国譲りの神話を毎年演じる神事
蒼柴垣神事は、島根県松江市美保関町の美保神社で毎年4月7日に行われる神事で、昭和48年(1973年)11月5日に記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財として国の選択を受けた。読みは「あおふしがきしんじ」。保護団体は特定されていない。
文化庁の解説は短い。事代主命が勅命により国土を譲って去ったという神話に基づくといわれる行事で、周囲に柴垣を設けた2隻の御船が海上渡御を行い、その後、当屋定め、祝舞、当為知の相撲などが行われる、と記す。
典拠は『古事記』の国譲り神話である。大国主神が国土の譲渡を求められた際、美保の岬で釣りをしていた息子の事代主神に相談した。事代主神は同意し、天の逆手という動作を行うと、乗っていた船を青い柴垣の神域に変えてその中に身を隠したと伝えられる。古語で隠れることは死を意味するため、この出来事は神の死と再生を表すものと解釈されてきた。
神事は、この場面を毎年演じ直すことによって神霊を新たにする。演じることが目的ではなく、神霊の更新そのものが目的である点が、芸能としての祭礼と異なる。
當屋 ― 一年におよぶ精進潔斎
神事の中心となるのは當屋である。特定の家筋から籤によって選ばれた夫婦で、一ノ當・二ノ當の2組が立てられる。
選定から本祭までの一年間、當屋は厳格な精進潔斎を続ける。毎夜、子の刻に海へ入って身を清める潮掻を欠かさない。鶏肉と鶏卵を口にせず、夫婦は別床で過ごす。日参の途中で他人と出会えば穢れたものとして最初からやり直す。
本祭当日、當屋は斎館に籠って断食と瞑想を行い、神がかりの状態に入る。男性は白装束に黒頭巾、女性は赤い衣で顔を覆って御船に乗る。この間、當屋は神の依り代となる。
神がかりを伴う祭祀が現代まで続いている例は多くない。一年をかけた身体の準備と、当日の断食・隔離という手順が、そのまま神事の内容になっている。
十日間の次第
本祭は4月7日だが、行事は3月31日から始まり4月8日まで続く。
3月31日の夜、「明日はお祭りはじめでござーる」という触れが港内に響く。4月1日から6日にかけて準備と儀式が進み、6日には2隻の御船が整えられる。御船の四隅には黒木の柱と榊が立てられ、周囲に神紋入りの幕と注連縄が張られる。文化庁の解説がいう「周囲に柴垣を設けた2隻の御船」がこれにあたる。
4月7日、當屋を乗せた御船が大漁旗を掲げた漁船に囲まれて港内を一周する。海上渡御を終えると美保神社の拝殿に昇殿し、奉幣が行われる。神がかりの状態にある當屋が御幣を左右に奉じることで、大神の神霊が新たになるとされる。
その後に当屋定め、祝舞、当為知の相撲が続く。当屋定めは翌年の當屋を決める儀式で、神事が一年周期で途切れずに続く仕組みになっている。
選択という区分
この神事の区分は、重要無形民俗文化財の指定ではなく選択である。記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財という長い名称の枠にあたる。
指定が保存そのものを求めるのに対し、選択は記録を残すことを主眼とする。担い手の減少などで将来の継承が難しいと見込まれる行事について、映像や報告書として記録を作成し、失われても内容が分かるようにしておく制度である。文化庁の解説文に「解説は選択当時のものをもとにしています」という但し書きが付くのも、この制度の性格による。
保護団体名が特定されていない点も同様である。特定の保存会ではなく、美保関の氏子組織そのものが担い手となっている。當屋を家筋から籤で選ぶ仕組みは、担い手を組織ではなく地域全体に置くということでもある。
見学
公開は毎年4月7日である。文化遺産オンラインの記載は選択当時のものなので、実際に訪ねる際は松江市の教育委員会か美保神社に日程を確認したい。
海上渡御は港内で行われるため、岸から見ることができる。拝殿での奉幣は神事の核心にあたる部分で、参列の可否は当日の運営による。當屋は神がかりの状態にあるため、近づきすぎない配慮が要る。撮影の可否も神社に確認してほしい。
関連する神事として、同じ美保神社で毎年12月3日に諸手船神事が行われる。こちらも国譲り神話に取材した行事で、蒼柴垣神事と対をなす。両方を見ると、一つの神話が二つの季節に分けて演じられていることが分かる。
交通はJR松江駅からバスで約75分、美保関ターミナル経由。松江市内から車では国道431号と県道2号を経由して約40分である。問い合わせは美保神社(0852-73-0506)へ。
Q&A
- 蒼柴垣神事とはどのような行事ですか。
- 島根県松江市の美保神社で毎年4月7日に行われる神事です。事代主命が国土を譲って去ったという『古事記』の神話に基づくといわれ、周囲に柴垣を設けた2隻の御船が海上渡御を行い、その後に当屋定め、祝舞、当為知の相撲が続きます。昭和48年(1973年)11月5日に国の選択を受けました。
- 蒼柴垣神事の當屋は何をしますか。
- 特定の家筋から籤で選ばれた夫婦が2組立てられ、一年間にわたり精進潔斎を続けます。毎夜子の刻に海へ入る潮掻、鶏肉と鶏卵を断つこと、夫婦別床などを守り、日参中に他人と出会えば最初からやり直します。本祭当日は断食と隔離によって神がかりの状態に入り、神の依り代となります。
- 蒼柴垣神事の「選択」と「指定」はどう違いますか。
- この神事は重要無形民俗文化財の指定ではなく、記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財としての選択です。指定が保存そのものを求めるのに対し、選択は記録を残すことを主眼とし、将来の継承が難しいと見込まれる行事の内容を映像や報告書に残す制度です。
- 蒼柴垣神事はいつ行われますか。見学できますか。
- 公開は毎年4月7日で、行事自体は3月31日から4月8日まで続きます。海上渡御は港内で行われるため岸から見ることができます。文化遺産オンラインの記載は選択当時のものなので、日程は松江市教育委員会か美保神社(0852-73-0506)へ確認してください。
- 蒼柴垣神事と諸手船神事はどう関係しますか。
- どちらも美保神社で行われ、国譲り神話に取材した行事です。諸手船神事は毎年12月3日で、蒼柴垣神事と対をなします。両方を見ると、一つの神話が二つの季節に分けて演じられていることが分かります。
基本情報
| 名称 | 蒼柴垣神事(あおふしがきしんじ) |
|---|---|
| 所在地 | 島根県松江市美保関町美保関608 美保神社 |
| 指定区分 | 記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(選択)/無形民俗文化財 |
| 指定年 | 1973年(昭和48年)11月5日 選定 |
| 員数 | 1件(保護団体名は特定せず) |
| 寸法 | 周囲に柴垣を設けた御船2隻による海上渡御。當屋は一ノ當・二ノ當の2組。行事は本祭を挟むおよそ10日間 |
| 所有者 | 美保神社および美保関の氏子(保護団体は特定されていない) |
| 公開状況 | 毎年4月7日に公開。海上渡御は岸から見学可。日程は松江市教育委員会または美保神社へ要確認 |
参考文献
- 文化遺産オンライン 蒼柴垣神事
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/200136
- 文化庁 広報誌 祭りの旅
- https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/matsuri/matsuri_027.html
- 松江市 伝統文化継承
- https://www.city.matsue.lg.jp/soshikikarasagasu/bunkasportsbu_bunkashinkoka/bunkaryoku/2/traditionalculturecouncil/17864.html
- しまね観光ナビ 蒼柴垣神事
- https://www.kankou-shimane.com/destination/21556
- 美保神社 公式サイト
- https://mihojinja.or.jp/
最終更新日: 2026.09.02