久米寺多宝塔:京都の名刹から受け継がれた優美な重要文化財
奈良県橿原市、橿原神宮のほど近くに佇む久米寺。その境内に静かに立つ多宝塔は、江戸時代初期に京都・仁和寺から移築された重要文化財です。空飛ぶ仙人の伝説と真言宗発祥の地という由緒を持つこの古刹で、400年以上の時を超えて受け継がれてきた京都風の優美な建築美をご紹介いたします。
京都・仁和寺からの移築
久米寺多宝塔の歴史は、日本を代表する二つの古都を結ぶ物語です。この塔はもともと、世界遺産にも登録されている京都の仁和寺に建てられていました。仁和寺は真言宗御室派の総本山として知られ、皇室とも深い縁を持つ格式高い寺院です。
久米寺に元々あった塔は、慶安年間(1648〜1652年)に雷火によって焼失してしまいました。その後、仁和寺から現在の多宝塔が移築されたと伝えられています。この移築の事実は、昭和60年(1985年)に行われた解体修理の際に確認されました。部材からは建立当初の番付に加えて、解体時・運搬時の番付も発見され、京都から大和への長い旅路を物語る貴重な証拠となっています。
重要文化財に指定された理由
久米寺多宝塔は、昭和51年(1976年)5月20日に国の重要文化財に指定されました。その価値は、建築史的な観点から極めて高く評価されています。
塔の高さは約14.5メートル、構造は三間多宝塔で、屋根はとち葺(栩葺)です。建立年代は様式や手法から江戸時代初期(1615〜1660年頃)と推定されています。
この多宝塔の特筆すべき点は、頭貫(かしらぬき)、木鼻(きばな)、須弥壇(しゅみだん)などの細部に禅宗様の意匠が濃厚に見られることです。全体の均衡がよく、材料・工法ともに優秀な「正統派の建築」と評価されています。当初材がよく保持されており、京都風のおだやかな手法を今に伝える貴重な建造物です。
塔に祀られる仏たち
多宝塔の内部には、真言密教の根本仏である胎蔵界大日如来が祀られています。初重の四方の扉には護方八方天が描かれ、八方位から塔を守護しています。
興味深いことに、現在の多宝塔は奈良時代の巨大な塔跡の基壇上に建てられています。塔に隣接して、約10.7メートルにも及ぶ礎石群が残されており、かつてこの地に壮大な七重塔が聳えていたことを物語っています。一つの場所で、奈良時代と江戸時代という二つの時代の仏教建築を感じることができるのです。
空飛ぶ仙人・久米仙人の伝説
久米寺を語る上で欠かせないのが、寺の開祖とも伝えられる久米仙人の物語です。『今昔物語集』『徒然草』『発心集』など、日本の古典文学に繰り返し登場するこの伝説は、ユーモアと仏教的な教えが融合した魅力的な説話です。
伝説によれば、久米は大和国吉野郡の龍門寺で修行し、神通飛行の術を会得しました。龍門岳から葛城山へと空を飛ぶ日々を送っていましたが、ある日、吉野川の岸辺で洗濯をしている若い女性の白いふくらはぎに目を奪われ、たちまち神通力を失って地上に墜落してしまいます。
久米はその女性を妻として俗人として暮らすことになりました。後に、天皇が高市郡(現在の橿原市付近)に新しい都を造営する際、久米も人夫として駆り出されます。周囲から「仙人、仙人」と呼ばれていることを知った役人から「元は仙人なら、この材木を飛ばして運べないか」とからかわれた久米は、七日七晩祈り続けました。八日目の朝、ついに神通力を回復し、吉野の山から材木を空中に飛ばして都へと運んだのです。
感激した天皇は久米に免田三十町を与え、久米はこの地に寺を建立しました。これが久米寺の縁起とされています。この物語は、煩悩に負けた者でも真摯な祈りによって再び力を取り戻せるという、真言密教の教えを象徴的に表しているとも解釈されています。
真言宗発祥の地としての久米寺
久米寺は「真言宗発祥の地」として、日本仏教史上極めて重要な位置を占めています。弘法大師・空海(774〜835年)がまだ若き僧侶であった頃、この寺の塔に納められていた『大日経』を発見したのです。
この経典との出会いが空海の運命を変えました。「これこそがすみやかに仏となる教えである」と悟った空海は、密教の奥義を学ぶために唐へ渡ることを決意します。長安で恵果阿闘梨から密教の正統な伝承を受け継ぎ、日本に真言宗を開いたのです。久米寺での『大日経』発見がなければ、日本の仏教史は大きく異なるものになっていたかもしれません。
寺の創建については諸説あり、推古天皇2年(594年)に聖徳太子の弟・来目皇子が眼病平癒の御礼として建立したという伝承もあります。本尊の薬師如来は、今も眼病にご利益があるとして信仰を集めています。
多宝塔の見どころ
久米寺多宝塔を訪れる際には、以下のポイントに注目してみてください。
まず、塔全体のプロポーションの美しさです。下層の方形部分から上層の円形部分へと優美に移行する姿は、多宝塔建築の理想形とされています。また、禅宗様の細部意匠にも目を向けてみましょう。特に木鼻の彫刻や頭貫の造形には、京都の職人技術の粋が込められています。
塔の周囲に残る奈良時代の巨大な礎石群も見逃せません。現在の多宝塔と比較することで、かつてこの地にあった七重塔の壮大なスケールを想像することができます。
境内の見どころと季節の魅力
久米寺の境内には、多宝塔以外にも見どころが点在しています。金堂には久米仙人が自らの毛髪と歯を埋め込んで作ったと伝えられる「久米仙人肉付像」が祀られており、その独特な風貌は訪れる人々に強い印象を与えます。
季節の花も久米寺の大きな魅力です。特に6月のあじさい園は見事で、色とりどりの紫陽花と歴史的な堂塔が織りなす風景は、日本的な美を体現しています。毎年6月第3日曜日には「あじさい祈願」が行われ、多くの参拝者で賑わいます。また、5月3日の練供養も寺の重要な年中行事です。
周辺の観光スポット
久米寺は、橿原・飛鳥エリアの観光拠点として理想的な立地にあります。
徒歩数分の場所にある橿原神宮は、初代天皇・神武天皇を祀る由緒正しい神社です。広大な神域は約50万平方メートルに及び、背後には大和三山の一つ・畝傍山がそびえています。畝傍山は標高199.2メートルで、約30分で山頂まで登ることができ、古代からの景観を楽しめます。
また、橿原神宮前駅からはバスで飛鳥エリアへもアクセスでき、石舞台古墳、飛鳥寺(日本最古の本格的仏教寺院)、高松塚古墳など、古代日本の歴史を体感できるスポットが点在しています。レンタサイクルを利用して、のんびりと飛鳥路を巡るのもおすすめです。
Q&A
- 久米寺多宝塔はなぜ京都から移築されたのですか?
- 久米寺にあった元の塔は慶安年間(1648〜1652年)に雷火で焼失しました。その後、京都の仁和寺から現在の多宝塔が移築されました。昭和60年(1985年)の解体修理の際に、部材から移築を裏付ける番付が発見されています。
- この多宝塔が重要文化財に指定された理由は何ですか?
- 江戸時代初期の多宝塔建築として、全体の均衡がよく、材料・工法ともに優秀な「正統派の建築」であることが評価されました。禅宗様の細部意匠が濃厚で、当初材がよく保持されており、京都風の穏やかな手法を今に伝えている点も重要です。
- 久米仙人とはどのような人物ですか?
- 久米仙人は『今昔物語集』『徒然草』などに登場する伝説上の人物です。飛行の術を会得しましたが、女性のふくらはぎに見とれて墜落。後に神通力を回復して材木を空中輸送した功績により、天皇から免田を賜り、久米寺を建立したと伝えられています。
- 久米寺と真言宗の関係を教えてください
- 久米寺は「真言宗発祥の地」と呼ばれています。弘法大師・空海がこの寺の塔で『大日経』を発見し、それがきっかけで唐へ渡り密教を学ぶことを決意しました。この出来事が日本における真言宗成立の端緒となったのです。
- 久米寺を訪れるのに最適な季節はいつですか?
- 6月のあじさいの季節が特におすすめです。境内のあじさい園が見頃を迎え、毎年6月第3日曜日には「あじさい祈願」も行われます。また、春や秋も気候がよく、歴史的建造物の鑑賞に適しています。
基本情報
| 名称 | 久米寺多宝塔(くめでらたほうとう) |
|---|---|
| 文化財指定 | 重要文化財(昭和51年5月20日指定) |
| 建築年代 | 江戸時代初期(1615〜1660年頃) |
| 建築様式 | 三間多宝塔、とち葺(栩葺) |
| 高さ | 約14.5メートル |
| 所在地 | 奈良県橿原市久米町502 |
| 所有者 | 久米寺(真言宗御室派別格本山) |
| 拝観時間 | 9:00〜17:00(受付16:30終了) |
| 拝観料 | 本堂拝観 400円(小学生100円) |
| アクセス | 近鉄橿原神宮前駅より徒歩約5分 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| 主な年中行事 | 練供養(5月3日)、あじさい祈願(6月第3日曜日) |
参考文献
- 久米寺多宝塔|橿原市公式ホームページ
- https://www.city.kashihara.nara.jp/soshiki/1058/gyomu/3/4/3654.html
- 文化遺産データベース - 久米寺多宝塔
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/123424
- 久米寺|奈良県観光公式サイト あをによし なら旅ネット
- http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/01shaji/02tera/03east_area/kumedera/
- 久米仙人 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/久米仙人
- 久米寺 | 西国四十九薬師霊場会
- https://yakushi49.jp/07kumedera/
- 橿原神宮|奈良県観光公式サイト
- http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/01shaji/01jinja/03east_area/kashiharajingu/
最終更新日: 2026.01.29
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