大善寺本堂:国宝「ぶどう寺」— 仏教とワインの里が出会う場所

日本有数のワイン産地、山梨県甲州市勝沼。ぶどう畑が広がる丘陵に抱かれるように佇む大善寺(だいぜんじ)は、東日本でも屈指の文化財の宝庫です。「ぶどう寺」の愛称で親しまれるこの真言宗智山派の古刹は、730年以上の歳月を超えた国宝の本堂を有し、関東地方で現存する最古の木造建築として知られています。悠久の信仰、卓越した建築技術、そして日本のぶどう栽培の起源伝説——すべてが一つの場所に凝縮された、唯一無二の寺院です。

ぶどうを持つ薬師如来の伝説

大善寺の物語は、奈良時代の養老2年(718年)にさかのぼります。寺伝によると、高僧・行基(ぎょうき)が甲斐国柏尾山の日川渓谷で修行を行っていたところ、夢の中にぶどうを手にした薬師如来が現れました。行基はこの霊験を喜び、ぶどうを持つ薬師如来像を自ら刻んで安置し、大善寺を開創。さらに、ぶどうの栽培法を薬草として村人に伝えたと言われています。この伝承が甲州ぶどうの起源とされ、やがてこの地を日本随一のワイン産地へと導く礎となりました。

奈良時代には聖武天皇から鎮護国家の勅額を賜り、平安時代には52堂三千坊を擁する大伽藍として隆盛を極めたと伝えられています。度重なる火災で往時の堂宇は失われましたが、ぶどう栽培との深い絆は1,300年以上にわたって受け継がれてきました。

国宝・本堂(薬師堂)の歴史

現在の本堂は、文永7年(1270年)の火災で焼失した後に再建されたものです。弘安7年(1284年)、鎌倉幕府第9代執権・北条貞時が勧進を行い、甲斐国(山梨県)と信濃国(長野県)の二国に棟別十文の費用を徴収して再建に着手しました。弘安9年(1286年)に立柱が行われ、着工から6年を経て正応3年(1290年)に落成。本堂背面の両隅柱に刻まれた「弘安九参月十六日」の銘が、建立年代を明確に証明しています。

この刻銘による年代の確認は極めて重要な意味を持ちます。建築年代が資料的に裏付けられるものとしては、山梨県内はもとより関東地方で最古の木造建築であることが立証されているのです。昭和29年(1954年)に根本的な解体修理が行われて往時の姿に復され、翌昭和30年(1955年)6月22日、厨子とともに国宝に指定されました。

なぜ国宝に指定されたのか — その文化的価値

大善寺本堂が国宝に指定された理由は、複数の観点から説明できます。

第一に、本堂は鎌倉時代における密教本堂の代表例です。桁行・梁間ともに五間(約18m×17.4m)の堂々たる規模を持ち、檜皮葺の寄棟造の大屋根を冠しています。太い円柱の上に実肘木つき二手先の斗栱を組み、軒支輪を付けた二重繁垂木によって深い軒の出を実現。建物全体は「和様」と呼ばれる日本の伝統的建築様式で造営されていますが、頭貫の木鼻には中国伝来の大仏様(だいぶつよう)の繰形が用いられており、新様式がいち早く東国に伝播した貴重な実例として注目されています。

第二に、内部空間の構成が密教寺院建築の教科書的な手法を示している点です。前方二間通りを外陣(げじん)、その奥二間通りの中央三間を内陣(ないじん)とし、後方と両側の一間通りをそれぞれ後陣・脇陣としています。内外陣の境は五間すべてに引違い格子戸と菱組吹寄欄間を設けて厳格に区画し、密教本堂ならではの荘厳な空間構成を実現しています。さらに、内外陣とも中央二間通りに長大な虹梁を架けて柱を省き、広々とした堂内空間を生み出す高度な構造技法が見られます。

第三に、前述の柱刻銘により建立年代が確実に立証できることが、中世日本建築の研究において計り知れない学術的価値を持っています。建築的卓越性、歴史的重要性、そして年代の確実性——これらが揃うことで、大善寺本堂はかけがえのない文化遺産としての地位を確立しています。

堂内の仏像群 — 重要文化財17体の競演

本堂内には、息を呑むような仏像群が安置されています。本尊は平安時代初期に作られた木造薬師如来坐像で、左手にぶどうを載せるという日本でもほとんど類例のない独特の姿をしています。秘仏として文明5年(1473年)に再興された厨子に納められており、5年に一度の御開帳でのみ拝観することができます。御開帳の年以外は、厨子の手前に置かれた精巧な前立薬師如来像を拝むことができます。

厨子の両脇には、鎌倉時代に造立された日光菩薩立像(像高248cm)と月光菩薩立像(像高247cm)が立ち並びます。さらに、薬師三尊を取り囲むように配された十二神将像は、奈良の仏師・蓮慶(れんけい)が嘉禄3年(1227年)から安貞2年(1228年)にかけて造仏したもので、甲冑をまとい勇壮な表情を見せる像高138〜145cmの木像です。甲斐国における慶派仏師の活動を示す貴重な作例として、美術史的にも高く評価されています。堂内で重要文化財に指定されている仏像は、合計17体。一つの空間にこれだけの中世仏教美術が集結する光景は圧巻の一言です。

歴史の証人 — 武田勝頼と甲州勝沼の戦い

大善寺は宗教的・建築的価値にとどまらず、日本史の重要な転換点の舞台でもありました。天正10年(1582年)3月3日、織田信長・徳川家康の連合軍に追い詰められた武田勝頼は、新府城から岩殿城を目指す逃避行の途中、この大善寺の薬師堂で一夜を過ごしました。北条夫人、嫡子・信勝とともに来世の安穏を祈願したその夜、700名いた兵は翌朝には200名にまで減っていたと伝えられています。大善寺にいた尼僧・理慶尼(りけいに)は、勝頼一行の最期の姿を『理慶尼記(武田滅亡記)』に書き残し、この貴重な一次史料は今も寺内に保管されています。

さらに約300年後の慶応4年(1868年)3月6日、戊辰戦争の一局面として、板垣退助率いる新政府軍と、新選組の近藤勇が率いる甲陽鎮撫隊がこの地で激突しました(甲州勝沼の戦い)。幕府軍が大善寺に陣を構えようとした際、当時の住職がこれを断固拒否し、貴重な国宝と仏像を戦火から守り抜いたというエピソードは、文化財保護の精神を体現するものとして語り継がれています。

見どころと楽しみ方

大善寺の参拝は、本堂だけにとどまらない多彩な体験が魅力です。麓の受付で拝観券を購入した後、147段の石段を登って薬師堂を目指します。この石段そのものが趣深い参道で、途中の山門をくぐりながら甲府盆地と南アルプスの眺望を楽しむことができます。

薬師堂の内部では、約2分間の歴史解説を聞くことができます。秘仏が非公開の時期でも、前立薬師如来像、日光・月光菩薩像、十二神将像の圧倒的な迫力は、中世仏教美術の真髄を体感させてくれます。

参拝後は、客殿に戻って山梨県指定名勝の日本庭園を鑑賞しましょう。江戸時代初期に造られた池泉鑑賞式庭園を眺めながら、住職が自ら栽培したぶどうで醸造したオリジナルワイン(甲州の白・マスカットベーリーAの赤の2種類)やぶどうジュースを味わうことができます(拝観料に加えて300円)。お寺でいただくワインという、他では味わえない贅沢なひとときです。

季節ごとの見どころも豊富です。4月上旬の桜、5月8日に行われる県指定無形民俗文化財「藤切り祭」(1,300年以上の歴史を持つ関東屈指の奇祭)、5月下旬〜6月上旬の菩提樹の花、そして11月中旬〜下旬の紅葉と、四季折々の美しさが訪れる者を迎えます。

宿坊体験 — 国宝の中で過ごす夜

より深い体験を求める方には、大善寺の宿坊(民宿)がおすすめです。境内に和室・洋室・大広間の客室が用意されており、山梨の特産品を使ったボリュームたっぷりの家庭料理と寺オリジナルワインが提供されます。精進料理ではないからこそ気軽に楽しめ、食後は江戸時代の名園を望みながらゆったりとした時間を過ごせます。国宝の空間で座禅を体験し、歴史ある庭園を眺めながら眠りにつく——それは他のどこでも得られない特別な体験です。

周辺情報 — 日本のワインカントリーを巡る

大善寺は、日本を代表するワイン産地・勝沼の玄関口に位置しています。寺の周囲には数十軒のワイナリーが点在し、徒歩や自転車で巡ることもできます。日本最古級のワイナリーの一つであるシャトー・メルシャン勝沼ワイナリーでは、ワイン資料館の見学やテイスティングが楽しめます。近隣の「勝沼ぶどうの丘」は、約180種類の甲州ワインが試飲できる地下ワインカーヴ、展望レストラン、天然温泉「天空の湯」などを備えた複合施設です。また、大善寺は日本遺産「葡萄畑が織りなす風景〜山梨県峡東地域〜」の構成資産にもなっており、地域全体の文化的景観の一部としても重要な位置を占めています。

ぶどう狩りシーズン(8月下旬〜10月)には、周辺の農園でシャインマスカットや甲州ぶどうの収穫体験も可能です。東京から日帰りでもアクセスしやすく、文化・自然・美食を一度に楽しめる理想的な旅先です。

Q&A

Q秘仏の薬師如来像(ぶどうを持つ本尊)はいつ見られますか?
A秘仏の御開帳は5年に一度行われます。御開帳の年以外でも、厨子の手前に安置された精巧な前立薬師如来像を、通常の拝観時間中にいつでも拝観することができます。
Q外国語の案内はありますか?
A英語・韓国語・中国語の案内表記があります。薬師堂内での住職や案内係による解説は主に日本語で行われますが、多言語の説明板が設置されています。翻訳アプリの活用もおすすめします。
Q車を運転する場合でもワインの代わりに楽しめるものはありますか?
Aはい。ドライバーやお子様向けに、ぶどうジュースやお抹茶も用意されています。いずれも拝観料に加えて300円で、客殿から江戸時代の庭園を眺めながらお楽しみいただけます。
Q東京からのアクセス方法を教えてください。
A新宿駅からJR中央線特急で大月まで約70分、大月で普通列車に乗り換えて勝沼ぶどう郷駅まで約30分。駅からはタクシーで約5分、徒歩約35分です。車の場合は中央自動車道・勝沼ICから約2分。駐車場料金は拝観料に含まれます。
Q薬師堂の内部で写真撮影はできますか?
A国宝の薬師堂内部での写真撮影は、文化財保護のため禁止されています。ただし、堂の外観、境内、庭園、周辺の風景は自由に撮影できます。

基本情報

正式名称 柏尾山 大善寺(かしおさん だいぜんじ)
通称 ぶどう寺
宗派 真言宗智山派
文化財指定 国宝(建造物)— 昭和30年(1955年)6月22日指定
開創 養老2年(718年)僧・行基による
本堂建立 弘安9年(1286年)立柱、正応3年(1290年)落成;昭和29年(1954年)解体修理
建築様式 和様、寄棟造、檜皮葺;五間四方(桁行約18.02m×梁間約17.40m)
本尊 木造薬師如来坐像(秘仏・平安時代初期作;国重要文化財)
所在地 〒409-1316 山梨県甲州市勝沼町勝沼3559
電話番号 0553-44-0027
拝観時間 3月〜11月:9:00〜16:30(最終受付16:00);12月〜2月:9:00〜16:00(最終受付15:30)
拝観料 大人500円(グラスワイン拝観・抹茶拝観:各800円);駐車場料金は拝観料に含む
アクセス JR勝沼ぶどう郷駅:タクシー約5分、徒歩約35分;中央自動車道勝沼IC:車約2分
公式サイト https://daizenji.org

参考文献

大善寺(だいぜんじ) — 富士の国やまなし観光ネット 山梨県公式観光情報
https://www.yamanashi-kankou.jp/kankou/spot/p1_4260.html
山梨県の国宝 — 山梨県公式サイト
https://www.pref.yamanashi.jp/bunka/bunkazaihogo/kokuhou.html
真言宗智山派 ぶどう寺 柏尾山 大善寺(公式サイト)
https://daizenji.org
大善寺 (甲州市) — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/大善寺_(甲州市)
柏尾山 大善寺 — たびらい
https://www.tabirai.net/sightseeing/column/0009977.aspx
大善寺本堂 — たびマガ
https://tabi-mag.jp/yn0401/
柏尾山 大善寺 — ふじのーと(山梨中央銀行)
https://www.yamanashibank.co.jp/fuji_note/sightseeing/daizenji.html
大善寺(だいぜんじ) — やまなし歴史の道ツーリズム
https://rekishinomichi-yamanashi.jp/ja/spot/1-100.html
お寺で造られるワイン⁉ 柏尾山 大善寺 — Terroir.media
https://terroir.media/
大善寺 宿坊体験 — Templestay Japan
https://templestay-japan.com/daizenji

最終更新日: 2026.02.17

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