平林城跡:中世の息吹が残る越後の名城

新潟県村上市に位置する平林城跡は、中世日本の城郭遺構が極めて良好な状態で残る貴重な史跡です。昭和53年(1978年)に国の史跡に指定されたこの城跡は、室町時代から安土桃山時代にかけて北越後の有力な国人領主・色部氏の居城として栄えました。慶長3年(1598年)の廃城以降、大規模な土地の改変が行われなかったため、土塁や空堀などの中世遺構がそのままの姿で今に伝えられています。山麓の居館跡と背後にそびえる要害山の山城が一体となった壮大な城郭は、戦国時代の地方領主の暮らしと戦いの実像を鮮やかに物語っています。

色部氏の歴史:鎌倉から越後へ

平林城の歴史は、色部氏の歩みと深く結びついています。色部氏はもともと鎌倉に住んでいましたが、13世紀後半(鎌倉時代)、為長の子・公長が越後に移り住んだと考えられています。彼らは小泉荘加納の地頭として、色部条・牛屋条および日本海上の粟島を支配し、やがて色部氏を名乗るようになりました。

平林城の起源は南北朝時代に遡ります。もともと南朝方の平林氏の城でしたが、北朝方の色部氏がこれを攻め滅ぼし、以後代々の居城としました。15世紀末(戦国時代)には、平林城が色部氏の本拠地として確立されていたと考えられています。

戦国時代には、色部氏は複雑な政治情勢の中で巧みに立ち回りました。永正5年(1508年)の永正の乱では、城主・色部昌長は越後守護上杉房能に従い守護代長尾為景と対立しましたが、中条氏らに攻められて落城し、長尾方に降伏しました。その後、長尾氏が上杉の名跡を継ぐと、色部氏は重臣として遇されます。慶長3年(1598年)、上杉景勝が会津に移封されると、色部氏も米沢に1万石を与えられて越後を離れ、平林城は廃城となりました。

国指定史跡としての価値

平林城跡は昭和53年9月18日に国の史跡に指定されました。その最大の価値は、遺構の保存状態の良さにあります。16世紀末の廃城以降、城域に大きな土地改変が加えられなかったため、中世の土塁・空堀・虎口などの遺構が当時の姿を良好にとどめています。

鎌倉時代の地頭の居館を起源とし、山城と居館が一体となった「根小屋式」城郭の典型として、日本中世史を理解する上で極めて重要な資料を提供する遺跡です。文禄4年(1595年)の上杉景勝の領内検地に基づく慶長2年(1597年)の「越後国瀬波郡絵図」には、廃城間近の平林城の姿が描かれており、塀を巡らせた居館と櫓門の様子がうかがえます。

見どころと散策ガイド

居館跡:壮大な土の城

要害山の西北麓に広がる居館跡は、平林城の中で最もアクセスしやすく、見応えのあるエリアです。東西約300メートル、南北約200メートルにおよぶ広大な敷地は、大きく三つの郭に分かれています。

西南の最大の郭は「岩館」(いわたて)と呼ばれ、東西に細長い長方形の形状をしています。東に進むと「殿堀」(とのぼり)と呼ばれる見事な空堀があり、昭和49年の発掘調査ではここに架けられていた木橋の橋脚が発見されました。この堀を越えた先にあるのが「殿屋敷」(とのやしき)と呼ばれる城の最奥部、城主の居住エリアです。

現在も村上市教育委員会による発掘調査が続けられており、門の礎石や排水溝など、当時の生活を物語る遺構が次々と発見されています。

要害山:戦時の山城

標高281メートルの要害山(古名:加護山)は、平時の居館とは対照的に、戦時の緊急避難先として機能した山城です。居館跡から山頂まで約1.7キロメートルの道のりがあり、途中には水場や「物見山」(見張り台)、「のろし山」(狼煙台)などの重要拠点が残っています。

山頂は二段に削平され、東側の尾根には二箇所の堀切が確認されています。天気の良い日には山頂から佐渡島や粟島、新潟平野を一望できる素晴らしい眺望が広がります。

※近年、登山道の一部に崩落が発生し、入山禁止となっている場合があります。事前に村上市教育委員会(電話:0254-53-7511)にお問い合わせいただくか、現地の掲示をご確認ください。

お休み処と駐車場

駐車場に隣接して「平林城お休み処」があり、清潔なトイレと城の歴史に関する展示パネルが設置されています。縄張図が掲載された無料パンフレットも用意されていますので、散策前にぜひお立ち寄りください。

四季の楽しみ

平林城跡は四季折々に異なる表情を見せます。春は新緑に包まれた土塁と空堀が美しく、周囲の田園風景とあいまって穏やかな景観が楽しめます。夏は要害山へのハイキングに最適ですが、十分な水分を持参してください。秋には紅葉が古の土塁を鮮やかに彩り、写真撮影にも最適な季節です。冬季(12月~3月上旬)はお休み処と駐車場が閉鎖されますのでご注意ください。

周辺情報

平林城跡は、歴史と食文化に恵まれた村上市の中にあり、周辺には魅力的な観光スポットが数多くあります。

  • 村上城跡(約9km)— 標高135メートルの臥牛山に築かれた近世城郭。石垣が見事で、山頂からの眺望も素晴らしい。城下町には伝統的な町屋が数多く残り、散策も楽しめます。
  • 瀬波温泉(車で約15分)— 日本海に面した温泉地で、海に沈む夕日を眺めながら入浴できることで知られています。明治37年開湯の歴史ある名湯です。
  • 村上の鮭文化 — 村上市は「鮭のまち」として有名です。秋には三面川を遡上する鮭の姿が見られ、「きっかわ」などの老舗では天井から吊るされた塩引き鮭の壮観な光景を楽しめます。
  • おしゃぎり会館 — 村上大祭で曳き回される豪華な山車「おしゃぎり」を常時展示。刀剣や甲冑など村上ゆかりの武具も鑑賞できます。

Q&A

Q平林城跡の入場料はかかりますか?
A入場は無料です。年間を通じて自由に見学できますが、お休み処と駐車場は冬季(12月~3月上旬)に閉鎖されます。
Q見学にどのくらい時間がかかりますか?
A居館跡のみの見学で約40分~1時間程度です。要害山の山頂まで登る場合はさらに往復約1時間が必要です。両方を合わせると約2時間が目安となります。
Q要害山には登れますか?
A近年、登山道の一部に崩落被害が発生しており、入山禁止となっている場合があります。訪問前に村上市教育委員会(電話:0254-53-7511)にご確認いただくか、現地の掲示をご確認ください。登れる場合は、しっかりした靴と熊鈴の携帯をおすすめします。
Q駐車場はありますか?
A無料駐車場があります(普通車13台、軽自動車2台、障害者用1台)。隣接するお休み処にはトイレと展示施設が併設されています。
Q公共交通機関でのアクセス方法は?
A最寄り駅はJR羽越本線・平林駅で、駅から徒歩約20分です。車の場合は、日本海東北自動車道「神林岩船港IC」から約10分、「荒川胎内IC」から約15分です。

基本情報

名称 平林城跡(ひらばやしじょうあと)
別名 加護山城、平林館、色部氏居館
指定区分 国指定史跡(昭和53年9月18日指定)
所在地 新潟県村上市葛篭山578番地ほか
城郭形式 根小屋式山城(山城+居館の複合城郭)
使用期間 14世紀(南北朝時代)~ 慶長3年(1598年)
城主 色部氏(鎌倉時代より代々)
標高(山城部分) 281m(要害山)
入場料 無料
お休み処開館時間 8:30~17:00(冬季12月~3月上旬は閉鎖)
駐車場 無料(普通車13台、軽自動車2台、障害者用1台)
アクセス JR羽越本線 平林駅より徒歩約20分/日本海東北自動車道 神林岩船港ICより車で約10分
管理団体 村上市
問い合わせ 村上市教育委員会 生涯学習課 文化行政推進室 電話:0254-53-7511

参考文献

国指定史跡 平林城跡 — 村上市公式ウェブサイト
https://www.city.murakami.lg.jp/soshiki/80/shiseki-hirabayashi.html
平林城跡 — 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/161038
【村上】国指定史跡「平林城跡」を訪れてみませんか — 新潟県ホームページ
https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/murakami_kikaku/1338757242558.html
平林城 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%9E%97%E5%9F%8E
平林城の見所と写真 — 攻城団
https://kojodan.jp/castle/694/
平林城跡 — 新潟文化物語
https://n-story.jp/localculture/%E5%B9%B3%E6%9E%97%E5%9F%8E%E8%B7%A1/

最終更新日: 2026.03.02

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