災害の教訓から生まれた校舎—埼玉県初の鉄筋コンクリート造建築

埼玉県草加市の住宅街に静かに佇む草加市立歴史民俗資料館は、単なる地域の博物館ではありません。この建物そのものが、地域の強靭さ、建築の革新、そして未来の世代を守ろうとする決意の物語を語っています。1926年(大正15年)に草加小学校西校舎として建設されたこの建物は、埼玉県初の鉄筋コンクリート造校舎という先駆的な建築であり、1923年(大正12年)に発生した関東大震災の痛ましい教訓から直接生まれたものです。

国登録有形文化財に選ばれた理由

2008年(平成20年)、旧草加小学校西校舎は国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。この栄誉ある指定は、「造形の模範になっている」建造物として高く評価されたことによるものです。建築芸術としての価値と歴史的意義が、今日まで認められ続けていることの証です。

建物の特徴的な意匠には、堅牢な2階建ての鉄筋コンクリート構造、モルタル仕上げの外壁に優雅に現れた柱型(ピラスター)、そして各階に配された2連の縦長窓が含まれます。特に目を引くのは、正面と背面のパラペット中央に立ち上がる山形のデザインです。この意匠は単なる実用建築を超えた芸術的な彩りを加えています。これらのデザイン要素は、大正時代においても日本の建築家が西洋の建築技術と美的感覚を融合させ、機能性を超えた表現を追求していたことを示しています。

関東大震災—革新への契機

この建物の真価を理解するには、それが生まれた時代背景を知る必要があります。1923年(大正12年)9月1日、関東大震災が東京都市圏を壊滅的な力で襲いました。10万人以上の命が失われ、東京と横浜の大部分が廃墟と化しました。この大災害の後、地域の人々は最も重要な建物、特に子どもたちが日中を過ごす学校の建設方法を根本から見直し始めました。

草加の人々は非凡な決断を下しました。鉄筋コンクリート造の建設費用が従来の木造建築の2倍以上かかるにもかかわらず、子どもたちの命を守るため、耐震・耐火構造の校舎建設を選択したのです。これは単なる実用的な判断ではなく、地域全体の決意と先見性に満ちた犠牲的精神の表れでした。この建物は今日、その集団的な献身の記念碑として立ち続けています。

1926年に校舎が完成すると、まだ珍しかった近代的な耐震建築を見学しようと、県内外から多くの人々が訪れました。屋上は生徒のための運動場として設計され、堅牢な鉄筋コンクリート構造の革新的な活用を示していました。

設計者・大川勇

この建物を設計したのは、草加小学校卒業生という個人的なつながりを持つ建築家・大川勇でした。東京の早稲田大学で学びを終えた後、大川は故郷に戻り、草加に建築設計事務所を開設しました。その生涯を通じて、安全性と美しさの両方を重視した数多くの教育施設を設計し、校舎設計のパイオニアとして知られるようになりました。

建物の頂部を飾る山形のパラペットデザインは、おそらく大川が草加の建築遺産に残した最も永続的な貢献と言えるでしょう。この特徴的な意匠は建物に威厳と永続性を与え、建設から100年近く経った今日でも、訪れる人々の心を捉え続けています。

校舎から博物館へ—第二の人生

この建物は昭和54年度(1979年度)まで小学校の校舎として使用されました。その後、1983年(昭和58年)11月1日、草加市の文化財を保護し地域の歴史文化を伝える施設「草加市立歴史民俗資料館」として新たなスタートを切りました。

現在、資料館には草加の豊かな歴史を生き生きと伝える魅力的な展示が収められています。第一展示室では、日光道中第二の宿場町として栄えた草加宿の賑わいや、俳聖・松尾芭蕉とその名作『おくのほそ道』に関する資料が展示されています。また、綾瀬川から出土した縄文時代前期(約5,000年前)の丸木舟も展示されており、市指定文化財として来館者の目を引いています。

第二展示室では、地域の農業と民俗文化の遺産が紹介されています。鋤(すき)、鍬(くわ)、唐箕(とうみ)などの伝統的な農具や、草加を代表する名産品・草加せんべいの製造工程を伝える道具が展示されています。

最も趣のある空間は教育資料室です。昭和時代中頃の教室が再現され、懐かしい木製の机が並んでいます。このノスタルジックな空間は、展示スペースとしてだけでなく、講座や体験教室の会場としても活用されています。

魅力・見どころ

建物の外観は、西向きの正面ファサードから最もよく鑑賞できます。リズミカルに配置された柱型と窓、そしてそれらを冠する象徴的な山形のパラペットを一望できます。約100年の風雪に耐えたモルタル仕上げは、威厳ある古艶を帯び、建物の長い歴史を物語っています。

館内では、高い天井と豊かな自然光に満ちた廊下を歩くことで、かつてこの廊下を行き来した何世代もの生徒たちとのつながりを感じることができます。1階廊下には松尾芭蕉と『おくのほそ道』に関する展示があり、2階廊下には郷土の作家・豊田三郎と森村桂に関する資料が展示されています。

資料館には、この先駆的な建物を設計した建築家・大川勇を顕彰するコーナーも設けられています。入館料は無料であり、日本の建築史や地域文化に関心のあるすべての方に開かれた施設です。

周辺情報—草加松原と名物体験

資料館の見学は、近くの草加松原への散策と組み合わせると素晴らしい一日になります。草加松原は約1.5キロメートルにわたって約634本の松が立ち並ぶ並木道で、2014年(平成26年)に「おくのほそ道の風景地」の一つとして国の名勝に指定されました。綾瀬川沿いに続くこの歴史的な松並木は、1689年(元禄2年)に松尾芭蕉が旅した日光道中の雰囲気を今に伝えています。

草加松原を散策すると、芭蕉の紀行文から名付けられた優雅なアーチ型の歩道橋「百代橋」と「矢立橋」に出会います。芭蕉と旅の同行者・河合曽良の像も設置され、この景勝地の文学的な雰囲気を高めています。

地元ならではの美味しい体験を求めるなら、草加は醤油味の堅焼き煎餅「草加せんべい」発祥の地として有名です。市内の「志免屋」や「草加せんべいの庭」など複数の店舗では、炭火でおせんべいを焼く手焼き体験が楽しめます。

アクセスと訪問のヒント

資料館は東武スカイツリーラインの草加駅から徒歩約8分の場所にあり、東京都心からのアクセスも便利です。周辺は落ち着いた住宅街で、大都市の喧騒とは対照的な静かな雰囲気が楽しめます。

入館無料で丁寧に企画された展示を通じて、大正時代日本の建築革新と、かつての宿場町の深い歴史的つながりを知ることができます。建築愛好家の方、芭蕉の足跡を辿る文学ファンの方、あるいは単に日本の地域文化に興味をお持ちの方にとっても、この隠れた宝石は埼玉の旅程に加える価値があります。

Q&A

Qなぜこの建物は国登録有形文化財に登録されたのですか?
A旧草加小学校西校舎は、「造形の模範になっている」建造物として評価され、2008年(平成20年)に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。埼玉県初の鉄筋コンクリート造校舎として、1923年(大正12年)の関東大震災の教訓から生まれた先駆的な耐震建築を代表しています。山形のパラペットや優美な柱型デザインなど、建設から約100年を経た今もなお人々を魅了する卓越した建築芸術性が認められています。
Q入館料はかかりますか?
A入館料は無料です。再現された昭和時代の教室や、郷土の歴史・松尾芭蕉に関する展示など、すべての展示室を無料で見学できます。
Qこの資料館と松尾芭蕉にはどのような関係がありますか?
A資料館のある草加は、江戸時代に日光道中第二の宿場町として栄えた場所です。1689年(元禄2年)、俳聖・松尾芭蕉は『おくのほそ道』の旅の初日に草加宿を通過しました。資料館の1階には芭蕉とその名作に関する展示があり、近くの草加松原は「おくのほそ道の風景地」として国の名勝に指定されています。
Q東京から資料館へはどのように行けますか?
A浅草駅から東武スカイツリーラインを利用するか、東京メトロ半蔵門線・日比谷線から直通で草加駅へ。草加駅から徒歩約8分(約600m)です。駐車場はありませんので、公共交通機関のご利用をお勧めします。
Q資料館見学後、草加で他に何が楽しめますか?
A資料館見学後は、国の名勝に指定された草加松原の散策がお勧めです。また、「志免屋」や「草加せんべいの庭(山香煎餅本舗)」などでは、草加せんべいの手焼き体験も楽しめます。歴史、文学、建築、そして地元の美味を組み合わせた草加は、東京からの日帰り旅行に最適な目的地です。

基本情報

正式名称 草加市立歴史民俗資料館(そうかしりつ れきしみんぞくしりょうかん)
旧名称 草加小学校西校舎(そうかしょうがっこう にしこうしゃ)
文化財指定 国登録有形文化財(建造物)・2008年(平成20年)登録
登録番号 11-0123
竣工年 1926年(大正15年)
設計者 大川勇(おおかわ いさむ)
建築様式 鉄筋コンクリート造(RC造)・2階建・屋上付
資料館開館 1983年(昭和58年)11月1日
所在地 〒340-0014 埼玉県草加市住吉一丁目11番29号
電話番号 048-922-0402
開館時間 午前9時〜午後4時30分
休館日 毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始(12月29日〜1月3日)
入館料 無料
アクセス 東武スカイツリーライン草加駅から徒歩約8分
駐車場 なし(公共交通機関をご利用ください)

参考文献

草加市立歴史民俗資料館(旧草加小学校西校舎) - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/172642
歴史民俗資料館にようこそ! - 草加市役所
https://www.city.soka.saitama.jp/cont/s2105/030/010/010/PAGE000000000000028926.html
おくのほそ道の風景地 草加松原 - 草加市役所
https://www.city.soka.saitama.jp/cont/s2105/030/010/010/PAGE000000000000037968.html
草加せんべいの歴史と現在 - 草加市役所
https://www.city.soka.saitama.jp/cont/s1403/010/010/020/01.html
埼玉の銘菓「草加せんべい」の手焼き体験 - nippon.com
https://www.nippon.com/ja/guide-to-japan/gu900216/

最終更新日: 2025.12.05

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