A隣接する奈良井が1978年に先に選定され、その町並み保存運動に触発されて住民が動いたと塩尻市は記します。
Qどのくらいの広さですか。
A東西約200メートル、南北約850メートル、面積約12.5ヘクタールで、北の丘陵の諏訪神社を含みます。

基本情報

名称塩尻市木曾平沢(しおじりしきそひらさわ)/名称は木曾、大字は木曽と字が分かれる
所在地長野県塩尻市大字木曽平沢の字東町、字東町裏、字西町、字西町裏、字太田、字川原、字上ノ山、字宮ノ原及び字宮下の各一部
指定区分重要伝統的建造物群保存地区/指定でも登録でもなく選定/種別は漆工町
指定年2006年(平成18年)7月5日 選定
員数1件の保存地区
寸法東西約200メートル、南北約850メートル、面積約12.5ヘクタール。本通り(中山道)と金西町の二本の通りと、北の丘陵の諏訪神社を含む
所有者地区内の建物はそれぞれの所有者による
公開状況人の住む町並みで、建物の内部や塗蔵の見学は各店の定めによる

参考文献

塩尻市 塩尻市木曾平沢重要伝統的建造物群保存地区
https://www.city.shiojiri.lg.jp/soshiki/36/3737.html
全国伝統的建造物群保存地区協議会 塩尻市木曾平沢
https://www.denken.gr.jp/archive/shiojiri-kisohirasawa/index.html
塩尻市 漆工町 木曽平沢
https://www.city.shiojiri.lg.jp/soshiki/29/23543.html
文化遺産オンライン 塩尻市木曾平沢
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/177622

最終更新日: 2026.09.22