八女古墳群:古代九州の英雄・筑紫君磐井の遺産をたどる

福岡県南部、なだらかな八女丘陵の上には、日本古代史の重要な謎と物語を秘めた八女古墳群が広がっています。4世紀から7世紀にかけて築造された約300基もの古墳は、北部九州に君臨した豪族・筑紫君(つくしのきみ)一族の墓域と考えられています。その中でも最大規模を誇る岩戸山古墳は、西暦527年にヤマト王権に対して蜂起した筑紫君磐井(いわい)の墓とされ、日本で数少ない「被葬者が特定できる古墳」として知られています。石人石馬、色鮮やかな装飾壁画、そして古代の英雄の物語が、訪れる人々を1500年前の世界へと誘います。

八女古墳群とは

八女古墳群は、福岡県八女市、八女郡広川町、筑後市にまたがる国指定史跡です。八女丘陵の東西約10キロメートルに及ぶ範囲に、前方後円墳12基、装飾古墳3基を含む約300基の古墳が分布しています。現在、国史跡として指定されているのは、岩戸山古墳、乗場古墳、石人山古墳、善蔵塚古墳、弘化谷古墳、丸山塚古墳、丸山古墳、茶臼塚古墳の8基です。

これらの古墳群は、古代北部九州に勢力を張った筑紫君一族の墓と考えられており、5世紀前半から6世紀後半にかけての約150年間、この地域を支配した豪族たちの栄華を今に伝えています。特に注目すべきは、北部九州最大の前方後円墳である岩戸山古墳が、『筑後国風土記』の記述と一致することから、筑紫君磐井の墓であると考えられている点です。文献史料から被葬者と築造時期を推定できる古墳は日本でも極めて稀であり、この点において八女古墳群は特別な価値を持っています。

歴史的背景:筑紫君磐井の戦い

八女古墳群を語る上で欠かせないのが、西暦527年に勃発した「磐井の乱」です。『日本書紀』によれば、筑紫君磐井は朝鮮半島の新羅と通じ、ヤマト王権が派遣しようとした百済救援軍の進路を妨害しました。これに対しヤマト王権は物部麁鹿火(もののべのあらかひ)を大将軍として派遣し、翌528年、筑紫の御井郡(現在の久留米市付近)で激戦の末、磐井を討ったとされています。

しかし、『筑後国風土記』には異なる記述が残されています。それによれば、磐井は生前から自らの墓を造営していましたが、「官軍が急に襲撃してきた」ため、勝ち目がないと悟って豊前国(現在の福岡県東部)の山中に逃れ、そこで命を落としたといいます。怒った官軍は磐井の墓に並べられた石人石馬を打ち壊したとも伝えられています。

近年の研究では、この事件を単なる「反乱」ではなく、独自の外交権を持っていた九州勢力とヤマト王権との「戦争」と捉える見方が広がっています。八女市岩戸山歴史文化交流館「いわいの郷」では、磐井を「反乱者」ではなく「郷土の英雄」として再評価する展示を行っており、訪問者に新たな視点を提供しています。

主要な古墳の紹介

岩戸山古墳:英雄の眠る巨大墳墓

八女古墳群の中核をなす岩戸山古墳は、墳丘長約135メートル、後円部の直径約72メートルを測る北部九州最大の前方後円墳です。周堤を含めた全長は170メートルを超え、当時の畿内においても大王墓に匹敵する規模を誇ります。

この古墳の最大の特徴は、墳丘の北東隅に設けられた「別区(べっく)」と呼ばれる約43メートル四方の区画です。『筑後国風土記』によれば、ここには裁判の様子を表す石人たちが並べられていたとされ、磐井が生前に司法・行政に携わっていたことを示唆しています。全国の古墳でこのような区画が現存するのは岩戸山古墳のみであり、極めて貴重な遺構です。

古墳からは多数の石人・石馬・石盾・石靱(せきゆき)などが出土しており、その多くは重要文化財に指定されています。現在、2体の石人は東京国立博物館に、その他の石製品の多くは隣接する岩戸山歴史文化交流館「いわいの郷」で見学することができます。

石人山古墳:磐井の祖父の墓

広川町に位置する石人山古墳は、墳丘長約120メートルの前方後円墳で、5世紀前半に築造された八女地方最古の大型古墳です。岩戸山古墳の被葬者である磐井から数えて2〜3世代前、おそらく磐井の祖父の墓ではないかと推定されています。

古墳の名前の由来となった武装石人は、高さ約1.8メートルの阿蘇溶結凝灰岩製で、三角板短甲を着け、左脇に刀を帯びた姿で今も墳丘上に立っています。長年、病気平癒を願う人々が患部に対応する部分を触ったため、顔面の彫刻はほとんど摩滅していますが、江戸時代の絵図からは精緻な造形であったことがわかります。

後円部中央には緑泥片岩製の横穴式石室があり、内部に安置された家形石棺の蓋には直弧文(ちょっこもん)と重圏文が浮き彫りされています。これは最古期の装飾古墳として重要であり、覆屋越しに石室内部を見学することができます。

乗場古墳:三色の壁画

岩戸山古墳の東約300メートルに位置する乗場古墳は、墳丘長約70メートルの前方後円墳です。6世紀中頃の築造と推定され、磐井の後継者世代の墓と考えられています。

この古墳の最大の見どころは、後円部の横穴式石室に施された色鮮やかな壁画装飾です。奥壁や側壁には、赤・黄・青の三色を用いた連続三角文、同心円文、蕨手文(わらびてもん)が描かれており、1500年の時を経た今もその色彩を保っています。石室は保護のため通常非公開ですが、特別公開時には見学することができます。

弘化谷古墳:肥後との繋がり

石人山古墳と谷を挟んで隣接する弘化谷古墳は、直径約39メートル、高さ約7メートルの大型円墳です。6世紀中頃の築造で、磐井の子・葛子(くずこ)と同世代の人物の墓と推定されています。

石室内の石屋形には、赤を地塗りした上に濃い赤と緑で描かれた三角文・円文・双脚輪状文(そうきゃくりんじょうもん)の壁画が残されています。この双脚輪状文は全国でも4例しか確認されておらず、いずれも北部九州に集中しています。また、石室の構造は肥後(熊本)地方との強い繋がりを示唆しており、当時の地域間交流を考える上で重要な資料となっています。

石室は年2回(春・秋)の特別公開時に見学可能で、それ以外の時期はこふんピア広川に展示された実物大レプリカで壁画を鑑賞できます。

丸山塚古墳・茶臼塚古墳

これらの円墳も国史跡に含まれており、6世紀後半の筑紫君一族の墓と考えられています。丸山塚古墳の石室には、乗場古墳と同様に赤・黄・緑の三色による三角文・円文・蕨手文が描かれており、装飾古墳としての価値が認められています。

石人石馬:九州独自の埋葬文化

八女古墳群を特徴づける最も重要な遺物が、阿蘇溶結凝灰岩で造られた石人・石馬です。畿内の古墳に見られる埴輪(はにわ)とは異なり、石製の人物像や馬の像を墳丘や別区に配置するのは、筑紫を中心とした九州独自の埋葬文化でした。

石人には、甲冑を着けた武人、裸体の人物、女性と思われる像など様々なタイプがあります。石馬は馬具を装着した姿で表現され、その精緻な造形は当時の技術水準の高さを物語っています。また、石盾や石靱(矢筒)なども造られ、古墳の周囲に立て並べられていました。

興味深いことに、石人石馬の製作は岩戸山古墳を最後に急速に衰退します。これは磐井の乱後にヤマト王権によって製作が禁止されたためとする説や、単に流行が廃れたとする説がありますが、真相は謎のままです。八女古墳群周辺からは130点以上の石人石馬が出土しており、その分布は筑紫のみならず、磐井が勢力を持っていた火(肥前・肥後)・豊(豊前・豊後)の国々にも及んでいます。

国史跡に指定された理由

八女古墳群が国史跡に指定された経緯は、その価値の認識が段階的に深まってきた歴史を反映しています。最初に指定されたのは1922年の乗場古墳で、その後、石人山古墳(1938年)、岩戸山古墳(1955年)、善蔵塚古墳、弘化谷古墳がそれぞれ個別に指定されました。1978年には、これら5件の史跡を統合し、新たに丸山塚古墳、丸山古墳、茶臼塚古墳を追加して「八女古墳群」として一括指定されました。

八女古墳群が持つ文化的価値は多岐にわたります。第一に、『筑後国風土記』の記述と考古学的所見が一致する岩戸山古墳は、被葬者を特定できる稀有な古墳として、古代史研究に計り知れない価値をもたらしています。第二に、乗場古墳や弘化谷古墳に代表される装飾壁画は、古墳時代の芸術性を示す貴重な資料です。第三に、石人石馬という九州独自の埋葬文化を大規模に伝える遺跡群は他に例がありません。第四に、約150年にわたる筑紫君一族の墓域として、地方豪族の権力構造や変遷を示す貴重な事例となっています。

見学施設のご案内

八女市岩戸山歴史文化交流館「いわいの郷」

2015年にオープンした「いわいの郷」は、岩戸山古墳に隣接する博物館です。入館無料ながら、充実した展示内容で訪問者を迎えます。常設展示室では、岩戸山古墳から出土した石人・石馬・埴輪などの実物を間近で見学できます。

特に注目すべきは、磐井の乱と筑紫君磐井を紹介するアニメーション映像です。従来の教科書的な「反乱者」としての磐井像ではなく、九州を守ろうとした「郷土の英雄」としての磐井を描いており、新たな視点で古代史を考えるきっかけを与えてくれます。また、屋外には竪穴式住居や高床式倉庫の復元、遊びの広場もあり、家族連れでも楽しめる施設となっています。

広川町古墳公園資料館「こふんピア広川」

石人山古墳と弘化谷古墳を結ぶ古墳公園内にある資料館です。入館無料で、両古墳からの出土品や広川町内の遺跡から発掘された資料を展示しています。

見どころは、弘化谷古墳の石室壁画を忠実に再現した実物大レプリカです。通常非公開の壁画をいつでも鑑賞でき、その色鮮やかな装飾に驚かされます。また、石人山古墳の石棺蓋に刻まれた直弧文の模型も展示されており、古代人の精緻な造形技術を体感できます。

周辺の観光情報

八女市は古墳だけでなく、日本有数のお茶の産地としても知られています。特に高級緑茶「玉露」の生産量は日本一を誇り、八女中央大茶園では見渡す限りの茶畑の絶景を楽しめます。4月下旬から5月上旬の新茶の季節には、茶摘み体験や新茶の試飲会が開催されます。

八女市中心部の福島地区には、江戸時代から昭和初期にかけて建てられた伝統的な町家や商家が残り、レトロな街並み散策を楽しめます。多くの建物はカフェや工芸品店として再利用されており、八女の伝統工芸品である久留米絣、竹細工、手漉き和紙などを購入することもできます。

古墳巡りをさらに楽しみたい方には、巨大な横穴式石室に入ることができる童男山古墳(県指定史跡)、岩戸山4号古墳(下茶屋古墳)、鶴見山古墳などもおすすめです。九州オルレ八女コースは、これらの古墳を巡りながら八女の自然と歴史を体感できるウォーキングルートとして人気があります。

おすすめの訪問時期

八女古墳群は通年で見学可能ですが、特別な体験ができる時期があります。春(3月下旬〜4月上旬)は古墳公園の桜が見頃を迎え、歴史散策と花見を同時に楽しめます。4月下旬から5月上旬は新茶のシーズンで、茶摘み体験や新茶まつりが開催されます。

弘化谷古墳の石室は、毎年春と秋に特別公開が行われます。公開日程は八女市教育委員会や広川町教育委員会にお問い合わせください。11月第2日曜日には、こふんピア広川で「古墳まつり」が開催され、古墳の特別公開、地元特産品の販売、古代体験イベントなどが行われます。

夏は蒸し暑くなりますが、緑に覆われた古墳の姿は美しく、秋は気候も穏やかで古墳散策に最適な季節です。

Q&A

Q石室の内部は見学できますか?
A乗場古墳、弘化谷古墳、丸山塚古墳の装飾石室は保存のため通常非公開ですが、春と秋に特別公開が行われます。石人山古墳の石室は覆屋越しに常時見学可能です。また、近くの岩戸山4号古墳(下茶屋古墳)は実際に石室内に入ることができます。
Q見学にはどのくらいの時間が必要ですか?
A岩戸山古墳と「いわいの郷」で約1.5〜2時間、石人山・弘化谷古墳と「こふんピア広川」で約1.5〜2時間が目安です。両方を見学する場合は4〜5時間、さらに八女の街並みや茶園も巡るなら1日かけてゆっくり楽しむのがおすすめです。
Q入館料・駐車場は有料ですか?
A岩戸山歴史文化交流館「いわいの郷」、こふんピア広川ともに入館無料です。各施設に無料駐車場が完備されており、「いわいの郷」は普通車50台、大型バス3台が駐車可能です。
Q車なしでもアクセスできますか?
A西鉄久留米駅から八女営業所行きバスに乗車し「福島高校前」で下車すると、岩戸山古墳まで徒歩約5分です。ただし、複数の古墳を効率よく巡るには車の利用がおすすめです。八女ICまたは広川ICから各古墳へは10〜15分程度でアクセスできます。
Qバリアフリー対応はしていますか?
A各資料館はバリアフリー設計で、車いす専用駐車場、車いす対応トイレを完備しています。こふんピア広川では車いすの貸し出し(1台)も行っています。ただし、古墳の墳丘自体は階段や起伏があるため、見学には介助が必要な場合があります。

基本情報

正式名称 八女古墳群(やめこふんぐん)
指定 国指定史跡(1978年統合指定)
所在地 福岡県八女市、八女郡広川町、筑後市
築造時期 4世紀〜7世紀(古墳時代)
構成古墳 岩戸山古墳、乗場古墳、石人山古墳、善蔵塚古墳、弘化谷古墳、丸山塚古墳、丸山古墳、茶臼塚古墳
いわいの郷 開館時間 9:00〜17:00(最終入館16:30)、月曜休館(祝日の場合は翌日)
こふんピア広川 開館時間 9:00〜17:00(最終入館16:30)、月曜休館(祝日の場合は翌日)
アクセス 【電車・バス】西鉄久留米駅より八女行きバス「福島高校前」下車、徒歩約5分
【車】九州自動車道 八女ICから国道442号・3号経由で約15分、広川ICから約10分
問い合わせ 八女市岩戸山歴史文化交流館「いわいの郷」:0943-24-3200
広川町教育委員会:0943-32-0093

参考文献

文化遺産オンライン - 八女古墳群
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/163941
八女市公式サイト - 岩戸山歴史文化交流館
https://www.city.yame.fukuoka.jp/iwatoyama/index.html
八女市公式サイト - 八女の古墳(八女古墳群)
https://www.city.yame.fukuoka.jp/iwatoyama/iwaiwoshiru/11762.html
八女市公式サイト - 筑紫君磐井の戦い
https://www.city.yame.fukuoka.jp/iwatoyama/iwaiwoshiru/11761.html
Wikipedia - 岩戸山古墳
https://ja.wikipedia.org/wiki/岩戸山古墳
Wikipedia - 八女古墳群
https://ja.wikipedia.org/wiki/八女古墳群
広川町公式サイト - 石人山・弘化谷古墳公園
https://www.town.hirokawa.fukuoka.jp/soshiki/kyoikuiinkai_jimukyoku/5/3/6/1/1148.html
広川町公式サイト - こふんピア広川
https://www.town.hirokawa.fukuoka.jp/soshiki/kyoikuiinkai_jimukyoku/5/3/6/3/1190.html
福岡県の文化財
https://www.fukuoka-bunkazai.jp/frmDetail.aspx?db=4&id=78

最終更新日: 2026.01.14

近隣の国宝・重要文化財