平安時代の音楽エンターテインメントを今に伝える国宝「催馬楽譜」

日本の国宝「催馬楽譜(さいばらふ)」は、11世紀中頃に制作された日本最古の音楽写本です。この貴重な楽譜は、平安時代の宮廷で愛された催馬楽という歌謡を記録したもので、当時の貴族たちの優雅な音楽文化を現代に伝える唯一無二の存在です。佐賀県の徴古館に所蔵されているこの国宝は、日本音楽史上極めて重要な位置を占めています。

催馬楽とは:庶民の歌から宮廷音楽へ

催馬楽は、もともと各地の庶民が歌っていた民謡や風俗歌でした。税として納める米や産物を都へ運ぶ際、馬を引きながら歌った労働歌が起源とも言われています。これらの素朴な歌が平安時代の貴族たちの心を捉え、雅楽の楽器による伴奏を加えて洗練された宮廷音楽へと生まれ変わりました。

9世紀から10世紀にかけて最盛期を迎えた催馬楽は、宮中の宴席や祝宴で演奏される娯楽音楽として大流行しました。笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、龍笛、琵琶、箏などの雅楽器と、笏拍子という打楽器の伴奏に乗せて歌われ、貴族たちは「御遊(ぎょゆう)」と呼ばれる音楽会で自ら演奏を楽しみました。

紫式部の『源氏物語』にも催馬楽の場面が登場し、主人公の光源氏が明石の浜辺で「伊勢海」という催馬楽を歌う印象的なシーンが描かれています。当時の貴族にとって、催馬楽を歌い演奏することは教養であり、社交の重要な要素でした。

国宝指定の理由:なぜこれほど貴重なのか

催馬楽譜が国宝に指定された理由は複数あります。

第一に、現存する催馬楽の楽譜としては最古のものであること。11世紀中頃の制作とされ、平安時代の音楽を直接知ることができる第一級の史料です。

第二に、書の芸術性の高さです。飛雲文様を施した美しい料紙に、万葉仮名を用いた温雅な楷書で記されており、平安時代の名筆家の手によるものと考えられています。伝承では鎌倉時代の宗尊親王(後嵯峨天皇の皇子で鎌倉幕府6代将軍)の筆とされていますが、実際にはそれより古い11世紀の作品です。

第三に、音楽史料としての完成度の高さです。雅楽の旋法である律と呂の両方を含み、律詩24首、呂歌36首(うち3首欠)という体系的な構成を持っています。これにより、平安時代の催馬楽のレパートリーと音楽理論を知ることができます。

第四に、保存状態の良さです。約1000年の時を経てもなお、文字や装飾がはっきりと残っており、当時の技術の高さを物語っています。

徴古館:鍋島家の宝物を守り継ぐ博物館

催馬楽譜を所蔵する徴古館は、佐賀市松原にある歴史ある博物館です。1927年(昭和2年)に旧佐賀藩主・侯爵鍋島家12代当主の鍋島直映により創設された佐賀県初の博物館で、建物自体も国の登録有形文化財に指定されています。

鍋島家は江戸時代に36万石の佐賀藩を治めた大名家で、明治時代には侯爵となりました。徴古館には、催馬楽譜のほか、重要文化財「東遊歌神楽歌」など、鍋島家に伝わる貴重な文化財が多数収蔵されています。特に雅楽関係の資料が充実しており、10代藩主鍋島直正、11代直大が雅楽に深く傾倒し、直大は明治政府の式部職初代長官として雅楽の復興に尽力したという歴史があります。

アクセス情報と見どころ

徴古館へは、JR佐賀駅から徒歩約20分、またはバスで約10分(「県庁前」または「佐嘉神社前」下車)でアクセスできます。開館時間は9:30~16:00で、展覧会開催期間中のみ公開されています。国宝の催馬楽譜は常設展示ではなく、年に数回の特別展で公開されるため、事前に開館スケジュールを確認することをお勧めします。

佐賀観光の魅力:城下町の風情と伝統文化

徴古館周辺は、佐賀城跡を中心とした歴史的な見どころが集中しています。

佐賀城本丸歴史館
徴古館から徒歩約10分。天保年間に再建された佐賀城本丸御殿を復元した施設で、2,500平方メートルの規模を誇ります。幕末・維新期の佐賀藩の歴史を学べる博物館で、入館無料です。

佐嘉神社
徴古館のすぐ隣にある神社で、佐賀藩10代藩主鍋島直正と11代直大を祀っています。境内は静かで落ち着いた雰囲気があり、参拝後に徴古館を訪れるコースがおすすめです。

佐賀城下ひなまつり
毎年2月から3月にかけて開催される佐賀の春の風物詩。徴古館も会場の一つとなり、鍋島家伝来の格調高い雛人形が展示されます。佐賀錦や鍋島小紋など伝統工芸のお雛様も楽しめ、江戸から昭和初期の建物を巡りながら、日本の伝統文化を体験できる貴重な機会です。

佐賀市歴史民俗館
明治・大正期の歴史的建造物群が並ぶエリアで、旧古賀銀行、旧三省銀行など、レトロな雰囲気の建物を見学できます。カフェやショップも併設され、ゆっくりと散策を楽しめます。

佐賀の食と工芸

佐賀観光では、地元の食文化も楽しみの一つです。佐賀牛、有明海の海産物、温泉湯豆腐など、豊かな自然が育んだ食材を使った料理が味わえます。また、有田焼・伊万里焼などの陶磁器、佐賀錦などの伝統工芸品も、お土産として人気があります。

Q&A

Q催馬楽譜を実際に見ることはできますか?
A催馬楽譜は国宝のため常設展示されていません。年に数回の特別展で公開される可能性があります。展示予定については徴古館(電話:0952-23-4200)に直接お問い合わせいただくか、公式ウェブサイトでご確認ください。特に春の佐賀城下ひなまつりの時期(2月~3月)に特別公開されることがあります。
Q催馬楽とはどのような音楽ですか?
A催馬楽は平安時代に宮廷で流行した歌謡です。もともとは庶民の民謡や労働歌でしたが、それに雅楽の楽器による伴奏を加えて洗練された宮廷音楽となりました。恋愛の歌や祝いの歌など様々な内容があり、貴族たちの宴席で演奏される娯楽音楽でした。現在の雅楽でも「伊勢海」「更衣」など6曲が演奏されています。
Q徴古館へのアクセス方法は?
AJR佐賀駅から徒歩約20分、またはバスで約10分です。バスの場合は佐賀駅バスセンターから市営・昭和・祐徳バスに乗り「県庁前」または「佐嘉神社前」で下車してすぐです。車の場合は長崎自動車道佐賀大和ICから約20分で、駐車場も完備しています。開館時間は9:30~16:00ですが、展覧会開催期間中のみの公開なので事前確認が必要です。
Qなぜ佐賀の鍋島家に催馬楽譜が伝わっているのですか?
A鍋島家は江戸時代を通じて佐賀藩を治めた大名家で、代々文化芸術を重視していました。特に10代藩主鍋島直正と11代直大は雅楽に深い関心を持ち、直大は明治政府の式部職初代長官として宮中の雅楽復興に尽力しました。こうした背景から、貴重な雅楽関係資料が鍋島家に集められ、大切に保存されてきたと考えられています。

参考文献

催馬楽譜 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/224059
公益財団法人鍋島報效会 徴古館
https://www.nabeshima.or.jp/
佐賀市観光協会公式ポータルサイト
https://www.sagabai.com/
宮内庁 雅楽
https://www.kunaicho.go.jp/culture/gagaku/gagaku.html
日本雅樂會
https://www.nihongagakukai.gr.jp/

基本情報

名称 催馬楽譜(さいばらふ)
時代 平安時代後期(11世紀中頃)
伝来 伝宗尊親王筆(実際は11世紀の名筆家)
形状 巻子本(冊子)
寸法 竪25.5cm × 横16.7cm
材質 紙本墨書、飛雲文様料紙
内容 律詩24首、呂歌36首(内3欠)、万葉仮名使用
指定 国宝(1952年11月22日指定)
所蔵 公益財団法人鍋島報效会 徴古館
所在地 佐賀県佐賀市松原2-5-22

最終更新日: 2025.10.28

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