1棟の合掌造 ― 1958年に重要文化財

羽馬家住宅(富山県東砺波郡平村)は、富山県南砺市田向254番地にある江戸時代の建造物で、1958年(昭和33年)5月14日に重要文化財に指定された。国宝ではなく、重要文化財としての指定である。

員数は1棟である。ふりがなの欄は、はばけじゅうたくである。羽馬を「はば」と読む。

構造は桁行14.3メートル、梁間8.8メートル、一重三階、切妻造、妻入、西面及び東面庇付、茅葺とされる。名称の括弧は東砺波郡平村で、所在地の南砺市とは別の地名である。妹背家住宅と同じく、名称は指定当時の地名を保っている。

年代の絞り込みが、機関によって大きく違う

いつのものかについて、二つの記録の幅が釣り合わない。

文化庁は、建立は恐らく江戸時代中期以前を考えられる、と記す。恐らくという語が入り、しかも以前と上限だけを示している。

年代の欄も、江戸中期/1661-1750である。90年の幅になる。

一方、南砺市は、合掌造りの部分的資料などに比較して、江戸の寛文年間(1661から1672年)ごろの建築とされている、とする。12年の幅である。

浄光明寺敷地絵図では、年紀がないまま二つの条件で2年まで絞られていた。あちらは一つの記録のなかで完結する。

本件は同じ物について、90年と12年という大きく違う幅が並んでいる。桑実寺本堂は59年、来迎寺本堂は57年だった。

火災のあと、別の集落から買い求めて移築された

この家がここに建つまでの経緯が記される。

南砺市は、この住宅は、明和6年(1769年)に、田向集落の大半が焼失したので、4キロ下流の大島集落にあった古い合掌造りを買い求めて移築したと伝えている、と記す。

火事で家を失い、別の集落にあった古い家を買って運んできたことになる。

旧名手本陣妹背家住宅では、火災で類焼したあとに新築された。来迎寺本堂も松阪大火のあとの再建である。いずれも建て直しである。

旧学習院初等科正堂では、建物が東京から千葉へ二度移された。あちらは払い下げによる。

本件は火災と移築の両方が重なり、しかも買い求めたとある。建てられた理由の記され方として6通り目になる。昭和38年(1963年)に解体修理が行われている。

所有者が、三通りに記される

誰のものかが、記録ごとに違う書き方になる。

文化庁は、羽馬外二氏宅で、と記す。羽馬氏のほかに2名がいるという書き方である。

南砺市は、所有者を個人所有とする。名を挙げず、個人であることだけを示す。

当サイトの記録では、所有者名の欄が空である。

九重塔では、文化遺産オンラインが水地部落、当サイトが川野岳人・外25名としていた。あちらは共同体名と人数である。

本件は、人数を示す記録、個人とだけ示す記録、何も入らない記録の三通りになる。福田家住宅でも所有者名の欄が空だった。

見学

所在は富山県南砺市田向254番地である。

間取りも記される。住宅は、オエ、デイ、ネマ、オマエの4室からなるが、ネマおよびオマエの部分の桁行が、わずか1間で非常に小規模な建築である、とされる。

評価は二つの記録で重なる。文化庁は、合掌造民家の最も古い形式をよく残している、とする。

南砺市は、五箇山地方民家としては、もっとも初期的な合掌造りの段階を示しており、かつ後世の改造も少なく当初の姿を最もよく残している、とする。

古い様式を示す点として、全体に木割りが細く、ネマがほとんど周囲を閉鎖され、唯一の出入口として帳台構を設けてあること、内法寸法が5尺6寸であること、部材はちょうな・やりかんな仕上であることが挙げられる。個人の住宅であり、見学については所有者の定めによる。訪問前に確認したい。

Q&A

Q羽馬家住宅はいつ指定されましたか。
A1958年(昭和33年)5月14日に重要文化財へ指定されました。国宝ではなく重要文化財で、員数は1棟です。
Q読み方は何ですか。
Aはばけじゅうたくです。文化遺産オンラインと南砺市がともに「はばけじゅうたく」とふりがなを付けています。
Qいつ建てられたのですか。
A記録によって幅が違います。文化庁は「恐らく江戸時代中期以前」とし年代の欄は1661年から1750年、南砺市は「寛文年間(1661から1672年)ごろ」とします。
Qなぜこの場所にあるのですか。
A南砺市は「明和6年(1769年)に、田向集落の大半が焼失したので、4キロ下流の大島集落にあった古い合掌造りを買い求めて移築したと伝えている」と記します。
Q何が評価されているのですか。
A文化庁は「合掌造民家の最も古い形式をよく残している」とし、南砺市は「もっとも初期的な合掌造りの段階を示しており、かつ後世の改造も少なく当初の姿を最もよく残している」と記します。

基本情報

名称羽馬家住宅(富山県東砺波郡平村)(はばけじゅうたく)/括弧内は指定当時の地名
所在地富山県南砺市田向254番地
指定区分重要文化財(建造物・住居建築)/国宝ではない
指定年1958年(昭和33年)5月14日 重要文化財
員数1棟
寸法桁行14.3メートル、梁間8.8メートル、一重3階、切妻造、妻入、西面及び東面庇付、茅葺。4室からなり、そのうち2室の桁行はわずか1間。内法寸法は5尺6寸。年代の欄は江戸中期/1661年から1750年
所有者文化庁は「羽馬外二氏」、南砺市は「個人所有」とし、当サイトの記録では欄が空
公開状況個人の住宅で、見学は所有者の定めによる

参考文献

文化遺産オンライン 羽馬家住宅(富山県東砺波郡平村)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/155285
南砺市 文化財 羽馬家住宅
https://culture-archives.city.nanto.toyama.jp/culture/bunkazai/bunkazai0004/
とやまの文化遺産
https://toyama-bunkaisan.jp/search/1526/
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.10