泉官衙遺跡:古代日本の地方行政を今に伝える貴重な史跡

福島県南相馬市の海岸近くに位置する泉官衙遺跡(いずみかんがいせき)は、奈良時代から平安時代にかけて機能していた古代の郡役所跡です。2010年に国史跡に指定されたこの遺跡は、約300年にわたって地域行政の中心として機能し、日本の古代国家の地方統治システムを理解するうえで極めて重要な考古学的遺産となっています。

泉官衙遺跡とは

泉官衙遺跡は、阿武隈山地から東流する新田川が形成した河岸段丘上に立地する、7世紀末から10世紀後半にかけての官衙遺跡です。東西約1kmの広大な範囲に遺跡が広がり、約11.5ヘクタールが国の史跡として指定されています。

発掘調査により、この遺跡は古代陸奥国行方郡(なめかたぐん)の郡役所跡、いわゆる「郡家(ぐうけ・ぐんが)」であることが判明しました。行方郡は、現在の南相馬市と飯舘村のほぼ全域に相当する地域で、泉官衙遺跡はこの広大な地域の行政・徴税・司法などを担う重要な拠点でした。

国史跡に指定された理由

泉官衙遺跡が国史跡として高く評価されている理由は、大きく三つあります。

第一に、郡役所を構成する主要施設がほぼ完全な形で発見されていることです。政務を行った「郡庁院」、租税として徴収した稲穀を収納した「正倉院」、上級役人や旅人をもてなすための「館院」など、古代の地方官衙を構成する各施設が具体的に確認されており、これほど包括的に郡家の全容が解明された例は全国的にも稀です。

第二に、遺跡が約300年間にわたって少なくとも3回の大規模な建て替えを経験しており、その変遷過程が詳細に追跡できることです。7世紀末の創建期から10世紀後半の終焉まで、建物の構造や配置の変化を通じて、地方行政の発展過程を読み取ることができます。

第三に、特徴的な文様を持つ瓦、木簡、須恵器・土師器、炭化米など、豊富な出土遺物が古代の行政活動と日常生活を生き生きと伝えていることです。

歴史的背景と文献記録

泉官衙遺跡の成立は、律令国家の地方支配体制確立と深く結びついています。7世紀後半に律令制が整備されると、全国に国・郡・里の行政単位が設けられ、各郡には郡司が任命されて郡家(郡衙)が設置されました。

718年には、陸奥国南部の5郡(石城・標葉・行方・宇太・曰理)と常陸国の1郡(菊多)を合わせて石城国が設置されましたが、720年または724年には再び陸奥国に吸収されています。この短期間の国の分立は、当時の東北地方における行政体制の流動性を示しています。

また、『続日本紀』には宝亀5年(774年)に陸奥国行方郡の役所で火災があり、正倉に収められていた稲穀2万5千400石が焼失したとの記録が残されています。この記述は、泉官衙遺跡の正倉院で発見された大量の炭化米と対応するものと考えられ、文献と考古学的証拠が一致する貴重な事例となっています。

見どころ・発掘調査で明らかになった施設

泉官衙遺跡では、古代の郡役所を構成していた複数の施設群が確認されています。

「郡庁院」は政治・行政の中枢施設で、中央に主殿(前殿・後殿)を配し、東西に脇殿を対称的に並べた「コ」の字型の配置が特徴です。これは奈良・平安時代の官衙建築に共通する典型的な構成で、木の塀で囲まれた荘厳な空間だったことがわかります。建物は時代とともに進化し、後期には礎石建物となり、玉石敷きの前庭を持つ格式高いものとなりました。

「正倉院」は郡庁院の北西約240mに位置し、税として収められた稲穀などを保管する倉庫群がありました。総柱建物(床を支える柱を建物全体に配した高床式倉庫)が整然と配置され、独自の塀と濠で区画されていました。

「館院」は旅行中の官人や賓客を接待・宿泊させる施設で、古代の交通・通信網における泉官衙遺跡の役割を示しています。

さらに、新田川と遺跡を直接つなぐ「運河」の存在も確認されており、水上交通を利用した物資輸送が行われていたことがわかります。

泉長者伝説:地域に伝わる物語

泉の地には「泉長者」と呼ばれる伝説上の大富豪にまつわる言い伝えが残されています。中村藩の地誌『奥相志』によれば、源義経が奥州平泉へ向かう途中、この地に莫大な富を持つ泉長者がいることを聞きました。義経は、そのような富が後の災いの種になることを恐れ、家臣の弁慶を遣わして長者の屋敷に火を放たせたといいます。

遺跡近くには「泉の一葉松」と呼ばれる樹齢約400年の黒松があり、「弁慶の腰掛松」とも呼ばれています。弁慶がこの松に腰を掛けて、燃え盛る長者の屋敷を眺めていたと伝えられています。考古学的な史実と民間伝承が交錯するこの地は、歴史のロマンを感じさせる場所です。

周辺の見どころ

泉官衙遺跡を訪れる際には、周辺の関連施設や文化財もあわせて楽しむことができます。

「南相馬市博物館」では、泉官衙遺跡から出土した瓦や土器、木簡などの遺物を展示しています。また、相馬野馬追をはじめとする地域の歴史・民俗・自然に関する充実した展示があり、地域全体への理解を深めることができます。

「桜井古墳」は国史跡に指定された東北有数の大型前方後方墳で、4世紀後半に築造されました。泉官衙遺跡よりさらに古い時代の地域の姿を伝えています。

「羽山横穴」も国史跡で、古墳時代終末期の装飾横穴墓です。墓室内には赤・白の顔料で描かれた人物や馬、渦巻文などの壁画が残されており、年4回の限定公開日に見学できます。

「泉観音堂」には県指定重要文化財の木造十一面観音立像(鎌倉時代末期)が安置されており、伝説では泉長者の守護仏といわれています。

毎年7月最終週末に開催される「相馬野馬追」は、国の重要無形民俗文化財に指定された壮大な武者行列で、甲冑姿の数百騎が野原を駆け巡る姿は圧巻です。

訪問のポイント

泉官衙遺跡は現在、史跡公園としての整備事業が進められています。遺跡は屋外にあり、年間を通じて自由に見学できますが、春(4〜5月)と秋(9〜11月)の気候の良い時期がおすすめです。

より深く理解するためには、出土遺物が展示されている南相馬市博物館とあわせて訪問することをお勧めします。また、発掘調査の成果を公開する現地説明会が不定期に開催されることもありますので、南相馬市教育委員会文化財課のウェブサイトで最新情報をご確認ください。

Q&A

Q「官衙遺跡」とはどのような遺跡ですか?
A官衙(かんが)とは、古代日本の律令制度のもとで設置された役所のことです。国(都に匹敵する規模のもの)・郡・里の各行政単位に役所が置かれ、行政事務、租税の徴収・管理、裁判などを担いました。泉官衙遺跡は、郡の役所である「郡衙」または「郡家」にあたり、郡司と呼ばれる地方官が政務を執っていました。
Q遺跡では何を見ることができますか?
A現地では、発掘調査によって確認された建物の礎石跡や柱穴跡、建物配置などを見学できます。広大な敷地に点在する遺構から、かつての郡役所の規模と構成を実感することができます。出土した瓦や土器、木簡などの遺物は南相馬市博物館に展示されていますので、あわせてご覧ください。
Qかつては寺院跡と考えられていたそうですが?
Aはい、かつてはこの遺跡から出土した古い瓦や礎石、炭化米などから、奈良時代から平安時代の寺院跡(「泉廃寺跡」)と考えられていました。しかし、1990年代以降の発掘調査により、寺院ではなく郡役所であることが明らかになり、名称も「泉官衙遺跡」に改められました。なお、遺跡内には寺院に関連する施設も存在した可能性があり、研究は継続されています。
Q見学に予約は必要ですか?入場料はかかりますか?
A遺跡は屋外史跡であり、予約不要で自由に見学できます。入場料も無料です。南相馬市博物館(出土遺物を展示)は別途入館料がかかりますので、最新の開館時間・料金は博物館にお問い合わせください。
Qアクセス方法を教えてください。
AJR常磐線「原ノ町駅」から車で約15分、または国道6号線の高見町交差点から車で約10分です。公共交通機関でのアクセスは限られていますので、レンタカーやタクシーのご利用をお勧めします。

基本情報

名称 泉官衙遺跡(いずみかんがいせき)
指定 国指定史跡(平成22年2月22日指定、平成30年2月追加指定)
時代 7世紀末~10世紀後半(奈良時代~平安時代)
面積 約11.5ヘクタール
所在地 福島県南相馬市原町区泉字寺家前ほか
アクセス JR常磐線「原ノ町駅」から車で約15分/国道6号線高見町交差点から車で約10分
関連施設 南相馬市博物館(電話:0244-23-6421)
お問い合わせ 南相馬市教育委員会 文化財課(電話:0244-24-5284)

参考文献

泉官衙遺跡 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/225229
泉官衙遺跡(いずみかんがいせき)- うつくしま電子事典
https://www.gimu.fks.ed.jp/plugin/databases/detail/2/18/30
原町区の文化財1 - 南相馬市
https://www.city.minamisoma.lg.jp/portal/sections/61/6150/61501/4/1265.html
泉官衙遺跡史跡公園整備事業基本計画 - 南相馬市
https://www.city.minamisoma.lg.jp/portal/culture/geijutsu_bunka/3/11759.html
南相馬に躍動する古代の郡役所・泉官衙遺跡 - 新泉社
https://www.shinsensha.com/books/396/
泉官衙遺跡 - 全国遺跡報告総覧
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/cultural-property/38869

最終更新日: 2026.01.29

近隣の国宝・重要文化財