社殿群 ― 2017年に重要文化財

北口本宮冨士浅間神社は、山梨県富士吉田市上吉田にある江戸時代中期の建造物で、2017年(平成29年)11月28日に重要文化財に指定された。国宝ではなく、重要文化財としての指定である。所有は宗教法人北口本宮冨士浅間神社である。

文化遺産オンラインで確認できるのは、拝殿及び幣殿、隨神門、神楽殿、手水舎、諏訪神社拝殿、福地八幡社、社務所、惠毘壽社及び透塀の8件である。本殿ほかを含む総数については、人手による確認をお願いしたい。

文化庁は、北口本宮冨士浅間神社は富士山北麓の吉田口登山道の起点に所在する、と記す。

年代に「頃」が付くものと付かないものがある

建てられた年の示し方が、棟によって違う。

拝殿及び幣殿の年代の欄は、江戸中期/1739頃とされる。

隨神門の年代の欄は、江戸中期/1736である。頃が付いていない。

三年の開きがあり、一方は概数、他方は確定した年として記されている。

ニッカウヰスキー余市蒸溜所施設では、蒸溜棟が1935年頃、事務所棟が1942年頃と、どちらにも頃が付いていた。

本件は同じ物件のなかで、年代の確からしさが分かれている。

寄進を募って再興され、地元の大工が造った

誰が費用を出し、誰が建てたかが記される。

文化庁は、18世紀中期に江戸の富士講六世の村上光清が各地で寄進を募り、荒廃していた社殿を再興した、と記す。

各地で寄進を募っている。大善寺本堂では、建設費を甲信二国から棟別十文で徴収していた。あちらは領域を定めての徴収である。

本件は各地からの寄進で、しかも富士講という信仰の集まりが担っている。

造営については、その造営には地元の郡内大工が当たり、随所にその流派的特徴が認められる、とされる。

鉄宝塔では、叡尊が命じ大工藤原宗安らが作ったと二人が並んでいた。本件は個人名ではなく、地元の大工の流派として記されている。

地方的特色そのものが、価値とされる

評価の結びが、中央に対する地方の性格を挙げる。

富士山信仰の隆盛を背景に整えられた、地方的特色の顕著な社殿として重要である、とある。

地方的特色が顕著であること自体が、重要である理由になっている。

明王院本堂では基準、大笹原神社本殿ではもっとも傑作の一、専修寺御影堂では指標という語が使われた。いずれも全体のなかでの位置づけである。

正福寺地蔵堂では、円覚寺舎利殿とよく似ていることが標準化の証拠とされた。あちらは揃っていることが根拠になる。

本件は、他と違う地方の性格が価値の理由になっている。評価の言い方として四つ目の型になる。

参拝

所在は山梨県富士吉田市上吉田で、所有は宗教法人北口本宮冨士浅間神社である。

拝殿及び幣殿は1棟として数えられる。拝殿は桁行七間、梁間三間、入母屋造、正面千鳥破風付、向拝一間、唐破風造、瓦棒銅板葺である。

幣殿は桁行四間、梁間一間、前面拝殿に接続、切妻造、瓦棒銅板葺とされる。二つが接続して1棟になっている。

装飾も記される。正面中央に構える大きな唐破風造の向拝を彫刻や彩色、錺金具により飾り、参詣者のための壮麗な礼拝空間を創っている、とある。神楽殿や手水舎などにも豊かな装飾が施されている、とも続く。

隨神門は三間一戸八脚門、切妻造、瓦棒銅板葺で1棟である。境内に建つ建物であり、外観は参拝の際に見ることができる。内部の拝観は神社の定めによる。訪問前に確認したい。

Q&A

Q北口本宮冨士浅間神社はいつ指定されましたか。
A2017年(平成29年)11月28日に重要文化財へ指定されました。国宝ではなく重要文化財で、所有は宗教法人北口本宮冨士浅間神社です。
Qいつ建てられたのですか。
A棟によって違います。拝殿及び幣殿は1739年頃、隨神門は1736年とされ、前者には「頃」が付き後者には付いていません。
Q誰が再興したのですか。
A文化庁は「18世紀中期に江戸の富士講六世の村上光清が各地で寄進を募り、荒廃していた社殿を再興した」と記します。造営には地元の郡内大工が当たっています。
Q何が評価されているのですか。
A文化庁は「富士山信仰の隆盛を背景に整えられた、地方的特色の顕著な社殿として重要である」と記します。地方的特色そのものが価値の理由とされています。
Qどの建物が含まれるのですか。
A文化遺産オンラインで確認できるのは拝殿及び幣殿、隨神門、神楽殿、手水舎、諏訪神社拝殿、福地八幡社、社務所、惠毘壽社及び透塀の8件です。

基本情報

名称北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)/複数の社殿が個別に記録され、同じ解説文を共有する
所在地山梨県富士吉田市上吉田
指定区分重要文化財(建造物・宗教建築)/国宝ではない
指定年2017年(平成29年)11月28日 重要文化財
員数社殿ごとに1棟。文化遺産オンラインで8件を確認
寸法拝殿は桁行7間、梁間3間、入母屋造、正面千鳥破風付、向拝1間、唐破風造、瓦棒銅板葺。幣殿は桁行4間、梁間1間で前面の拝殿に接続し、あわせて1棟。隨神門は3間1戸8脚門、切妻造、瓦棒銅板葺。年代の欄は拝殿及び幣殿が1739年頃、隨神門が1736年。時代は江戸中期
所有者宗教法人北口本宮冨士浅間神社
公開状況境内に建つ建物で、外観は参拝の際に見ることができる。内部の拝観は神社の定めによる

参考文献

文化遺産オンライン 北口本宮冨士浅間神社 拝殿及び幣殿
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/392165
文化遺産オンライン 北口本宮冨士浅間神社 隨神門
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/436559
北口本宮冨士浅間神社 公式サイト
https://www.sengenjinja.jp/
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.06

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  1. 北口本宮冨士浅間神社 社務所 0.00 km
  2. 北口本宮冨士浅間神社 手水舎 0.03 km
  3. 北口本宮冨士浅間神社 神楽殿 0.05 km
  4. 北口本宮冨士浅間神社 拝殿及び幣殿 0.05 km
  5. 北口本宮冨士浅間神社 福地八幡社 0.06 km
  6. 北口本宮冨士浅間神社 隨神門 0.06 km
  7. 北口本宮冨士浅間神社 惠毘壽社及び透塀 0.06 km
  8. 北口本宮冨士浅間神社 諏訪神社拝殿 0.12 km