はじめに:日光だけではない東照宮の魅力

「東照宮」と聞けば、多くの方が栃木県の日光東照宮を思い浮かべることでしょう。しかし、江戸時代には全国各地に徳川家康を祀る東照宮が建立され、その数は最盛期には500社を超えたといわれています。その中でも、鳥取県鳥取市にひっそりと佇む鳥取東照宮(旧:樗谿神社)は、日光東照宮を手がけた名工たちの技術を今に伝える貴重な存在です。

本殿・拝殿・幣殿・唐門の4棟が国の重要文化財に指定されているこの神社は、観光客で賑わう日光とは対照的に、静謐な空気の中でゆっくりと歴史と建築美を堪能できる穴場スポット。古来の植生が残る森に抱かれ、初夏にはホタルが舞う自然豊かな環境も大きな魅力です。

歴史と由緒:徳川家康の曾孫が創建した因幡の東照宮

鳥取東照宮の創建者は、鳥取藩初代藩主の池田光仲(いけだみつなか)です。光仲は、徳川家康の次女・督姫(とくひめ)を祖母に持つ家康の曾孫という血筋でした。

光仲はわずか3歳で藩主となり、慶安元年(1648年)、16年の時を経てようやく初めてのお国入りを果たします。19歳となった若き藩主は、藩主としての威厳を示すとともに、偉大な曾祖父・家康への追慕の念から、幕府に東照宮の勧請を願い出ました。

許可を得た光仲は、樗谿(おうちだに)と呼ばれる谷間を選び、慶安2年(1649年)より造営工事を開始。翌慶安3年(1650年)9月、因幡東照宮は完成を見ました。かつて豊臣系大名の雄として知られた池田家が、徳川家への恭順の意を示す象徴的な存在でもあったのです。

なお、池田家は外様大名でありながら、徳川家との血縁により「親藩」に準じる扱いを受け、松平姓と葵紋の使用を許されていました。江戸城に登城する際には、玄関の式台まで刀を持ち込むことができたといい、その特別な地位を示すものとして因幡東照宮は藩の象徴的な存在でした。

社名の変遷:東照宮から樗谿神社、そして再び東照宮へ

創建以来「東照宮」あるいは「東照権現」と呼ばれ、地元の人々からは親しみを込めて「権現さん」と呼ばれてきたこの神社は、明治維新後に大きな転機を迎えます。

明治7年(1874年)、神仏分離政策の影響を受け、池田家の藩祖である池田忠継・忠雄・光仲の三柱を合祀し、社名を「樗谿神社(おうちだにじんじゃ)」と改称。さらに明治11年には最後の藩主・池田慶徳も合祀され、以来祭神は5柱となっています。

その後130年以上にわたり樗谿神社の名で親しまれてきましたが、平成23年(2011年)10月、本来の由緒を明確にするため「鳥取東照宮」へと改称。鳥取藩との縁を示す「鳥取」の名を冠し、現在に至っています。

重要文化財に指定された理由:建築的価値

昭和27年(1952年)、鳥取東照宮の本殿・拝殿・幣殿・唐門の4棟は国の重要文化財に指定されました。その価値は以下の点に集約されます。

日光東照宮を手がけた名工の技

建築にあたっては、幕府お抱えの棟梁・藤原義久をはじめ、日光東照宮の造営に携わった名工たちが招聘されました。近年の修復工事では、拝殿の垂木に「慶安二年七月廿三日」の墨書が発見され、着工時期が確認されています。

簡素にして気品ある美しさ

日光東照宮が極彩色の豪華絢爛な装飾で知られるのに対し、鳥取東照宮は白木のケヤキ材をそのまま化粧材として使用した簡素な造りが特徴です。桃山様式の飾り金具と相まって、「簡素にして気品に満ちた」建築として高く評価されています。

建築様式の詳細

本殿は桁行3間、梁間2間の入母屋造で、檜皮葺(ひわだぶき)の屋根を持ちます。周囲には石玉垣が巡らされ、神聖な空間を形成しています。本殿扉上の桁には鷹の彫刻があり、日光東照宮の「眠り猫」で知られる伝説的な彫刻家・左甚五郎の作と伝えられています。

唐門は平唐門形式で、本殿前に設けられた中門として機能しています。拝殿と幣殿は凸形につながり、入母屋造・柿葺(こけらぶき)の総ケヤキ造りとなっています。

江戸時代前期の代表的な神社建築

これらの建造物は桃山期の手法をよく示しており、江戸時代前期の代表的な神社建築として、その歴史的・芸術的価値が認められています。

見どころ・魅力

参道と石畳

樗谿公園入口から神社へ向かう参道は、渓流に沿って続く風情ある道のりです。モミやシイ、カシなどの常緑樹が生い茂り、苔むした石灯籠が点在する中を歩けば、日常から離れた静謐な空間に身を置くことができます。この森は昭和56年(1981年)に「樗谿神社社叢」として鳥取市の天然記念物に指定されており、古来の植生が今なお残されています。

随神門

参道の途中に建つ随神門は、神域への入口を示す重要な門です。この門をくぐると、より厳かな雰囲気の中へと導かれます。門の先には美しい石畳が続き、本殿・拝殿へと参拝者を誘います。

重要文化財の社殿群

4棟の重要文化財が一つの境内にまとまって現存していることは、建築史上極めて貴重です。白木のケヤキ材が経年により味わい深い色合いを帯び、桃山様式の飾り金具がさりげない華やぎを添えています。石玉垣に囲まれた本殿の佇まいは、荘厳でありながらも親しみやすい雰囲気を醸し出しています。

大宮池

神社の奥には大宮池(おおみやいけ)があります。東照宮造営以前から存在したと考えられるこの池は、かつて村人たちが水田を灌漑するために渓水を堰き止めて作った人工の堤です。現在は周囲の緑を映し出す静かな水面が、神社の景観に奥行きを与えています。

ホタルの名所(6月)

鳥取東照宮・樗谿公園は、市街地にありながらホタルが自然に生息する貴重な場所です。平成元年(1989年)には環境庁の「ふるさと生き物の里」に認定されました。また、天然記念物「キマダラルリツバメ」など希少な生物も生息しています。6月の夕暮れ時には、参道沿いの小川や池でゲンジボタルの幻想的な光の舞を楽しむことができます。

麒麟獅子舞発祥の地

鳥取東照宮は、因幡・但馬地方に伝わる「麒麟獅子舞(きりんじしまい)」発祥の地としても知られています。承応元年(1652年)、初めての御幸神事(お祭り)で麒麟獅子舞が登場し、その後約150の神社や村々に広まりました。

麒麟獅子は、伝説上の瑞獣「麒麟」をかたどった獅子頭が特徴で、二人立ちで舞われます。地を這うようにゆっくりと頭を回したり、伸び上がるような独特の動きが魅力です。能を愛好した池田光仲が、能からヒントを得て取り入れたとも言われており、傍らで舞う「猩々(しょうじょう)」も能に由来しています。

鳥取東照宮に伝わる麒麟獅子は、一般的な赤い衣装ではなく深い緑色の衣装が特徴で、現在は鳥取県立博物館に保管されています。特別展示の際にのみ実物を目にすることができます。

祭典・年中行事

春秋例祭

毎年4月17日には、徳川家康公の命日に合わせて春季例祭が執り行われます。10月の第2土曜日には秋季例祭が行われ、地域の繁栄と平和が祈願されます。

権現まつり(10月)

秋季例祭に合わせて開催される権現まつりは、神輿渡御(みこしとぎょ)を中心とした賑やかなお祭りです。江戸時代、藩をあげて盛大に執り行われた御幸神事の名残を今に伝えています。麒麟獅子舞の奉納も行われ、伝統芸能を間近で見ることができる貴重な機会となっています。

楽座楽市

秋祭りに合わせて開催される「楽座楽市」では、地元の物産やグルメ、伝統工芸などが一堂に会します。地域の人々の交流の場として、また観光客にとっては鳥取の魅力を発見する機会として人気を集めています。

周辺情報

樗谿公園

神社への参道沿いに広がる樗谿公園は、市民の憩いの場として親しまれています。梅林には数百本の梅が植えられ、春には爛漫と咲き誇ります。芝生広場や遊歩道も整備され、休憩所「梅鯉庵(ばいりあん)」では四季折々の風景を眺めながら休息できます。紅葉の季節には、モミジが谷間を赤く染め上げます。

鳥取市歴史博物館「やまびこ館」

樗谿公園の入口に位置する歴史博物館。鳥取の歴史と文化を原始時代から現代まで紹介しています。鳥取東照宮や池田家に関する展示もあり、神社参拝の前後に立ち寄ると理解が深まります。

周辺の歴史スポット

鳥取城跡から鳥取東照宮にかけてのエリアは、池田家と鳥取藩ゆかりの社寺が集積する歴史ゾーンとなっています。

  • 観音院庭園:国の名勝に指定された桃山時代の回遊式庭園
  • 興禅寺:池田家の菩提寺で、歴代藩主の墓所がある
  • 大雲院:かつて東照宮を管理していた別当寺
  • 長田神社:鳥取藩ゆかりの古社

鳥取城跡・久松公園

神社から約1.5kmの距離にある鳥取城跡は、天正9年(1581年)の羽柴秀吉による鳥取城攻めで知られる歴史的な城跡です。石垣を登れば、鳥取市街と日本海を一望できます。麓の久松公園は桜の名所として有名で、春には多くの花見客で賑わいます。

訪問のコツ

おすすめの季節

それぞれの季節に魅力があります。春(2〜4月)は梅と桜、初夏(6月)はホタル観賞、秋(10〜11月)は紅葉と権現まつり、冬は雪化粧した社殿の凛とした美しさを楽しめます。

写真撮影のポイント

白木の社殿と緑の森のコントラストは、どの季節でも美しい写真が撮れます。特に早朝や夕方の柔らかい光の中での撮影がおすすめです。随神門から本殿を望む構図、石畳と石灯籠が続く参道なども絵になるスポットです。

他の観光地との組み合わせ

鳥取東照宮への訪問は、他の鳥取市内の観光スポットと組み合わせると効率的です。鳥取砂丘(日本最大級の砂丘)、浦富海岸(山陰海岸ジオパーク)、城下町の歴史散策などとの組み合わせがおすすめです。

まとめ:知る人ぞ知る歴史の宝庫

鳥取東照宮は、日光東照宮の華やかさとは異なる「簡素の美」を体現する神社です。同じ名工たちが手がけた建造物でありながら、白木のままの凛とした佇まいは、日本建築の別の側面を教えてくれます。

観光客で混雑することなく、古来の森に囲まれた静かな環境で、江戸時代初期の建築美をじっくりと味わえる——それこそが鳥取東照宮の最大の魅力といえるでしょう。麒麟獅子舞という独自の文化、ホタルが舞う初夏の夜、四季折々に彩りを変える樗谿の自然。歴史と自然が調和したこの場所は、訪れる人の心に静かな感動を残してくれることでしょう。

Q&A

Q鳥取東照宮、樗谿神社、因幡東照宮の違いは何ですか?
Aすべて同じ神社の異なる時代の名称です。慶安3年(1650年)の創建時は「因幡東照宮」、明治7年(1874年)に「樗谿神社」に改称され、平成23年(2011年)に「鳥取東照宮」となりました。地元では「権現さん」という愛称でも親しまれています。
Q日光東照宮と比べてどのような違いがありますか?
Aどちらも同じ棟梁が手がけ、徳川家康を祀る点は共通していますが、建築様式は対照的です。日光が極彩色の豪華な装飾で知られるのに対し、鳥取は白木のケヤキ材をそのまま活かした簡素で気品ある造りが特徴。観光客も少なく、静かな環境でじっくりと建築美を堪能できます。
Q拝観料や参拝時間はありますか?
A鳥取東照宮および樗谿公園は無料で、いつでも参拝・散策が可能です。隣接する鳥取市歴史博物館「やまびこ館」は別途入館料と開館時間があります。駐車場は神社近くに約5台分の無料駐車場があり、博物館にも駐車場があります。
Qホタルを見るのに最適な時期と時間帯は?
Aホタルのシーズンは例年6月上旬から中旬頃で、特に最初の2週間がピークとなります。観賞に最適な時間帯は午後8時頃から9時30分頃まで。蒸し暑く風のない穏やかな夜が見頃です。参道沿いの小川や池周辺がメインの観賞スポットとなります。
Q左甚五郎作と伝わる鷹の彫刻は見られますか?
A鷹の彫刻は本殿の屋根構造の桁(垂木)部分にあります。参拝エリアからは細部まで確認するのは難しい場合がありますが、日光東照宮の「眠り猫」を彫った名工と同じ人物の作品と伝えられることを知った上で社殿を眺めると、より深い感慨を覚えることでしょう。

基本情報

正式名称 鳥取東照宮(とっとりとうしょうぐう)/旧称:樗谿神社(おうちだにじんじゃ)
文化財指定 国指定重要文化財(昭和27年指定):本殿、拝殿及び幣殿、唐門
創建 慶安3年(1650年)
創建者 池田光仲(鳥取藩初代藩主)
主祭神 東照大権現(徳川家康)、配神として池田忠継・忠雄・光仲・慶徳
建築様式 入母屋造、白木ケヤキ造り、檜皮葺(本殿)・柿葺(拝殿・幣殿)
棟梁 藤原義久ほか日光東照宮の造営に携わった名工たち
所在地 〒680-0015 鳥取県鳥取市上町87
拝観料 無料
アクセス JR鳥取駅から100円循環バス「くる梨」(赤コース)で約20分、「樗谿公園やまびこ館前」下車、徒歩約8分/JR鳥取駅から車で約10分
駐車場 約5台(無料)、やまびこ館駐車場も利用可
公式サイト https://tottori-toshogu.jp/

参考文献

鳥取東照宮 公式サイト
https://tottori-toshogu.jp/
鳥取東照宮 歴史・由緒 - 公式サイト
https://tottori-toshogu.jp/history/
鳥取東照宮(樗谿神社)・樗谿公園 - とっとり旅(鳥取県公式観光情報サイト)
https://www.tottori-guide.jp/tourism/tour/view/14
鳥取東照宮(旧樗谿神社) - 鳥取市観光サイト
https://www.torican.jp/spot/detail_1017.html
鳥取東照宮 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/鳥取東照宮
樗谿神社、本殿、唐門、拝殿及び幣殿 - 日本遺産ポータルサイト
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4494/
鳥取東照宮 - 鳥取縣神社廳
https://tottori-jinjacho.jp/pages/84/
鳥取東照宮とその社号 - 鳥取市歴史博物館 やまびこ館
https://www.tbz.or.jp/yamabikokan/yamabiko/4484/

最終更新日: 2026.01.28

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