天平宝字6年の墓誌 ― 1952年に国宝

金銅石川年足墓誌は、大阪市中央区大手前の大阪歴史博物館が保管する奈良時代の金銅製墓誌で、1952年(昭和27年)3月29日に国宝に指定された。それに先立つ1911年(明治44年)4月17日には重要文化財となっている。員数は1面、種別は考古資料、指定番号は00003。読みは「こんどういしかわとしたりぼし」である。

文化庁のト書は次のとおりである。天平宝字六年十二月二十八日葬于摂津国嶋上郡白髪郷酒垂山墓在銘、大阪府高槻市大字真上出土。天平宝字6年は762年にあたり、年代欄と西暦欄はいずれも762である。

解説文は「奈良時代の資料。」の一行のみである。指定番号00003という若い番号は、考古資料としてごく早い時期の指定であることを示す。

銘文が記す系譜と官職

この墓誌の銘文は、被葬者の系譜を遡って記す。

武内宿祢命の子である宗我石川宿祢命の十世の孫、三位行左大弁石川石足朝臣の長子、御史大夫正三位兼行神祇伯の年足朝臣。始祖から父、そして本人へと、三段階で位置づけている。

没年と享年も記される。天平宝字6年壬寅の九月に、京の宅で薨じた。春秋七十有五、すなわち75歳であった。没した月と葬った月が別に記されている点も特徴で、九月に没し、十二月に葬られている。

葬地は摂津国嶋上郡白髪郷酒垂山である。出土地の大阪府高槻市真上は、この酒垂山にあたる。銘文に記された葬地から、実際にその場所で見つかったことになる。

銘文の末尾は追悼の句で結ばれる。儀形百代、冠蓋千年。夜台荒寂、松柏煙を含む。嗚呼哀哉。官職の記録に続けて、詩的な哀悼の語が置かれている。

寸法と材質

東京国立博物館が所蔵する模造品の記録によれば、原品は金銅製で、縦29.6センチメートル、横10.4センチメートル、厚さ0.3センチメートルである。

縦横比がおよそ3対1の細長い板である。厚さは3ミリで、板というより薄い金属片に近い。この面に銘文が刻まれている。

金銅は銅に金鍍金を施したものをいう。銅板に文字を刻み、金を鍍金する。朽ちにくい材に、装飾を兼ねた仕上げを加えている。

墓誌は被葬者の経歴を記して墓に納める板である。銅製船氏王後墓誌(668年)が銅板であるのに対し、こちらは金銅である。同じ墓誌でも材の仕立てに違いがある。

模造品が別に伝わる

この墓誌には模造品があり、東京国立博物館が所蔵している。

模造品の記録は「原品:大阪府高槻市 真上出土」「原品:奈良時代・天平宝字6年(762)」と、原品の情報を併記する。国宝は原品であり、模造品は指定の対象ではない。

資料を参照する際、文化遺産オンラインで「石川年足墓誌」を検索すると模造品の記録が先に出ることがある。原品は大阪歴史博物館、模造品は東京国立博物館である。所在地で見分けたい。

模造品の記録には銘文の全文が翻刻されており、原品の記録より詳しい。用途に応じて使い分けることになる。

鑑賞

金銅石川年足墓誌は大阪歴史博物館が保管する。常設展示とは限らず、展示の有無と時期は博物館の予定による。

開館時間と観覧料は変更されることがあるため、訪問前に博物館の案内で確認したい。実物を目当てにする場合は、出陳の有無を必ず確かめたい。

出土地の高槻市真上は大阪府にあり、博物館と同じ府内である。前件の銅板法華経や銅製船氏王後墓誌が出土地と保管地で府県をまたぐのに対し、こちらは同一府内にとどまる。

大阪歴史博物館へは、大阪メトロ谷町線・中央線の谷町四丁目駅から徒歩約2分である。

Q&A

Q金銅石川年足墓誌はいつ国宝に指定されましたか。
A1952年(昭和27年)3月29日です。それに先立つ1911年(明治44年)4月17日に重要文化財となっています。員数は1面、種別は考古資料、指定番号は00003。年代は天平宝字6年、762年にあたります。
Q銘文には何が書かれていますか。
A武内宿祢命の子である宗我石川宿祢命の十世の孫、三位行左大弁石川石足朝臣の長子、御史大夫正三位兼行神祇伯の年足朝臣と、始祖から父、本人へと三段階で位置づけます。九月に京の宅で薨じ、享年75、十二月に摂津国嶋上郡白髪郷酒垂山に葬ったことも記されます。
Qどこから出土したのですか。
A文化庁のト書は「大阪府高槻市大字真上出土」と記します。銘文に葬地として記された摂津国嶋上郡白髪郷酒垂山が、この真上にあたります。銘文に記された葬地から実際に見つかったことになります。
Q寸法はどのくらいですか。
A東京国立博物館が所蔵する模造品の記録によれば、原品は金銅製で縦29.6センチメートル、横10.4センチメートル、厚さ0.3センチメートルです。縦横比がおよそ3対1の細長い板で、厚さは3ミリしかありません。
Q模造品があると聞きました。
A東京国立博物館が所蔵しています。国宝は原品であり、模造品は指定の対象ではありません。文化遺産オンラインで検索すると模造品の記録が先に出ることがあるため、原品は大阪歴史博物館、模造品は東京国立博物館と所在地で見分けてください。

基本情報

名称金銅石川年足墓誌(こんどういしかわとしたりぼし)
所在地大阪府大阪市中央区大手前4-1-32 大阪歴史博物館
指定区分国宝(考古資料)/指定番号00003
指定年1911年(明治44年)4月17日 重要文化財/1952年(昭和27年)3月29日 国宝
員数1面
寸法金銅製、縦29.6センチメートル、横10.4センチメートル、厚さ0.3センチメートル(東京国立博物館の模造品の記録による)。ト書は天平宝字六年十二月二十八日葬于摂津国嶋上郡白髪郷酒垂山墓在銘。大阪府高槻市大字真上出土
所有者大阪歴史博物館が保管
公開状況常設展示とは限らず、展示の有無と時期は博物館の予定による

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 金銅石川年足墓誌
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/835
文化遺産オンライン 模造 石川年足墓誌(東京国立博物館)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/496761
大阪歴史博物館 公式サイト
https://www.osakamushis.jp/
奈良国立博物館 収蔵品 石川年足墓誌
https://www.narahaku.go.jp/collection/1191-0.html

最終更新日: 2026.09.04