4棟の社殿 ― 1952年に重要文化財
樗谿神社は、鳥取県鳥取市上町にある建造物で、1952年(昭和27年)7月19日に重要文化財に指定された。国宝ではなく、重要文化財としての指定である。所有は鳥取東照宮である。
鳥取県神社庁は、各種指定として本殿・唐門・幣殿・拝殿を国重要文化財有形建造物、昭和27年と記す。4棟が対象になる。
創建は慶安3年(1650年)である。鳥取藩主の池田光仲が幕府に東照宮の勧請を願い出て、慶安元年(1648年)12月に許可を得、翌年から造営工事に着手した。
文化財の名称と、所有者の名が違っている
同じ神社が、二つの名で記録されている。
文化財としての名称は樗谿神社である。一方、所有者名の欄は鳥取東照宮とされる。
鳥取東照宮の記録によれば、この神社ははじめ東照宮と称し、のちに樗谿神社となり、現在は再び鳥取東照宮と称している。
文化財の名称は、樗谿神社であった時期の名で登録されたまま残っていることになる。
功山寺仏殿では、寺が当初は長福寺と称したと記されていた。明王院も常福寺から改めている。いずれも解説文のなかで触れられる。
本件は名称の欄と所有者名の欄が食い違う形で表れている。谷の名も変わっており、王寺谷、大日ヶ谷を経て樗谿になったとされる。
本殿は、一本の巨木から建てられた
材の調達について、詳しい記録が残る。
鳥取東照宮は、鳥取藩医の小泉友賢が記した因幡民談記を引く。
本殿はケヤキをつかい、白木造りで建てた。良質な材料を選ぶのに探しまわり、最終的には智頭郡で稀有な巨木を切り出した、とある。
続けて、本殿はこの材のみで建造して余りある程であったという、とされる。一本の木で足り、さらに余ったことになる。
石谷家住宅では、智頭地方特産の良質な杉材などの銘木を用いる、とされていた。同じ智頭の材である。
あちらは杉、こちらはケヤキで、時代も大正から昭和と江戸前期に離れる。同じ土地の木が、二つの重要文化財に使われている。
墨書の日付が、創建の年より前である
修復で見つかった文字が、創建より早い年を示す。
鳥取東照宮は、近年の修復工事において、神社拝殿の垂木に慶安二年七月廿三日の墨書が見い出されている、と記す。
慶安二年は1649年である。創建とされる慶安3年(1650年)より1年早い。
造営は慶安元年(1648年)12月に許可を得て翌年から着手されている。墨書の日付は、その工事の途中にあたる。
正福寺地蔵堂では、尾垂木尻の持送りの墨書から建立年代と山号と本尊が分かった。功山寺仏殿では、内陣来迎柱の墨書が寺の開創より7年早かった。
本件は、墨書が拝殿の垂木にあり、創建の年より前を指している。工事中に部材へ書き付けられたものと読める。
参拝
所在は鳥取県鳥取市上町で、所有は鳥取東照宮である。
造営の経緯も因幡民談記に記される。東照宮は最初栗谷に造営する計画であったが、土地が狭かった、とある。
候補地を検討したうえで、昔大日ノ谷といわれ、広くて深く、山が聳えるもの静かな谷に決定した、とされる。
工事は、まず土を運び地を平らにし、石を切り出して参道の石畳にし、山を崩して廟地を広め、沢を埋めて廟前とした、と続く。大善寺本堂では建設費の集め方が記されていた。本件は土地を造る手順が記される。
参道には、慶安3年に上級家臣14名が寄進した20基の石燈籠が並ぶ。境内に建つ建物であり、外観は参拝の際に見ることができる。内部の拝観は神社の定めによる。訪問前に確認したい。
Q&A
- 樗谿神社はいつ指定されましたか。
- 1952年(昭和27年)7月19日に重要文化財へ指定されました。国宝ではなく重要文化財で、本殿・唐門・幣殿・拝殿の4棟が対象です。
- 名称と所有者名が違うのはなぜですか。
- 社名が変わったためです。はじめ東照宮、のちに樗谿神社、現在は再び鳥取東照宮と称します。文化財の名称は樗谿神社であった時期のまま残っています。
- 本殿はどのような材ですか。
- 因幡民談記は「本殿はケヤキをつかい、白木造りで建てた」「智頭郡で稀有な巨木を切り出した」「本殿はこの材のみで建造して余りある程であった」と記します。
- 墨書は見つかっていますか。
- はい。鳥取東照宮は「近年の修復工事において、神社拝殿の垂木に「慶安二年七月廿三日」の墨書が見い出されています」と記します。1649年にあたります。
- なぜこの場所に建てられたのですか。
- 因幡民談記によれば、最初は栗谷の計画でしたが土地が狭く、候補地を検討したうえで「広くて深く、山が聳えるもの静かな谷」に決められました。
基本情報
| 名称 | 樗谿神社(おうちだにじんじゃ)/所有者名の欄は鳥取東照宮 |
|---|---|
| 所在地 | 鳥取県鳥取市上町 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/国宝ではない |
| 指定年 | 1952年(昭和27年)7月19日 重要文化財 |
| 員数 | 本殿・唐門・幣殿・拝殿の4棟 |
| 寸法 | 創建は慶安3年(1650年)。本殿はケヤキの白木造りで、智頭郡から切り出した巨木1本で建てられ余りがあったと伝わる。拝殿の垂木に慶安二年七月廿三日(1649年)の墨書が近年の修復で見つかっている |
| 所有者 | 鳥取東照宮 |
| 公開状況 | 境内に建つ建物で、外観は参拝の際に見ることができる。内部の拝観は神社の定めによる |
参考文献
- 鳥取東照宮 歴史・由緒
- https://tottori-toshogu.jp/history/
- 鳥取東照宮 公式サイト
- https://tottori-toshogu.jp/
- 鳥取縣神社廳 鳥取東照宮
- https://tottori-jinjacho.jp/pages/84/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.06
同エリアの文化財
いずれも同じエリアの徒歩圏内にあるので、あわせての見学がおすすめです。
- 樗谿神社 拝殿及び幣殿 0.00 km
- 樗谿神社 唐門 0.01 km
- 樗谿神社 本殿 0.02 km