8基の古墳 ― 1922年に国の指定
八女古墳群<乗場古墳/石人山古墳/岩戸山古墳/善蔵塚古墳/弘化谷古墳/丸山塚古墳/丸山古墳/茶臼塚古墳>は、福岡県八女市吉田・宅間・本、八女郡広川町、筑後市にある古墳群で、1922年(大正11年)3月8日に国の指定を受けた。区分は史跡名勝天然記念物である。
名称に含まれるのは、乗場古墳、石人山古墳、岩戸山古墳、善蔵塚古墳、弘化谷古墳、丸山塚古墳、丸山古墳、茶臼塚古墳の8基である。
管理団体は八女市と広川町で、1922年11月7日から1977年11月18日まで五度にわたって定められている。
個別の指定を、一つにまとめ直している
別々に指定されていた古墳が、後から一括の指定に置き換えられた。
文化庁は、前方後円墳の乗馬山古墳・石人山古墳・岩戸山古墳・善蔵塚古墳の4基、円墳の弘化谷古墳1基、計5基はすでに指定されていた、と記す。
続けて、新たに丸山塚古墳、丸山古墳、英臼塚古墳の3基を追加指定し、従前は個別指定していたものを統合し、八女古墳群の名称で一括指定し、それらの保護を図ろうとするものである、とある。
5基が先にあり、3基を加えて8基とし、名称も群としてまとめ直されたことになる。
留萌のニシン漁撈用具では、用具と漁場が別々の区分で二度指定された。あちらは対象が違う。
本件は、同じ対象が個別から一括へ組み替えられた。指定の単位そのものが変わることになる。
解説文が、二つの文体で書かれている
記録の文章が、途中から書き方を変えている。
前半は、前方後圓型ニシテ丘陵ノ頂上部ニ在リ、と片仮名の文語体で書かれる。
封土ハ二段ニ築カレ長徑約三百七十尺、後圓部ノ徑約百七十四尺、前方部ノ幅約百八十六尺アリ、とも記される。尺で寸法が示される。
後半は、大字吉田の台陵上に存する前方後円墳で、と現代の文体になる。墳丘は主軸の長さ約145メートルを有する宏壮なもの、とメートルで示される。
1922年の指定時の文と、1977年の統合時の文が、そのまま並んでいることになる。
辰巳用水では、名称に附の一字が入っていた。あちらは対象の関係を示す。本件は記録の層が文体に現れる。
石人・石馬という、九州の石造物が出土する
墳丘から、人や馬をかたどった石が出ている。
文化庁は、後圓部ノ前面ニハ武裝セル石人アリ今小堂ヲ建テ之ヲ被覆セリ、と記す。武装した石人が後円部の前面に立ち、小堂で覆われている。
続けて、封土内からも多数の石人・石馬・石盾・石壷等が出土した、とある。石でできた人、馬、盾、壺になる。
東北側の外堤に接する方形の台地上から石猪頭部・石人や各種の形象埴輪が発見された、とも記される。
本古墳封土上ノ石人ハ古來著名ノモノナリシガ、と、古くから知られていたことが述べられる。
棺蓋ニ直弧紋ヲ刻シ朱塗ヲ施セルコトヲ發見セリ、棺蓋ノ裝飾モ亦稀有ノモノナリ、とも結ばれる。石人と棺の装飾の両方が挙げられることになる。
見学
所在は福岡県八女市吉田・宅間・本、八女郡広川町、筑後市である。三つの市町にまたがる。
文化庁は、東西約2から3キロメートルの丘陵上の前方後円墳と約60基の円墳が形成されている、と記す。指定されているのは8基だが、群としては約60基の円墳を含む。
乗場古墳については、後圓部石槨ノ壁面ニ赤白及ビ緑ノ三色ヲ以テ文様ヲ描ク、とされる。石室の壁に三色の文様が描かれる。
これらは筑紫国造磐井の一族との関連も考えられる九州地方で最も著名な古墳群である、と述べられる。
屋外の遺跡であり、見学の可否や経路は管理団体の定めによる。訪問前に確認したい。
Q&A
- 八女古墳群はいつ指定されましたか。
- 1922年(大正11年)3月8日に国の指定を受けました。区分は史跡名勝天然記念物です。
- いくつの古墳が含まれますか。
- 名称には8基が挙げられます。乗場、石人山、岩戸山、善蔵塚、弘化谷、丸山塚、丸山、茶臼塚の各古墳です。
- なぜ一括の指定になったのですか。
- 文化庁は「新たに3基を追加指定し、従前は個別指定していたものを統合し、八女古墳群の名称で一括指定し」と記します。
- 石人とは何ですか。
- 人をかたどった石造物です。文化庁は「後圓部ノ前面ニハ武裝セル石人アリ」と記し、封土内からも石人・石馬・石盾・石壺等が出土したとします。
- どのくらいの範囲にありますか。
- 文化庁は「東西約2〜3キロメートルの丘陵上の前方後円墳と約60基の円墳が形成されている」と記します。
基本情報
| 名称 | 八女古墳群(やめこふんぐん)/乗場・石人山・岩戸山・善蔵塚・弘化谷・丸山塚・丸山・茶臼塚の8基を含む |
|---|---|
| 所在地 | 福岡県八女市吉田・宅間・本、八女郡広川町、筑後市 |
| 指定区分 | 史跡名勝天然記念物/建造物や美術品ではなく遺跡としての指定/5基の個別指定に3基を追加して一括指定に統合 |
| 指定年 | 1922年(大正11年)3月8日 指定 |
| 員数 | 8基の古墳。群としては前方後円墳と約60基の円墳からなる |
| 寸法 | 岩戸山古墳は墳丘の主軸の長さ約145メートル。石人山古墳は封土が二段に築かれ、長径約370尺、後円部の径約174尺、前方部の幅約186尺。群の範囲は東西約2から3キロメートルの丘陵上 |
| 所有者 | 管理団体は八女市と広川町(1922年から1977年まで五度にわたり指定) |
| 公開状況 | 屋外の遺跡で、見学の可否や経路は管理団体の定めによる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 八女古墳群
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/163941
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
- 八女市 岩戸山歴史文化交流館
- https://www.city.yame.fukuoka.jp/iwatoyama/index.html
- 広川町 文化財
- https://www.town.hirokawa.fukuoka.jp/soshiki/kyoikuiinkai_jimukyoku/5/3/6/1/1148.html
最終更新日: 2026.09.17