1帳の刺繡 ― 1952年に国宝
天寿国繡帳残闕は、奈良県の中宮寺が所有する飛鳥時代の工芸品で、1952年(昭和27年)3月29日に重要文化財となり、同じ1952年3月29日に国宝に指定された。員数は1帳である。
重要文化財と国宝が同じ日である。ここまで扱ったなかで、二段階が同日になるのはこれが初めてになる。
寸法は縦88.8センチメートル、横82.7センチメートルとされる。文化庁データベースの所在地の欄は空で、宝相華蒔絵経箱、赤絲威鎧に続いて3件目になる。
飛鳥のものと、鎌倉の写しが混ざっている
天寿国繡帳残闕は、一つの額のなかに時代の違う布が入っている。
文化庁は、下地裂や刺繡の差違は、鎌倉時代に朽損がひどかったため、新たに写して製作したことによる、と記す。
飛鳥時代の部分と、鎌倉時代に作り直された部分が同居している。下地の布も刺繡も、そのために違いが生じている。
評価も部分に限られる。紫羅地部分の刺繡は伝存最古の刺繡として極めて貴重である、とある。
最古とされるのは紫羅地の部分だけである。全体ではない。
崇福寺大雄宝殿では、初重と上の重で様式と年代が分かれていた。あれは上下で分かれる。本件は、一枚の額のなかで飛鳥と鎌倉が並んでいる。
並べてあるが、図がつながらない
天寿国繡帳残闕の額装のされ方についても記される。
紫羅、紫綾、白平絹の三種裂を下地裂として刺繡した断片を集め額装とする、とある。
続けて、上中下の三段に分かれ、各段を左右に二分しているが、下地裂を混用し、図様も連続しない、と記される。
三段に分け、左右に分けて並べてある。しかし布の種類が混ざっており、図もつながらない。
元の姿についても、現存する断片からは当初の大きさ、構図を推察することは困難である、とある。
もとは繡帷二帳が作られ、その一部が残ったとされる。二帳のうちどれだけが残ったかは分からない。分からないことが、そのまま書かれている。
糸の撚りの向きまで記録される
天寿国繡帳残闕では、刺繡の技法が布ごとに書き分けられる。
紫羅地に施した刺繡は、Z撚りの糸で返し繡、運針はほぼ平行線状に行う、とある。
紫綾地の刺繡は、甘いS撚りの糸で輪郭は返し繡と駒刺し、平面は平繡、刺し繡、繧げん繡が見られる、と続く。
撚りの向きがZとSで書き分けられている。糸をどちら回りに撚ったかまで記録されていることになる。
薙刀〈銘備前国長船住人長光造〉では目釘孔が3、赤絲威鎧では兜の星が24行と数えられていた。数の記録である。
本件は、向きの記録になる。撚りの違いが、飛鳥と鎌倉を分ける手がかりにもなっている。
鑑賞
所有は中宮寺である。寺が保管する刺繡であり、常設で公開される性格のものではない。紙や布に施されたものは光に弱く、公開期間が限られる。
図の内容も細かい。紫羅地には窄袖の異衣に褌の男子と裾広の褶の男子、衣裳の上に於須比をつけた女子、鳳凰、月兎、「部間人公」の文字のある亀形を表し、とある。
亀の形のなかに文字が入っている。紫綾地には「干時多至」「利令者椋」の文字のある亀形二個がある、とされる。
白平絹地には鴟尾をのせた入母屋造りの鐘楼と鐘を撞く僧、仏殿楼閣と男女、読経僧、仏像四躯を表す、とある。建物と人が刺繡されている。
残存部分に見られる図様は飛鳥時代の服飾の様相を示す、とも記される。展示の予定は変わることがあるため、訪問前に確認したい。
Q&A
- 天寿国繡帳残闕はいつ指定されましたか。
- 1952年(昭和27年)3月29日に重要文化財となり、同じ日に国宝へも指定されました。二段階が同じ日になる例です。員数は1帳、所有は中宮寺です。
- すべて飛鳥時代のものですか。
- 違います。文化庁は「下地裂や刺繡の差違は、鎌倉時代に朽損がひどかったため、新たに写して製作したことによる」と記します。飛鳥の部分と鎌倉の写しが同居しています。
- どのように額装されているのですか。
- 文化庁は「上中下の三段に分かれ、各段を左右に二分しているが、下地裂を混用し、図様も連続しない」と記します。並べてありますが、布の種類が混ざり図もつながりません。
- 元はどのような大きさだったのですか。
- 分かりません。文化庁は「現存する断片からは当初の大きさ、構図を推察することは困難である」と記します。もとは繡帷二帳が作られ、その一部が残ったとされます。
- 何が評価されているのですか。
- 文化庁は「紫羅地部分の刺繡は伝存最古の刺繡として極めて貴重である」と記します。最古とされるのは紫羅地の部分で、全体ではありません。
基本情報
| 名称 | 天寿国繡帳残闕(てんじゅこくしゅうちょうざんけつ) |
|---|---|
| 所在地 | 文化庁データベースの所在地の欄は空。所有者は中宮寺とされる |
| 指定区分 | 国宝(工芸品)/重要文化財と国宝が同じ日 |
| 指定年 | 1952年(昭和27年)3月29日 重要文化財および国宝 |
| 員数 | 1帳 |
| 寸法 | 縦88.8センチメートル、横82.7センチメートル。紫羅・紫綾・白平絹の3種の下地裂に刺繡した断片を集めて額装とする。上中下の3段に分かれ各段を左右に二分するが、図様は連続しない。鎌倉時代に写して作り直された部分を含む。時代は飛鳥 |
| 所有者 | 中宮寺 |
| 公開状況 | 寺が保管する刺繡で、常設の公開ではない。布に施されたものは光に弱く、公開期間が限られる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 天寿国繡帳残闕
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/197390
- 中宮寺 公式サイト
- https://www.chuguji.jp/
- 奈良国立博物館
- https://www.narahaku.go.jp/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.06