樟徳館|材木商の夢が結実した、木への愛が息づく邸宅

近鉄長瀬駅から長瀬川沿いを北へ歩くこと約5分。閑静な住宅街の一角に、知る人ぞ知る名建築「樟徳館」は静かに佇んでいます。この建物は単なる歴史的建造物ではありません。材木商として生涯を捧げた一人の実業家が、その人生で培った木への深い愛情と卓越した審美眼を注ぎ込んだ、まさに「木の宮殿」とも呼ぶべき邸宅です。

京都の町家や奈良の古い邸宅とは異なり、樟徳館は海外からの観光客にはほとんど知られていません。しかし、伝統的な日本建築の技と昭和モダンの粋を極めた和洋折衷の美を堪能したい方にとって、この邸宅は関西随一の隠れた宝物と言えるでしょう。

森平蔵という人物|丁稚奉公から始まった立志伝

樟徳館の物語は、その創建者・森平蔵(1875-1960)の波乱に満ちた人生と切り離すことができません。兵庫県神東郡(現・神崎郡市川町)の農村に生まれた平蔵は、16歳で大阪・浪速区の材木商「朝田荷蔵商店」に見習い奉公に入りました。

主人の薫陶を受けながら木材の知識と商才を磨いた平蔵は、弱冠26歳で独立開業。その後、木材販売と植林業で成功を収め、さらに40歳で森平汽船会社を設立。第一次世界大戦による海運業の好況に乗り、巨万の富を築きました。

しかし、平蔵は単なる実業家ではありませんでした。「この財産を私物化するに忍びない」という信念のもと、1918年(大正7年)に私財を投じて樟蔭高等女学校(現・大阪樟蔭女子大学)を創立。女子教育の発展に生涯を捧げたのです。

そんな平蔵が65歳頃、妻との晩年を過ごすために建設を決意したのが樟徳館でした。構想から完成まで実に約7年。「関西最高の松普請」と称されるこの邸宅には、材木商として培った全ての知識と情熱が注ぎ込まれています。

登録有形文化財に選ばれた理由|「再現が容易でない」建築

2000年(平成12年)10月18日、樟徳館主屋は国の登録有形文化財として登録されました。登録理由は「造形の規範となり、再現が容易でないもの」。この一文に、樟徳館の真価が凝縮されています。

登録されているのは主屋だけではありません。土蔵、鎮守社、門、東塀、南塀の計6棟が、一体として文化財として認められています。では、何がこの建物を「再現困難」たらしめているのでしょうか。

第一に、使用されている木材の質と量です。主屋には三陸、木曽、吉野、日向という日本を代表する銘木の産地から取り寄せた原木が惜しげもなく使われています。主屋の構造材は松、仏間には杉や檜。そして応接室の天井には、一本のクスノキから切り出された巨大な一枚板が用いられています。現代では入手すら困難なこれらの銘木を、当時の平蔵は自ら産地に赴き、木取りまで行ったといいます。

第二に、建築にあたって全国から一流の棟梁が集められ、技術を競い合わせたという点です。この競争原理が、各所に見られる超絶技巧を生み出しました。

第三に、和洋折衷という設計思想の完成度です。外観は純和風の入母屋造でありながら、内部には西洋の意匠が巧みに取り入れられています。大正モダンの影響を受けたこの折衷様式は、日本が自信を持って西洋文化を咀嚼し、独自の表現に昇華させた稀有な時代の産物なのです。

見どころ|細部に宿る昭和モダンの美意識

玄関・応接室|材木商の美学が結集した空間

来訪者を最初に迎えるのは、堂々たる車寄せを備えた大玄関です。入母屋造の玄関を中央に、左手には平屋建ての応接間棟、右手には2階建ての居室棟がバランスよく配置されています。この左右非対称ながら調和のとれた構成は、日本建築の伝統美を体現しています。

応接室に足を踏み入れると、まず圧倒されるのが天井です。見上げれば、クスノキの一枚板が堂々と広がっています。この板を切り出すために必要だった原木の大きさを想像してみてください。壁面には西陣の綴れ織が張られ、曲線が優美な火灯(花頭)窓からは柔らかな光が差し込みます。ステンドグラスを通した色彩豊かな光が、この空間に神秘的な雰囲気を添えています。

洋風居間|職人技が光る床と調度品

邸内を進むと、西洋の美意識を取り入れた空間が現れます。洋風居間の床は幾何学模様の寄木張り。四隅には柿の木を用いた象嵌が施されており、さりげない装飾が訪れる人の目を楽しませます。

洋風居間から続く広縁の床材には、当時としては珍しいチーク材が使用されています。日光に強く、年を経るごとに色に深みを増すチークは、まさに「適材適所」。建築から90年近くを経た今、その床は美しい艶を放っています。

アールデコの息吹|照明と暖炉に見る時代の粋

樟徳館のいたるところに、アールデコの影響を受けた意匠が散りばめられています。食堂の幾何学的なペンダント照明、陶製タイルで装飾された暖炉、そして邸宅のために特注された家具類。これらの西洋的要素は、和の空間を圧倒することなく、むしろ洗練された対話を生み出しています。

この融合は、まさに「大正モダン」「昭和初期モダン」と呼ばれる時代の精神を体現したもの。日本が世界の文化を自信を持って取り入れ、独自の美意識へと昇華させた、あの短くも華やかな時代の息吹がここに息づいています。

私邸から学園へ|樟徳館の名に込められた想い

森平蔵は1960年(昭和35年)、85歳でその生涯を閉じました。私邸として21年間暮らしたこの邸宅は、平蔵の遺志により、彼が創立した樟蔭学園に寄贈されます。

「樟徳館」という名前は、このとき付けられたものです。「樟」は樟蔭学園の「樟」、そして「徳」は創立者の人徳を表しています。単なる建物の名前ではなく、教育に生涯を捧げた平蔵への敬意と感謝が込められた命名なのです。

近年、樟徳館はNHK連続テレビ小説のロケ地としても注目を集めています。「あさが来た」(2015-2016年)や「カーネーション」(2011-2012年)の撮影に使用され、多くの視聴者にその美しさを印象づけました。

一般公開情報|4年に一度の貴重な機会

樟徳館は4年に一度、オリンピックイヤーの11月第2土曜・日曜の2日間のみ一般公開されます。この希少性が、公開日には建築ファン、地域住民、全国からの来訪者で賑わう理由の一つとなっています。

直近の一般公開は2024年11月9日・10日に行われました。これは新型コロナウイルスの影響で2020年の公開が中止となったため、実に8年ぶりの開催でした。次回の一般公開は2028年秋の予定です。

公開日には「樟徳館の魅力」と題した解説会が各日2回(10:30〜、13:30〜)開催され、樟蔭学園監事による詳しい説明を聞くことができます。建物の歴史や建築的特徴を深く理解するために、ぜひ参加されることをおすすめします。

アクセス|大阪から気軽に訪れる方法

樟徳館へは、近鉄大阪線「長瀬」駅から徒歩約5分。駅を出たら長瀬川沿いを北へ進みます。近鉄奈良線「河内小阪」駅からは長瀬川沿いを南へ徒歩約20分です。

大阪・難波からは近鉄大阪線で長瀬駅まで約15分(普通列車利用)。大阪上本町駅からは約10分です。

なお、駐車場はありませんので、公共交通機関をご利用ください。また、歴史的建造物の床材保護のため、ヒール等かかとのある靴でのご来場はご遠慮いただいています。

周辺情報|長瀬エリアの魅力

樟徳館を訪れた際には、周辺の見どころも合わせてお楽しみください。まず、徒歩圏内にある大阪樟蔭女子大学キャンパスには、同じく登録有形文化財である「樟蔭学園記念館」があります。また、作家・田辺聖子の出身校として知られる同大学には「田辺聖子文学館」も併設されています。

長瀬川沿いの遊歩道は、特に桜の季節には見事な並木道となります。春に訪れる機会があれば、ぜひ川沿いの散策もお楽しみください。

近鉄長瀬駅から近畿大学へと続く「近大通り」は、ラーメン激戦区として知られる学生街。若者向けの飲食店が軒を連ね、活気ある雰囲気を味わえます。

映画史に興味のある方にとっては、樟徳館の敷地自体が興味深い場所です。この地にはかつて「帝国キネマ長瀬撮影所」がありました。「東洋一」とも称されたこの撮影所は1930年の火災で焼失し、京都・太秦へ移転。その跡地を森平蔵が入手し、樟徳館を建設したのです。

Q&A

Q樟徳館はいつ見学できますか?
A樟徳館は4年に一度、オリンピックイヤーの11月第2土曜・日曜の2日間のみ一般公開されます。次回の公開は2028年秋の予定です。入場は無料で、事前申込も不要です。
Q建物内で写真撮影はできますか?
A公開時の撮影可否は年度により異なる場合がありますが、一般的に個人使用目的の撮影は許可されています。ただし、フラッシュ撮影や三脚の使用は制限されることが多いです。当日、スタッフにご確認ください。
Q車椅子やベビーカーでの見学は可能ですか?
A1939年建築の歴史的建造物のため、段差や敷居など日本建築特有の構造があります。また、床材保護のためヒール等かかとのある靴での来場もご遠慮いただいています。具体的なご要望については、事前に樟蔭学園へお問い合わせください。
Q見学にどのくらい時間がかかりますか?
A自由見学のみであれば30分〜1時間程度です。解説会(各日10:30と13:30の2回開催)に参加される場合は、追加で30分ほどかかります。建築や歴史に興味のある方は、解説会への参加をおすすめします。
Q他の歴史的建造物と樟徳館の違いは何ですか?
A多くの文化財建造物が寺社仏閣や武家屋敷である中、樟徳館は大正〜昭和初期に成功した商人の私邸です。日本の商人階級が西洋の近代性と日本の伝統をどのように融合させたかを示す貴重な建築であり、この視点から見られる文化財は非常に珍しいものです。

基本情報

名称 樟徳館主屋(しょうとくかんしゅおく)
文化財指定 国登録有形文化財(建造物)/登録日:2000年10月18日
竣工 1939年(昭和14年)
構造 木造2階建、瓦葺
建築面積 1,169㎡
建築主 森平蔵(材木商、樟蔭学園創立者)
所有者 学校法人樟蔭学園
所在地 〒577-0807 大阪府東大阪市菱屋西2-4-12
アクセス 近鉄大阪線「長瀬」駅より長瀬川沿いを北へ徒歩5分/近鉄奈良線「河内小阪」駅より長瀬川沿いを南へ徒歩20分
一般公開 4年に一度(オリンピックイヤー11月)/次回予定:2028年秋
入場料 無料
お問い合わせ 学校法人樟蔭学園 学園広報課 TEL:06-6723-8152

参考文献

樟徳館主屋 - 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/167242
樟徳館 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/樟徳館
学校法人樟蔭学園公式サイト - 樟徳館
https://www.osaka-shoin.ac.jp/culture/shoutoku_images/
登録有形文化財「樟徳館」定期一般公開のお知らせ - 樟蔭学園
https://www.osaka-shoin.ac.jp/news/2024/10151116/
和洋折衷の名建築!大阪樟蔭女子大学の母体・樟蔭学園創立者の私邸「樟徳館」を探訪 - ほとんど0円大学
https://hotozero.com/enjoyment/learning-report/osaka-shoin_shoutokukan/
樟徳館(旧森家住宅) - 大阪ミュージアム
https://www.osaka-museum.com/spot/search/?act=detail&id=439
樟蔭学園創立者、森平蔵とは - 樟蔭学園公式
https://www.osaka-shoin.ac.jp/history/establish/mori_heizou/
コロナ禍を越え8年ぶりに復活 登録有形文化財「樟徳館」を一般公開 - 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/article/post-54680.html

最終更新日: 2026.01.14

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