猪形土製品:縄文人の祈りを今に伝える傑作

青森県弘前市、霊峰岩木山の麓から出土した一体の土製品が、4000年の時を超えて私たちに縄文時代の精神世界を語りかけています。「猪形土製品」は、縄文時代後期に作られた猪を象った焼き物で、その類まれな写実性と大きさから、2011年に国の重要文化財に指定されました。

この小さな猪の像には、自然と共生し、狩猟採集で暮らした縄文人たちの祈りと願いが込められています。現在は弘前市立博物館で常設展示され、愛称「いのっち」として親しまれながら、訪れる人々を太古のロマンへと誘っています。

重要文化財に指定された理由

縄文時代後期から晩期にかけて、北海道から関東地方まで広い地域で猪形の土製品が作られていました。しかし、その多くは小型でデフォルメ(様式化)された造形が特徴でした。

十腰内2遺跡から出土したこの猪形土製品は、全長18.0センチメートル、高さ9.7センチメートル、厚さ4.8センチメートルという、同時代の動物形土製品としては群を抜く大きさを誇ります。さらに特筆すべきは、その驚くべき写実性です。猪の体つき、脚の配置、全体のプロポーションまで、実物を丁寧に観察して作られたことがうかがえます。

この「大型」かつ「写実的」という二つの特徴の組み合わせは、全国の縄文遺跡出土品の中でも極めて稀であり、縄文時代の精神文化を示す逸品として、学術的価値が極めて高いと評価されています。

縄文人と猪:狩猟儀礼の世界

縄文時代、猪は鹿と並ぶ重要な狩猟対象でした。その肉は貴重なタンパク源であり、骨や牙は道具や装飾品の材料として活用されました。猪は縄文人にとって、命をつなぐかけがえのない存在だったのです。

このような猪形土製品は、豊猟を願う儀礼で使われたと考えられています。縄文人は自然界のあらゆるものに霊が宿ると信じるアニミズム的な世界観を持っていたとされ、狩りで命をいただく動物たちへの感謝と敬意を込めて、このような精巧な像を作ったのでしょう。

特にこれほど大型で精緻な作りの土製品は、集落の祭祀で中心的な役割を果たした可能性があります。シャーマン(呪術師)や集落の長が、狩猟の成功を祈願する重要な儀式で用いたのかもしれません。

十腰内遺跡と岩木山

猪形土製品が発見された十腰内2遺跡は、弘前市大字十腰内字猿沢に位置し、岩木山の北北東麓、標高約100メートルの地点にあります。1960年(昭和35年)に岩木山麓開発に伴う緊急発掘調査で発見されました。

岩木山は「津軽富士」とも呼ばれる美しい成層火山で、古来より信仰の対象とされてきました。その神聖な山の麓に暮らした縄文人たちが、どのような思いでこの猪像を作ったのか、想像が膨らみます。

この遺跡は、東北地方北部の縄文時代後期の土器編年において重要な標式遺跡としても知られています。「十腰内式土器」と呼ばれる土器群は、当該期の年代測定における基準となっており、学術的にも非常に重要な遺跡です。

発掘調査では、竪穴住居跡や集石遺構のほか、土偶、三角形土製品、鐸形土製品、石鏃、石匙、磨製石斧、石刀、石剣など、多様な遺物が出土しています。これらの豊富な出土品からは、当時の人々の豊かな生活と精神文化をうかがい知ることができます。

愛称「いのっち」誕生

4000年前に作られた猪の土製品ですが、その愛らしい姿は現代の人々の心も捉えています。弘前市立博物館は、この猪形土製品を博物館のマスコットキャラクターとして採用し、「いのっち」という愛称をつけました。

「いのっち」という名前は、「猪(いのしし)」に親しみを込めた愛称を組み合わせたものです。博物館ではいのっちをモチーフにしたグッズも販売されており、縄文文化への関心を高める架け橋となっています。

古代の遺物が現代のマスコットとして親しまれているのは、日本ならではの文化財との向き合い方かもしれません。4000年の時を超えた「いのっち」は、縄文文化と現代をつなぐ愛すべき存在となっています。

弘前市立博物館のご案内

猪形土製品は、2014年4月から弘前市立博物館の常設展示として公開されています。博物館の建物自体も見どころの一つです。近代建築の巨匠ル・コルビュジエの弟子として知られる前川國男氏が設計を手がけ、1977年に開館しました。

博物館は弘前公園内、弘前城の三の丸跡に位置しています。赤レンガ調の荘重な外観は、老松が生い茂る城跡の景観と見事に調和しています。1998年には公共建築百選にも選出されました。

常設展では、縄文時代から近代に至る津軽地方の歴史と文化を紹介しています。津軽藩政時代の資料や美術工芸品のコレクションも充実しており、青森・津軽の文化を深く理解することができます。

周辺の観光スポット

猪形土製品を見学した後は、弘前の豊富な観光資源もぜひお楽しみください。

弘前城と弘前公園:日本三大桜の名所として知られ、約50種・2600本の桜が咲き誇ります。江戸時代から残る天守や城門は国の重要文化財に指定されています。春の桜まつり、秋の菊と紅葉まつり、冬の雪燈籠まつりと、四季を通じて楽しめます。

岩木山:猪形土製品が発見された十腰内遺跡のある霊峰です。標高1625メートルの美しい山容は「津軽富士」と呼ばれ、古くから信仰を集めてきました。登山やドライブで山岳の雄大さを体感できます。

岩木山神社:岩木山を御神体として1200年以上の歴史を持つ古社です。杉の巨木が立ち並ぶ参道は神秘的な雰囲気に包まれています。

大森勝山遺跡(世界遺産):2021年に「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産としてユネスコ世界文化遺産に登録された環状列石遺跡です。縄文時代晩期の祭祀遺跡で、猪形土製品と同じ縄文の精神文化を体感できます。

世界一の桜並木:岩木山麓の県道沿いには、総延長約20キロメートルにわたって約6500本のオオヤマザクラが咲く桜並木があります。4月下旬から5月上旬が見頃です。

おすすめの訪問シーズン

弘前は四季を通じて異なる魅力があります。

  • 春(4月下旬~5月上旬):弘前さくらまつりの時期。弘前公園が桜色に染まり、全国から多くの観光客が訪れます。花筏(はないかだ)と呼ばれる、散った花びらがお濠を埋め尽くす光景は圧巻です。
  • 夏(8月1日~7日):弘前ねぷたまつりが開催されます。扇形の山車が練り歩く様子は迫力満点。博物館でねぷたの歴史を学んでから祭りを見るとより深く楽しめます。
  • 秋(10月下旬~11月上旬):弘前城菊と紅葉まつり。約1000本の楓と桜の紅葉、菊の花々が公園を彩ります。
  • 冬(2月):弘前城雪燈籠まつり。約150基の雪燈籠と約300基のミニかまくらが幻想的な世界を作り出します。

落ち着いて博物館を見学したい方には、6月上旬や9月など、大きなイベントのない時期がおすすめです。

Q&A

Q猪形土製品はいつ頃作られたものですか?
A縄文時代後期、今から約4000年前に作られたと推定されています。1960年(昭和35年)に弘前市の十腰内2遺跡から出土しました。全長18センチメートル、高さ9.7センチメートル、厚さ4.8センチメートルという大きさで、同時代の動物形土製品としては群を抜いています。
Qなぜ重要文化財に指定されたのですか?
A2011年6月27日に重要文化財に指定されました。指定理由は、縄文時代の動物形土製品の多くが小型でデフォルメされた造形であるのに対し、この猪形土製品は極めて大型で写実的に作られている点です。縄文時代の精神文化を示す優品として、学術的価値が極めて高いと評価されています。
Q博物館で写真撮影はできますか?
A常設展示では撮影が可能な場合が多いですが、企画展・特別企画展では撮影が禁止されることがあります。また、フラッシュ撮影が制限される場合もあります。最新の撮影ルールについては、来館時にスタッフにご確認いただくか、事前に博物館へお問い合わせください。
Q博物館へのアクセス方法を教えてください。
AJR弘前駅から弘南バス(駒越線または茂森新町線)に乗車し、「市役所前公園入口」バス停で下車、徒歩約5分です。駅から徒歩の場合は約30分、タクシーの場合は約10分です。博物館は弘前公園内にありますので、弘前城や公園の散策と合わせて訪れることをおすすめします。
Q「いのっち」グッズは購入できますか?
A弘前市立博物館のミュージアムショップで、マスコットキャラクター「いのっち」をモチーフにしたオリジナルグッズを購入することができます。縄文文化に触れた思い出として、また、お土産としてもおすすめです。

基本情報

正式名称 猪形土製品 青森県十腰内2遺跡出土(いのししがたどせいひん あおもりけんとこしないにいせきしゅつど)
文化財指定 国指定重要文化財(2011年6月27日指定)
時代 縄文時代後期(約4000年前)
寸法 全長18.0cm、高さ9.7cm、厚さ4.8cm、前脚長2.0cm
出土地 青森県弘前市大字十腰内字猿沢(十腰内2遺跡)
発掘年 1960年(昭和35年)
所有者 弘前市
展示場所 弘前市立博物館(2014年4月より常設展示)
博物館所在地 〒036-8356 青森県弘前市大字下白銀町1番地6
開館時間 9:30〜16:30(入館は16:00まで)
休館日 毎月第3月曜日(祝日の場合は翌日)、12月28日〜1月3日、展示替え期間
観覧料(企画展) 一般300円、大学生・高校生150円、中学生・小学生100円
電話番号 0172-35-0700

参考文献

猪形土製品 青森県十腰内2遺跡出土 - 弘前市
https://www.city.hirosaki.aomori.jp/gaiyou/bunkazai/kuni/kuni32.html
猪形土製品 青森県十腰内2遺跡出土 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/426126
弘前市立博物館 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/弘前市立博物館
弘前市立博物館|スポット・体験|青森県観光情報サイト Amazing AOMORI
https://aomori-tourism.com/spot/detail_208.html
新編弘前市史 資料編1(考古編) - 弘前市立弘前図書館
https://adeac.jp/hirosaki-lib/texthtml/d110000/mp000070-110000/ht050060
世界文化遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」 - 弘前市
https://www.city.hirosaki.aomori.jp/gaiyou/bunkazai/kuni/omori_katsuyama/hokkaido_tohoku.html

最終更新日: 2026.01.02

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