額田部窯跡:奈良に眠る鎌倉時代の隠れた宝
奈良県大和郡山市の静かな田園風景の中に、日本の中世考古学において極めて重要な遺跡が眠っています。それが「額田部窯跡(ぬかたべかまあと)」です。国史跡に指定されているこの遺跡は、聖徳太子ゆかりの古刹を再興するために瓦を焼いた、鎌倉時代の職人たちの技術と信仰心を今に伝える貴重な文化遺産です。
発見の経緯と歴史的意義
昭和3年(1928年)、用水池を掘削していた作業員たちが、地下わずか30センチほどの場所で驚くべき発見をしました。東西に並ぶ3基の瓦窯が姿を現したのです。約700年もの間土中に埋もれていたにもかかわらず、窯の構造は驚くほどよく保存されていました。窯内から出土した瓦片により鎌倉時代の遺構であることが確認され、翌昭和4年(1929年)4月2日、国の史跡に指定されました。
この発見が特に重要であったのは、その立地にあります。窯跡は、重要文化財に指定されている額安寺五輪塔の西側わずか約30メートルの地点で見つかりました。この位置関係から、窯が中世における寺院の復興と直接結びついていることが明らかになったのです。
なぜ国史跡に指定されたのか
額田部窯跡が国史跡という高い評価を受けた理由は、いくつかあります。まず、中世日本の瓦製造技術を伝える貴重な現存例であるということです。これらの窯は「ロストル式平窯」と呼ばれる形式で、焼成室の床面に細長い堤(ロストル)を設けることで、熱が効率よく循環し、高品質な瓦を生産できる仕組みになっています。この精巧な設計は、鎌倉時代の職人たちの高度な技術力を示しています。
次に、これらの窯は13世紀に日本全土で展開された仏教復興運動の具体的な証拠であるということです。窯は、西大寺の高僧である叡尊とその弟子の忍性が主導した額安寺の復興のために建設されました。特に忍性は、社会福祉活動と古刹の復興に生涯を捧げた僧侶として知られ、その遺骨の一部は今も額安寺の五輪塔(重要文化財)に納められています。
技術の粋:ロストル式平窯
額田部の窯は「ロストル式平窯」と呼ばれる専門的な形式です。各窯は全長約1.5メートル、幅約1メートルと比較的小規模で、効率的な瓦生産のために設計されています。焼成室の床面には特徴的な細長い堤(ロストル)が設けられており、瓦を炎から少し浮かせた状態で置くことで、各瓦の下と周囲に熱風が均等に循環する仕組みになっています。
燃焼室は各窯の南側に位置し、焼成室の床面よりも一段低くなっています。この配置により自然な上昇気流が生まれ、炎がロストルの隙間を通って瓦の周りを巡り、上部から排出されます。このような精密な設計により、耐久性の高い高品質な瓦を焼くために必要な安定した焼成温度を確保することができたのです。
額安寺との深い関わり
額田部窯跡の歴史は、額安寺(かくあんじ)と切り離して語ることはできません。寺伝によれば、額安寺は聖徳太子が学問道場として開いた熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)の跡地に建てられたとされています。この寺は当地の有力豪族であった額田部氏の氏寺として創建され、奈良時代には大いに栄えました。
しかし平安時代になると寺勢は衰え、鎌倉時代後期になってようやく叡尊とその弟子の忍性によって復興されました。忍性は建保5年(1217年)に生まれ、仏道修行と慈善活動の両方に身を捧げた僧侶で、後醍醐天皇から「菩薩」の号を追贈されています。嘉元元年(1303年)に忍性が亡くなると、その遺骨は鎌倉の極楽寺、生駒の竹林寺、そして大和郡山の額安寺の3か所に分骨されました。
額田部の窯は、まさにこの復興のために必要な瓦を生産したのです。ここに、中世の仏教復興と伝統的な職人技術との具体的なつながりを見ることができます。
現在の額田部窯跡
現在、3基の窯のうち最も保存状態の良い西端の窯が覆屋(おおいや)の下で保護されており、事前に市の文化財担当課に連絡すれば見学することができます。残りの2基は、発掘調査後に保存のため埋め戻されています。
見学には、大和郡山市まちづくり戦略課への事前連絡が必要です。覆屋は通常施錠されていますが、このような慎重な管理によって、繊細な考古学的遺構を将来の世代に伝えながら、関心のある訪問者にこの貴重な歴史遺産を体験してもらうことが可能になっています。
窯跡は田園地帯の静かな環境の中にあり、周囲には水田や伝統的な農家が広がっています。窯から立ち上る煙とともに職人たちが額安寺の堂宇のための瓦を焼いていた何世紀も前の光景に思いを馳せることができる、穏やかな雰囲気が漂っています。
周辺の見どころ
額田部窯跡への訪問は、大和郡山エリアの他の文化・歴史スポットと組み合わせるとより充実したものになります。
- 額安寺:窯跡の東側わずか30メートルに位置し、重要文化財の仏像や忍性の遺骨を納めた五輪塔があります。
- 史跡郡山城跡:国の史跡であり、日本さくら名所100選にも選ばれています。豊臣秀長が築いた城の復元された追手門や櫓を見ることができます。
- 法隆寺:近隣の斑鳩町にあるユネスコ世界遺産。世界最古の木造建築群として世界的に有名です。
- 金魚のまち:大和郡山は「金魚とお城のまち」として知られ、日本の金魚の約6割を生産しています。郡山金魚資料館では珍しい品種を見ることができます。
- 慈光院:大和平野を一望できる借景庭園で知られる禅寺。静かな雰囲気の中でお抹茶をいただけます。
訪問のポイント
額田部窯跡は、日本の中世の歴史に触れる貴重な機会を提供してくれますが、訪問には少し計画が必要です。遺跡は保存のため施錠されているので、見学を希望される方は事前に市役所に連絡してください。周辺は主に住宅地と農地で、観光施設は限られていますので、飲み物や軽食を持参されることをお勧めします。
訪問に最適な時期は、歩きやすい春や秋です。窯跡の歴史的意義をより深く理解するために、近くの額安寺と合わせて訪問されることをお勧めします。額安寺では拝観料が必要ですが、静かな雰囲気の中で心を落ち着けることができます。
Q&A
- 額田部窯跡とはどのような遺跡ですか?
- 額田部窯跡は、奈良県大和郡山市にある国史跡です。鎌倉時代(13世紀)に近くの額安寺の復興のために瓦を焼いた3基の窯跡で構成されています。1基は覆屋の下で保存され、残りの2基は地下に埋め戻されています。
- 自由に見学できますか?
- 遺跡は保存のため通常施錠されています。見学を希望される方は、事前に大和郡山市まちづくり戦略課にご連絡ください。電話番号:0743-53-1151(内線733)
- 額田部窯跡へのアクセス方法は?
- 近鉄橿原線の平端駅から徒歩約15分です。専用駐車場はありませんので、公共交通機関のご利用をお勧めします。
- 入場料はかかりますか?
- 窯跡の見学自体は無料です。ただし、近くの額安寺は拝観料(大人約400円)が必要です。
- 「ロストル式平窯」とは何ですか?
- ロストル式平窯とは、焼成室の床面に細長い堤(ロストル)を設けた窯の形式です。これらの堤の上に瓦を置くことで、熱が瓦の下と周囲に均等に循環し、品質の高い瓦を焼くことができます。中世日本の瓦生産によく使われた技術です。
基本情報
| 名称 | 額田部窯跡(ぬかたべかまあと) |
|---|---|
| 指定 | 国史跡(昭和4年4月2日指定) |
| 時代 | 鎌倉時代(13世紀) |
| 形式 | ロストル式平窯 |
| 規模 | 全長約1.5m × 幅約1m(各窯) |
| 所在地 | 奈良県大和郡山市額田部北町 |
| アクセス | 近鉄橿原線 平端駅より徒歩約15分 |
| 駐車場 | なし |
| 見学料 | 無料(要事前予約) |
| お問い合わせ | 大和郡山市まちづくり戦略課 文化財保存活用係 電話:0743-53-1151(内線733) FAX:0743-53-1049 |
参考文献
- 額田部窯跡|金魚とお城のまち やまとこおりやま(大和郡山市観光協会)
- https://www.yk-kankou.jp/spotDetail41.html
- 額田部窯跡|国土交通省近畿地方整備局 大和川河川事務所
- https://www.kkr.mlit.go.jp/yamato/river/past/guidemap/historic/historic_06.html
- 国35 額田部窯跡|大和郡山市
- https://www.city.yamatokoriyama.lg.jp/soshiki/machidukuri_senryaku/rekishi_bunkazai/bunkazai101/j_bunkazai/shiseki/1811.html
- 額田部窯跡 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/額田部窯跡
- 額安寺 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/額安寺
- 忍性 - 奈良国立博物館
- https://www.narahaku.go.jp/exhibition/special/201607_ninshou/
最終更新日: 2026.01.14
近隣の国宝・重要文化財
- 額安寺五輪塔
- 奈良県大和郡山市額田部寺町
- 中家住宅(奈良県生駒郡安堵村)
- 奈良県生駒郡安堵町大字窪田133番地
- 五輪塔覆堂
- 奈良県大和郡山市長安寺町463番地
- 荘司家住宅米蔵
- 奈良県生駒郡安堵町大字西安堵810-1
- 荘司家住宅新座敷及び稲納屋
- 奈良県生駒郡安堵町大字西安堵790
- 荘司家住宅土蔵
- 奈良県生駒郡安堵町大字西安堵790
- 荘司家住宅別座敷
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