1巻の経巻 ― 1955年に国宝

白描絵料紙理趣経は、東京都世田谷区上野毛3-9-25の五島美術館にある鎌倉時代の経巻で、1955年(昭和30年)6月22日に国宝に指定された。所有は財団法人五島美術館である。

文化庁データベースの重要文化財指定年月日の欄は空欄で、重要文化財を経ずに国宝へ指定されている。これまで扱った中で21件目にあたる。

所蔵館の記録によれば、紙本墨書・墨画の一巻で、縦25.3センチメートル、全長456.3センチメートル、建久四年(1193年)とされる。通称を目無経という。

未完の絵巻の下絵が、写経の紙に転用された

この経巻の成り立ちは、奥書から分かる。

所蔵館は次のように記す。建久四年(1193年)の奥書によると、後白河法皇が某禅尼と企画していた物語絵巻の制作が、法皇の崩御により未完のまま打ち切られ、法皇の菩提を弔うために、残った下絵を写経料紙に転用したものとわかる。

作りかけの絵巻があった。計画した人が亡くなり、絵巻は中止された。残った下絵の紙に、経が書かれた。

瑞龍寺では、修理で外した古材から香合が作られていた。使われなくなった材が別の物になる点は同じである。

ただし本件は、中止の原因となった人を弔うために転用されている。材料が余ったから使ったのではなく、その人のために使われた。

目鼻が描かれていないことが、名になっている

通称の由来も記録される。

下絵の人物の目鼻の多くが描かれていないことから、目無経と呼ぶ、とある。

下絵は途中の段階だった。顔の細部まで描き込まれる前に、制作が止まっている。その未完の状態が、そのまま通称になった。

紙本墨画五部心観では、名称に「巻初を欠く」と欠損が書き込まれていた。太刀の銘には「以下不明」があった。それらは記録が欠けを説明する書き方である。

本件は違う。欠けていること自体が名前になっている。

太刀〈銘三条(名物三日月宗近)〉の三日月は、刃に現れた模様から付いた号だった。あちらは有るものから、こちらは無いものから名が来ている。

物語の内容は分からない

下絵が何を描いたものかについて、所蔵館は明言しない。

物語の内容は未詳、とある。

絵は残っている。それでも、何の物語かは分からない。詞書が付かないまま料紙に転用されたためと考えられる。

紙本著色寝覚物語絵巻や紙本著色当麻曼荼羅縁起では、何を描いたものかが名称に入っていた。本件は絵が残りながら、主題が失われている。

書いた人の名は分かる。所蔵館は、写経の筆者は平清盛の弟頼盛の子静遍、梵字は信西入道の孫の京都・醍醐寺の成賢、と記す。

絵を描いた人の名はない。経を書いた人の名は残り、下絵を描いた人の名は残らなかった。

同じ由来の紙が、分かれて指定されている

白描絵料紙という語をもつ物件は、ほかにもある。

白描絵料紙墨書金光明経〈巻第三〉は京都国立博物館にあり、1953年(昭和28年)11月14日に国宝となっている。鎌倉、1192年とされる。

白描絵料紙墨書金光明経〈巻第二断簡〉は大阪府池田市の公益財団法人阪急文化財団にあり、1935年(昭和10年)4月30日に重要文化財となっている。巻第四断簡もある。

これらも目無経と呼ばれる。同じ性格の紙が、経の種類ごと、巻ごとに分かれ、所有者も区分も違っている。

所在は東京都世田谷区上野毛で、所有は財団法人五島美術館である。館が保管する経巻であり、常設で公開される性格のものではない。紙に書かれたものは光に弱く、公開期間が限られる。展示の予定は変わることがあるため、訪問前に確認したい。

Q&A

Q白描絵料紙理趣経はいつ国宝に指定されましたか。
A1955年(昭和30年)6月22日です。所在は東京都世田谷区上野毛の五島美術館、所有は財団法人五島美術館です。重要文化財指定年月日の欄は空欄で、重要文化財を経ていません。
Qどのように作られたのですか。
A所蔵館は、後白河法皇が企画していた物語絵巻が法皇の崩御で未完のまま打ち切られ、法皇の菩提を弔うために残った下絵を写経料紙に転用したものと記します。建久四年(1193年)の奥書によります。
Q「目無経」とは何ですか。
A通称です。所蔵館は「下絵の人物の目鼻の多くが描かれていないことから、目無経と呼ぶ」と記します。下絵が途中の段階で止まっており、その未完の状態が名になっています。
Qどのような物語が描かれているのですか。
A分かっていません。所蔵館は「物語の内容は未詳」と記します。絵は残っていますが、何の物語かは判明していません。
Q同じような物件はありますか。
Aあります。白描絵料紙墨書金光明経は巻第三が京都国立博物館で国宝、巻第二断簡が阪急文化財団で重要文化財です。同じ性格の紙が経の種類や巻ごとに分かれ、所有者も区分も違っています。

基本情報

名称白描絵料紙理趣経(はくびょうえりょうしりしゅきょう)/通称は目無経
所在地東京都世田谷区上野毛3-9-25
指定区分国宝/重要文化財を経ずに国宝へ指定
指定年1955年(昭和30年)6月22日 国宝
員数1巻
寸法所蔵館の記録によれば縦25.3センチメートル、全長456.3センチメートル。紙本墨書・墨画で、白描の物語下絵のある料紙に胡粉を施して銀界線を引き、経を書写する。裏には金銀切箔や野毛を撒く。1193年
所有者財団法人五島美術館
公開状況館が保管する経巻で、常設の公開ではない。紙に書かれたものは光に弱く、公開期間が限られる

参考文献

五島美術館 白描絵料紙理趣経(目無経)
https://www.gotoh-museum.or.jp/2020/10/03/24-90-856/
文化遺産オンライン 白描絵料紙墨書金光明経〈巻第三〉
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/149681
文化遺産オンライン 白描絵料紙墨書金光明経〈巻第二断簡〉
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/126854
五島美術館 公式サイト
https://www.gotoh-museum.or.jp/

最終更新日: 2026.09.05