羽馬家住宅:合掌造りの原点を今に伝える貴重な民家
富山県南砺市の田向集落にひっそりと佇む羽馬家住宅は、日本の建築遺産の中でも特別な存在です。国指定重要文化財として保護されるこの質素ながらも歴史的に重要な民家は、世界遺産・五箇山地域を象徴する「合掌造り」の最も古い形態を今に伝えています。
周辺に点在する大規模で精巧な合掌造り家屋とは異なり、羽馬家住宅は合掌造りが発展する以前の、山間部で暮らす庶民の生活を垣間見ることができる貴重な建造物です。博物館として再現されたものではなく、数百年にわたる丁寧な維持管理によって当時の姿をそのまま残す、本物の歴史的建築なのです。
羽馬家住宅が国の重要文化財に指定された理由
羽馬家住宅は、昭和33年(1958年)5月14日に国の重要文化財に指定されました。同じ五箇山地方の村上家住宅、岩瀬家住宅とともに、合掌造り民家を代表する建造物として認められたのです。
建築年代は定かではありませんが、建築史の研究者たちは、江戸時代中期の寛文年間(1661〜1672年)頃のものと推定しています。地元の伝承によれば、明和6年(1769年)に田向集落の大半が焼失した際、約4キロ下流の大島集落から移築されたとされています。
この住宅が文化財として高く評価される理由はいくつかあります。まず、五箇山地方の民家としては最も初期的な合掌造りの段階を示していること。次に、後世の改造が極めて少なく、当初の姿を最もよく残していること。そして、チョウナやヤリカンナといった伝統的な手道具による仕上げなど、古式の建築技法が確認できることです。合掌造り建築の進化を理解する上で、かけがえのない学術的価値を持っているのです。
建築的特徴:梁に刻まれた歴史を読む
羽馬家住宅は、後の時代に建てられた合掌造り家屋と比較すると、数多くの古い特徴を見ることができます。建物の規模は桁行14.3メートル、梁間8.8メートル、東西両面に庇が付き、一重三階建ての茅葺屋根を持つ切妻造・妻入の構造です。
間取りは、オエ(囲炉裏のある主要な居間)、デイ(接客用の座敷)、ネマ(寝室)、オマエ(副次的な空間)のわずか4室で構成されています。この簡素な配置が、のちに発展していく大規模な合掌造り家屋の基本形となりました。
特に注目すべきは、ネマ(寝室)の構造です。周囲がほとんど閉ざされており、唯一の出入口として敷居を高くした「帳台構え」が設けられています。この意匠は武家や上層階級の建築から取り入れられたもので、プライバシーの確保と厳しい山の冬の寒さから身を守る工夫が込められています。
内法寸法が5尺6寸(約170センチ)と低いのは、当時の人々の体格と暖房効率を考慮したものです。構造材の表面には、チョウナやヤリカンナによる手仕上げの独特の質感が残っており、後の時代に機械加工に置き換えられた技法をそのまま見ることができます。また、全体に木割りが細いことも、後の時代の合掌造りとは著しく異なる特徴です。
五箇山という文化的背景:より広い遺産の中で理解する
羽馬家住宅は、「五つの山」を意味する五箇山の文化的景観の中に位置しています。この山岳地帯は年間3メートルを超える豪雪に見舞われ、険しい谷と深い雪が何世紀にもわたってこの地域を外界から隔絶してきました。その結果、近代に至るまで独自の生活様式が維持されてきたのです。
江戸時代、五箇山は加賀藩(現在の金沢周辺)の領地でした。険しい地形のため稲作はほぼ不可能で、村人たちは藩の庇護のもと、代替産業を発展させました。火薬の原料となる塩硝の製造、養蚕、和紙づくりが、この山間集落の経済基盤となったのです。
合掌造りの建築様式は、これらの産業に適応して発展しました。60度という急勾配の屋根は豪雪を効果的に落とすとともに、養蚕に最適な広大な屋根裏空間を生み出しました。世界遺産に登録されている相倉や菅沼で見られる大規模な建造物は、この建築伝統が完全に発展した姿です。一方、羽馬家住宅は、この独特の建築様式が生まれた原点を私たちに見せてくれるのです。
羽馬家住宅の見学:訪れる前に知っておきたいこと
博物館に転用された文化財とは異なり、羽馬家住宅は個人の住居としての性格を保っています。外観は自由に見学でき、時期によっては開け放たれた建具越しに内部を垣間見ることもできます。このような本来の姿での保存は、展示された遺物を見るというよりも、300年以上にわたって人々が暮らしてきた建物そのものを味わう体験を提供してくれます。
住宅に隣接する光明寺の境内には、幕末の政治家・勝海舟の揮毫とされる題字を持つ記念碑があります。この碑には、江戸時代に金沢の農民たちがこの地に配流された苦悩の歴史が記されており、この地域にさらなる歴史的な奥行きを加えています。
田向集落自体は、より多くの観光客が訪れる世界遺産の集落とは対照的に、静かな雰囲気を保っています。ここでは観光のペースがかなり緩やかで、混雑することなく本物の山村の雰囲気を味わうことができます。集落は、有名な村上家住宅がある上梨地区から太平橋を渡った対岸に位置しています。
周辺の見どころ:五箇山観光プランを立てる
羽馬家住宅は、五箇山の文化遺産をより広く探索する旅の一部として訪れるのが効果的です。川を挟んだ対岸には、同じく国指定重要文化財の村上家住宅があり、興味深い比較ができます。両者とも江戸中期の建築ですが、村上家は4階建ての構造と精巧な内部意匠を持ち、合掌造りのより発展した段階を示しています。村上家住宅は博物館として公開されており、当主による解説を聞いたり、事前予約で伝統的なこきりこ踊りの実演を鑑賞することもできます。
ユネスコ世界遺産の相倉集落と菅沼集落も、上梨地区から容易にアクセスできます。相倉には100年から350年前に建てられた20棟の合掌造り家屋が保存され、より小規模な菅沼には9棟の家屋が庄川沿いの特に風光明媚な環境に佇んでいます。両集落とも伝統的な民家での宿泊が可能で、五箇山の暮らしを体験できる滞在型の観光が楽しめます。
伝統工芸に興味がある方には、五箇山和紙の里で、この地域で何世紀にもわたって受け継がれてきた技法を使った手漉き和紙体験がおすすめです。ここで作られる和紙は、かつて加賀藩の公文書に使用されるほど品質が高く評価されていました。
訪問に最適な季節
五箇山地域は四季それぞれに独自の魅力があります。春(4〜5月)は山々が新緑に染まり、近くの村上家の庭には推定樹齢300年の雪椿「五箇山絞り」が特徴的な絞り模様の花を咲かせます。夏(6〜8月)は緑豊かな景観と過ごしやすい気温の中での散策が楽しめ、9月の「こきりこ祭り」では地域に伝わる民謡の活気ある演奏が見られます。
秋(9〜11月)は山肌が鮮やかな色彩に染まり、茅葺屋根と紅葉・黄葉の組み合わせが絵画のような景色を作り出します。冬(12〜3月)は一面の銀世界となり、世界遺産の集落では恒例のライトアップイベントが幻想的な夜景を演出します。ただし、冬季は一部施設の営業時間が限られること、道路状況が厳しくなる可能性があることにご注意ください。
訪問時の実用的なヒント
羽馬家住宅と周辺地域を訪れる際は、歩きやすい靴が必須です。未舗装の道や凹凸のある地面を歩くことになります。住宅は個人の所有であるため、敬意を持って適切な距離から見学し、許可なく敷地内に入ることは避けてください。
外観の写真撮影は一般的に許可されていますが、居住者のプライバシーには常に配慮してください。外観を撮影するのに最適な場所は、アプローチ道路や公道からです。
村上家住宅近くの五箇山総合案内所に立ち寄ることをお勧めします。ここでは英語の資料や地元のおすすめ情報を入手できます。季節のイベントやアクセシビリティに関する最新情報も確認できます。
Q&A
- 羽馬家住宅の内部は見学できますか?
- 羽馬家住宅は現在も個人の住居として使用されているため、内部の定期公開は行われていません。ただし、外観は自由に見学でき、建具が開け放たれている時期には内部を垣間見ることも可能です。合掌造りの内部をじっくり見学されたい場合は、近くの村上家住宅が博物館として公開されており、定期的な見学が可能です。
- 羽馬家住宅は他の合掌造り家屋とどう違うのですか?
- 羽馬家住宅は、合掌造り建築の最も古い形態を今に伝えています。世界遺産の集落にあるような大規模で多層階の建造物とは異なり、合掌造りが発展する前の、より簡素でコンパクトな設計を見ることができます。木割りが細いこと、寝室が閉鎖的な設計であること、チョウナやヤリカンナといった伝統的な道具による手仕上げが残っていることなど、後の時代の建築にはほとんど見られない特徴を持っています。
- 世界遺産の五箇山集落から羽馬家住宅へはどう行けばいいですか?
- 世界遺産の集落からは、世界遺産バスで高岡方面に向かい「上梨」バス停で下車します。バス停から太平橋を渡って田向集落へ、徒歩約6分です。車の場合は、五箇山ICから国道156号線を砺波方面へ約8分、太平橋を渡って田向集落に入ります。
- 羽馬家住宅の見学に入場料はかかりますか?
- 羽馬家住宅の外観見学に入場料はかかりません。公道から見学できる個人住宅として保存されているため、無料でこの重要文化財を鑑賞することができます。
- 近くにある他の重要文化財は何がありますか?
- 五箇山地域には、昭和33年(1958年)に指定された3つの合掌造り重要文化財があります。羽馬家住宅のほか、川を挟んだ上梨にある村上家住宅、そして岐阜県との県境近くの西赤尾にある岩瀬家住宅です。それぞれが合掌造りの異なる発展段階を示しており、3つすべてを訪れることで、この独特の建築様式の進化を深く理解することができます。
基本情報
| 名称 | 羽馬家住宅(はばけじゅうたく) |
|---|---|
| 指定 | 国指定重要文化財(昭和33年5月14日指定) |
| 建築年代 | 江戸時代中期(寛文年間・1661〜1672年頃と推定) |
| 建築様式 | 合掌造り(切妻造、妻入、一重三階、茅葺) |
| 規模 | 桁行14.3m、梁間8.8m、西面及び東面庇付 |
| 所在地 | 〒939-1913 富山県南砺市田向254番地 |
| 入場料 | 無料(外観見学のみ) |
| 交通アクセス | 【車】五箇山ICより国道156号線を砺波方面へ約8分、村上家向いの太平橋を渡り田向集落へ【バス】世界遺産バス「上梨」バス停下車、徒歩約6分 |
| お問い合わせ | 076-237-9655(羽馬家) |
参考文献
- 羽馬家住宅(富山県東砺波郡平村)- 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/155285
- 国指定重要文化財 羽馬家住宅|【公式】世界遺産五箇山 観光情報サイト〜五箇山彩歳〜
- https://gokayama-info.jp/archives/1711
- 羽馬家住宅 | 文化遺産検索 | とやまの文化遺産
- https://toyama-bunkaisan.jp/search/1526/
- 羽馬家住宅 - 南砺市文化財アーカイブス
- https://culture-archives.city.nanto.toyama.jp/culture/bunkazai/bunkazai0004/
- 世界遺産|【公式】世界遺産五箇山 観光情報サイト〜五箇山彩歳〜
- https://gokayama-info.jp/歴史と文化/世界遺産
- 合掌造りの構造 - 白川郷・五箇山の合掌造り集落世界遺産センター
- https://whc-shirakawa-goandgokayama.jp/learn/structure/
- 五箇山の合掌造り集落 | 世界に誇る文化遺産 | とやまの文化遺産
- https://toyama-bunkaisan.jp/pickup/world02.php
最終更新日: 2026.01.29
近隣の国宝・重要文化財
- 村上家住宅(富山県東砺波郡平村)
- 富山県南砺市上梨742番地
- 白山宮本殿
- 富山県南砺市上梨
- 白山宮鞘堂
- 富山県南砺市上梨字家平713他
- 越中五箇山相倉集落
- 南砺市
- 南砺市相倉
- 富山県南砺市
- 越中五箇山菅沼集落
- 南砺市
- 南砺市菅沼
- 富山県南砺市
- 岩瀬家住宅(富山県東砺波郡上平村)
- 富山県南砺市西赤尾町857番地の1
- 旧大鋸屋小学校体育館
- 富山県南砺市大鋸屋125他
- じょうはな庵(旧中谷家住宅)土蔵
- 富山県南砺市城端字大工町647-11