はじめに:1500年の時を超えて輝く黄金の鏡
東京・世田谷区の五島美術館に、1500年以上の時を経てなお金色の輝きを放つ宝物が眠っています。それが、国指定重要文化財「鎏金獣帯鏡(りゅうきんじゅうたいきょう)」です。古墳時代の日本と大陸との交流を物語るこの鏡は、中国の精緻な工芸技術と、日本の古墳文化が出会った証でもあります。
この鏡の表面には、東西南北を守護する四神(青龍・白虎・朱雀・玄武)が刻まれ、その銘文には宇宙の調和と持ち主の幸福を祈る言葉が記されています。単なる実用品を超え、霊的な力を宿すと信じられていた古代の鏡の世界へ、ご一緒に足を踏み入れてみましょう。
鎏金獣帯鏡とは
鎏金獣帯鏡は、直径20.3センチメートル、重量1284.3グラムの青銅製の鏡です。「鎏金(りゅうきん)」とは、水銀に金を溶かしたアマルガムを青銅の表面に塗布し、加熱して水銀を蒸発させることで金の被膜を定着させる古代の技法で、「火鍍金(ひときん)」とも呼ばれます。この技法により、鏡は黄金色に輝き、その美しさは千年以上を経た今日でも色褪せることがありません。
「獣帯鏡」という名称は、鏡背面の中央にある紐(ちゅう)の周囲に、神獣や瑞獣が帯状に配置された装飾様式に由来します。本品には、中国神話に登場する四神(朱雀・青龍・玄武・白虎)をはじめとする仙界の瑞獣が巡らされています。
この鏡は、中国・六朝時代(劉宋)の5世紀に製作されました。しかし、そのデザインは後漢時代・1世紀中葉に作られた鏡から型を取って「踏み返し(ふみかえし)」と呼ばれる複製技法で作られたものです。優れたデザインの鏡を後世に伝える、古代中国の知恵が生んだ作品といえるでしょう。
四神:宇宙を守護する霊獣たち
鏡に刻まれた四神は、古代中国で発祥し、日本にも深く根付いた宇宙観を体現しています。四神はそれぞれ東西南北の四方位を守護し、五行思想に基づいて季節や色、自然界の要素と結びつけられています。
東を守る青龍(せいりゅう)は、春と木の気を司り、青緑色で表されます。繁栄と発展、変容の力を象徴し、金運や商売繁盛をもたらすとされています。西を守る白虎(びゃっこ)は、秋と金の気を司り、白色で表されます。古代中国では百獣の王とされ、勇猛さと武力の象徴でした。
南を守る朱雀(すざく)は、夏と火の気を司り、朱色(赤色)で表されます。大きな翼を広げた鳥の姿で描かれ、邪気を払い平安をもたらすとされています。北を守る玄武(げんぶ)は、冬と水の気を司り、黒色で表されます。亀と蛇が絡み合った姿で描かれ、長寿と知恵、防御の力を象徴しています。
本品の銘文には「右の虎と左の龍が不吉を取り除き、朱雀と玄武が陰陽を調和させて天体や季節が順調にめぐるようにする」という意味が記されており、四神が持つ護符としての機能が明確に示されています。
発見の経緯と歴史的意義
この鏡は、明治2年(1869年)に岐阜県揖斐郡大野町の南出口古墳(別名:城塚古墳)から出土しました。この古墳は、国指定史跡「野古墳群」を構成する古墳の一つで、5〜6世紀の地域権力者の墓域として知られています。
南出口古墳は、全長約75メートルの前方後円墳で、後円部の直径は約39メートル、高さ約6.2メートルを測ります。鏡は後円部の竪穴式石室から発見され、馬具や大刀などの副葬品とともに出土しました。これらの出土品は、被葬者が相当の権力と財力を持った人物であったことを示しています。
日本の古墳から中国製の鎏金鏡が発見されたことは、古墳時代における日本列島と大陸との交流を物語る重要な証拠です。このような高級品は、中国王朝から日本の首長への下賜品であったり、遣使によってもたらされたりしたと考えられています。
なぜ重要文化財に指定されたのか
鎏金獣帯鏡は、昭和28年(1953年)3月31日に国の重要文化財に指定されました。その指定理由は、歴史的・芸術的・学術的価値が極めて高いことにあります。
第一に、古代中国の冶金技術と芸術性の粋を示す傑作であることです。鎏金の技法は高度な技術を要し、その仕上がりの美しさと耐久性は現代の技術者も舌を巻くほどです。1500年以上を経た今日でも、金色の輝きを保っていることがその証左です。
第二に、古墳時代の日中交流を示す貴重な考古資料としての価値です。エリート層の古墳から出土した舶載品(中国からの輸入品)として、当時の政治的関係や交易ネットワークを解明する手がかりを提供しています。
第三に、四神信仰や陰陽五行思想という東アジア共通の宗教・宇宙観を伝える文化史料としての重要性です。銘文と図像は、古代人が鏡に込めた祈りと世界観を今に伝えています。
五島美術館で鑑賞する
鎏金獣帯鏡は現在、東京都世田谷区上野毛にある五島美術館に収蔵されています。五島美術館は、東急グループの創業者・五島慶太のコレクションを基に、1960年(昭和35年)に開館しました。国宝5件、重要文化財約50件を含む約5000件の日本・東洋古美術品を所蔵し、中でも国宝『源氏物語絵巻』の所蔵館として広く知られています。
美術館本館は、昭和を代表する建築家・吉田五十八の設計によるもので、日本建築の伝統美と近代的機能を融合させています。本館の奥には武蔵野台地の国分寺崖線の地形を活かした回遊式庭園が広がり、国登録有形文化財の茶室「冨士見亭」「古経楼」や、古い石仏などが点在しています。
五島美術館には常設展示がなく、年間6〜7回の企画展で所蔵品が紹介されます。鎏金獣帯鏡が常に展示されているわけではありませんので、ご来館の際は事前に展覧会情報をご確認ください。
出土地・野古墳群を訪ねる
鏡の出土地である岐阜県揖斐郡大野町の野古墳群は、国指定史跡として公開されています。南出口古墳(城塚古墳)のほか、モタレ古墳、不動塚古墳、乾屋敷古墳など、古墳時代中期から後期にかけて築造された前方後円墳が集中しており、当時の地域社会の姿を今に伝えています。
大野町周辺には観光スポットも充実しています。150種2000株のバラが咲き誇る「大野町バラ公園」、旧名鉄揖斐線の駅舎を活用した「黒野駅レールパーク」、地元の特産品が揃う「道の駅パレットピアおおの」、そして日帰り温泉を楽しめる「おおの温泉」など、歴史探訪と合わせて訪れたいスポットが点在しています。
Q&A
- 「鎏金」とはどのような技法ですか?
- 鎏金(りゅうきん)は「火鍍金(ひときん)」「アマルガム鍍金」とも呼ばれる古代の金メッキ技法です。水銀に金を溶かしたアマルガム(合金)を青銅器の表面に塗布し、火で加熱することで水銀を蒸発させ、金の被膜を定着させます。電気メッキが存在しない時代において、最も耐久性と美しさを兼ね備えた金装飾技法でした。
- なぜ古代の墓に鏡を副葬したのですか?
- 古代の中国や日本では、鏡は神秘的な力を持つと考えられていました。光を反射し姿を映す鏡は、太陽の光の象徴であり、邪悪なものを退ける力があると信じられていたのです。また、鏡は権威の象徴でもあり、三種の神器の一つである八咫鏡(やたのかがみ)にも見られるように、神聖な祭祀具としても重視されていました。墓への副葬は、被葬者を守護し、来世への旅路を照らす意味があったと考えられています。
- 五島美術館へのアクセス方法は?
- 東急大井町線「上野毛駅」から徒歩約5分です。東急田園都市線「二子玉川駅」からは徒歩約15分かかります。開館時間は10:00〜17:00(入館は16:30まで)、休館日は毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)、展示替期間、夏期整備期間、年末年始です。入館料は一般1,100円、高校・大学生800円、中学生以下無料です。
- 三角縁神獣鏡との違いは何ですか?
- 三角縁神獣鏡は、縁の断面が三角形で、中国の神仙と霊獣を描いた鏡です。3〜4世紀の日本の古墳から多数出土し、邪馬台国の卑弥呼に下賜された鏡ではないかという議論があります。一方、鎏金獣帯鏡は5世紀の製作で、鎏金という金メッキが施されている点、四神を中心とした図像構成という点で異なります。両者とも大陸との交流を示す重要な考古資料ですが、時代と様式が異なります。
- 同様の古代鏡を見られる他の施設はありますか?
- 東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館では多くの古代鏡を所蔵・展示しています。天理大学附属天理参考館も考古資料のコレクションで知られています。四神の図像に興味がある方には、奈良県明日香村のキトラ古墳や高松塚古墳の壁画(複製)が展示される施設もおすすめです。
基本情報
| 名称 | 鎏金獣帯鏡(りゅうきんじゅうたいきょう) |
|---|---|
| 文化財指定 | 国指定重要文化財(昭和28年3月31日指定) |
| 時代 | 中国・六朝(宋)時代・5世紀(原型は後漢時代・1世紀中葉) |
| 製作地 | 中国 |
| 材質・技法 | 青銅製鍍金(鎏金) |
| 寸法・重量 | 径20.3cm / 重量1284.3g |
| 出土地 | 岐阜県揖斐郡大野町大字野字南出口 城塚古墳(南出口古墳) |
| 出土年 | 明治2年(1869年) |
| 所蔵 | 公益財団法人五島美術館 |
| 所在地 | 〒158-0093 東京都世田谷区上野毛3-9-25 |
| 開館時間 | 10:00〜17:00(入館は16:30まで) |
| 休館日 | 毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)、展示替期間、夏期整備期間、年末年始 |
| アクセス | 東急大井町線「上野毛駅」下車徒歩約5分 |
参考文献
- [鍍金]細線式獣帯鏡(同型鏡) | 公益財団法人 五島美術館
- https://www.gotoh-museum.or.jp/2020/10/18/05-161-072/
- 鎏金獣帯鏡 - 文化遺産データベース
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/135037
- 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/9710
- 史跡野古墳群 | 大野町
- https://www.town-ono.jp/0000000491.html
- 五島美術館 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/五島美術館
- 四神 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/四神
- 銅鏡 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/銅鏡
最終更新日: 2025.12.05
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