土浦の歴史を巡る:中世の名刀が語る武家文化の継承
土浦市立博物館には、日本に122振しかない国宝刀剣のひとつ、観応元年(1350年)8月に筑前左文字派の刀工・行弘が鍛えた短刀が収蔵されています。 この短刀は、中世日本史上最も激動の時代に制作された作品であり、行弘の唯一の在銘年紀作として、美術的にも史料的にも極めて貴重な存在です。毎年10月下旬から11月中旬の特別展示期間には、土屋家旧蔵の刀剣83振とともに公開され、わずか200円の入館料で国宝を間近に鑑賞できるという、全国でも稀有な機会を提供しています。
観応の擾乱前夜に鍛えられた一振:行弘短刀の制作背景
国宝の短刀には 「銘筑州住行弘/観応元年八月日」 という銘文が刻まれています。これは「筑前国に住む行弘、観応元年(1350年)八月」を意味し、まさに歴史の転換点で制作されたことを示しています。観応元年10月、足利尊氏と弟・直義の間で 観応の擾乱 が勃発。直義は南朝に帰順し、室町幕府は内戦状態に陥りました。この短刀が鍛えられた8月は、まさにその直前。政治的緊張が極限に達していた時期の作品なのです。
刃長23.5センチメートルのこの短刀は、平造り(ひらづくり) で 内反り(うちぞり) を持つ優美な姿。地鉄は板目肌に流れごころがあり、地沸(じにえ)がよくつき、刃文は湾れ(のたれ)に互の目(ぐのめ)を交え、物打ち辺りに逆がかるところがあります。匂口は 「明るく冴えて」 おり、刃中には金筋が鮮やかに現れています。帽子(切先部分の刃文)には 「翁の髭」 と呼ばれる特徴的な沸が刃面に溢れる現象が見られ、これは行弘作品の重要な見所となっています。674年の歳月を経てもなお「地刃健全」と評される保存状態の良さも、昭和32年(1957年)2月19日の国宝指定に大きく寄与しました。
左文字派の系譜:正宗の教えから九州の美へ
行弘は 筑前左文字派(ちくぜんさもんじは) に属する刀工です。この流派は、大左(おおさ)こと左衛門三郎安吉が開祖となりました。大左は九州から相模国へ赴き、日本刀史上最高の名工とされる 五郎入道正宗(1264年頃-1343年頃)に師事。正宗十哲 の一人に数えられるほどの技量を身につけました。伝承によれば、修行を終えて筑前へ帰国する際、師弟の別れを惜しんだ正宗が自身の左袖を破り取って餞別としたことから、安吉は「左」の一字を銘に用い、これが左文字派の名の由来となったといいます。
左文字派は、九州の伝統的な作刀技術に正宗の革新的な相州伝を融合させた独自の作風を確立しました。よく詰んだ板目肌、湾れを基調として沸の強い刃文、明るく冴えた匂口、高く深く返る帽子などが特徴です。行弘は大左の子または高弟と考えられており、この高度な技術を継承しています。土浦の短刀は 行弘の唯一の在銘作品 であり、左文字派の研究や他作品の極め(鑑定)の基準作として極めて重要です。左文字派から国宝に指定されている刀剣は、福山美術館所蔵の名物「江雪左文字」「太閤左文字」の太刀と、この行弘短刀のわずか3振のみという希少性も特筆されます。
土屋家の至宝:大名コレクションが市民の宝へ
この名刀の来歴は 土屋家 を中心に展開します。土浦藩を約200年間、11代にわたって治めた土屋家に伝来した品で、二代藩主 土屋政直(つちやまさなお)が、岳父である松平康信の娘・久子との婚姻の際に拝領したものです。政直は綱吉・家宣・家継・吉宗の四代の将軍に仕え、30年間も 老中 を務めた、江戸時代でも屈指の有力大名でした。その功績により土浦藩は 9万5千石 の大藩となり、将軍家からの拝領品や政治的交流を通じて、優れた刀剣コレクションが形成されました。
平成14年(2002年)、土浦市は土屋家から82振の刀剣を約 2億9700万円 で購入(1振は寄贈)しました。これにより、大名家の刀剣コレクションがほぼ完全な形で保存され、市民に公開される貴重な事例となっています。コレクションには 国宝1件、重要文化財4件、重要美術品6件 の計11件の国指定文化財が含まれます。重要文化財には、新藤五国光の短刀、信房(古一文字派)の太刀、盛家(備前畠田派、元禄7年将軍綱吉拝領)の太刀、経次(古青江派)の太刀が含まれています。
土浦市立博物館:城郭様式で守る武家の遺産
博物館は昭和63年(1988年)7月2日に開館しました。前身は昭和50年設立の郷土資料館で、県南地域初の本格的博物館として建設されました。土浦市中央一丁目15番18号、土浦城跡の 二の丸 跡地に位置し、隣接する亀城公園には城跡が残ります。建築は石垣、土塀、寄棟屋根を持つ城郭風デザインで、歴史的景観と調和しています。鉄筋コンクリート造、地上3階地下1階、延床面積2,482.9平方メートルの建物は、約12億円の市費により建設されました。
「霞ヶ浦に育まれた人々のくらし」を基本テーマに、利根川・霞ヶ浦の水運と水戸街道が交差する要衝として発展した土浦の歴史を紹介しています。1階展示室では「大名土屋家の文化」として刀剣コレクションを月替わりで展示。2階展示室「霞ヶ浦に育まれた人々のくらし」では、鎌倉から戦国期の地域大名・小田氏関連資料、1/5スケールの高瀬舟模型、土浦城の完全復元模型、歴史文書、考古資料などを季節ごと(春夏秋冬)に展示替えしています。体験コーナーでは昔の生活道具に触れられ、調査研究コーナーには機織り機も設置されています。
秋の特別公開:国宝が蔵から現れる時
博物館では毎年 10月下旬から11月中旬 にかけて特別展を開催し、国宝と重要文化財4件すべてを一堂に公開します。最新の展示は令和6年(2024年)10月26日から11月17日まで開催された「土屋家の刀剣-国宝・重要文化財の公開-」で、選りすぐりの13振が展示されました。この時期は11月第一土曜日に開催される日本三大花火大会のひとつ 土浦全国花火競技大会 とも重なり、多くの観光客が訪れます。2024年の展示は大きな注目を集め、数年前から続く秋の特別展の伝統を継承しています。
年間を通じては、80振以上の刀剣コレクションから 月替わりで展示 を行っているため、毎月異なる作品を鑑賞できます。国宝を所蔵する博物館としては珍しい展示方針で、繰り返し訪れる楽しみがあります。さらに特筆すべきは、展示室での 写真撮影が原則として許可 されていること(個人利用に限る)。刀剣展示で撮影可能な施設は全国的にも稀で、土浦市立博物館の大きな特徴となっています。月替わり展示、年次特別展、撮影許可という三つの要素が組み合わさることで、国宝を身近に感じられる環境が整っています。過去の開催パターンから、令和7年(2025年)の特別展も10月下旬から11月中旬の開催が予想され、詳細は秋頃に発表される見込みです。
水運と武士が交わる地:土浦の戦略的歴史
土浦は日本第二の湖 霞ヶ浦 の西岸に位置し、古来より交通・商業の要衝として栄えました。縄文時代(紀元前14000年-紀元前300年)から人々が暮らし、4000-3000年前の 上高津貝塚(昭和52年国指定史跡)は考古学的にも貴重な遺跡です。室町時代(1338-1573年)には 土浦城(別名「亀城」)が築城され、戦国時代には徳川御三家のひとつ水戸藩の重要拠点となりました。
江戸時代(1603-1868年)、土浦は城下町として、また江戸と水戸を結ぶ水戸街道の宿場町として発展。湖上交通と陸上交通の結節点として経済的繁栄を享受しました。明治22年(1889年)4月1日に町制施行、明治28年(1895年)に鉄道開通、昭和15年(1940年)11月3日に市制施行。昭和20年6月10日の空襲では大日本帝国海軍航空隊基地があったため被害を受けました。現在人口約14万2000人の土浦市は、亀城公園(県指定史跡、続日本100名城第113番)、復元された東櫓、水戸街道沿いの歴史的商家建築などを通じて、その歴史を今に伝えています。
国宝を超えて:博物館の幅広い文化財コレクション
亀城公園内にある土浦城東櫓は平成10年(1998年)に復元され、博物館の附属展示施設として城跡出土品を展示しています(入館料は博物館と共通)。館内では昭和2年(1927年)にアメリカから友好の証として贈られた 「青い目の人形」 や、土浦の町人で地理学者・沼尻墨僊が製作した傘式地球儀「渾天儀」など、土浦の国際交流や学術文化を物語る資料も展示されています。
県指定文化財として平成28年指定の 「池川三中関係歴史資料」 があり、「池川文庫」や黒船来航記録、藩政批判を含む日記「片葉雑記」などが含まれます。土屋家伝来の茶道具類も刀剣と並んで展示されています。博物館は優れた運営と学芸活動により 「大堀哲記念ミュージアム・マネージメント推進賞」 を受賞。最近では令和7年(2025年)4月に博物館報第35号を刊行、同月に土浦城御城印の新デザイン販売開始、令和6年11月にはオンライン展示解説「土浦ゆかりの人物」を公開するなど、積極的な情報発信を続けています。
訪問計画:アクセス、入館料、そして見学のコツ
開館時間は 午前9時から午後4時30分(入館は午後4時まで)。休館日は月曜日(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日(土日を除く)、12月29日-1月3日。入館料は 一般200円(20名以上の団体150円)、小中高生50円、土曜日は小中高生無料、11月13日の茨城県民の日は全員無料という、国宝を所蔵する施設としては破格の料金設定です。東櫓との共通券となっており、国宝鑑賞の機会としては日本で最も手頃な部類に入ります。
東京からはJR常磐線上野駅から土浦駅まで普通電車で70分、特急で50分。土浦駅西口から徒歩15-20分、またはバス4番・5番系統で「亀城公園前」下車徒歩1分。車では常磐自動車道土浦北ICまたは桜土浦ICから約10分。駐車場は無料で、第1駐車場13台(博物館利用者専用)、第2駐車場38台(公園利用者と共用)。大型バスは事前連絡が必要です(電話029-824-2928)。
施設はバリアフリー対応で車椅子用トイレ、スロープ、エレベーター完備。ミュージアムショップやカフェはありませんが、受付で図録や刊行物を販売、令和7年3月からは新デザインの土浦城御城印も購入可能です。見学所要時間は60-120分(1-2時間)、東櫓を含めて丁寧に見学する場合は2時間以上。攻略法:10月下旬-11月中旬の特別展期間が国宝と重要文化財をすべて見られる最良の時期。平日午前中が最も静かに鑑賞できます。特別展を除けば混雑することは稀で、国宝を間近でゆっくり鑑賞できる貴重な環境が保たれています。
南北朝の激動:内乱が生んだ刀剣の黄金期
短刀が制作された1350年は、南北朝時代(1336-1392年)の真っ只中でした。後醍醐天皇と足利尊氏の対立により、京都の北朝(光明天皇)と吉野の南朝(後醍醐天皇、三種の神器を保持)に朝廷が分裂した56年間の内乱期です。絶え間ない戦闘が武器需要を生み出す一方、刀工たちは美と実用を両立させる技術革新に挑みました。
1350年8月はまさに 観応の擾乱(1350-1352年)勃発の直前。この幕府内の内戦は、将軍足利尊氏と弟・直義が執事・高師直の処遇を巡って対立したものです。10月に直義は京都を脱出し南朝に帰順、一時的に南朝の軍事力を強化しました。擾乱は最終的に高師直と直義双方の死をもたらし、尊氏は権力を固めたものの、南朝との戦いは激化。この最大級の政治的不安定と軍事的必要が、刀剣技術の革新を生む理想的環境を作り出しました。
南北朝時代は 日本刀の黄金時代 とされます。太刀は長大化し、切先が延びて身幅が広く薄くなり、高位武士にふさわしい豪壮な姿へと進化。短刀も30-43センチの「寸延び短刀」が登場し、120-150センチの巨大な大太刀も戦場で使用されました。正宗が1343年頃に没する直前に完成させた 相州伝 は、十哲を通じて全国に広まりました。刀工たちは山城伝、備前伝、相州伝の優れた要素を融合させつつ、実戦に耐える強度を保持。絶え間ない戦乱という逆境が、技術革新と芸術的洗練の両立を促し、混沌の中でも美を追求する名工たちが最高傑作を生み出したのです。
FAQ
Q1: 国宝の短刀はいつ見ることができますか?
A: 通常は月替わり展示の一環として不定期に展示されますが、確実に見学したい場合は毎年10月下旬から11月中旬に開催される特別展がおすすめです。この期間は国宝だけでなく、重要文化財4件もすべて同時に展示されます。2025年も同時期の開催が予想されますが、詳細は秋頃に博物館公式サイトで確認してください。
Q2: 写真撮影は可能ですか?
A: はい、展示室内での写真撮影は原則として許可されています(個人利用に限る)。国宝や重要文化財の刀剣を撮影できる博物館は全国的にも珍しく、土浦市立博物館の大きな特徴です。ただし、フラッシュの使用は禁止されており、他の来館者の迷惑にならないよう配慮が必要です。
Q3: 土浦駅からのアクセスで迷いやすいポイントはありますか?
A: 土浦駅西口から徒歩の場合、亀城公園を目指すのがわかりやすいルートです。駅前の大通り(土浦駅西口通り)を直進し、土浦市役所を過ぎて亀城公園の看板に従って進めば到着します。バスを利用する場合は、西口バスターミナルの4番または5番乗り場から乗車し、「亀城公園前」で下車すると博物館まで徒歩1分です。
Q4: 刀剣以外にも見どころはありますか?
A: 2階の常設展示では霞ヶ浦の歴史と文化、土浦城の精密な復元模型、戦国大名・小田氏の資料などが展示されています。また、隣接する亀城公園内の東櫓(復元)も共通券で見学でき、城跡の出土品が展示されています。「青い目の人形」(1927年アメリカから贈呈)などユニークな展示品もあり、1-2時間の見学時間を充実して過ごせます。
Q5: 土浦を訪れる最適な時期はいつですか?
A: 国宝短刀の確実な見学を目的とするなら、10月下旬から11月中旬の特別展期間が最適です。また、11月第一土曜日には日本三大花火のひとつ「土浦全国花火競技大会」が開催され、博物館見学と合わせて土浦の文化を満喫できます。春は亀城公園の桜も美しく、歴史散策に適した季節です。
参考サイト
- 土浦市立博物館公式サイト: https://www.city.tsuchiura.lg.jp/tsuchiurashiritsuhakubutsukan/
- 土浦市観光協会: https://www.tsuchiura-kankou.jp/
- 文化遺産データベース(文化庁): https://bunka.nii.ac.jp/
- 国宝を巡る旅: https://kokuho.tabibun.net/
- WANDER国宝: https://wanderkokuho.com/