水底に沈むはずだった山里の宝

大阪府豊中市の服部緑地公園に佇む、壮大な茅葺きの3階建て民家。この合掌造りの建物は、かつて岐阜県大野郡白川村の大牧地区にあった古民家です。1956年(昭和31年)、ダム建設によって故郷が水没する運命にあったこの民家は、貴重な民俗文化財として大阪へ移築され、日本初の野外博物館の目玉として新たな生を受けました。豪雪地帯で培われた先人の知恵が詰まったこの建物は、今も訪れる人々に、日本の山村文化の奥深さを静かに語りかけています。

合掌造りとは何か

「合掌造り」という名称は、屋根を支える木材の組み方が、仏様を拝むときに合わせた両腕の形に似ていることに由来します。この独特の建築様式は、冬の積雪が4メートルを超えることも珍しくない、岐阜県と富山県の山間部で発展しました。

50度から60度という急勾配の屋根は、積もった雪を自然に滑り落とし、家屋の倒壊を防ぎます。茅葺きの屋根は断熱性に優れ、夏は涼しく冬は暖かい住環境を実現しました。そして何より特筆すべきは、この構造が生み出す広大な屋根裏空間です。2層から3層にも及ぶこの空間は、養蚕業の作業場として活用され、農地に恵まれなかった山村の人々の暮らしを支えました。

ダム建設と移築の物語

1956年(昭和31年)、白川村の大牧地区は大きな転換期を迎えていました。関西電力による鳩谷ダム(大牧ダムとも呼ばれる)の建設により、22戸の集落が水没することが決まったのです。何世代にもわたって山里の暮らしを営んできた人々は、先祖伝来の土地を離れることを余儀なくされました。

この危機の中、江戸時代後期に建てられたとされる大規模な合掌造り民家を救おうという動きが生まれました。建物は丁寧に解体され、一本一本の梁や柱が記録されながら、山を越えて大阪府豊中市へと運ばれました。そこで同年開館した日本民家集落博物館の中核をなす建物として再建され、「民家(白川の合掌造)」として新たな使命を担うこととなったのです。

この移築は単なる建物の保存にとどまりません。何世紀にもわたって培われてきた山村の暮らしと文化を、次世代へと伝える架け橋となったのです。

重要有形民俗文化財に指定された理由

1959年(昭和34年)5月6日、この民家は国の重要有形民俗文化財に指定されました。その背景には、いくつかの重要な要素があります。

第一に、その規模の大きさです。この民家は現存する合掌造りの中でも特に大規模なもので、3階建ての母屋に加え、水屋(ミンジャ)と便所(ヘンチャ)が付属しています。かつて白川郷では30人から40人もの大家族が一つ屋根の下で暮らす習慣があり、このような大型の民家が必要とされました。これは、わずかな農地が相続によって細分化されることを防ぐための知恵でもありました。

第二に、建築技術の完全な保存です。釘を一本も使わず、マンサクの若枝を水でしなやかにした「ネソ」と呼ばれる縄で部材を結束する伝統的な工法が、そのまま残されています。この柔構造により、地震や強風を受け流すことができます。

第三に、養蚕文化の記録としての価値です。2階・3階には蚕棚を設置していた痕跡が残り、囲炉裏の暖気を通す竹簀の床など、養蚕に適した工夫が随所に見られます。

建築の見どころ

この民家に近づくと、まずその堂々たる佇まいに圧倒されます。歳月を経て黒く煤けた茅葺き屋根は、3階近い高さから軒先まで一気に傾斜し、独特の威厳を醸し出しています。この民家は「切妻造り」と呼ばれる様式で、屋根の両端が本を開いて立てたような三角形になっているのが特徴です。入母屋造りや寄棟造りと比べて、屋根裏の空間を最大限に確保できる構造です。

1階は家族の生活空間でした。中央に設けられた「囲炉裏」が暖房・照明・調理の役割を担い、その煙が立ち上ることで木材や茅に煤がつき、防虫・防腐効果をもたらしました。この煙が建物を200年以上も守り続けてきたのです。

2階・3階は、この民家が住居であると同時に生産の場でもあったことを物語っています。風通しの良いこの空間で、桑の葉を食む蚕が育てられ、繭から絹糸が紡がれました。農業に適さない土地で暮らす人々にとって、養蚕は貴重な現金収入源でした。

母屋に隣接する水屋は食料の保存に、便所は日常生活に欠かせない施設として、当時の山村生活を余すところなく伝えています。

「結」の精神

合掌造りを理解するうえで欠かせないのが、「結(ゆい)」と呼ばれる相互扶助の精神です。茅葺き屋根は30年から40年ごとに葺き替えが必要で、数千束もの茅と何十人もの人手を要する大仕事です。この作業は集落全体が協力して行い、通常は一日で完了させました。

「結」の精神は屋根の葺き替えだけでなく、除雪作業や消火活動など、山村生活のあらゆる場面で発揮されました。この助け合いの文化は、建物そのものと同様に重要な遺産として認められ、1995年に白川郷と五箇山の合掌造り集落がユネスコ世界文化遺産に登録される決め手となりました。

日本民家集落博物館について

この合掌造り民家が保存されている日本民家集落博物館は、1956年(昭和31年)に開館した日本初の野外博物館です。服部緑地公園内の約36,000平方メートルの敷地に、北は岩手県の「南部の曲家」から南は鹿児島県の「奄美大島の高倉」まで、12棟の歴史的民家が移築・復元されています。

これらの建物はすべて17世紀から19世紀(江戸時代)に建てられ、昭和30年代まで実際に人々が生活を営んでいたものです。気候風土や入手可能な材料によって、同じ日本でもこれほど多様な建築様式が生まれたことに、訪れる人は驚きを禁じ得ません。

博物館では、民家の解説だけでなく、昔話を聞く会、お茶会、体験教室など、さまざまな催しが開催されています。

季節ごとの見どころと訪問のヒント

博物館は四季折々の表情を見せてくれます。春には梅や桜が茅葺き屋根を彩り、夏は蝉の声と深い緑が里山の風情を演出します。秋は最も写真映えする季節で、紅葉したモミジやイチョウと黒い茅葺き屋根のコントラストが見事です。冬には雪化粧した民家が、かつての山村の姿を彷彿とさせます。

ボランティアガイドによる解説も行われており、建物の歴史や当時の暮らしについて詳しく学ぶことができます。世界遺産・白川郷への旅行が難しい方にとって、大阪中心部から電車で30分ほどでアクセスできるこの博物館は、合掌造りの魅力を知る絶好の入り口となるでしょう。

周辺情報

日本民家集落博物館がある服部緑地公園は、大阪を代表する大規模な都市公園です。日本庭園、ウォーキングコース、季節の花々など、博物館と合わせて半日以上楽しめる充実した施設が揃っています。特に4月上旬の桜、11月中旬の紅葉の時期は、公園全体が美しく彩られます。

周辺には、インスタントラーメンの歴史を学べる池田市の「カップヌードルミュージアム 大阪池田」や、日本の滝百選に選ばれた「箕面大滝」へのハイキングコースがあります。万博記念公園では、岡本太郎氏の「太陽の塔」や広大な日本庭園を楽しむことができます。

Q&A

Q合掌造り民家の中に入ることはできますか?
Aはい、1階の囲炉裏のある生活空間は見学可能です。養蚕に使われていた2階・3階は、特定の日にガイドツアーで見学できる場合があります。保存のため公開が制限されることもありますので、詳しくは博物館にお問い合わせください。
Q外国語の案内はありますか?
A英語、中国語、韓国語のパンフレットが用意されています。主要な展示には外国語の案内板もあります。建物自体が雄弁に語りかけてくれるので、言葉の壁があっても十分に楽しめます。
Q白川郷との違いは何ですか?
A白川郷は100棟以上の合掌造りが現存する「生きた集落」で、実際に人々が暮らしています。一方、博物館では個々の建物をより間近で見学でき、詳しい解説を受けることができます。白川郷は観光客で混雑することもありますが、博物館はゆったりと見学できます。可能であれば両方を訪れることをお勧めします。
Q子ども連れでも楽しめますか?
Aもちろんです。さまざまな形の民家を探検しながら、昔の暮らしを想像するのは子どもたちにとって良い経験になります。広い敷地で走り回ることもでき、スタンプラリーも実施しています。体験教室などのイベントも定期的に開催されていますので、お出かけ前にホームページでご確認ください。
Q大阪市内からのアクセスは?
A大阪メトロ御堂筋線で江坂駅まで行き、北大阪急行に乗り換えて緑地公園駅で下車します。西口を出て服部緑地公園内を約15分歩くと博物館入口に到着します。梅田から約30分のアクセスです。

基本情報

名称 民家(白川の合掌造)
旧名称 旧大井家住宅
文化財指定 重要有形民俗文化財(1959年5月6日指定)
旧所在地 岐阜県大野郡白川村大牧地区
現所在地 〒561-0873 大阪府豊中市服部緑地1-2
建築年代 約200年前(江戸時代後期)
移築年 1956年(昭和31年)
構造 茅葺き3階建て、切妻造り、平入り
附属建物 水屋(ミンジャ)、便所(ヘンチャ)
管理団体 公益財団法人大阪府文化財センター
開館時間 9:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日 毎週月曜日(祝日の場合は翌日)、12月27日〜1月4日
入館料 大人500円/高校生300円/小・中学生200円
アクセス 北大阪急行「緑地公園」駅より徒歩約15分(大阪メトロ御堂筋線接続)
電話番号 06-6862-3137

参考文献

文化遺産オンライン - 民家(白川の合掌造)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/188662
日本民家集落博物館 公式サイト
https://www.occh.or.jp/minka/
服部緑地 - 日本民家集落博物館
https://hattori-ryokuchi.com/guide/musium/
Wikipedia - 日本民家集落博物館
https://ja.wikipedia.org/wiki/日本民家集落博物館
Wikipedia - 合掌造り
https://ja.wikipedia.org/wiki/合掌造り
大阪文化財ナビ - 日本民家集落博物館
https://osaka-bunkazainavi.org/bunkazai/日本民家集落博物館
Wikipedia - 鳩谷ダム
https://ja.wikipedia.org/wiki/鳩谷ダム
白川郷・五箇山の合掌造り集落世界遺産センター - 歴史・産業
https://whc-shirakawa-goandgokayama.jp/background/

最終更新日: 2026.01.28

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