7世紀後半の白鳳仏 ― 2017年に国宝

銅造釈迦如来倚像は、東京都調布市の深大寺が所有する飛鳥時代の金銅仏で、2017年(平成29年)9月15日に国宝に指定された。それに先立つ1913年(大正2年)4月14日には旧国宝に指定されている。員数は1躯、種別は彫刻、指定番号は00133。通称を白鳳仏という。

文化庁の解説はこう記す。少年を思わせる明るい表情や、体に密着して肉付けの起伏をあらわにみせながら流麗な衣の襞が表される着衣など、いわゆる白鳳仏の特色をよく示し、7世紀後半から末の作とみられる。初唐様式を受容しつつ、独特の清新な表現に到達した当代彫刻の名品である、と。

倚像とは、椅子に腰かけて両足を前に垂らした姿をいう。立像でも坐像でもない第三の形式で、如来像としては例が多くない。名称の「倚」はこの姿勢を指す。

白鳳仏とは ― 初唐様式の受容

白鳳は美術史上の区分で、飛鳥時代後期にあたる。政治史の時代区分ではないため、文化庁は「飛鳥時代」と記し、解説の中で「いわゆる白鳳仏」と呼ぶ。

文化庁が挙げる特色は三つある。少年を思わせる明るい表情。体に密着して肉付けの起伏をあらわにみせる着衣。流麗に表される衣の襞。いずれも像の見え方に即した記述で、様式の名前ではなく観察の言葉で書かれている。

そのうえで「初唐様式を受容しつつ、独特の清新な表現に到達した」と評する。中国・初唐の様式を取り入れながら、そこにとどまらない表現に達したという評価である。受容と到達を二段に分けて書いている点が、この解説の要点にあたる。

調布市の記録によれば、作風などから、法隆寺の夢違観音(国宝)や新薬師寺の香薬師(重要文化財)と同じ工房で鋳造された可能性が指摘されている。ただしこれは指摘であって確定ではない。

須弥壇の下から見つかった

この像は長く忘れられていた。

文化遺産オンラインの記録によれば、深大寺の銅造釈迦如来倚像は開山当時の本尊と伝えられてきたが、慶応元年(1865年)の深大寺諸堂炎上後、その存在が忘れられていた。明治42年(1909年)、東京帝国大学理学部人類学教室助手であった柴田常恵らにより元三大師堂の須弥壇下から発見され、大正2年(1913年)に旧国宝に指定された。

火災で堂が焼けたあと、像は元三大師堂の須弥壇の下に置かれたまま44年を経た。発見者は仏教美術の研究者ではなく人類学教室の助手である。発見の4年後に旧国宝となり、さらに104年後の2017年に国宝となった。

大正4年(1915年)には82世堯文により白木の厨子が新造された。その後、深大寺と親交のあった料亭「八百善」の八代目栗山善四郎を中心に新しい厨子を寄進したいとの申し出があり、昭和7年(1932年)に奉納されている。厨子の制作は、奉加者の一人である日本画家安田靫彦の依頼で、奈良の漆芸家である吉田包春が行った。

関東における位置

調布市は、この像の位置づけを二点で説明する。

第一に、関東の国宝の仏像のうち、長く同じ場所・同じ寺に伝来したという点では、鎌倉高徳院の大仏(銅造阿弥陀如来坐像)に次いで2例目にあたる。博物館や美術館に収蔵されたものではなく、寺に伝わり続けた国宝仏という条件での2例目である。

第二に、製作が13世紀中頃の鎌倉大仏より550年近くさかのぼるため、東日本最古の国宝仏ということになる。

白鳳仏は奈良に多く、関東に伝わった例は少ない。なぜ関東にあるのかについては、中央で作られたものが運ばれたとする説と、当時武蔵野に移り住んでいた渡来系の人々によって現地で作られたとする説があり、決着していない。本稿もどちらとも断定しない。

拝観

像は釈迦堂に安置されている。拝観時間は午前9時から午後5時まで、拝観料は無料である。像の写真撮影は禁止されている。

特別展のために館外へ貸し出されることがある。2021年には東京国立博物館の特別展、2025年には奈良国立博物館の特別展に出陳された。訪問前に深大寺の案内を確認したい。

右手は施無畏印を結ぶが、中指と薬指の先を欠損している。頭部は如来像に多い螺髪ではなく、凹凸を彫り出した形である。全高83.9センチメートル、坐高59.3センチメートル。

交通は京王線の調布駅からバスで約15分、深大寺下車。JR中央線の吉祥寺駅や三鷹駅からもバスの便がある。

Q&A

Q深大寺の銅造釈迦如来倚像はいつ国宝に指定されましたか。
A2017年(平成29年)9月15日です。同年3月10日に文化審議会が答申し、9月15日付官報の文部科学省告示第112号で告示されました。それに先立つ1913年(大正2年)4月14日には旧国宝に指定されています。員数は1躯、種別は彫刻です。
Q倚像とは何ですか。
A椅子に腰かけて両足を前に垂らした姿をいいます。立像でも坐像でもない第三の形式で、如来像としては例が多くありません。深大寺の像は全高83.9センチメートル、坐高59.3センチメートルです。
Qこの像が国宝とされた理由は何ですか。
A文化庁は、少年を思わせる明るい表情、体に密着して肉付けの起伏をあらわにみせる着衣、流麗な衣の襞といった白鳳仏の特色をよく示すとし、初唐様式を受容しつつ独特の清新な表現に到達した当代彫刻の名品と評価しました。7世紀後半から末の作とみられます。
Qこの像はどのように再発見されたのですか。
A慶応元年(1865年)の諸堂炎上後に存在が忘れられていましたが、明治42年(1909年)、東京帝国大学理学部人類学教室助手であった柴田常恵らにより元三大師堂の須弥壇下から発見されました。火災から44年を経ての発見で、その4年後に旧国宝に指定されています。
Q深大寺の釈迦如来倚像は拝観できますか。
A釈迦堂に安置され、午前9時から午後5時まで拝観できます。拝観料は無料で、写真撮影は禁止です。特別展のために館外へ貸し出されることがあるため、訪問前に深大寺の案内を確認してください。京王線調布駅からバスで約15分です。

基本情報

名称銅造釈迦如来倚像(どうぞうしゃかにょらいいぞう)/通称 白鳳仏
所在地東京都調布市深大寺元町5-15-1 深大寺
指定区分国宝(彫刻)/指定番号00133
指定年1913年(大正2年)4月14日 旧国宝/2017年(平成29年)9月15日 国宝
員数1躯
寸法全高83.9センチメートル、坐高59.3センチメートル。椅子に腰かけ両足を前に垂らす倚像。右手は施無畏印で中指と薬指の先を欠損。頭部は螺髪ではなく凹凸を彫り出す。飛鳥時代
所有者深大寺
公開状況釈迦堂に安置。午前9時から午後5時、拝観無料。写真撮影は禁止。特別展のため館外へ貸し出されることがある

参考文献

調布市 深大寺白鳳仏が国宝(美術工芸品・彫刻)指定
https://www.city.chofu.lg.jp/100200/p073023.html
文化遺産オンライン 深大寺釈迦如来倚像厨子及び関連仏具一式
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/398935
深大寺 公式サイト
https://www.jindaiji.or.jp/
調布市観光協会 深大寺
https://csa.gr.jp/contents/16328

最終更新日: 2026.09.03