1件の役所跡 ― 2010年に国の指定
泉官衙遺跡は、福島県南相馬市原町区泉字寺家前ほかにある古代の役所跡で、2010年(平成22年)2月22日に国の指定を受けた。区分は史跡である。
ふりがなは、いずみかんがいせきである。管理団体は南相馬市で、所有も南相馬市とされる。
文化庁は、阿武隈山地から東流する新田川が形成した河岸段丘上に立地する、7世紀末から10世紀後半の官衙遺跡、と記す。官衙は、古代の役所をいう。
寺の跡と思われていた遺跡が、役所の跡だった
同じ場所の見立てが、発掘によって入れ替わっている。
南相馬市は、泉字寺家前・宮前を中心とした水田・畑地には、かつて多くの礎石が点在し、特異な文様をもつ布目瓦や炭化米が出土することから、奈良時代から平安時代にかけて営まれた寺院の存在した遺跡として県の史跡となっている、と記す。その名は泉廃寺跡である。
続けて、その後の発掘調査の結果、その性格も寺院でなく、古代陸奥国行方郡を治めた郡役所跡であることが判明した、とある。
礎石と瓦から寺と見られていた場所が、掘ってみると郡の役所だった。国の史跡の名は、泉官衙遺跡である。
備後国府跡では、文献に記された国府の所在が発掘で裏づけられた。あちらは見立てが確かめられる。
本件は、見立てそのものが改められた。同じ土地が、県では廃寺の名、国では官衙の名で呼ばれることになる。
政務と租税ともてなしの、三つの施設がそろう
役所を形づくる施設が、それぞれ見つかっている。
文化庁は、発掘調査により政庁域、正倉域、館が確認された、と記す。
南相馬市は、政務を行った役所の中心施設の郡庁院を始めとして、租税を収納した正倉院や、上級役人などをもてなし泊める舘院など、地方の官衙を構成する各施設が具体的に見つかったことが評価された、と記す。
政務を執る場、税を納める倉、客を泊める館の三つがそろう。
備後国府跡は、一国を治める国府の跡だった。
本件は、国の下の郡を治める役所の跡になる。南相馬市は、郡役所の全容が解明された日本を代表する官衙遺跡、と記す。
焼けた米と、正倉の火災の記録
土地から出るものと、書物に残る出来事とが、並んで示される。
南相馬市は、続日本紀に、宝亀5年(774年)に陸奥国行方郡の役所で火災があり、税として収められた2万5千400石の稲穀が焼失したとの記載がある、と記す。穀物を納めた正倉院の火災によって焼失したものと推定される、とある。
この地からは、炭化米、つまり焼けて炭になった米が出土することも記される。
正倉は、税として納めた稲を収める倉をいう。
姫島の黒曜石産地では、二つの測定法の年代が並べて記録された。
本件は、土のなかの焼けた米と、書物のなかの火災とが、同じ土地について並べて示される。
見学
所在は福島県南相馬市原町区泉字寺家前ほかで、新田川河口近くに位置する。
南相馬市によれば、範囲は平成30年(2018年)2月に広げられ、面積は約11.5ヘクタールとなった。遺跡の大部分が国の史跡として保存されることとなった、とある。
文化庁は、その所在位置と内容から、泉官衙遺跡を陸奥国行方郡家とする意見が強い、と記す。郡家は郡の役所をいう。南相馬市は、郡役所跡と言い切る。記録によって、断定の強さが違う。
南相馬市は、市民が利用できる史跡公園として整備する事業を進めている。整備の状況によって見学の条件が変わることがある。訪問前に確認したい。
行方郡は、いまの南相馬市と飯舘村の範囲にほぼ相当する、と市は記す。
Q&A
- 泉官衙遺跡はいつ指定されましたか。
- 2010年(平成22年)2月22日に国の指定を受けました。区分は史跡です。
- もとは寺の跡だったのですか。
- 礎石や瓦から寺院跡と考えられ、県の史跡泉廃寺跡とされていましたが、発掘調査で郡役所跡と判明したと南相馬市は記します。
- どのような施設が見つかりましたか。
- 政務を行った郡庁院、租税を収めた正倉院、上級役人などをもてなし泊める舘院です。
- 火事の記録はありますか。
- 続日本紀に、宝亀5年(774年)に行方郡の役所で火災があり、稲穀2万5千400石が焼失したと記されると南相馬市は記します。
- どのくらいの広さですか。
- 南相馬市によれば、2018年2月に範囲が広げられ、約11.5ヘクタールとなりました。
基本情報
| 名称 | 泉官衙遺跡(いずみかんがいせき)/県の史跡としては泉廃寺跡の名で扱われてきた |
|---|---|
| 所在地 | 福島県南相馬市原町区泉字寺家前ほか |
| 指定区分 | 史跡/建造物や美術品ではなく遺跡としての指定 |
| 指定年 | 2010年(平成22年)2月22日 指定 |
| 員数 | 1件の官衙遺跡 |
| 寸法 | 面積約11.5ヘクタール(2018年に範囲が広げられた)。新田川の河岸段丘上に立地し、政庁域(郡庁院)、正倉域(正倉院)、館(舘院)が確認されている。7世紀末から10世紀後半 |
| 所有者 | 南相馬市(管理団体も南相馬市) |
| 公開状況 | 史跡公園として整備が進められており、見学の条件は自治体の定めによる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 泉官衙遺跡
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/225229
- 南相馬市 原町区の文化財
- https://www.city.minamisoma.lg.jp/portal/sections/61/6150/61501/4/1265.html
- 南相馬市 泉官衙遺跡史跡公園整備事業基本計画
- https://www.city.minamisoma.lg.jp/portal/culture/geijutsu_bunka/3/11759.html
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.22