北口本宮冨士浅間神社:1900年の歴史が息づく富士山信仰の聖地
日本の象徴である富士山の北麓に鎮座する北口本宮冨士浅間神社は、約1900年の歴史を誇る富士山信仰の中心地です。西暦110年に日本武尊が東征の折にこの地で富士山を遥拝したことに始まるとされ、古来より吉田口登山道の起点として、数えきれない参詣者や登拝者を迎え入れてきました。
2013年に「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産としてユネスコ世界文化遺産に登録された当神社は、境内に11棟もの国指定重要文化財を有しています。木造としては日本最大級の高さ18メートルを誇る大鳥居、樹齢1000年を超える御神木、そして日本三奇祭に数えられる「吉田の火祭り」まで、訪れる人々を魅了する見どころに満ちています。
由緒:伝説と歴史が紡ぐ神社の成り立ち
当神社の起源は、景行天皇40年(西暦110年)に遡ります。日本武尊が東方遠征の折、箱根足柄より甲斐国酒折宮へ向かう途中でこの地を通過しました。尊は北方から仰ぐ富士山の神々しい姿に感銘を受け、「富士の神山は北方より登拝せよ」と仰せられ、大塚丘に祠を建てて祀ったことが始まりとされています。
天応元年(781年)に富士山が噴火したことを受け、延暦7年(788年)に甲斐守・紀豊庭朝臣が卜占を行い、現在地に社殿を造営して浅間大神を奉斎しました。御祭神の木花開耶姫命は、猛火の中で三柱の御子神を出産されたという神話で知られ、富士山の女神として、また安産・火難除けの神として崇敬されています。
江戸時代に入ると、富士山への信仰を目的とした民間信仰組織「富士講」が大いに発展し、当神社は吉田口登山道の起点として多くの参詣者で賑わいました。享保18年(1733年)には、富士講の六世・村上光清が各地で寄進を募り、荒廃していた社殿を壮麗に再興。現在に伝わる境内の景観の礎が築かれました。
建築の至宝:11棟の国指定重要文化財
北口本宮冨士浅間神社には、江戸時代の宗教建築の粋を集めた11棟の国指定重要文化財が残されています。これらの建造物は、地元の「郡内大工」と呼ばれる職人集団によって造営され、随所にその流派的特徴が認められる貴重な建築群です。
本殿
元和元年(1615年)に鳥居土佐守成次によって建立された本殿は、桃山時代の建築様式を色濃く残す荘厳華麗な社殿です。極彩色の彫刻や金具装飾が施され、拝殿・幣殿・本殿が連なる「権現造り」の様式で構成されています。細部に至るまで職人技が光る、富士山信仰の繁栄を象徴する建築です。
拝殿及び幣殿
享保18年(1733年)、村上光清の寄進により造営されました。正面中央に構える大きな唐破風造の向拝は、彫刻・彩色・錺金具により豪華に飾られ、参詣者のための壮麗な礼拝空間を創出しています。富士講の隆盛を今に伝える代表的な建造物です。
東宮本殿
貞応2年(1223年)に北条義時によって最初に造営され、永禄4年(1561年)に武田信玄が川中島合戦の勝利を祈願して再建した歴史的建造物です。境内に現存する社殿の中では最も古く、戦国の英雄・武田信玄ゆかりの建物として格別の価値を持ちます。御祭神は彦火火出見命です。
西宮本殿
文禄3年(1594年)に浅野左右衛門佐によって造営されました。天照皇大神と豊受大神を祀り、室町時代末期から江戸時代初期にかけての建築様式の特徴を示しています。
その他の重要文化財
境内にはこれらに加え、惠毘壽社及び透塀(一体として指定)、神楽殿、手水舎、隨神門、福地八幡社、諏訪神社拝殿が重要文化財として保存されています。これらの建造物群は、富士講の寄進によって再興され、森厳な境内に近世らしい装飾豊かな参詣空間を形成しています。
重要文化財に指定された理由
北口本宮冨士浅間神社の建造物群が重要文化財に指定された理由は、複数の観点から説明されます。
第一に、これらの建造物は江戸時代中期に富士講の寄進によって再興された、富士山信仰の隆盛を背景に整えられた貴重な宗教建築群です。特に拝殿及び幣殿、神楽殿、手水舎などには豊かな装飾が施され、当時の職人技術の粋を集めた作品となっています。
第二に、これらの建造物の造営には地元の「郡内大工」があたっており、随所にその流派的特徴が認められます。地方的特色の顕著な社殿群として、建築史上も重要な位置を占めています。
第三に、吉田口登山道の起点という立地から、富士山信仰の実践の場としての完全な姿を今に伝えている点です。参道から本殿に至る空間構成、そして登山道入口へと続く配置は、近世の富士山参詣の形態を理解する上で欠かせない遺産となっています。
見どころ・魅力
冨士山大鳥居
参道入口に立つ高さ約18メートルの朱塗りの大鳥居は、木造鳥居としては日本最大級を誇ります。60年ごとに建て替えられる習わしがあり、現在の鳥居は平成26年(2014年)に大改修されました。「冨士山」の扁額が掲げられたこの荘厳な門をくぐると、神聖な空間への入り口に立つことを実感します。
参道と石灯籠
大鳥居から本殿へと続く約300メートルの参道には、182基の苔むした石灯籠が両脇に整然と並び、樹齢数百年の杉や檜の巨木が天を覆っています。木漏れ日の差す参道を歩むうちに、日常から切り離された厳かな空気に包まれ、心が自然と静まっていくのを感じるでしょう。時代劇のロケ地としても度々使用される、日本随一の荘厳な参道です。
御神木
拝殿の左手前に立つ「冨士太郎杉」は、樹齢約1000年、周囲23メートルにも及ぶ巨木で、山梨県指定天然記念物に指定されています。神聖な注連縄が巻かれたその姿は、千年の時を超えて富士山信仰を見守り続けてきた生きた歴史そのものです。
また、拝殿右手前には「冨士夫婦檜」と呼ばれる御神木があります。二本の檜が寄り添うように立つその姿から、夫婦和合・縁結びのご神徳があるとされ、市指定天然記念物となっています。
手水舎と富士山の霊水
重要文化財に指定されている手水舎では、青龍の口から清冽な水が湧き出ています。この水は富士山中から約3キロメートル引水された富士山の雪解け水で、真夏でも冷たさを保つ霊水です。参拝前にこの聖なる水で手と口を清めることで、心身ともに清浄な状態でお参りができます。
吉田口登山道の起点
本殿の背後、石造りの小さな鳥居をくぐると、そこは富士山頂へと続く吉田口登山道の起点です。標高約850メートルのこの地点から、かつて数えきれない富士講の行者たちが霊峰を目指しました。登山をしなくとも、古道の最初の部分を歩くことで、富士山信仰の歴史に触れることができます。
日本三奇祭「吉田の火祭り」
毎年8月26日・27日に行われる「吉田の火祭り」(正式名称:鎮火祭)は、国指定重要無形民俗文化財であり、日本三奇祭の一つに数えられる壮大な祭典です。富士山の夏山シーズンの終わり「お山じまい」を告げる祭りとして、400年以上の歴史を持ちます。
この祭りは北口本宮冨士浅間神社と境内摂社の諏訪神社の両社による例大祭です。祭りの起源は諏訪神社の例祭とされ、諏訪の神が追われて逃げていた際、当地の住民が松明を手にお迎えしたという故事に由来するとも伝えられています。
祭り初日の8月26日夕刻、神輿が御旅所に安置されると同時に、国道139号沿いの約2キロメートルにわたって立てられた高さ約3メートルの大松明70本以上に一斉に火が灯されます。各家々の門前にも井桁に組まれた松明が焚かれ、町全体が炎の海と化す光景は圧巻です。夜空を焦がす炎の帯は、富士山の山小屋にまで連なり、麓と山が一体となって火祭りを繰り広げます。
翌27日は「すすき祭り」とも称され、神輿が氏子中を渡御した後、夕闘に境内へ還御します。参列者が「すすきの玉串」を持って高天原を廻るとき、祭りは最高潮に達します。無病息災・安産・子授けを願う人々の熱気が境内を包み、富士山信仰の生きた伝統を体感できる二日間となります。
周辺情報・近隣の観光スポット
北口本宮冨士浅間神社は、富士五湖エリアの観光拠点として理想的な立地にあります。参拝と合わせて訪れたい周辺スポットをご紹介します。
- 新倉山浅間公園:車で約10分。五重塔(忠霊塔)と富士山を同時に望める絶景スポットで、ミシュラン・グリーンガイドの表紙にも掲載された「日本の風景」を代表する場所です。桜の季節は特に人気があります。
- 忍野八海:車で約15分。富士山の伏流水が湧き出る8つの池で、世界文化遺産の構成資産にも登録されています。透明度の高い水と茅葺き屋根の風景が、日本の原風景を感じさせます。
- 河口湖:富士五湖の中でも最も観光施設が充実した湖。遊覧船や湖畔の美術館、温泉など多彩な楽しみ方ができます。逆さ富士の絶景も見どころです。
- 御師住宅(旧外川家住宅):神社近くに残る富士講の参詣者をもてなした「御師」の住宅。国の重要文化財に指定され、見学が可能です。
- 吉田のうどん:富士吉田の郷土料理。極太でコシの強い麺が特徴で、馬肉と甘辛いキャベツをトッピングした独特の味わいを楽しめます。市内に多数のうどん店があります。
訪問のベストシーズン
北口本宮冨士浅間神社は四季を通じて異なる魅力を楽しめます。春は境内に桜が咲き、新緑に包まれる初夏は清々しい参拝が楽しめます。夏は7月1日の開山祭から始まり、8月26日・27日の火祭りがハイライト。秋は11月上旬の紅葉が見頃で、参道の石灯籠と紅葉のコントラストが見事です。冬は凛とした空気の中、静謐な参拝ができます。
写真撮影には、朝靄が立ち込める早朝がおすすめです。参道に差し込む光と古木が織りなす幻想的な光景に出会えることでしょう。
Q&A
- 参拝料金はかかりますか?
- 境内の参拝は無料で、24時間可能です。神札授与所と御朱印所は8時30分~17時、祈祷受付は9時~16時となっています。
- 東京からのアクセス方法を教えてください。
- 新宿駅からJR中央線で大月駅まで行き、富士急行線に乗り換えて富士山駅下車(約2時間)。富士山駅から徒歩約20分、またはバスで約6分です。新宿から高速バスで富士山駅まで直通で約1時間45分のルートもあります。
- 駐車場はありますか?
- 第1~第7駐車場まであり、約160台分を無料でご利用いただけます。初詣や祭典時には臨時駐車場が設けられることもあります。
- 吉田の火祭りは見学できますか?
- 毎年8月26日・27日に一般公開で行われ、どなたでも見学できます。特に26日夕方の大松明への点火が最大の見どころです。大変混雑しますので、早めの到着をおすすめします。富士急行では臨時ダイヤが組まれることがありますので、事前に確認してください。
- どのようなご利益がありますか?
- 登山安全、火難除け、安産、縁結び、家内安全などのご神徳で知られています。御祭神の木花開耶姫命は美と安産の神様でもあり、特に妊婦の方や良縁を願う方に人気があります。
基本情報
| 正式名称 | 北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ) |
|---|---|
| 御祭神 | 木花開耶姫命(主祭神)、天孫彦火瓊瓊杵命、大山祇神 |
| 創建 | 景行天皇40年(西暦110年)伝承、延暦7年(788年)社殿造営 |
| 文化財指定 | 境内11棟が国指定重要文化財、ユネスコ世界文化遺産構成資産(2013年) |
| 所在地 | 〒403-0005 山梨県富士吉田市上吉田5558番地 |
| 電話番号 | 0555-22-0221 |
| 参拝時間 | 境内自由(授与所8:30~17:00、祈祷受付9:00~16:00) |
| 参拝料金 | 無料 |
| 駐車場 | 無料(約160台) |
| アクセス | 富士急行線富士山駅より徒歩約20分、中央自動車道河口湖ICより車で約10分(約3km) |
| 公式サイト | https://www.sengenjinja.jp/ |
参考文献
- 北口本宮冨士浅間神社 公式サイト
- https://www.sengenjinja.jp/
- 富士の国やまなし観光ネット - 北口本宮冨士浅間神社
- https://www.yamanashi-kankou.jp/kankou/spot/p1_8016.html
- 富士吉田観光ガイド
- https://fujiyoshida.net/spot/23
- 文化遺産オンライン - 北口本宮冨士浅間神社 惠毘壽社及び透塀
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/421776
- 吉田の火祭り 公式ページ
- https://fujiyoshida.net/feature/himatsuri/index
- Wikipedia - 北口本宮冨士浅間神社
- https://ja.wikipedia.org/wiki/北口本宮冨士浅間神社
- 世界遺産 富士山とことんガイド - 構成資産
- https://www.fujisan223.com/reason/kouseishisan/00106.html
- Wikipedia - 吉田の火祭
- https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田の火祭